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第二百八十四話 前楽

 ホール内へ戻った鈴音は、しれっと鬼の隣に立つ。

 茨木童子は再度良子オバちゃんに化け、山本マネージャーへ『劇場の外に霊力とも妖力ともつかない気配だけを残し、怪しい何者かは逃げた後だった』という鈴音直伝の嘘を吐きに行っている。

 明日も警備を続け、知らん顔をして訪れるだろう“呪いを依頼した女”を捕まえる為には必要な嘘だ。

 彼女に山本を呪った理由を問い質し、今後一切の手出しをしないと誓わせて初めて、綱木に任務完了の報告が出来る。

 呪いは防ぎました、でも今度は黒魔術師に依頼が行って同じ事の繰り返しになりました、では神の使いではなく子供の使いかと言われるだろうし、鈴音を推してくれた夏姫(なつき)にも合わせる顔がない。

 何としても明日、負の感情を撒き散らしているであろう女を確保して、きっちり仕事をしてみせると鈴音はやる気を漲らせた。



 さて演劇の方はといえば、二幕に入り主人公達と魔女とのバトルに突入している。

 少年漫画的というか『お前達は先に行け!』方式で次々と脱落する男性陣と、涙を堪えて魔女の城を目指す主人公。

 最終的に1人で魔女に立ち向かう事になった主人公は、何者かの導きにより過去の悲しい出来事を知る。

 魔女を救いたいと眠れる能力を完全覚醒させた主人公の愛の力により、男性陣が復活して駆け付けるシーンでは拍手が起きた。

 因みに鈴音の表情は『愛の力て何やねん何に対する愛やねん魔女を救いたいなんてフワッとした感情で瀕死の重傷が治る力が目覚めるんやったら仲間が倒れた時点で目覚めさしとかんかい』という念仏から想像出来る通りのものだ。

 魔女の過去を知らない男性陣が武器を向ける中、それを制して前へ出た主人公が声を張る。

「あんな事されたら、私だって同じようにしたわ!!あなたは悪くない!!」

 驚いた時の猫よろしく目をまん丸にしている鈴音を置き去りに、主人公の歌が始まった。

 上手いがやはり歌也(かや)の歌唱力には遠く及ばないな、とぼんやり聞いている鈴音とは違い、鬼は両手指を組み合わせ祈るようにしながら幾度も頷いている。


 凛々しい顔で魔女の行い全てを肯定する主人公。

 その結果、そんな訳ないだろうと魔女がいちいち否定で返すという逆転現象が起きた。

 図らずも自らの罪を認めた形になったのだ。

 天然な主人公はそれを狙っていた訳ではなく、飽く迄も演出として、100年後の世界では時代が変わり、女性の立場も強くなっているという事を表現した場面のようだ。

 男性陣を従え力強く立つ主人公を眩しげに見ながら、罪を認めた事で破滅を迎えた魔女が、愛する人との未来を諦めなくていい時代を羨んで寂しげに微笑む。

 崩れ行く城の中、やり直せばいい、また誰かを愛する事は出来る、一緒に好きな人の話をしよう、と手を伸ばす主人公を男性陣が必死に押しとどめる。

 そこへ一条の光が差し、魔女いや姫が愛した王子様が現れた。

 まさか、と嫌な予感しかしない鈴音の視界で、やはり王子様は魔女へ歩み寄りその手を取る。


 あなたを独りでは行かせない、と地獄へ共に落ちる覚悟を口にする王子様と、それは出来ないと泣く姫。

 歌也の演技は素晴らしいが『王子様よ婚約者はどないしたんや魔女の濡れ衣着せられた伯爵の娘どこ行ってんあの子フツーに婚約喜んどったのに可哀相にも程があるやろ一番の被害者が救済無しかい』と鈴音の念仏ツッコミは止まらない。

 だが舞台上でそんな野暮なツッコミを入れる輩は当然おらず、王子様は姫を抱き締めつつ主人公へありがとうと礼を告げた。

 魔女の過去を教えてくれたのは彼だ、と主人公が理解すると同時に、雷が落ちるような崩壊の効果音が鳴り響く。

 照明が激しく明滅する中、姫と王子様はスモークに包まれて退場。

 切ない音楽が流れ、城の外へ脱出した主人公と男性陣が魔女と魔女を生み出した時代について考察し、自分達はああはならないと宣言してから、結局主人公は誰が好きなんだろう、とキャッキャウフフパートに入った。


 主人公と男性陣によるラストを締め括る歌とダンスの後に、クラクションが鳴り響く雑踏の音が流れる。

 そこへ現れたのは高校の制服を着た姫と王子様、そして伯爵の娘だ。

 どうやら両想いの先輩カップルに後輩女子が横恋慕している構図らしい。

 纏わり付く後輩を笑ってあしらいながら、姫だった女子高生は恋人と手を繋ぐ。

「ぜーったい渡さない」

 ゆっくりと幕が下りてくる中とても可愛らしい笑顔を見せた女子高生は、彼女を呼ぶ女友達の声に応え大好きな男子高生と仲良く歩き去り、伯爵の娘だった後輩は悔しがりながらも楽しげに後を追った。

 直後一斉に鳴り響く盛大な拍手が、閉じた幕の向こうへ観客達の思いを伝える。


「あああ良かったあああーーー!!」

 物凄い勢いで拍手している鬼と『結局報われとらへんやないか伯爵の娘』と微妙な表情で拍手する鈴音。

 歌也を迎える為に楽屋へ戻ろう、と伝えるべく鬼を見上げるも、カーテンコールに応えた出演者達に惜しみない拍手を送っている最中だったので大人しく待った。

「あっ、鈴音さん!ミュージカルって楽しいですねー!感動しましたー!」

 やっと気付いて貰えたものの、大変眩しいキラキラ笑顔を向けられ、半ば目を閉じつつ鈴音は頷く。

「幕間休憩が終わる頃になっても戻られないから心配しましたよー?間に合いましたかー?」

「あー、いやー、それなりに……?」

 曖昧な笑みを返す鈴音を見て漸く、この手の舞台が苦手な人種だったと思い出したらしい鬼が慌てる。

「そ、そうですかー、えーと、歌也さん!歌也さん凄かったですねー!」

「ホンマですね、次元が違いましたね」

 あの歌声だけでチケット代の元が取れると言いたい所だが、鈴音も鬼もタダで観ている身なのでやめておいた。

「ほな、そんな凄い歌也さんのトコへ戻りましょか」

「はい、そうしましょうー!」

 観劇後で気分が高揚している鬼を連れ、鈴音は通用口から楽屋へと向かう。



 カーテンコールを終えた出演者達が続々と戻ってきているので、鈴音と鬼は邪魔にならないよう壁際を歩き、楽屋前で良子オバちゃんと合流した。

(あね)さん、ちゃんと伝えといたっすよ。怪しい気配の現場に着いた時には敵はもう居てなかったて」

「はいありがとう。山本さん何か言うてた?」

「素早い相手なんですね、明日もお願いしますね、言うてました」

「オッケー、これで明日も警備出来るから、あの電話の主に会えるね」

「うっす」

 小声で交わされる良子オバちゃんと鈴音の会話を聞いていた鬼が、おおよその事態を把握し目を泳がせる。

「あのー、もしや幕間休憩の時に姿が見えなかったのはー……」

「あははー、すんません、外に出てました」

 眉を下げて笑いながら鈴音は頭を掻き、鬼は頭を抱えた。

「声を掛けて下さいよー!」

「いやー……あんな楽しそうにお芝居観てる方の邪魔は出来ませんて」

 鈴音の言葉に良子オバちゃんまで頷くのを見て、ガクリと項垂れる鬼。

「うぅ、すみません、お手伝いすると言っておきながらー」

「とんでもない!呪いから出てる糸の事を教えて頂いたお陰で、無事に術者まで辿り着けましたし。それに、本命を見つけられたんで」

 不敵に笑う鈴音を見て鬼は首を傾げる。


「いま仰っていた“電話の主”の事でしょうかー」

「はい。女の声でした」

 鈴音は、術者が茨木童子の存在をぼかして依頼者に伝えた事と、それにより依頼者が山本の味方についたのはどんな男かと興味を持った事を教えた。

「明日見に行く、言うてたんで、来場者を楽屋口も含めてきっちり見張ろ思てます」

「分かりましたー!明日こそお役に立ってみせますよー!」

 勇ましい顔で頷く鬼を見やり鈴音は慌てる。

「いやそれ今更なんですけど、鬼さんもお仕事がありますよね?2日連続で手伝(てつど)うて貰て大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよー、安全対策課のお手伝いなら叱られたりしませんー」

「あ、そうなんですか?それやったらお言葉に甘えよかな。目は多い方が見逃す心配も減りますもんね」

「任せて下さいー!怪しい人物は見逃しませんよー」

 とても嬉しそうな笑顔で鬼が頷いた時、舞台から歌也が戻って来た。


 お疲れ様ですと声を掛け合いながら早足で近付いて来た歌也を、鈴音と良子オバちゃんは拍手で、鬼はそれに加え『感動しましたー』の声を添えて迎える。

「ありがとうございまーす!まずは着替えてきますね!」

 女子高生姿で笑った歌也が楽屋へ入ると、脱いだ制服が舞台袖へ運ばれ代わってドレスが戻って来て、と明日の公演に向けた準備が進んだ。

 待つこと暫し、舞台化粧を落として眉だけ整えた歌也が、伊達眼鏡とマスクを着けて出てきた。来た時と同じくキャップも被っているので、顔は殆ど見えない。

「お待たせしました!」

 怪しげな姿で挨拶する歌也を見やり、鈴音は夏姫の言葉を思い出す。

「確か、いつ何処で撮られるや分からんから常にちゃんとしとけ、いうんが社長さんの口癖ちゃいました?夏姫さんがそない言うてた気がするんですけど」

 鈴音の指摘に山本が大きく頷き、歌也はサッと目を逸らした。

「そっ、そうなんですけどっ、ホテルに戻るだけなのにメイクするの面倒臭いんですー」

 悪意ある視線を感じていた事もあり、終演後すぐホテルへ帰って翌日の公演まで引きこもる生活を続けているらしい。

 外食する訳でもないし疲れているしで、近距離だから手抜きでもいいよねとなってしまったようだ。


「よし、夏姫さんに言いつけよう」

 キリッとした顔で言う鈴音へ歌也が飛びつく。

「きゃー、やめてやめて怒られるー!」

「どないしよっかなー」

「意地悪だ、すっごい意地悪!鈴音さんだってマスクなのに!」

「言いつけよう」

「嘘!今の嘘だから!」

 敬語を忘れてキャアキャアと纏わり付く歌也に『言わへん言わへん』と笑いながら、鈴音が先に楽屋口から出て安全確認。

 続いて出てきた歌也は離れた位置で出待ちしているファンへお辞儀し、待機していたタクシーに乗り込んだ。

 山本がその隣に乗るので、良子オバちゃんを助手席に乗せて貰いホテルまでの護衛にする。

 また明日、今日と同じ時間に迎えに行くと約束して手を振る鈴音に、歌也も山本もおやすみなさいと会釈した。

 笑顔でタクシーを見送った鈴音と鬼は、事務所で良子オバちゃんの分も含めて取材許可証を返却し、明日も借りに来る旨を伝えてから劇場を後にする。


「それじゃあ僕も一旦帰りますねー。明日は14時頃にホテルのロビーに居ればいいですかー?」

「そうですね、それでお願いします」

「わかりましたー、ではまた明日ー」

「はい、今日はありがとうございました。また明日」

 丁寧なお辞儀を交わし、鈴音はホテルへ鬼は駅へとそれぞれの道に別れた。


 姿隠しのペンダントを着けた鈴音は地面を蹴って直線的に移動し、1秒と少しでホテル前へ到着する。

 丁度、歌也達を部屋まで送り届けた良子オバちゃんが玄関から出てくる所だった。

「お疲れー」

「あ、お疲れ様っす(あね)さん」

 ホテル横へ移動してから元に戻った茨木童子へ、明日の集合時間を伝える。

「14時頃にここのロビーな。化けるん忘れんように」

「うっす。ホンマに来るっすかね、黒幕の女」

「来る思うよ。どんな奴が敵に回ったんか知っときたいやろし」

 成る程と頷いてから茨木童子は首を傾げた。

「端から俺の正体明かしたら泣いて逃げるんちゃうか思うっすけど」

「あー、最終的にはそないなるかも。全部相手の出方次第やね。一応は話し合いベースで。ただ、ストーカーでも警察の警告受けたら大人しなんのもおれば、余計に凶暴化するんもおるやん?」

「逆ギレいうやつっすね」

「うん。そないなったらもう、茨木童子と神の使いが敵になるけどええんやなて脅すしかないかなー」

 相手の素性も呪いたい程の恨みを抱いた理由もまだ分からないので、細かい作戦は立てられない。


「穏便に解決出来たらええけど、そうやない時は『ここや!』いうトコで元に戻るように言うわ」

「うっす。兄貴に迷惑かけた分ぐらいはビビらしたいっすねー」

「いやビビらさんで済む方がええねんけども……悪鬼いうんは好戦的な生き物なんやなぁ」

 ここに大嶽が居れば『挑発に乗っていきなり魔王ぶん殴っちゃう人に言われたくないよねえ』とツッコんでくれたかもしれないが、残念ながら居ない為まるで鈴音が常識人であるかのような立ち位置で会話が進む。

(あね)さんはともかく、人も結構好戦的や思うっすけどねぇ?」

「あー、まあ短い歴史ん中で戦争ばっかりしてるし、否定は出来ひんかな。でも穏やかな人種も居てるよ?」

「ホンマっすか。腕斬り落としたり酒に毒仕込んで寝首掻くような奴ばっかりちゃうんすか」

「例えがピンポイント過ぎる!」

 鈴音のツッコミにケラケラと笑った茨木童子は、ホテルを見上げて頷いた。


「けど確かに、兄貴の子孫は穏やかっすよね。芝居の内容教えてくれる時も優しかったし」

「……甘い。優しい性格なんは間違い無いけど、芸能界に生きる人やで?ライバル蹴落とさな仕事あらへんねんから、ああ見えて物凄い負けず嫌いの筈」

 そう聞いた茨木童子は目を輝かせ嬉しそうな笑みを浮かべる。

「ホンマっすか!益々兄貴やないすか!うわー、本物の兄貴に会わしてやりたいわー」

「酒呑童子が優しぃて負けず嫌い?悪鬼目線と人目線では感じ方がちゃうんやろか……」

 一瞬悩んだものの、確認のしようがないのでさっさと忘れる事にして、鈴音は茨木童子を見上げた。

「ほな私はそろそろ帰るわ。あんたは魔界?」

 天狗の国のようなものを想像する鈴音に対し、茨木童子はきょとんとした顔で首を振る。

「俺は魔界に居場所ないんで、山に住んでるっす」

「やま」

「うっす。最近は生駒あたりがええ感じっすね」

「そんな人の生活圏と密着した山に茨木童子が居てたん!?」

「登山道外れといたら意外と見つからへんもんっすよ、ハハハ!」

 衝撃の事実に愕然とする鈴音を残し、『ほなまた明日!』と去って行く茨木童子。

「……行方が分からん大物妖怪おったら、近所の山探してみた方がええですよ、て報告しとこかな」

 ゆるゆると首を振って呟いた鈴音は、心を落ち着けようと一度大きく息を吐いてから、よしと頷いて地面を蹴り自宅方向へ跳んだ。

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