第二百六十八話 お話しの続きをしよう
ビーダに再度謝り、白猫に眷属の手を煩わせた事を詫びて、アーラは縄張りを後にする。
その背中を見送って、鈴音も依頼を片付ける為ビーダの世界へ戻る事にした。
「あ、そうや向こう行く前に猫神様にお土産渡しとかな。牙鶏の串焼きと羊の香草焼き」
串を外した焼き鳥とラムステーキがどっさり載った大皿を鈴音が手にした途端、白猫はテーブルへ移動を完了している。
やはり瞬間移動にしか見えない速さに笑った鈴音は、神々と共に白猫の美味しい笑顔を思い切り堪能してから、虎吉を抱えて犯罪王の屋敷へ戻った。
「よっ、と」
通路から屋敷の玄関前に出ると、明らかに人ではない何かへ向ける視線が飛んで来る。
犯罪王スーデルとその部下が、警戒心丸出しの目で鈴音を見ていた。
「うん?あー、うん。そらそんな顔なるよね」
まあ、怪獣のような鳥を謎の方法でブッ飛ばし何故かその後親しげに会話していた女を、にこやかに出迎えろと言うのも無理な話だろう。
そもそも敵対関係にあるのだから、化け物同士共倒れになりやがれ、と思っていたかもしれない。
御期待に沿えず申し訳ない、と鈴音は片方だけ口角を上げた。
「緊急事態は片付いたし、お話の続きしましょか」
玄関の内側で硬い表情をしていたスーデルは、大きな溜息を吐いて頷く。
「分かった。俺の部屋へ戻ろう」
そう言って背を向け歩き出すと、部下が左後ろをぴったりとついて行く。
スーデルは懐から何かを取り出して口に入れ、『お前も食うか』等と部下にも食べさせていた。
這いつくばり今にも消されそうだった魔獣使いとは扱いが違い過ぎるなあ、と口をモグモグさせている部下を眺めつつ、鈴音も後を追う。
壊れた扉から先程まで居た部屋へ入ると、中には誰も居なかった。
鈴音は耳を澄ます。
「魔法使い達……は隣の部屋に自主避難か。ん?賞金首と魔獣使いが居らへん」
「地下道で足音がしとる。魔獣用のん違てこの部屋に入口があるやつや」
虎吉が書斎机の方へ耳を向けている。
「足音は2つやな」
「あらー、犯罪王が逃げる用の隠し通路使うとか大胆やなぁ。出口塞いで閉じ込めたろかな。だってあいつらこそ魔獣が復讐したい相手やん?」
「おう、八つ裂きにしたいやろな」
「よし、閉じ込めよ」
ふたりが猫の耳専用会話を交わしているとも知らず、スーデルは書斎机の向こうへ回って椅子に腰を下ろした。
「魔獣には今後一切手を出さない、と一筆書けばいいんだったか?」
ペンとインク壺と紙のセットを机上に出して尋ねるスーデルに、鈴音は営業用スマイルを向ける。
「政治屋のお願いは聞きません、も追加で」
「ああそうだったな」
溜息と共にペンを取り、カリカリと音を立てて証文を作成するスーデル。
サインを終えてから、横に立つ部下が差し出した画鋲のオバケのような物で人差し指を突き、血判を押した。
「出来たぞ、確認しろ」
証文を入口側へ向け机上を滑らせて、スーデルは布で指先を押さえている。
書斎机に近寄った鈴音は、手に取って内容へ目を走らせた。
「はい、問題無し。これを守ってくれたら私もアナタに手出しせぇへんと約束しますよ」
「そうか。そりゃ助かる」
ただ頷いただけのスーデルに違和感を覚えつつ、鈴音は証文を無限袋に入れる。
「それじゃ、乾杯といこうか」
部下へ顎をしゃくったスーデルから出た言葉に鈴音は首を傾げた。
「なぜに乾杯?」
「そりゃ契約が成立したら酒を酌み交わすのが礼儀だろう。知らないのか?」
2人の会話をよそに、部下は備え付けの棚から酒瓶とコップを用意している。
「知らんし、もし酒飲まれへん人やったらどないするんやろなーと純粋な疑問が湧きますね」
「飲めないのか?酒が駄目なら茶を出すが。何でもいいんだよ、盃を交わす事に意味があるんだから」
座ったまま部下からショットグラスサイズの木製コップを受け取るスーデルを見つめ、鈴音は笑みを浮かべた。
「飲めますよ。お酒で問題無いです」
それを聞いて部下は鈴音にも同じコップを渡し、酒瓶の栓を抜く。
まずはスーデルのコップに琥珀色の液体が注がれた。
香りからしてウイスキー系の蒸留酒のようだ。
続いて鈴音のコップにも同じく。
「よし入ったな。では、契約の成立を祝って乾杯だ。毒が心配なら俺のと取り替えてもいいぞ」
ニヤリと笑うスーデルへ、鈴音は首を振った。
「どうせなら混ぜ混ぜしましょ」
きょとんとしているスーデルからコップを受け取り、自身のコップから少し酒を注ぐ。
今度は反対にスーデルのコップから自身のコップへ。それを何度か繰り返す。
「はい、これで中身はおんなじ」
鈴音からコップを受け取ったスーデルは成る程と頷いて笑った。
「考えたな。毒入りなら2人揃って死ぬ訳か」
「そういう事です。私が何かしたかもしれへんから、部下の人に毒味さしたらどうですか」
お返しだとばかり悪い笑みを浮かべる鈴音を見やり、スーデルは部下にコップを差し出す。
黙って受け取った部下は半分程を躊躇いも無く飲み、問題無いと頷いてコップを返した。
「お互い何も仕掛けてない事が証明されたな」
「ですね。ほな乾杯しましょか。作法知らんのですけど、コレ掲げたらよろしい?」
「ああ、それでいい」
頷くスーデルへ向け、鈴音はコップを掲げる。
「乾杯」
「乾杯」
スーデルもコップを掲げ、ぐいと酒を飲み干した。
コップを傾けた鈴音の喉が動くのを確認し、スーデルと部下の目に喜色が宿る。
そんな中、鈴音は空になったコップを書斎机に置いた。
「んー、多分強いお酒なんやろうなとしか分からへん。ウイスキーっぽいだけで味はイマイチ」
微妙な表情で緩く首を振る鈴音と、怪訝な顔をするスーデルと部下。
「おまけに変な混ぜもんが臭みになってるいうか、果てしなく邪魔やわ」
「まあ、人の鼻やったら分からへんのやろ」
「そっか、フツーは気付かんと飲んで人生の終わりを迎える訳やね。何人が餌食になったんやろなぁ」
遠い目になった鈴音を、スーデルと部下は驚愕に見開かれた目で見つめている。
「何故効かない!?毒消し薬を飲んだのか!?」
「ほほう?毒消し薬。先に飲んどいても効果が出るやつがあるんか。さっき仲良さげにモグモグしとったんがそれ?アイツ毒殺するよ、いう合図も兼ねてんのかな」
鈴音は顎に手をやり幾度か頷くと、目を細め口角を吊り上げた。
「ごめんなぁ、先に言うといたげたらよかった。私も相棒も、毒は一切効かへん体質なんよねぇ。ついでに言うと、アンタのけったいな行動のせいで、何か仕掛ける気ぃやなて丸わかりやったで」
「ケッタイ?」
犯罪王の返しに、食い付いて欲しいのはそこじゃない、と鈴音は転けかける。
「変な、行動ね。私に証文書かせへんかった時点で、『コイツすぐ死ぬんやから書かしても紙の無駄やな』て考えてんのバレバレやったで」
気を取り直し胸を張った鈴音を、スーデルと部下が大勢の人を殺してきた悪党の目で睨む。
「不意打ちしても無駄なら毒も効かねぇ、おまけに聞いた事すらねぇ怪物と渡り合う。俺は何でこんな訳の分からん化け物に目ぇ付けられた?そもそもテメェは何もんだ?」
「何者か。ふふふ、神の使いや言うたら信じる?」
鈴音は楽しげに小首を傾げ、スーデルは片眉を上げた。
「神の使いだ?ああ、信じたくなる話だな。その方がよっぽど分かり易い」
「あはは、やっぱり信じひんか。そらそうやんね、私でも信じひんわ。実はー……、通りすがりの魔法使いで魔獣使いやねん」
「おい、ふざけてんじゃねぇぞ」
凄む犯罪王に鈴音は笑顔を見せる。
「ふざけてへんて。うちの相棒が強過ぎて故郷の島では喧嘩相手がおらんようになってしもてなぁ。暇つぶしに大陸来たら何や強そうな魔獣が闘技場に居るいうやん?そら挑戦せなアカンやろっちゅう話になって、現在に至るんやんか」
「端折り過ぎだ。闘技場の魔獣に何か言われたからここへ来た、依頼主は魔獣だって事か?」
「あーはいはいそんなカンジ」
思い切り疑いの眼差しを向けるスーデルを見やり、鈴音は殊更大きな溜息を吐いた。
「まあ確かに?魔獣が政治屋云々とか言う訳あらへんもんね?」
「ああ」
「あんまし言いたなかってんけどしゃーない。そこは私の趣味やねん」
一瞬でスナギツネ顔になったスーデルと部下へ、鈴音は笑いながら手を振る。
「っははははは!嘘やないねんて、そんなおもろい顔せんとってよ。ぶふふ、どこの世界でも共通やねんなその顔。ビックリするわ」
「テメェの趣味ってのは?」
「え?ああ、権力者が破滅するのを眺める事。勘違いした阿呆が何もかも失う姿なんかもう、腹抱えて笑えるよね。公開処刑とかさぁ、めっちゃおもろい娯楽や思わん?」
瞳孔が開き気味の目と吊り上げた口角で、危険人物の表情を作り出す。
狙い通り、顔を顰めて椅子から腰を浮かせ後退ったスーデルに対し、一歩踏み出しながら鈴音は更に笑みを深くした。
「街の噂聞いたら分かるよね。あそこは犯罪王の店、あそこも犯罪王の土地。悪党の拠点が多いいう事は、それを止める法律が無いいう事。つまり協力者は法律作る側。きっと持ちつ持たれつの関係。自分の背後に犯罪王の影をチラつかせてふんぞり返ってる奴が居る筈。これは是非とも破滅に追い込みたい」
部下を盾に、じりじりと下がるスーデル。
「ええねん、間違うとっても。高いとこに居る奴が落ちるんがおもろいねんから。おもろかったら何でもええねん」
とても楽しそうに語る鈴音を睨み、スーデルは間合いを計る。
「要するに俺は、人を破滅させて喜ぶ化け物に運悪く見つかっちまったって事か」
「うん?アンタには何もせぇへんよ?アンタの後ろ盾が無くなって慌てる小悪党共を見て笑うんやんか」
「そうか、そりゃあ助かった。ほら、丁度テメェの好きな小悪党が訪ねて来たぞ」
そう言ってスーデルが入口へ顎をしゃくった。
誰も来ていないのは分かっていたが、鈴音は身体ごと振り向いてやる。
すると、素早くしゃがみ込んだスーデルが床にある隠し扉を開けた。
「……っ、んな、な!?」
だがそこに本来ある筈の隠し階段は、ギッチリと固められた土に姿を変えていた。
「あはははは、ごめんごめん。そこ使て逃げた阿呆がおってなぁ。入口も出口も塞いだった」
後ろを向いたまま高笑いを響かせる鈴音を見やり、犯罪王が絶句する。
「私な?狙た獲物は逃さへんねん。逃した事無いねんいっぺんも。絶対に捕まえて来いて依頼主が言うてたからさ、生け捕りにして渡すねん。楽しみやなぁ?骨が砕けるんかなぁ、肉が引き千切られるんかなぁ、血が飛び散るんかなぁ」
うっとりした表情で振り向いて、鈴音はスーデルに微笑んだ。
「……大丈夫や。約束さえ守ってくれたら、アンタには何もせぇへんから。私、約束破った事も無いねんいっぺんも」
魔王サタンの笑みを脳内で再生しながら真似る鈴音へ、スーデルは頷く。何度も何度も頷く。
「魔獣に手を出さず、政界には関わらない。これでいいんだな?」
「そうそう、それでええねん。簡単やろ?」
「ああ、そうだな」
引き攣った笑みを見せるスーデルに笑顔で頷いてやり、タイミング良く『にゃー』と鳴いた虎吉を撫でる鈴音。
「んー、そうやね、早よ依頼主んトコに獲物持ってってあげなアカンね」
優しい声優しい表情で言ってから、ツカツカと部屋奥の壁へ歩を進める。
思わず部下の方へ飛び退るスーデルは無視して、本棚横の壁を殴り付けた。
石造りの壁には大穴が空き、財産の一部を隠してあった部屋が露わとなる。
「あれー?ごめーん、玄関行くの面倒臭いから近道しよ思たらちゃう部屋に出てしもたー」
「か、構わん気にするな。その壁の向こうが外だ」
素手で石壁に穴を空ける化け物に逆らう気など最早無く、さっさとお引取り願うのみのスーデル。
「そうなんや?ほな、よっこいしょ」
壁が砕ける鈍い音、石が転がる音、風が吹き抜ける音に続いて、機嫌のいい鈴音の声がした。
「さっきの強風で雲が吹っ飛んだんかな、今日も綺麗な星空やなぁ」
何でもいいから早く行け、と願うスーデルの目の前に、突如鈴音が現れる。
「うぉぉぉあああ!?」
スーデルだけでなく部下もまた腰を抜かさんばかりに驚き、2人揃って飛び退いた先で固まった。
「あんな、言い忘れててんけどな、私この街に気に入った店とかあるんやんか。そこにも手出しせんといてくれる?」
「ど、どの店だ」
「えー?名前なんか知らんわ。服屋さんと食べ物屋さん。私に見張り付けててんから知ってるんちゃうの?」
やはりバレていたと冷や汗を流すスーデルは、どうにか笑顔を作って頷く。
「そうだな、手下共に聞けば分かるな」
「うんうん。間違うて私が好きな人らを殺したりしたら……ふふ。ふふふふふ」
スーデルと部下を交互に見て、鈴音は暗い笑いを零した。
「はは、ははははは、大丈夫だ俺は間違えん」
応えるスーデルからは乾いた笑いしか出ない。
「そらよかった。ほな行くわ。またねー」
「ああ、またな」
二度と来ないでくれと心の中で祈りながら、スーデルはその場で鈴音を見送った。
ぶち抜いた壁から外へ出た鈴音は、城壁を飛び越え真っ暗な森に入る。
ビーダに貰ったマントに着替えつつ、肺の空気を全部出す勢いの溜息を吐いた。
「お疲れさん。人を嬲り殺して喜ぶ快楽殺人犯の役はしんどそうやな?」
からかう虎吉へ大変恨めしげな目が向く。
「めっっっちゃしんどい。スプラッタ無理、想像でも無理。吐きそう。でもあのぐらい怖がらせとかんと、本物の悪党は約束なんか守らへんやん?自分より遥かに凶暴でヤバい奴にロックオンされた思て貰わんと、魔獣もセルーン村もデルグールさんも守られへん」
「けど、あの髭の店に出入りしとるとこは隠したし、村に出入りしとったんも知らんやろし、どないするんや?」
「明日になったらこのカッコでウロチョロするわ」
「あ、成る程。街なかにはアレの手下がようけ居るから、見つけさして報告さすんやな」
「うん。今頃必死や思うわ犯罪王。あの女がどこをほっつき歩いたか全部報告せぇ!!て騒いでる筈。ま、それは明日たっぷり教えたるとして」
うーん、と伸びをした鈴音は跳び上がって太い木の枝に立ち、砂漠の方を見る。
「まずは魔獣親子の再会やね。賞金首と魔獣使いに復讐するかはその時に聞いてみよ」
「おう。密猟現場には魔法使いも居ったんやろ?それも連れて来て欲しい言われたらどないする?」
虎吉の問いに鈴音は渋い顔をした。
「そら、犯罪王にニコニコしながら聞くしかないやんね。魔獣の密猟に関わった魔法使いどれ?私にちょうだい。て」
「震え上がっとんのに虚勢張る悪党の姿が目に浮かぶなあ」
半眼になり口角を上げる虎吉の頭を撫で、鈴音は木から跳び降りる。
「悪党がビビるんはええけど、この悪役しんどいから出来れば避けたいなー。キャラの方向性完全に間違えたわ。異常な力で暴れ回る圧倒的暴力の人にしたらよかった」
「只の暴力だけで言う事聞くヤツに見えへんかったし、結局はあの手の“おかしい奴”になり切るしかなかった思うで」
「そう?ほな魔法使いをリクエストされたら頑張るしかないな」
「おう、頑張れ」
伸び上がった虎吉に頬へ頭をスリスリと擦り付けて貰い、デレッデレになった鈴音はスキップしながら砂漠へと向かった。




