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第二百七十九話 しかし回り込まれてしまった!

「あのー、ちょっと宜しいですか?」

 すぐそばまで接近し鈴音が声を掛けると、悪鬼はギョッとした様子で視線をホテルからふたりへ移す。

 だがそこに立つのが自分より若干背は高いものの腕力は無さそうな男と、見るからに非力な細身の女だと認識した途端、明らかな余裕を見せた。


「何すか?」

 高身長に見合った低音は関西弁のイントネーションだ。

 普段は魔界に居るらしいのに関西弁とはこれ如何に、と思いつつも鈴音は穏やかな笑みを浮かべる。

「こちらで何をされてるんですか?客室見上げてはりましたけど」

「え?……あー、ツレが泊まってるんで、早よ出て来ぇへんかなー思て見てただけっすよ」

 それが何か、といった顔で答える悪鬼へ鈴音は首を傾げた。

「それやったらロビーで待っとったらええのに。こんなトコから部屋見てたら、完全に不審者ですよ?ストーカーみたい」

「スト……」

 鈴音の指摘に悪鬼は思い切り動揺する。

 本当に友人を待っているだけなら、失礼な事を言うなと怒ればいいのにこの反応。

 黒と判定したらしい鬼が、人畜無害そうな笑顔で口を開く。

「獲物の動向が気になるんですかー?」

 その言葉に悪鬼は眉根を寄せた。

「獲物……?」

「誰かに頼まれました?あの人らの様子に変わった所が無いか報告せぇとか」

 後を続けた鈴音を睨み、悪鬼がゆらりと妖力を立ちのぼらせる。

「お前ら……、呪い掛けとる奴の仲間か」

「……んん?」

「……おやー?」

 目をぱちくりとさせてから顔を見合わせた鈴音と鬼へ、悪鬼が逞しい腕を伸ばし掴み掛かった。


「術者はどこや!!って、うわ!」

 鬼の胸倉目掛けて伸ばされた腕は軽く躱され、悪鬼がたたらを踏む。

「どうやら誤解がー……」

「うっさいんじゃボケさっさと吐けェ!!」

 即座に体勢を立て直し再度掴み掛かる悪鬼だが、やっぱり鬼は余裕をもって躱した。

「こんな所で騒いだら目立ちますしー……」

「ああ!?上等やゴルァ!!」

 苛つく悪鬼の頭に2本の角の先端が出る。

「ちょ、角!角出てもうてるよ!」

 人目を気にして慌てる鈴音の言葉は耳に入らないようで、妖力も出し素早さを増した悪鬼が鬼を狙う。

 それでも悪鬼の右手は鬼に掠りもしない。

「何なんやワレ、ええ加減に捕まれや!!」

 キレたらしい悪鬼から一段と強い妖力が迸り、容姿に変化をもたらした。


 頭には牛のような黒い角、髪や顔に変化は無いが、忌々しげに歪められた口から覗く犬歯は肉食獣を思わせる。

 指先には黒く鋭い爪が光り、見るからに攻撃力が高そうだ。


「はいアウト」

 悪鬼が何か言うより早くそう宣言した鈴音は、無限袋から姿隠しのペンダントを取り出すと鬼に渡した。

「お借りしますー」

 会釈して受け取った鬼はペンダントを着けると、派手な演出も何も無くサラッと元の姿に戻る。

 地味なスーツに身を包んだひょろりと背の高い青年は何処かに消え、筋骨隆々で眼光鋭い二本角の鬼がそこに現れた。

 以前と同じく上半身裸で、小袴のような裾を絞ったパンツを穿いており、足元は裸足だ。

 妖力を出している悪鬼とは違い、鬼は仏力も出さずただ立っているだけなのだが、圧倒的強者が出すオーラというか、途轍もない迫力がある。

 実際、正体を現した鬼の姿を見た悪鬼は顔を引き攣らせ後退った。


「何やお前、お前みたいな奴知らんぞ!こんなヤバいのん手下にするような奴に狙われとるんか兄貴は……!」

「え?兄貴?」

 誰の事だと怪訝な顔をした鈴音の事は綺麗に無視し、悪鬼は回れ右をして脱兎の如く駆け出す。

 敵わないと悟り戦略的撤退を選択したらしい。目にも留まらぬ速さで城の方へと逃げて行く。

「おおー、生存本能が仕事してるタイプや。勝たれへん戦いは避けるとか賢いなー。でも……」

「そうですよねー、逃げ切れるとは限らないんですよねー」

 再び顔を見合わせエヘヘと笑ったふたりは、前を向くと同時に悪鬼の妖力を追って走り出した。



「この辺まで来たら大丈夫か……?」

 平日の昼間とはいえ、観光スポットゆえに人がそこそこ多い公園へ逃げ込み木々の間に隠れた悪鬼は、急いで角やら爪やらを引っ込め妖力を消す。

 こうなってしまえば只々ガタイのいい兄ちゃんでしかない。

 後は人の群れに交ざれば誤魔化せるだろう、と大きく息を吐いて一歩踏み出した悪鬼の前に、軽く右手を挙げて鬼が立っていた。

「ぅおぉおお!?」

 目玉が転げ落ちそうな程の勢いで驚いた悪鬼が反射的に回れ右をすると、その先に鈴音が立ち塞がってニコニコしている。

「んななななんやねんお前ら!?」

 慌てふためきながら身構える悪鬼に、笑顔の鈴音は注意した。

「ここあんまり人おらへんけど、向こうにはようけ(たくさん)居てるし騒いだら目立つよ?あと、鬼さんの姿は普通の人には見えてへんから気ぃつけて」

 言われて自身の声の大きさに気付いた悪鬼は、素直に声量を絞りつつ鈴音と鬼を交互に見やり隙を窺う。


「で、何やねん。俺を生かしといたらマズい事でもあんのか?術者に命令されとるんか、あのチョロチョロしとるヤツ消しとけ、て」

「チョロチョロしてんの?うーん、でもストーカー被害の相談は受けてへんし、私が守らなアカンのは女性やから“兄貴”ではないんよねぇ」

 顎に手をやり困り顔の鈴音が言うと、悪鬼は小首を傾げた。

「守る?」

「うん。依頼受けてん。四六時中変な気配するから調べて欲しい、いう依頼」

「へー、そうやったんか……て誰が信じるか!」

 一瞬話を聞く振りを見せてからの掌返し。

 鈴音を人質にしようと悪鬼が素早く手を伸ばす。

「ああ、そらパッと見どっちが弱そうか言うたら私やもんね、そんな動きになるよね」

 いつの間にか悪鬼の横へ回った鈴音が、華奢な手で太い手首を掴んでいた。

「ちょ、は?いやいや、おいおいおい」

 掴まれた手首が全く動かせない事に焦った悪鬼が冷や汗を掻く。

 そりゃあシレッと背後に立たれはしたが、鬼が抱えるなり背負うなりして連れてきて立たせた、結界を張る為だけの防御専門要員だと思っていたのだ。

 だから、見えない速さで横へ移動されたり、ちょっと手首を握られただけで動けなくなったりすれば、当然のように混乱する。


「待って?聞いてもええか?」

 鈴音の方は見ず視線を手首に固定したまま悪鬼が尋ねた。

「どうぞ」

 頷く鈴音。

「お前も鬼なん?」

「いいえ」

「ほな何?」

 これに鈴音が答えるより早く、鬼のひょろりとした声が届く。

「知らない方がいいと思いますよー」

「何を言……、え。え!?いや見た目と声のギャップどないなってんねん!お前の周りだけヘリウム充満しとるんか!」

 二度見からのツッコミに鈴音が『おぉー』と感心し、鬼は『よく言われますー』と笑った。

「まあ変声期無い人もいてるしね。鬼さんは人ちゃうけども。ほんで、あんたは何者?兄貴て誰?」

 手首を掴んだまま質問する鈴音を睨み、悪鬼は再び角を生やし妖力を解放しながら体当たりを試みる。


「お前が先に答えんかい!!」

 鬼ほどではないが悪鬼も立派な体格だ。

 それが妖力を伴って思い切りぶつかってくれば、鈴音のように細い女性はひとたまりもない。

「ぐは!!」

 筈だったのだが、吹っ飛んだのは悪鬼の方だ。

 まるで頑丈な壁にゴムボールを投げたかの如く弾き返され、物の見事に引っ繰り返っている。

 当たる瞬間に掴んでいた手首を離して知らん顔をしていた鈴音は、気の毒そうな表情で悪鬼を見下ろした。

「ごめんやで。剣で斬られても傷ひとついかへん魅惑のボディやねん。体当たりなんか蚊ぁ止まるんと一緒」

 いつ動いたのかも分からない速さで悪鬼の足元へ移動してしゃがみ、今度はその両足首を掴む。

「あんたが何処の誰で兄貴が誰なんか教えてくれへんのやったら、仕事の邪魔やからぶん回して遠くへ放り投げよ思うねん」

「……え」

「どこまで飛ぶか見ものですねー。空に向かって投げたら宇宙へ届きますかねー?」

「宇宙て!!そんな勢いで投げられたらナンボ鬼でも途中で燃え尽きるっちゅうねん!!」

 我に返った悪鬼のツッコミに、鬼は不思議そうな顔をした。


「僕は大丈夫ですよー?だって僕達って阿鼻地獄の炎にも耐えられるように出来てますからー」

「あはは、私の力で投げたぐらいでは燃え尽きるまで行かへんでしょ。……いや、どうやろ。超高速ジャイアントスイングからの投擲で時速何万キロまで出せるんか試してみよかな?」

 もうどこからツッコんでいいのか分からないし、そもそも恐ろし過ぎてそれどころではない。悪鬼の顔面は蒼白だ。

「阿鼻地獄て。地獄てお前。鬼は鬼でもそっちの鬼か!!勝てる訳ないやないか!!」

「あー、ほら、叫ばない叫ばない。人来てまうからね?もうちょい静かにしよか」

「出来るかァ!!地獄の鬼やぞ!?何でそんなんがフツーにうろついてんねん!!術者とどんな関係やねん!!謎過ぎるやろ!!」

 噛み付くような勢いで捲し立ててから、はたと気付いた様子で黙り込み鈴音をじっと見る悪鬼。

「鬼やないのに地獄の鬼と一緒におって、訳わからん力持ってるお前の方がよっぽど謎やないか」

 すると鈴音は物凄く悪い笑みを浮かべた。

「教えてもええけど、それ聞いたらあんたも私の質問に答えなアカンで?」

「嘘を吐くとか、誤魔化して逃げるという選択肢はなくなりますよー?」

 覚悟はあるのかと目で問い掛ける鈴音と鬼。

 ゴクリと喉を鳴らした悪鬼は、好奇心に負け恐る恐る頷いた。

 頷き返した鈴音が立ち上がり、咳払いをひとつしてから自己紹介を始める。


「おほんっ。猫神様の眷属で神使、イザナミ様とワタツミ様とヒノカグツチ様が後ろ盾になって下さっている普通の人、夏梅鈴音と申します。因みに勤め先は厚労省。その中の、大嶽丸の子孫が課長してる部署ね」

「……へー」

 ちょっと頭がついていかなかったらしい。

 切れ長の目を伏せ脳内の情報整理を行っていると思われる悪鬼の様子を、鈴音も鬼も黙って見守った。

 待つこと数十秒。

 意味をしっかり理解したとみられる悪鬼は、ゆっくりと目を見開いて固まる。

「え……、これどうすんのが正解……ッスか?ジャンピング土下座で赦される?あれ?無理か?無理やな?神の眷属やもんな?ジャンピングからのスライディングでワンチャンあるか?ないか?ないか」

 小刻みに首を傾げながらの独り言が中々に面白いので暫く放っておこうかと思ったが、流石に可哀相になった鈴音が笑いながら止めた。


「私自身は普通の人やから、土下座は要らんよ。まあ、猫神様を侮辱したり猫を虐待したら赦さへんけど」

「猫は好きなんで大丈夫っす!」

 気付けば正座していた悪鬼が、キリッとした顔で頷く。

「そら良かった。ほな、こっちの質問に答えて?兄貴て誰?」

「さっきのホテルに泊まってる女優っす」

 鈴音は自分の耳がおかしくなったのか、それとも急に日本語が理解出来なくなってしまったのかと混乱した。

「えーと、私アホになってしもたんかな?兄貴が女優とか聞こえた」

「僕にもそう聞こえましたよー」

 説明を求めるように悪鬼を見ると、とても困った顔をしている。

「兄貴が女優な訳やなくて、兄貴の生まれ変わりの女優っすね、言葉足りてなかったっす」

 申し訳無さそうに後頭部へ手をやる姿を見ながら、何だそういう事かと笑う。

 しかし直ぐに笑っている場合ではないと気付いた。


「あのホテルに泊まってる女優さんで呪いに関係してるんは、歌也(かや)さんだけや思うねんけど。歌也さんて悪鬼の生まれ変わりやったん?ていうかそもそも悪鬼は人に生まれ変わったりするんですか?」

「いえー、聞いた事もないですねー」

 鈴音の質問に首を振る鬼へ悪鬼が食い下がる。

「も、そっっっくりなんすよ!顔が!」

「顔が似てるだけで生まれ変わりや思たん?性別もちゃうのに?」

 唖然とする鈴音に悪鬼は大きく頷いた。

「妖力とはちゃうけど、何か仏力っぽいのんちょびっと出しとったし……」

「それは御守りに込められた力ではー?」

「え?御守り?マジっすか」

 鬼のツッコミに驚く所を見ると、御守りの事は知らないようだ。

「兄貴の名前は?私は聞いても分からへんけど、鬼さんやったら何かご存知の可能性あるよ?」

 それもそうかと思ったらしい悪鬼は、真っ直ぐ鬼を見て“兄貴”の名を口にした。

「酒呑童子。兄貴は酒呑童子て呼ばれて、自分でもそう名乗ってたっす」

 予想外のビッグネームに鈴音の目は点になり、鬼はポカンとしている。


 先に我に返った鈴音が悪鬼に問い掛けた。

「待って?酒呑童子を兄貴呼ばわりするいう事は、あんたもしかして……」

「茨木童子っす」

 あっけらかんと答える悪鬼こと茨木童子に、鈴音は思わず額を押さえる。こっちも相当な大物だ。

 頭痛を堪えているような鈴音に代わって、今度は鬼が衝撃の事実を口にした。

「酒呑童子は地獄にいますから、もし生まれ変われるんだとしてもまだまだ無理ですねー」

「えぇ!?兄貴は地獄に連れてかれたんすか!?」

 愕然とする茨木童子と、あっさり頷く鬼。

「怨霊になる気満々で現世に留まっていた魂を、不動明王様が捕まえに行かれましてー」

「ふ、不動明王……。いくら兄貴でもそんなんに勝てる訳ないっすね……」

 辛そうに眉根を寄せる茨木童子へ、鈴音は散々迷った挙げ句教えてやる事にした。

あんな(あのね)、あんたが兄貴や思てた女優さんな。名字、渡辺やで」

「んな!?わ、わ、わぁたぁなぁべぇぇぇえええ!?」

 思わず角と爪を出しながら、茨木童子は『そんなアホなー!!』とワナワナ震えている。


 全国の渡辺姓のルーツと言われる英雄、渡辺綱。

 悪鬼茨木童子の宿敵である。

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