第二百六十九話 再会いろいろ
砂漠に辿り着くと、虎吉が耳を動かす。
「こっちの先に居るで」
「ありがとう虎ちゃん。急ご」
満天の星の下虎吉が示す方を向いた鈴音は、猫の目がなければ真っ暗で何も見えないのだろうな、と思いながら砂丘の上を駈けた。
ビーダに貰ったマントのお陰で砂を物ともせず進み、一際大きな砂丘を越えた所で魔獣達の姿が視界に入る。
子供が心配で落ち着きなく動き回っているかと思いきや、揃いも揃って座り込んだり体を横たえたり、何だか妙に疲れているようだった。
「ありゃ、どないしたんやろ。あのメンツで苦戦するような生き物、この砂漠に居らへん思うねんけど」
「おう。そんなん居ったら危なぁて人がほいほい渡られへんわな。なんぼ護衛付けても」
マントから顔を出した虎吉と共に首を傾げ、鈴音は魔獣達に近付く。
「みなさーん、お待たせしましたー」
その声に顔を上げた魔獣達は、ホッとした様子を見せた。
「あんた達だったのね、よかった」
のしのしと歩み寄ってきたのはセルーン村の守り神、シマウマ柄でキツネ顔の熊だ。
闘技場に入場してきた時のような堂々とした風格は無く、そのアフリカ象並の巨体を縮こまらせて何かに怯えているように見える。
「どないしました?こんだけの魔獣が集団で居ったら無敵や思うんですけど。もしかしてお腹減って動かれへんとか?」
鈴音の問い掛けに熊は首を振った。
「お腹は減ってない。怖い思いをしたの。あんたは見なかった?でっかい鳥。変な魔力が世界を震わせたんだけど」
熊が目を向けた先には首都モドゥがある。
「あー……、でっかい鳥。はいはい、見ましたね。悪党の親玉の家から丸見えでしたね」
「よく無事だったね!?変な魔力と変な魔力がぶつかり合って大変だったのに」
風の精霊王の神力と鈴音の神力の事を言っているらしい。
「まあ、何やかや直ぐ帰りはったんで、特に問題は無かったですよ?」
「そうなの?あれが怖くないなんて、やっぱり只者じゃないわあんた」
尊敬の眼差しを向けてくる熊に微笑んだ鈴音は、周りに集まってきた魔獣達を見やり表情を改める。
「お帰りになった鳥さんの話はここまでにしといて、皆さんに確認したい事があるんですが宜しいですか?」
何だろうと不思議そうな顔をしつつも、魔獣達は頷いた。
「えー、現在とある場所に、魔法剣士と魔獣使いを閉じ込めてます。密猟や密売に関わった連中ですね」
鈴音の言葉に魔獣達の目が鋭くなる。
「私の所には、そいつらの他に魔法使いと只の剣士も何人か来たけど?」
熊の声に皆『うちも同じ』と頷いた。
やはり密猟現場に居た全員に恨みがあるのか、と鈴音は遠い目をしつつ全力で言い訳を考える。
「フツーの剣士はさっき暴れた時にやっつけませんでしたか?」
「え?うーん……?」
「そう言われてみれば……」
「踏んづけたかな……?」
魔法を使わない者は脅威にならないのでその他大勢扱いらしく、魔獣達は全員記憶が曖昧だ。
これ幸いと鈴音は笑顔を作った。
「やっぱりやっつけてましたね。ほな残るは魔法使いか。悪党の親玉に聞いたら分かるかな。ほんで確認なんですけど皆さんは、魔獣使い、魔法剣士、魔法使いらに復讐するんですね?」
鈴音の問い掛けに全員が頷く。
「当然。子育てが終わったら探しに行くつもりだったから、今ここで会えるなら手間が省けて助かる」
熊の低い声に頷く魔獣達。彼らの執念深さに驚きつつ鈴音は頭を掻いた。
「子供ら連れてくる前に確認して正解でしたね」
「あ、ホントだ。子供達連れて来てくれる筈だったのに居ない。私達の弱点にならないように考えてくれたんだ」
「いいヤツだなー」
感心して目をキラキラさせる魔獣達に曖昧な笑みを見せ、鈴音は親指で首都の方を指す。
「ほな魔法使い探してくるんで、もう暫く待っとって貰えますか」
「分かった。誰がやるか話し合って決めておく」
獲物の数が限られているので、誰がトドメを刺すのか決めておく必要があるらしい。
「お願いしまーす」
恐ろしい話し合いを聞きたくない鈴音は、そそくさとその場を後にして犯罪王スーデルの屋敷へ戻った。
いきなり現れた鈴音を見て腰を抜かしかけたスーデルに、密猟グループの魔法使いを呼び出させそれを捕縛。
ただ流石は犯罪王と言うべきか、化け物認定している鈴音相手に『魔法使いは貴重な戦力なので連れて行くなら証文の幾つかと交換して欲しい』等と交渉を持ち掛けてきた。
魔法使いもさる者で『自分は命令されてやっただけだから悪くない』とスーデルの目の前で命乞いをしてみせる。
呆れた鈴音は覚えたての風の魔法で室内を滅茶苦茶にして、高笑いを響かせた。
「ごめーん抵抗されたからやってしもたー、言うて首だけ魔獣らのとこに持ってってもええねんで」
これで魔法使いが黙り。
「犯罪王がこの世界から消えた方が権力者共はオモロイ慌て方して楽しましてくれるやろか。この際もう抗争とか気にせんとこかな」
これでスーデルがとても低姿勢になった。
オマケとして魔法使いをもう1人付けようかという謎の申し出を断り、実行犯だけを右手に提げて屋敷を出る。
その足で森へ向かうと、地下通路の途中に穴を空け中へ入った。
発光する石が使われた通路では、土の壁で塞がれた出口付近にて目的の人物達を発見。
震え上がって動けない魔獣使いとは違い、魔法剣士は抵抗を試みた。
火の魔法は効かなくても剣での攻撃は効くだろう、この狭い通路なら逃げ場もない、と襲い掛かったのだ。
この魔法剣士が神の使いで、持っている剣が神剣なら話は別だが、一般人による一般的な物理攻撃が鈴音に効く筈もなく。
魔法使いを床に置いて右手を出した鈴音により、バキ、という可哀相な音と共に剣は折れた。ついでに魔法剣士の心も折れた。
呆然としている内に魔力の縄でグルグル巻きにされ、エレベーターのようにせり上がる床で天井に空いた穴から地上へ出される。
真っ暗な森の中に転がされた3人の悪党は、何もない空間から大きな木箱を作り出す鈴音の出鱈目さに口をポカンと開けた阿呆面を晒し、悪態をつく間も無くそのまま纏めて箱詰めにされた。
砂漠へ戻ると、悪党3人入り木箱を蕎麦屋の出前のように運んできた鈴音を見て、魔獣達がそわそわし始める。
「おかえり、早く早く」
「ああ腕が鳴る」
「一撃で終わらせるなよ」
唸る魔獣達の言葉が分かる魔獣使いだけが、箱の中で悲鳴を上げた。
うるさいなと顔を顰めつつ、鈴音は魔獣達の輪の中へ入りド真ん中に箱を置く。
「へいお待ち。えー、この後、私が離れてからこの箱が消えますんで、そこから復讐開始いう事でお願いします」
「分かった。箱が消えるのを待つ」
「はい。ほんで終わったらこっちまで来て貰えますか。物凄く偉い御方に子供らの居る場所と繋いで頂きますんで」
そんな事が出来るのかとざわつきつつも、魔獣達は頷いた。
「ほな、また後でー」
皆に手を振り一目散にその場を離れる鈴音。
大きな砂丘を越えた先で座り虎吉を膝に乗せ、しっかり耳を塞いでから木箱と縄を消した。
数分後。
虎吉がちょいちょいと鈴音の頬を左前足で擽る。
「どぅふっ、可愛っ」
「終わったで。あいつらこっちに向かっとる」
「そっか、ありがとう虎ちゃん」
魔獣達の足音を聞きながら虎吉を抱えて立ち上がり、鈴音は深呼吸をした。
その様子を見ていた虎吉が鈴音の顎に頭をこすり付ける。
「別に、魔獣を狩っとった奴らが魔獣に狩られただけや。鈴音が連れて来んでも魔獣は自分で探し出して始末つけとったやろから、気にする必要あらへんで」
目を見張った鈴音は音がしそうな瞬きをしてから、とても嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。後悔は無いねん。ただ、殺人幇助とか、間接的に人の命奪ってる事だけは覚えとこ思て。死刑囚を裁くんとは訳が違うからね。神様の後ろ盾があるからいうて、自分が正しいと思い込まんように気ぃつけな。私は自分が敵や思う奴を排除してるだけやし」
「まあそれやったら俺もおんなじやけどな。嫌いな奴やら腹立つ奴やらはシバくで」
「あはは!猫神様の神使はどっちも血の気が多いて怖がられそう」
「うはははは!望む所や」
顔を見合わせニヤリと悪い笑みを浮かべたふたりの許へ、タイミング良く魔獣達がやってきた。
「お疲れ様でした。少しは気が晴れました?」
尋ねた鈴音に熊が大きく頷く。
「誰に手を出したのか思い知らせてやったわ。スッキリ。後はウチの子を取り戻したら完璧」
魔獣達から期待に満ちた目を向けられた鈴音は、笑みを浮かべて星空を見上げた。
「ビダちゃん、お願いします!」
そのセリフが終わると同時に、鈴音の横へピンクの薔薇と赤いリボンで飾られた黒いガーデンアーチが現れる。
魔獣も通れる巨大アーチの向こうには、くっついて眠っている子魔獣達の姿があった。
「あーーー!!ウチの子がいる!!」
目をまん丸にした熊が躊躇いも無くアーチに突進し、他の魔獣も口々に何事か叫びながら後に続く。入り切らないと判断した鈴音は急遽部屋を広げて対応。
気持良く寝ていた子供達は不機嫌そうに顔を上げ、まだ夢現なのか家族を見ても只々半眼を瞬かせていた。
ムスッとしたままグルーミングされること暫し、漸く目が覚めた子供達は親の存在に気付いてきょとんとしてから、一気に喜びを爆発させる。
「お母さん?お母さん。お母さんだー!!」
緑の子熊が母熊に体当たりし思い切り甘え始め、他の親子も種族ごとの愛情表現を交わした。
ひとしきり再会の喜びを分かち合った親子は、ふと我に返って慌てた様子で部屋から出てくる。
「ごめん、忘れてた訳じゃないの」
「ごめんね」
母熊と子熊に謝られた鈴音は満面の笑みで首を振った。
そんな調子で魔獣全員が砂漠に出ると、幻のようにアーチが消える。
「さて、これからどうします?シマシマのお母さんの縄張りはこの先ですけど、他の皆さんはちゃいますよね?」
首を傾げる鈴音へ魔獣達は頷いた。
「ウチはこの大陸の北の端だ。砂漠も凍土も越えるから、子供の足を考えると1ヶ月は掛かる」
「ウチは南の森。15日程かしらね。この子の体力が持てばいいけど」
「海を挟んだ向こうの大陸なんだ。泳げないしどうしよう。船に乗れるかなあ」
子供の体力や移動中にまた密猟者に襲われる危険など、心配事に顔を曇らせる魔獣達の前へ、再びアーチが現れる。
「ん?あれ、もしかして俺の縄張りか!?」
船に乗れるだろうかと唸っていた馬面の恐竜魔獣が、アーチに頭を突っ込んで確認した。
そして大興奮で皆を振り向く。
「お、俺の縄張りだ!!」
どよめく魔獣達に鈴音は微笑み、アーチを手で示した。
「物凄く偉い御方の御厚意ですね。どうぞ息子さんと一緒に懐かしい我が家へお帰り下さい」
「いいのか!?ありがとう!!」
「ありがとう!」
「お礼は私やのうて、空の向こうに居る御方に」
意味深長な笑みを見た恐竜はパカーと口を開けて驚いたが、直ぐに気を取り直して上を向くと、一際大きな声で吠える。
「ありがとうございまーす!!」
荒ぶる恐竜の雄叫びっぽくてカッコイイ、と目を輝かせて見守る鈴音の前で親子はアーチを潜り、嗅ぎ慣れた匂いにはしゃいだ。
「色々ありがとう!こちらの大陸に来る事があったら、是非とも遊びに来てくれ!」
「来てね」
親子の誘いに笑顔で頷き鈴音は手を振る。
「またいつか」
そうしてアーチは幻のように消え、また現れた。
「あー!!今度はウチだー!!」
次はテナガザルの魔獣、といった具合に、残る魔獣達もビーダが繋げた通路によって次々と縄張りに帰って行く。
その間に、緑の子熊は母にくっついて眠ってしまった。
「ふむ。シマシマさん親子の縄張りは直ぐそこやし、朝になったら私が送りましょか?娘さん起こすん可哀相なんで」
「そう?じゃあお願いしてもいい?」
「勿論」
話が纏まった事で、熊親子以外の魔獣を縄張りに返し終えるとアーチは現れなくなる。
鈴音は空へ感謝を伝え、子熊が寒いといけないので毛布を作り、頭から掛けた上で周囲に火球を幾つか浮かべておいた。
しんと静まり返った夜の砂漠に、今の所他の生き物の気配は無い。
魔獣が居るので神力を出して威嚇する必要もないだろうと、鈴音はのんびり腰を下ろす。
星空を見上げ虎吉を撫でながら、何か言っておく事があったような、と記憶を探る鈴音の横で、母熊もウトウトし始めた。
まずいぞ、と慌てた鈴音の脳裏に村長の息子イルウェスの顔がよぎる。
「あ、そうや。今回密猟者が来た理由なんですけど」
「……うん?」
村長の息子が街に出た時、田舎者と馬鹿にされ咄嗟に魔獣自慢をしてしまった事が原因だ、と包み隠さず伝える。
「他にも自慢出来るもんは沢山あるのに、パッと思い付くんが魔獣に共存を許されてる事やったんです。そのぐらい嬉しい事なんですよね、あなたに守られてるのが」
「うん」
「でも結果的にその自慢が悪党を呼び込む事に繋がってしもた訳で、気にした彼は元の寝床に負けへんぐらい寛げる場所を作るんや、絶対帰ってきて貰うんやて張り切ってました」
「ふふ、可愛い」
熊の表情は柔らかく、イルウェスに悪気が無いと理解し怒っていないようだ。
ホッと胸を撫で下ろした鈴音は、ふと思い付いた事を提案してみる。
「みんな心配してるやろし、縄張りへ帰る途中で村にちょこっと顔出します?」
「お、いいねそうしよう。何か美味しい物くれるかもしれない」
熊の返事に御供え物狙いかと虎吉共々笑った。
「ほな私が見張りしとくんで、朝までゆっくり寝といて下さい」
「ありがとう、おやすみ」
相当眠たかったらしく、頷いた熊は直ぐに寝息を立て始める。
我が子を取り戻しすっかり安心した様子に目を細め、鈴音はまた流れ星を数えて夜を過ごした。




