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第二百七十三話 正直の頭に神宿る

 犯罪王の屋敷を出た鈴音が目にしたのは、先程までの快晴が嘘のように黒い空である。

 今にも雨が降り出しそうな暗雲に覆われた空を見れば、物凄く偉いあの御方、創造神ビーダの怒りがよく分かる。

「ひー、ヤバいな。無関係の人まで天罰に巻き込まんように、悪徳神官だけ引っ張り出さなアカンね」

「せやな。女神さんが手加減間違(まちご)うたら纏めて消されてまうからな」

 城壁を跳び越えて街へ戻りながら、どのタイミングでビーダに声を掛けるのが正解か、鈴音は必死で考えた。


 取り敢えず今は危険だ。

 不届き者を成敗するからさっさと教えて、と笑いながらキレられそうである。

 人界の様子を知る為の“目”にしている神官ではないにしろ、自分を信仰し仕えている筈の存在が悪事に手を染めていた等、到底赦せるものではないだろう。

 虹男とサファイアの世界で大神官が大罪人だと判明した際、あの場に居た殆どの神々が自世界は大丈夫かと調べたらしいが、末端の神官まで網羅する事は出来なかったようだ。

 だからこそ余計に怒っていると思われる。


「悪徳神官に気付かんよりはええけどさ、ビダちゃんにだけコソッとお知らせ出来るようなタイミングで知りたかったよね」

「せやな。今回初めて神官絡んでった思たらコレかい、いう感じやな」

「ホンマ、アホ神官め」

 猫の耳専用会話でふたり揃って呆れ返りつつ、犯罪王に教わった通りの道を進み孤児院を目指した。



 辿り着いたのは西の外れにある施設。

 しっかりとした石造りの2階建てで、小さな前庭がある。

 誰も居ないので取り敢えず屋根へ跳び、人の気配がある建物の裏側を覗いてみた。

「裏庭は結構大きいね。畑にしてるんや」

 畑に出ているのは大人が1人と子供が10人程だ。

 大人が収穫の終わった区画を耕し、子供達は収穫前の作物に付いた虫を取っているらしい。

「大人いう事はあれが悪徳神官?……にしては真面目に畑作ってるなぁ。あの人の上役がアカン奴やろか」

「そうなんちゃうか?金に目が眩んで女神さん裏切るような奴が、あんな汗掻く仕事せぇへんやろ」

 着ている服も何度も繕った跡がある作業着らしきもので、贅沢とは無縁に見える。

 そんな大人が一区切りついたのか顔を上げた。


「ふー。ややっ、いつの間にか雲行きが怪しくなっていました!皆さん、雨が降りそうですよー!」

 子供達に呼び掛けるその若い男性は何というか、穏やかそうで優しそうで争い事を嫌いそうな、見るからに良い人だと分かる顔立ちだ。

「知ってるよー!後ちょっとで終わるから、神官さんは先に上がってー!」

 子供達のリーダーらしき賢そうな少女が手を振り応える。

 それに対し神官は首を振った。

「そんな、私だけ休む訳にはいきません!」

「でも神官さん虫ダメだし」

「うっ。だ、大丈夫です。これでもこちらへ来てから慣れたんです」

 青々とした葉が整然と並ぶ区画へ移動した神官だったが、子供達が持っている籠を覗き込むや物凄く情けない顔をする。

「うぐ……、か、神よ、この試練、必ずや乗り越えて御覧に入れます」

 大袈裟な誓いを立て胸に手を当てプルプル震える神官に笑いながら、子供達は次々と虫を取っていった。


「彼ではないわ」

「ないな」

 思わず笑う鈴音と虎吉の視線の先では、神官が青虫に手を伸ばしては引っ込め、引っ込めては伸ばし、とへっぴり腰でコミカルな動きをしている。

 ビーダも笑ったのだろうか、空の黒さも若干薄まっていた。

 そこへ、建物の方から別の男性の声が聞こえてくる。

「ツェウェル神官、少し宜しいか?」

 声の主を見たい鈴音だが、丁度真下にあたる位置が裏庭への出入口なので、つむじしか見えない。

 髪の艶や声の感じからして老人ではなさそうだ。


「学習室の椅子の脚がぐらついていてね。修理を頼めるだろうか」

 鍬を手に小走りで近付いてきたツェウェル神官は笑顔で頷く。

「お任せ下さい院長!大工仕事は得意ですから」

「すまないね。新しい物を買ってあげられたらいいのだけれど、予算が……ね」

「まだ使える物は直せばいいんです。皆様の優しさが詰まったお金は大切にしなくては」

 太陽のように光る魂を持つ鈴音が『眩しッ』と言ってしまう程、清らかな笑みを浮かべるツェウェル。虫取りを終えた子供達も周りに集まり頷いている。

 ここだけ空気が澄み渡っていそうだ。

「それではお願いするよ。私は神殿に用があるから、申し訳ないが今日はこのまま帰らせてもらう。皆、ツェウェル神官の言う事をよく聞くように」

「はーい!」

 良いお返事の子供達と神官を残し、院長は建物へ消えた。


「他に神官が()らへんのやったら、この院長とやらがアカン奴やんね」

「おう。どないする?後つけてみるか?」

「んー、神殿行って帰る言うてたし、ここに住んでへんとなると、怪しいんは自宅やもんね。タンス預金してるかもしれへんし。よし、ついてってみよ」

 屋根の上で悪い笑みを浮かべる鈴音の耳に、子供達から虫の入った籠を見せられたらしい神官の『ひゃー』という憐れな悲鳴が届く。

「ぶふっ。もう、気ぃ抜けるやんか」

 畑をチラリと見て笑ってから、正面玄関側へ移動する。

 出てきた院長の後ろへ音も無く降り立つと、綺麗サッパリ気配を消して尾行を開始した。



 旅人等もよく着ている茶色いローブに身を包んだ院長は、孤児院から離れ知り合いが居ない状況になると、服装が見えないため神官だとは分からなくなる。

 30分も歩いて彼がやってきたのは、神殿ではなく住宅街にある小さな一軒家。

 この時点で限りなく黒に近付いた。

 せっかく薄まった空の色もまた黒さが増す。

「嘘つきは泥棒の始まり」

「ほな鈴音は大泥棒やな?」

「しもたーブーメランやったー」

 猫の耳専用会話でふざけつつ、家へ入った院長の様子を探るべく前の通りで聞き耳を立てる。

「衣擦れ……着替えかな?ほんで、どっかの扉開けた……何か出した。この音は金貨?金貨入りの袋出した……何枚か抜いて……袋をまた元の場所に戻す、扉閉める、と」

 どうやら服を着替え金を補充する為に家へ帰ってきたようだ。

 路地に隠れて院長が出て来るのを待ち、再び後をつける。



 灰色のローブに着替えた院長が更に30分歩いてやって来たのは、まさかの闘技場だった。

 時刻は14時半を回った頃なので、まだ何組かの試合が残っている。

 無敗の魔獣使いが居なくなった分、実力が拮抗していそうな好カードが後半のいい時間に回っていると思われた。

 ギャンブル好きには堪らない状況だろう。

「神に仕える人てフツー賭け事アカンよね?」

「賭け事の神さんでもない限り、まあアカンやろな」

 日本の神々は割と緩いが、ビーダは恐らく厳しい。

 鈴音の野生の勘が、彼女が『いいよ』と言った事以外に手を出すのは危険だと告げている。

「仕事サボって闘技場行くとか生臭神官にも程があるな。しかも自分のお金ならまだしも、孤児院への寄付金に手ぇ付けてるっぽいし」

 案の定、鈴音がこう呟いただけでゴロゴロと雷鳴が轟き始めた。

「まだあきませんよ!?証拠見付けてへんし、こんなトコでぶっ放したら大勢巻き込みますし!」

 慌てて近くの建物の屋根へ跳んだ鈴音が止めると、雷鳴は小さくなる。


「こうなったら証拠探しに空き巣に入るか」

「ホンマの泥棒になるんか?」

「んー、でも金貨の山があったとして、名前書いてある訳ちゃうしなぁ。それが寄付金かどうかなんて分からへんよね」

 悩む鈴音に虎吉は小首を傾げた。

「誰がどんだけ寄付してくれた、とかどっかに書いてへんのか?」

「あー、寄付金に関する帳簿はありそうやけど、書くんが院長やったらナンボでも誤魔化せそう。神殿の上役には本物見して、あの清らか神官さんには改竄した帳簿見したら分からへん思う」

 そう言ってから、そもそも寄付金は何処で受付けているのか、と考え顎に手をやり眉根を寄せる。


 孤児院で受け取っていたら、ツェウェル神官も見ている訳だから金額を誤魔化せない。

 使い込んだ後に『貯金は沢山あるのだし』と、大きな買い物でも提案されたりしたら終わりだ。

 となると、各孤児院で寄付を受付けているのではなく、神殿で一括して受付けてそれぞれへ分配、の可能性が高いのではないか。

 鈴音が仮説を話すと虎吉も成る程と納得する。


「んー、銀行振込か現金手渡しか……?何にせよ渡したお金に関しては神殿側がつけてる筈やわ。ほんで院長は何にどれだけ使(つこ)たかいう、出納帳みたいなんをつけてるんちゃうかな?」

「それに嘘を書くんか」

「うん。さっき壊れた椅子の修理頼んでたけど、あれを新しく()うた事にするとか。そんな調子でちょこちょこ出費があったように偽装しといたら、口座の残高が少なかっても神殿側からは疑われへん」

「あの正直な神官には最初から少ない額を見せとくんやな」

「うん。銀行振込なら先に孤児院から遠い支店で引き出しとく。現金手渡しならナンボか自分の懐に入れて、残った分を預け入れる。ほんで孤児院に帰って、これだけの額が貰えましたよ、とか言うて預金証書を見せる」

「うわー、セコいやっちゃ」

 それもこれも、この世界の銀行が出している預金証書には預金額しか記されないから出来る事だ。

 預け入れや引き出しに関しても記されるなら別の口座を作る必要が出て来るが、そうなれば当然リスクも高くなる訳で、そもそも寄付金に手を付けよう等と思わなかったのではないか。

「飽くまでも仮説やから、証明せん事には何とも言えんよね。っちゅう訳でまずは、笑顔に後光がさす神官さんに会いに行こ」

「おう」

 ゴロゴロと小さく雷が鳴る中、鈴音と虎吉は再度孤児院へ向かう。



「ごめんくださーい」

 孤児院正面玄関で声を掛けると、神官服に着替えたツェウェルが出てきた。

「こんにちは。何か御用でしょうか?」

 穏やかな笑顔に柔らかい物腰、神官の鑑だなと思いながら鈴音は会釈する。

「孤児院への寄付を考えている者で、鈴音と申します」

「おお、ありがとうございます!神官のツェウェルです。ただその、寄付はこちらではなく神殿で受付けておりまして……」

 申し訳なさそうなツェウェルの言で、仮説のひとつが証明された。

「はい。神殿へは後程伺いますが、実際の孤児院はどのような所なのか、この目で見ておきたかったんです。見学させて頂けませんか?」

 微笑む鈴音を見やり納得した様子のツェウェルは、手で中を示して頷く。

「歓迎致します、どうぞお入り下さい」

「ありがとうございます、お邪魔します」

 まんまと潜入に成功した鈴音は、ツェウェルの後をついて歩いた。



「へぇー……、綺麗に使(つこ)てますねぇ」

 遊戯室へ案内された鈴音は、積み木や木馬等の玩具が壊れていないのは勿論、室内の清掃が行き届いている事にも感心する。

「子供達は皆いい子ですし、毎日掃除を頑張っていますので」

「それは素晴らしい。……ん?ふふ、オモチャの剣は結構傷だらけ」

 玩具箱から木剣を引っ張り出して鈴音が楽しげに笑うと、両手を振りながらツェウェルが慌てた。

「ああっ直すのを忘れていました!あの、別に乱暴な子が居る訳ではなく、賞金稼ぎや警備隊に憧れる子がこう……」

「分かります分かります、伝説の剣士ごっことかしそうですよね、特に男の子」

「そうなんです!」

「そこに交ざる女の子やったんで、よう分かります。ところで今、直すん忘れてた言わはりましたけど、新しく買い替えたりはせぇへんのですか?」

 自然な流れで聞けた、上手い。と心の中で自分を褒める鈴音に、ツェウェルはとても良い笑顔を見せる。


「例えばその木剣なら、(かんな)がけをすればまだ使えます。玩具以外でも、家具も調理道具も服も、安全性に問題が出ない限り、修理して使える間は使います。お金はどこからともなく湧いて出てくる物ではありません。ですから、物を大切に使う心を養って欲しいのです」

「眩し……げほんごほん。失礼しました。とても良い教育方針ですね。ほな滅多に新しい物は買わへんのですか?」

 鈴音の質問に室内を見回したツェウェルは、少し寂しそうな顔で頷いた。

「本当は年に一度くらい、新しい玩具だとか、新しい服だとかを買ってやりたいんです。贅沢は出来ませんが、そのくらいなら良いと思うんです。でも……」

「財政的に厳しい?」

「はい。生活を維持するだけで精一杯です。お下がりの服等を頂いて、どうにかやって行けている状態で」

 玩具どころか古着すら購入していないらしい。

「ですので、どうか子供達の為にご寄付をお願いします。本当に良い子達なんです。文句ひとつ言わず畑仕事も掃除も頑張って、将来の為に読み書きの勉強もしています。いずれ社会に出て、きっと皆さんのお役に立ちます。ですから……」

「分かっています、大丈夫ですよ」

 溢れる思いが止まらなくなってしまったツェウェルへ鈴音は笑顔を向け、大丈夫大丈夫と宥める。


「はっ。も……、申し訳ありません!」

 ぱちぱち、と瞬きをしたツェウェルは一気に顔を赤くし、何度も頭を下げた。

「いえいえ、神官さんが子供達をとても大切に思っている事が伝わってきました。あなたがついていれば子供達は安心ですね」

 心底そう思う鈴音の前で『いえ私などそんな』と赤い顔で謙遜するツェウェルの頭に、ポトリと何かが降ってくる。

「ん?雨漏り?……おや?」

 思わず天井を見上げてから、足下に落ちた物に気付いて手を伸ばした。

「何故こんな所に花が……」

 そう言ってツェウェルが茎を掴んだ途端、今彼が手にしたのと同じピンクの薔薇が次々と降ってくる。

「うわ、うわわ!?」

 100万本とはいかないが、100本は軽く超える薔薇が足下に積もり、ツェウェルは目を白黒させた。

「こ、これは一体……?」

 ポカンとした顔を向けられ、鈴音は楽しげに笑う。


「応援してくれはったんちゃいますか?今後とも子供達の為に頑張りなさい、て」

「どなたが?」

「そら、こんな人智を超えた事が出来る御方でしょう。だってあなた神官さんですし」

 それを聞いてツェウェルは目を見張り、手にした薔薇と窓の向こうの空を見比べる。

「まさか……そんな事が……」

 呆然と呟き、畏れ多くなったのか薔薇を持ったままオロオロし始めた。

「ど、どうしましょう、これ、こんなに沢山頂戴してしまいました、大変だ」

 そこへ、賢そうな少女が顔を覗かせる。

「神官さ……、あっ、お客様。すみませ……わあ!!綺麗!!どうしたんですかこのお花!」

 目を輝かせた少女が小走りに近付き、落ちている薔薇を拾ってとても嬉しそうに笑った。

「えっ?あー、うーんと」

 物凄く困った顔で助けを求められ、肩を揺らしながら鈴音が代わりに答える。


「お掃除を頑張ったみんなに神様からの贈り物。お花飾ったらもっとお部屋が綺麗になるやん?」

「神様」

 視線を受け鈴音は首を振った。

「私やないよ」

 じゃあ誰だと不思議そうな顔をした少女だったが、何か大人の事情があるのかなと納得した様子で、落ちている薔薇をせっせと拾い集める。

「じゃあ神官さん、このお花みんなに見せてから飾るね!」

「え?ああ、それがいいですね」

「はい!お客様、お邪魔しました!」

 鈴音にもきちんと会釈した少女は輝くような笑顔で薔薇を抱き、弾むように仲間のもとへ向かった。

 その後ろ姿を見送り、1本だけ手に持ったままだった薔薇を見やったツェウェルは、何とも幸せそうに微笑む。

「あんな笑顔は久し振りに見ました」

「ふふ、良かったですね。もっと笑って貰えるように、たっぷり寄付してきますね」

「ありがとうございます!お願いします!」

「では神殿へ行ってきます。見学さして下さってありがとうございました」

「そんな、こちらこそ!」

 ここでもまた会釈合戦を繰り広げ玄関まで送って貰った鈴音は、ツェウェルに別れを告げると、証拠を押さえるべく気合を入れて神殿へ向かった。

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