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第二百六十七話 ホームラン

 急いで白猫の縄張りへ戻らねばと、鈴音は虎吉に声を掛ける。

「虎ちゃん、通路開けて?」

「おう、羽の神さんの様子でも見に行くんか?」

 首を傾げた虎吉が左前足で空を掻いて、神界への通路を開いた。

「いやほら、前に鳥ちゃんのお母ちゃんから貰たもんがあるやん。あれが使えるみたいやねん」

 雛鳥に軽く手を挙げつつ通路を潜る。

「んー?ああ、そういや帰りに羽根貰いよったな」

 以前の出来事を思い出して頷く虎吉と共に神界へ出ると、神々の視線が集中した。


「手加減するのも大変だな」

「鈴音の雷なら一撃必殺出来るだろうに」

「雛の親っぽいから困ってんじゃん?」

「ビーダも鈴音も優しいな。私なら既に仕留めてる」

「わかるー。猫ちゃんならどうするー?」

 問われた白猫は爪を出して低く唸る。

 やはり猛禽類とは相容れないのか狩る気満々だ。


 神々と白猫のやり取りを見ていた鈴音は遠い目になっている。

「猫神様はまあ分かるけど、他の神様方も容赦ないな」

「そら壁ぶち抜いて入ってった他所の神にかける情けなんか無いて。壁越えた時点で消されとっても文句は言われへん」

 当然だと頷く虎吉を撫で、神々に会釈してから倉庫へ走る鈴音。

「ビダちゃんが優しぃてよかった。でも時間の問題やんね。街に被害が出るならその前に、てなるよね」

「なるやろな」

「ひー。鳥ちゃんのお母ちゃんを一旦どなたかの縄張りに隔離して貰われへんかな、とか思たけどあの調子やと無理っぽいし」

「無理やな。あの鳥興奮状態やから神界へ引っ張り込んでも暴れるやろ。もし受け入れてくれた神さんがおったとしても、縄張りで暴れられたらブチッといって終わりや」

 男神シオンが攻撃的な空気を纏って縄張りに現れた時、白猫は躊躇う事無く威嚇した。

 虎吉曰く『格下の神ならデコピン一発で消し去れる』という創造神が同じ対応を取ったらどうなるか、考えるまでもないぞと鈴音は青褪める。


「やっぱりビダちゃんが結界張ってくれてる間に何とかせな」

 倉庫の壁に飾ってあった母鳥の羽根を手に取って、女神ビーダの許へ走った。

「ビダちゃーん」

「なあに?」

 白猫の近くに座っているビーダが小首を傾げる。

 ゴスロリビスクドールな少女神は、特に怒っていないようだ。

 ホッとしながら鈴音は膝をついた。

「今から鳥ちゃんのお母ちゃんの説得にかかりますけど、場合によっては結界に小さい穴ぐらいは空けてまうかもしらんので……」

「いいよ。すぐ直してあげる」

「ありがとうございます!」

 話が早い、と微笑んだ鈴音の目が、白猫の脇に山と積まれた何かを捉え点になる。


「猫神様、それはもしや……」

 鈴音の問い掛けに白猫は目を細め、虎吉が通訳した。

「ナイフや、全部鈴音のもんや、て言うてはるで」

「みんなが作ったから沢山出来ちゃった。気分で使い分けたらいいよ」

 ビーダも笑顔を見せている。

「そ……れは嬉しいですね、選り取り見取りやー」

 一本あれば充分なんです、という本音をギリギリで呑み込み、鈴音は嬉しそうに笑った。

「ほな頑張ってきますんで、アーラ様がいらっしゃるまで結界お願いします」

「ん、分かった」

 頷いたビーダと神々にお辞儀し白猫を撫でてから、大きな羽根を手に人界へ戻る。



「ピヨ!」

 通路から出て来た鈴音が持つ羽根を見て、雛鳥が『それ!』とばかり頷いた。

「取ってったよー!これをどないすんの?目の前まで持ってく?」

 視界に入れればいいのかと尋ねる鈴音に、雛鳥は首を振る。

 鈴音の手元へ嘴を近付け羽根を咥えると、母鳥の方を向いて再び首を振った。団扇で扇いでいるような動きだ。

「えーと?お母ちゃんに向かって振ったらええの?」

 鈴音へ羽根を返した雛鳥はピヨと頷いた。

 不思議そうな顔をしつつ、右手に持った羽根を母鳥へ向け柔らかく揺らす鈴音。

 すると、雛鳥がジタバタと暴れピヨピヨと鳴く。

「ん?違う?」

「ピヨ!」

 頷いた雛鳥は、まだ未熟な羽を広げ、母鳥がするような強い羽ばたきを見せた。

「あー、思い切り振れって事か!」

「ピヨ!」

「オッケー分かった」

 幾度か頷き返した鈴音は虎吉を地面に降ろし、魂の光を全開にして神力も解放する。


「ピ……ピヨヨ?」

 あれれ以前より強くなってないか、と言いたげに小首を傾げる雛鳥の前で、鈴音がバットのように羽根を構えた。

「ほな行くで」

 言いながら獲物を狙う肉食獣の目で笑う。


「お母ちゃん、おぉぉぉ久しぶりぃーーー!!」


 しっかりとした踏み込みに腰の回転、豪快に振り切る腕。

 どこの四番打者ですかと問いたくなる男前なフォロースルーを決めた鈴音が生み出したのは、空気の砲弾だ。


「ビヨッ!?」

 雛鳥としては、母鳥が起こす暴風を切り裂いて進む直線的な風が欲しかっただけなのだが。

 神の眷属が本気で振った羽根は、ギュウギュウに圧縮された空気を音速で打ち出すという無茶をやって退ける。

 空気砲弾は結界に丸い穴を空け内部の風を物ともせず進み、母鳥に一直線。

 集中していた母鳥は防御も出来ずまともに食らい、空の彼方へ吹っ飛ばされた。

「ビヨーーー!?」

 嘴をパカーっと開けて雛鳥が愕然とする。

 風の精霊王が風の攻撃を食らって吹っ飛ぶなぞ前代未聞だ。

「ビ、ビヨヨ」

 ヤバい後で叱られる、とばかり挙動不審になる雛鳥をよそに、光を消した鈴音は羽根と母鳥が居た辺りを見比べて目をぱちくりとさせている。

「この羽根ただの飾りとちゃうかったんや」

「普通のもんが振っても意味ないやろ。霊力やら神力やらが要るんちゃうか」

 虎吉の予想に成る程と納得しつつ、雛鳥を見やった。

「これでお母ちゃん元に戻る?」

「ピ、ピヨ!」

 大きく頷く雛鳥に微笑んで、虎吉を抱え直し暫く待っていると。

 バッサバッサと羽音を立てて、空の彼方から母鳥が帰ってきた。



 ビーダの結界に包まれた母鳥は、神力を抑え半分程の大きさに縮んだ状態で屋敷の庭に降り立つ。

 何だか微妙な表情で我が子を見つめてから、鈴音に向き直った。

「キェエ」

 どうやら謝っているらしい。

「大丈夫ですか?」

「キエ」

「なら良かった。実は用事があってここに来てみたら、鳥ちゃんが()ってビックリしてたんです。私らの時みたいに今度は鳥ちゃんが異世界に飛ばされて貰たんか思て、こちらの創造神様にアーラ様をお呼びして下さいてお願いしまして。とある神様がお声掛けに行って下さってるんですけど、まだ連絡つかへんみたいなんですよねぇ」

 鈴音の話を聞きながら申し訳無さそうに頭を下げた母鳥は、我が子をじっと見る。

 カニ歩きで鈴音の後ろへ移動した雛鳥は、母鳥から目を逸らし遠くを見ている。

 流れる微妙な空気。


 その時、鈴音のそばに通路が開いたかと思うと、(サギ)に似た銀色の鳥が姿を現した。


 頭の位置が鈴音と同じ高さにあるのでかなり大きな鳥だ。

 神力は抑え込まれているが、明らかに母鳥より格上だと分かる。

 その鳥が嘴を開くと可愛らしい声が響いた。

「お、遅くなりました……!」

 ちょっと驚いた顔をしつつ鈴音は微笑む。

「わあ、喋れるんですね。お久しぶりですアーラ様」

「お久しぶりです鈴音さん、この度は大変なご迷惑をお掛けして……」

 鳥なのに土下座しそうな勢いの女神アーラに、鈴音は慌てて手を振ろうとして持ったままだった羽根を振った。

「いやいやいや、私は何も!お話はビダちゃんとして下さい」

 羽根から出るそよ風を浴びながらアーラは頭を下げる。

「はい、ビーダ様には後でしっかりと謝罪します。……それで、何がどうしてこうなっちゃったの?」

 雛鳥と母鳥を交互に見やり、アーラが疲れた声を出した。


「ピ、ピヨヨ、ピヨピヨヨ……」

 相変わらず鈴音の後ろに立ったまま、雛鳥は事情を説明している。

 それを聞いたアーラは溜息を吐き、母鳥は怒りの空気を漂わせた。

「キエ。キェエェ?」

「ピピピピヨ!ピヨヨピヨピヨ!」

「キェエエエ!キエキエキェエ!」

 怒る母と言い訳する子、だと思われるが鈴音には分からないので、アーラに尋ねる。

「何があったんですか?」

「それが……、雛は母の言い付けを守らずに山を下りてお散歩したらしいんです。少し遠くまで行ったら湖があったので、何かいるかなと覗き込んだら急に水面に歪みが出来て、気付いたらここに居たそうで」

「こっちで誰か大きい魔法でも使たんですかねぇ?魔獣同士が本気出して戦うたんやろか」

「あるかもしらんな」

「何にせよ、こうなったのは私の世界の壁がまだ脆かったせいです。雛が居ないと気付いて慌てた母は飛び回って探し、湖に残る小さな歪みを発見して『うちの子が攫われた』と勘違いして頭に血が上り、現在に至ると」

 まあ大体予想通りだったなと思いつつ頷いた鈴音は、回れ右して雛鳥を見上げる。


「ほれ、お母ちゃんにちゃんと謝り?お留守番の約束破ったんはアカン事やろ?」

「ピーヨーーー」

 体を揺すってぐずる雛鳥に鈴音は微笑んだ。

「ごめんなさいしてから、でも家にずっと()るんは退屈やねんどっか連れてって欲しいねん、て頼んだら?それか、ひとりで遊んでても大丈夫な場所作って貰うとか」

「ピヨヨ」

 鈴音の提案に小首を傾げ、雛鳥は母鳥とアーラを見やる。

 人なら恐らく眉間に皺を寄せ『仕方ない』と唸っている母鳥と、『安全な遊び場か……』と思案している様子のアーラ。

 どっちも鳥なのに表情が想像出来てしまう事に笑ってから、鈴音は真剣な顔で雛鳥を見つめた。


「今回は偶々私と虎ちゃんが来たから良かったけど、下手したら二度とお母ちゃんに会われへんかったかもしらんよ?」

「ピヨ……」

「それか、お母ちゃんがさっきみたいに我を忘れて殴り込んで来て、怒った創造神様に消されてまうとか」

「ピ、ピヨヨ!」

 震え上がる雛鳥と、すみませんとばかり頭を下げる母鳥とアーラ。

「そんなん嫌やん?せやから、お出掛けはお母ちゃんと一緒にな?飛べるようになったら何処でも行けるって」

「ピヨ」

「その内また遊びに行くから、飛べるようになったら背中に乗して?」

「ピヨ!ピヨヨ、ピヨピヨ!」

 鈴音の頼みにドンと胸を張る雛鳥。

「任せて!鈴音、絶対だよ!って言ってます」

 通訳してくれたアーラに会釈し、鈴音は雛鳥へ『約束やで』と大きく頷く。


 その後雛鳥は意を決して母鳥の許へ向かい、それを見守っていたいたアーラが鈴音のそばへ寄ってきた。

「この度は本当にありがとう御座いました」

 優雅にお辞儀する鷺へ鈴音は首を振る。

「ホンマに私は何もしてへんのですって」

「いえ、鈴音さんの知り合いだから様子を見る事にした、とビーダ様が仰っていたので、やはり風の精霊王の命の恩人です」

「あ、そうやったんですか?へー」

 ビーダもやはり縁もゆかりもない無礼者なら赦さなかったようだ。危なかったと心の中で冷や汗を拭う。

「それであの、是非ともお礼がしたいのですが……」

「いやそんな、気にせんといて下さい。取り敢えず鳥ちゃん達を帰して、神界に戻りましょ?」

「あっ!本当ですね、まずはあの子達を帰します」

 アーラが羽を広げると、すっかり仲直りしてくっついている母子の横に巨大な通路が開いた。

「キェエ!」

「ピヨヨー、ピヨピヨ!」

 母子は鈴音に声を掛けてから、のしのし歩いて通路を潜る。

 危うく天変地異を起こす所だった異世界の神の襲来は、これにて一件落着。

 そのまま鈴音とアーラも虎吉が開けた通路を潜って、白猫の縄張りへと移動した。



「やあ凄かったな鈴音」

「羽根で巨鳥ぶっ飛ばすとか初めて見たわー」

「猫ちゃんも目をまん丸にしてたよ」

「規格外過ぎて笑うしかない」


 神々の労いに会釈を返しつつ、銀色の髪と羽を持つ少女神に姿を戻したアーラと共にビーダの所へ向かう。

「ビダちゃん、ありがとうございました」

「お手数をお掛けしました。世界への影響はありませんか?」

 膝をついたふたりを見やり、ビーダは口元に人差し指を当てて首を傾げた。

「お疲れ様。影響は、海底火山が幾つか噴火したくらいかな?島が出来る規模で」

 結構な影響が出ているではないか、とアーラが崩れ落ちる。

「大丈夫だよ?近くに人は居ないし、魚達は逃げてるし。新しい島が出来たら鳥の楽園になるかも?楽しみだね、うふふ」

 微笑むビーダにヨロヨロと身を起こしたアーラが頭を下げた。

「お気遣い感謝します。大して歳も違わないと思うのに、どうしてこんなに差があるんですかね……」

 肩を落とすアーラを見ながら鈴音は心の中で首を振る。

『気付いてアーラ様!こんな落ち着いた中学生居ないよ!この美少女、かなりお姉さんだよ絶対!』

 恐ろしくてとても口には出来ないので、表面上はただ微笑むだけだ。

 同年代だと思ってくれたアーラに気を良くしたのか、ビーダは満面の笑みである。


「私へのごめんなさいはもういいよ?鈴音にお礼するんだよね?」

 ご機嫌さんなビーダに言われ、顔を上げたアーラは鈴音を見た。

「そうでした。どうしましょう、何か必要な物なんてありますか?」

 そう尋ねたアーラは白猫のそばに山と積まれたナイフを見て、物が無くて困る事は無いなと悟る。

「今は特に何も思い付きませんねぇ。またアーラ様の世界で鳥ちゃんと遊ばして頂けたらそれで……」

 案の定何も求めない鈴音にアーラは首を振った。

「ダメです、それだとあの子達へのご褒美です。何か鈴音さんの為になる事はないですか?」

 うーん、と考え込んでしまう鈴音に代わって、虎吉が口を開く。

「他の神さんは力を授けてくれたで?お陰で鈴音は魔法が使えるようになってんねん」

「え、そうなんですか?じゃあ私も何か魔法に繋がるような力をお渡しします!」

 パッと顔を輝かせるアーラに対し、白猫信者の神々は『猫ちゃんに力を与える機会が!』と密かにショックを受けていた。


「どんな力がいいですか?」

 アーラは前のめりだが、鈴音は困り顔だ。

「いやそんな世界救った訳でもないのに……」

「いいえ!風の精霊王が消えていたら世界の均衡が崩れていました!世界を救ったも同然です!」

 キリッとした顔で言い返され鈴音もタジタジである。

「あっ、風の精霊王を救って頂いたんですから、風の力はどうですか?」

「おう、持ってへんで風。両手塞がってても風出せるから、熱い料理冷ますのに丁度ええがな。貰とけ貰とけ」

「そうなんですね、じゃあ風の力にしましょう!」

 虎吉の強力な後押しにより、鈴音そっちのけでお礼の内容が決定した。

「あー、何かすんません」

「何を言ってるんですか、さ、手を出して下さい」

 笑顔のアーラに促されるまま手を出すと、そっと両手で包み込まれる。

「行きますよー」

 そう言ったアーラの手から神力が鈴音の手に流れ込んだ。

 耳が痛くなるような静寂を感じた後、全身に新しい力が巡るのが分かる。


「どうですか?」

「どや?どや?熱い肉冷ませそうか?」

 心配そうなアーラと期待に目を輝かせている虎吉の前で、鈴音は自分の髪に向け緩い風を当てて見せた。

「良かった、上手く行きました!」

「よっしゃ、これでオアズケ時間短縮や!」

 方向性は違うがとても喜んでいるふたりを眺め、やれやれと小さく息を吐いて鈴音は笑う。

「ほな、ありがたく頂戴しますね。ありがとうございますアーラ様」

「いえそんな!喜んで頂けて嬉しいです」

「あんたのお陰でメシの待ち時間が減るわ。ありがとうなー」

 虎吉にも笑顔で礼を言われ恐縮しているアーラを見つめながら、神々が指折り何かを数えている。


「あと何が残ってる?」

「光だな。鈴音は光るけど光を操れる訳じゃない」

「念動力も無いだろう」

「瞬間移動」

「物体召喚」

「意外と残っているではないか」

「よし、次こそは我が力を猫ちゃんに……!」


 神々が猫ちゃん愛に熱く拳を握る中、当の白猫は我関せずで大あくびをかましていた。

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