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第二百八十話 良子オバちゃん

 大事な兄貴分とそっくりな顔をした女がまさか、憎き宿敵の子孫だなんて誰が思うだろうか。

 茨木童子は両拳を握り締め、大きく息を吐いて気持ちを落ち着けつつ鈴音を見上げた。

(あね)さん、それホンマの話すか」

「誰がアネサンや。ホンマの話やで?その渡辺さんを守るんが私の仕事やもん」

「そう……っすか」

 角と爪を引っ込め苦々しい顔をする茨木童子へ、鈴音は憐れみの目を向ける。

「今回のミュージカル、劇場んとこにあるポスターやと役者さんの名前までは分からへんもんねぇ」

 先程劇場の前まで行った時に見えたポスターで分かったのは、作品タイトルと役に扮した演者の姿だけだった。

 まあ細かい字で名前が書いてあったとして、茨木童子が読んだかどうかは怪しいが。


「取り敢えず、お互い歌也(かや)さんらを呪うてる訳やないて分かった事やし、私らは仕事に戻る、あんたは魔界に帰る、でええんちゃう?」

 鈴音の提案に顔を上げた茨木童子は何というか、怒りながら困っているような複雑な表情をしている。

「でも、顔は兄貴なんすよ」

「そうやね、渡辺さんやけど」

「ぐぬぬ渡辺ぇぇぇ」

 歯を剥いて唸る姿を見るや鬼がくるりと背を向け小さく肩を震わせた。笑いを堪えているらしい。

「他人の空似、にしては似過ぎてるんやったら、酒呑童子の子孫の可能性はあるよね」

「へッ!?渡辺やのに!?」

 目を丸くする茨木童子へ鈴音は呆れ顔を見せた。

「全国に渡辺さんがどんだけ居てる思てんの?ほんで、酒呑童子は酒呑童子で子孫ようけ(たくさん)残してそうやし。そうなったら、自分が酒呑童子の子孫やなんて知らん人と、渡辺さんとが結婚してもおかしないやん」

「うわホンマや!」

「ウチの大嶽課長は先祖返りして物凄い霊力持ってるけど、歌也さんは見た目だけ酒呑童子そっくりに先祖返りしたんかもしらんね」

 仮説を披露した鈴音へ向けられる茨木童子の目が、尊敬でキラキラ輝いている。


(かしこ)ッ!姐さんは文殊菩薩の化身すか」

「猫神様の神使やーいうてんのに」

「よし、兄貴の子孫やったら俺が守らんと。渡辺なんは言わんかったら分からんし忘れよ」

 鈴音の声なぞ右から左の茨木童子は、やる気に満ち溢れた顔で拳を握り頷いていた。

 その様子を横目に鈴音は鬼へ小声で問い掛ける。

「悪鬼て呪い効かへんのですか?」

「効き難いだけで効かなくはない筈ですー。ただ、自分に向けられた呪いならともかく、他人用の呪いに触れた位では何ともないかとー」

「ほほう。それやったら歌也さんの護衛させるんもアリですね」

「確かに。術者が遠方に居た場合、僕らがそちらへ出向いている間の守りが手薄になりますもんね」

 悪くない案だと鬼も頷く。

 しかし問題は、悪鬼が人に害をなす存在だという事だ。

 酒呑童子の子孫だと信じている歌也を守ろうとするあまり、周囲の人々を傷付ける恐れがある。


「あー、もしもし茨木童子」

 鈴音が声を掛けると、茨木童子は両拳を腿に置いて背筋を伸ばした。

「何すか姐さん」

「そろそろ正座やめて立ったら?」

「うっす!」

 その場で跳び上がり直立不動。まるで気をつけの号令が下った軍人か何かのようだ。

 白猫の眷属で神使で高位の神々が後ろ盾になっている、という脅しがばっちり効いているらしい。

「えーと、あんたに歌也さん……酒呑童子の子孫の護衛をして貰お思うねんけど……」

「任して下さい!怪しい奴は全員ボコったります!」

 我が意を得たりとばかりファイティングポーズをとる茨木童子へ、溜息を吐きつつ鈴音は首を振った。

「ボコったらアカン。攻撃不可。防御オンリーで」

「ええ!?そんなアホな」

「あと、あんた確か女の人に化けるん得意やんね?」

「へ?あ、はい。得意っす」

 美女に化けて渡辺綱を襲い腕を斬られ、老婆に化けて腕を取り戻しに行ったのは有名な話だ。

「あんたみたいなイケメンを近付けるんはマネージャーさんが許さへんやろから、見るからに人の良さそうなオバちゃんに化けて」

「見るからに人の良さそうな……?」

 うーんと唸った茨木童子は、妖力を出して煙に包まれた。


「これでどうっすか」

 煙の中から現れたのは豹。

 いや、豹の顔がプリントされた豹柄の長袖チュニックに黒のレギンスを合わせ、ゴールドのぺたんこパンプスを履いた、パーマきつめのぽっちゃりなオバちゃんだった。

 鬼が目をまん丸にし、鈴音は『oh……』と遠い目だ。

「そうきたか。間違いではないけどめっちゃ目立つから、服装ちゃうのんにしよ」

 鈴音が指示してライトグレーのセットアップスーツと黒いローファーに変えさせると、安全対策課のベテラン職員で通る見た目になった。

「これなら誰も気に留めへんやろ。この姿の間は、安全対策課の茨木良子さんな」

「ヨシコさん?うっす。攻撃は……」

「オバちゃんの姿でもしたらアカン。防御のみ。あんたの素早さで人に負ける事はないやろ?怪しいから攻撃、やのうて、相手が歌也さんに危害を加えようとしてるかしっかり見極めてから動いて?それで充分間にあうし、防御するだけで相手ビビるから」

「うー」

 良子オバちゃんはとても不服そうだ。


「しゃあないやん、あんた強過ぎんねん。ちょっと力加減間違(まちご)うたら、人の腕でも頭でも取れてまうやん。そんな事なったら歌也さんのそばに()られへんで?」

「そうですねー、人を襲う悪鬼は懲らしめないといけませんねー」

 鈴音と鬼にとっては大した事のない茨木童子も、世間的に見れば大変恐ろしい存在である。

 敵に回した場合、安全対策課のエース級が出動するだろう大物だ。絶対に人を攻撃させてはいけない。

 なので鈴音は、攻撃=酒呑童子の子孫のそばに居られない、という呪いのような言葉を掛け、鬼はシンプルに脅した。

 すると。

「攻撃、ダメ、絶対」

 冷や汗を掻いてカタカタ震えながら良子オバちゃんが頷く。

 効果は抜群だ。

「分かってくれて嬉しいわ。ほなホテルに移動して待つとしましょか」

 鈴音が言うと鬼が人に化け、姿隠しのペンダントを返す。

 受け取って無限袋に仕舞いつつ鈴音は良子オバちゃんを見た。


「茨木さん、オバちゃんぽい喋り方できる?」

「任しといて。こう見えて人界長いんよ?オバちゃんの喋りなんか朝飯前やわ。まあ、若い女の子みたいに喋れ言われたらちょっとしんどいけどねぇ。言葉の流行り廃りが早過ぎてついて行かれへんもんねぇ。やっと覚えた思たら、それもう古い!言われるし。かなんわ(困るわ)ー」

 何かを招くように動かした手を頬に当て、嫌そうな顔で首を振る。

 良子オバちゃんは動作まで完全にオバちゃんだった。

「完璧やん、びっくりした。そら渡辺綱も騙されるわ。鬼いう種族は化けるん上手なんですねぇ」

 感心した鈴音がひょろりとした青年になっている鬼を見上げると、嬉しそうな笑みが降ってくる。

「そうですかー?ふふふー。僕なんかまだまだですけど、褒められると嬉しくなっちゃいますねー」

 どの辺りがまだまだなのか問い詰めたそうな顔をしている良子オバちゃんと、彼の上司はもっと上手に化けるのだろうかと興味津々な鈴音。

 地獄の鬼の变化術も気になる所だが、まずは呪いをどうにかしなければと作戦会議をしながら、皆で歌也の居るホテルへ向かった。



 まだ14時前なのでロビーで待つ事にしたが、その前に姿を隠した鈴音だけが入って歌也の部屋へ行き、新たな呪いはかけられていない事を確認して戻る。

 その後ホテルのドアを潜ってロビーのソファに腰を下ろし、小声で作戦会議の続きを始めた。

「呪いを辿れば術者を特定出来るんは分かりましたけど、問題は術者やないですもんね」

「ですねー。術者は仕事してるだけですしー」

「兄貴……歌也さんを呪ってくれ、て頼んだ人を突き止めなアカンいう事でよろしい?」

「よろしいよ」

 うんうん、と頷いてから、いやいや、と鈴音は手を振る。

「マネージャーの山本さんが狙われてる可能性もあったわ」

「あ、そうでしたねー。大体一緒にいらっしゃるから、今の所判断がつかないんですねー」

「あら嫌やわ忘れとった。こっちに居てる間はずっと一緒なんかしら」

「そうや思うよ。警戒して同じ部屋に泊まってるぐらいやし。自宅に戻ったら流石に別々んなるやろけど、そこまで長引かせたらアカンよねぇ」

 安全対策課の名折れだ、と険しい顔をする鈴音を見て良子オバちゃんがぶるりと震え、鬼は何かに気付いたらしく人差し指を立てる。


「何故、関西に来てから呪いが掛けられたんでしょうねー?これ重要な鍵じゃないでしょうかー」

「言われてみれば。んー、まず思い付くんは犯人が関西人やいうパターン。自分の目の届くとこで死んで欲しいからこの機会を待ってた、とか」

「熱狂的なファン?でもそれやったら何処へでもついて行きそうやねぇ」

 良子オバちゃんの指摘に頷いた鈴音は、別のパターンを考える。

「反対に、自分から離れた場所で死んで欲しい、いうんはどない?変な死に方されたら疑われるような動機があって、アリバイ作っときたいとか」

「それなら2人の関係者が怪しくなりますねー」

 どちらかというと後者の説が有力か、と皆で頷き合った。

 恋人、友人、仕事仲間、大穴で家族、と指折り怪しい人々を挙げ、その多さに揃ってスナギツネ化する。


「やっぱり、思い当たる節はありませんかて聞くしかないんかなぁ」

「そうですねー……、術者がプロなら依頼者の名前は言わないでしょうから、本人に尋ねるしかなくなるでしょうねー」

 呪われていますよなんて伝えたくはないが、そうも言っていられないようだ。

 渋い顔になる鈴音を見やり、良子オバちゃんが首を傾げた。

「術者をボコって吐かしたらええんちゃいますの(いいんじゃないですか)

「それやらかすと警察に捕まるんはこっち」

「ええ!?」

 信じられない、という顔をした良子オバちゃんの目を見ながら鈴音は説明する。

「呪いで人殺しても罪には問われへんねん。呪い禁止なんて法律、日本にはないから。つまり術者をボコったら、傷害容疑で即逮捕。しかも何の罪も無い人を殴る蹴るしてるから、情状酌量の余地なしでたぶん実刑」

「嘘ぉん」

 ここでも攻撃禁止なのかと肩を落とす良子オバちゃんと、悔しそうな顔で幾度か頷く鈴音へ、鬼が穏やかに微笑んだ。


「どっちみち、呪いたい程の恨みを抱えてる人ならそのうち本性を現すでしょうし、早く分かるか遅く分かるかの違いでしかないと思いますよー。お芝居が終わった後で心当たりを尋ねてみるのが良いのではー?」

「そう……ですよね。術者ひとり潰したってまた別の術者に頼むかもしらんし、何なら反社とか半グレとかに頼んで物理的な攻撃に出る可能性かてありますもんね」

 そこまで行くと安全対策課の仕事ではなくなるが、何かがあってからでは遅いし『遺体で発見されました』なんて報道は見たくない。

 たとえ逆恨みだとしてもお金を払ってまで呪いをかける危険な人がいる、と伝えるだけで警戒はしてくれるのではなかろうか。

 それを期待して、鈴音は明日の千秋楽の後に尋ねてみる事にした。

「取り敢えず今日と明日は用心棒として呪いの警戒にあたって、明日の舞台が終わった後に2人と話してみます」

「わかりましたー」

「防御、頑張るっす。ああいや、頑張るわぁ」

 一瞬茨木童子に戻った良子オバちゃんに笑いながら時刻を確認すると、いつの間にやら15時前になっている。

 約束通り部屋まで迎えに行く為、鈴音だけ客室へと向かった。



 部屋の扉をノックして名乗ると、ドアガード越しの確認を経て室内へ通される。

 ドレッサー前で髪を整えている歌也の服装は、ロングTシャツにストレッチパンツにスニーカーと、とてもカジュアルだ。

 ボーイッシュなイメージなので、茨木童子の良子オバちゃんがうっかり兄貴と口走らないか心配である。

「お迎えにきましたよー。調子はどうですか?」

 笑顔で声を掛けた鈴音を振り向き、歌也は親指を立てて見せた。

「いい感じです!嫌な視線も今の所ないし、集中出来そうな気がします」

「そら良かった。ああそういえば、歌也さん御守りなんか持ってます?」

 鈴音の質問にキョトンとした歌也は、Tシャツの襟元からペンダントを引っ張り出す。

「御守りっていったらコレぐらいですけど……」

 ちょっと失礼、と近付いてみれば、鈴音にも仏力が感じ取れた。

「へぇー、これは随分とええ御守りですねぇ」

「え、ホント?あっ、すみません。高野山に行った時に買ったんです。山本さんとお揃いで」

 歌也の言葉に合わせて山本も首から下げているペンダントを引っ張り出して見せる。

「成る程、ダブル効果で防御力アップしてるんやろか」

「え?」

「いえ、何でもないです。ほな劇場までついて行かして貰いますけど、助っ人が2人増えまして」

「助っ人、ですか」

 直ぐさま山本が反応した。


「はい、歌也さんの近くに()って貰て、護衛を兼ねつつ視線の出どころを探るオバちゃんと、私と行動を共にする男性です」

 オバちゃんと聞いて山本は明らかにホッとしている。

「男性は歌也の警護は担当なさらないんですね?」

「はい。怪しい気配がどこから出てるんか探すんが得意な人なんで、私と一緒にうろついて貰た方が効率ええんですよ」

「分かりました。全員を密着取材の記者として申請しますね」

「お願いします。ほなそろそろ行きますか?」

「はい!」

 元気に返事をした歌也は、ショート丈のジャケットを羽織りキャップを被って、リュックを肩から下げた。

 まずは鈴音が先に出て安全確認をし、歌也、山本と続く。

 呪いの黒い靄が湧くような事もなく、エレベーターは無事ロビーに到着した。

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