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第二百六十三話 特徴の見本市

 鈴音がまず最初に降り立ったのは、下町の繁華街といった雰囲気の場所。

 怪しげなバーが犯罪王スーデルの所有する物件だった。

 薄暗い店の入口は狭く、併設された倉庫等も見当たらない。魔獣を隠せる場所は無さそうだ。

 そもそも繁華街なので深夜まで酔客がご陽気に騒いでおり、魔獣を複数連れてきたりしたら一瞬で大騒ぎになるだろう。

 ここは外れだと判断し早々に他所へ移動する。


 次に訪れたのは住宅街の一角にある不動産屋。

 住宅街なので夜になれば人目は避けられそうだが、小ぢんまりとした店舗には裏口等も無く、やはり魔獣を運び入れるのは無理そうだ。

 こうなると明らかな街外れにあった物件が最有力候補か、と考えた鈴音は現在地から一番遠い場所を目指して跳ぶ。



 やって来たのは墓地。

 その横の、廃墟が存在感を放つ広い土地がスーデルの持ち物らしい。

 屋敷と呼んで差し支えない大きさの建物は石造りなので崩れてはいないが、窓枠が落ち扉は朽ちて半開き、石は苔むし蔦が這い、庭は腰の高さ程まで伸びた草に覆われている。

 一体どれだけの時間放置すればこうなるのか鈴音には見当もつかないが、ひとつだけ分かる事があった。

「ここが当たりみたいやね。重たい何かが通った跡があるもんね」

「おう、デカいのんが歩いたな」

 生え放題伸び放題の雑草が、何かに踏み付けられたように倒れて道を作っていた。

 獣道のようなそれはどうやら屋敷の裏手へと続いているようだ。

 オバケ嫌い虫嫌いなら断固拒否しそうな道だが、どちらも平気な鈴音は躊躇無く進む。


 ガサリガサリと倒れた草を踏んで屋敷の横を通り、そろそろ裏庭へ出ようかという曲がり角で、不意討ちのつもりらしい攻撃を受けた。

 ヒュ、と空気を切り裂く音と共に長剣が突き出される。

「わあびっくりー」

 棒読みで言いながら建物の陰から伸びた剣を掴んだ鈴音は、よいしょと軽く引っ張った。

「ぅおッ!?」

 つんのめって出て来た男の腹を蹴り上げて転がし前へ出ると、別の男が納屋のような建物へ走って行くのが見える。

あっこ(あそこ)が入口かな」

 呟きつつ男の足を氷漬けにして転ばせ、落ちていた長剣を拾って素早く近寄った。

「騒ぐな。黙って質問に答えたら命だけは助けたる」

 剣先を突き付けて低く告げると、血の気の引いた顔で何度も頷かれる。

「うーん、我ながら悪役っぽい」

 半笑いになった鈴音は咳払いをして男を見下ろした。


「あの納屋に、魔獣の子供らを閉じ込めとる場所への入口があるん?」

 頷く男。

「中に()る犯罪王の手下は何人?1人いう事はないやんな」

 尋問の結果、魔獣を見張っているのは5人でその内の1人が魔法使いだと分かった。

「んー、魔法使いさえ押さえたら、後は子供らが好きにしよるかな?」

 魔力で作り出した縄で男達を縛り上げつつの鈴音に、虎吉が笑って答える。

「せやな、喜んで踏み潰したり噛み千切ったり頭弾き飛ばしたりす……」

「あ、うん、全員私が速やかにやっつける方向で」

 引き攣った笑みを浮かべて血の雨予報を遮り、鈴音は男達を廃墟屋敷へ放り込んだ。

 カビ臭いだの埃っぽいだの悲鳴に近い声が聞こえたような気もするが綺麗サッパリ無視して、さっさと納屋へ向かう。

 裏庭の隅に建つ大きな扉を備えた木造のそれは、廃墟になっている屋敷とは違い明らかに新しかった。


 大扉の脇に勝手口のような扉があったので、鈴音はそこを通って中へ入る。

 真っ暗な納屋内に庭作業用の道具等は一切無く、床のど真ん中に6畳間程もありそうな穴が空いていて、地下へと続く石積みの階段が見えていた。

「穴が大き過ぎて、扉いうか蓋が作られへんかったんかな」

「開け閉めがしんどそうやもんな」

 会話しながら地下街の入口のような階段へ歩を進める。

 猫の忍び足で1階分下りて踊り場で左に曲がり、更にもう1階分下りて踊り場でまた左に曲がると、階下に灯りが見えた。

 音も無く下まで進み、そろりと顔半分だけ覗かせてみる。

 中は部屋ではなくトンネルだった。

 鈴音が居る入口から高さ幅共に3m程のトンネルが伸びており、闘技場で使われていたのと同じ発光する石で補強されている。

 真っ直ぐ10m程のトンネルの先に、細身の人なら間を通れる鉄格子が嵌まった大きな部屋があり、その外に椅子とテーブルを置いて見張りの男達がカードゲームに興じていた。


「土の魔法が得意な魔法使いが関わってるんやろけど、それにしたってこんだけの地下施設作ろ思たら、お金も人の手ぇも掛かりまくりやんねぇ」

「なんぼでも使えるんやろ。犯罪に王付けて呼ばれとるんはダテやないっちゅうこっちゃな」

 鈴音はこの世界に来て億を超える金を稼いだが、恐らく犯罪王スーデルからすれば小銭程度のはした金だ。

「魔獣のお母ちゃんらが()るんはここより大きい地下施設な訳やん?ホンマに地下街作れそうやで犯罪王。異世界に梅田ダンジョンが誕生する日が来るかもしらんわ」

「地下街か、人の出入りが多過ぎて入ろうと思わへんねんなあ」

「あー、どっちか言うたらネズミの縄張りよね」

 呑気な会話をしながら鈴音はトンネル内に入り、男達の方へと近付いて行く。


 足音もしなければ気配も無い猫の忍び足。

 堂々と歩いて来る鈴音の姿に男達が気付いたのは、テーブルに影が落ちてからだ。

「おお!?誰だテメェ!!」

 ガタガタと音を立てて立ち上がり身構える男達を眺め、鈴音は溜息を吐いた。

「魔獣の方も見てへん、人が来ても気付かへん、こんな奴らに給料払うんはお金の無駄やて教えたらなアカンなぁ」

「あ?スーデルさんの関係者か?」

 幹部の視察かと別の意味で身構えた男達へ、首を振った鈴音が満面の笑みを向ける。

「いんや?魔獣の関係者やで」

 その答えを聞いた途端4人の男達が剣を抜いて斬り掛かった。


 唯一、鈴音から距離を取るべく奥へ走った魔法使いは、攻撃に参加しようと魔獣の檻を背にして振り向く。しかし。

「……へッ?」

 目に飛び込んで来たのは腹を押さえてのたうち回る仲間達の姿。

 ほんの一瞬目を離した間に何が起きた、と狼狽えながら、慌てて魔獣の檻へ向けて手を突き出す。

「そこを動いてみろ、コイツら丸焦げにしてやる!」

 これぞ悪役、な脅し文句を叫ぶ魔法使いを見やり、鈴音は首を傾げた。

「丸焦げいう事は火の魔法か。まあやれるもんならやったら?犯罪王がブチ切れる未来しか私には見えへんけど。大事な商品を台無しにした手下をどないするんか、めっちゃ興味あるわ。さ、どうぞ?犯罪王の折檻がどんなんか是非とも見して?」

 ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべた鈴音に言われて自らの失敗を悟り、魔法使いはパニックになる。

 標的を魔獣から鈴音に変えて魔法を発動しようとした瞬間、腹に衝撃を受けて仲間達と同じ道を辿った。


「うん、まあ、させへんねんけども。あんまりでっかい火ぃ出されて酸欠なっても困るし」

 しれっと掌を返しながら全員へ縄を飛ばして縛り上げた鈴音は、広い檻の奥で身を寄せ合う魔獣の子供達を見る。

「おーい、助けに来たよー。白黒のシマシマで丸い耳のとんがった鼻したでっかいお母ちゃんの子おらへんかなー?」

 親の特徴を纏め切れず羅列した鈴音の声で、魔獣団子から1頭がそろりと出て来た。

「ヒグマかな?」

 四つん這い状態で鈴音の身長と大差無い体高の、緑色をした熊だ。但し顔がキツネである。

「色はともかくお母ちゃんと顔ソックリやねぇ。キミが娘さん?」

「うん。助けに来たってホント?」

「きっと嘘だよ!」

「またボクらをいじめるよ!」

「危ないよ!」

 不安げな目をする子熊へ、魔獣団子から次々と声が飛ぶ。

「ホンマに助けに来たよ。苛めへん苛めへん。ここに()ったらまた悪い奴らが来るから、ちゃうとこ行こ?な?今から道作るし」

 言いながら鈴音は檻の中の壁にトンネルを掘り始めた。


「えー、なになに!?」

「勝手に穴が出来てるよ?」

「あの人がやってるの?」

 顔を上げトンネルを見つめる子供達に鈴音は頷く。

「そうやで、姉ちゃんがやってんねん。この穴の先におっきい部屋作るから、そこでお母ちゃんらが来るん待ってて欲しいねん」

 トンネルが進むたび、掘られた土がギュウギュウと固められキューブになって積み上がった。その様子が面白いらしく、子供達の警戒心が緩んでいく。

「お母さんが来てくれるの?」

 鈴音とトンネルを見比べた子熊の瞳孔が広がり、顔中に期待が広がった。

「来てくれるよ。私がみんなを助けて安全な所に隠してる、て教えたら、悪い奴らブッ飛ばして大急ぎで来てくれるよ」

 それを聞いた他の子供達の目もキラキラと輝き出す。

 ただ、馬面の肉食恐竜のような子と、額にサイのような角を生やしたテナガザルのような子は、何だかしょんぼりしていた。

「お父さんは?」

「お母さんだけ?お父さんとお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとお兄ちゃんとお姉ちゃんは?」

「父子家庭と大家族かな!?来る来る、どっちも来てくれるよ!」

 魔獣の家庭事情も色々なんだなと額を拭いつつ、トンネルの先に全員がゆっくり過ごせるサイズの部屋を構築。

 作業が完了した所で鈴音は皆に声を掛けた。


「よし、お部屋が出来たからみんなで行こか」

「俺が案内したるわ。ほれ、ついて来い」

 ヒョイと鈴音の腕から飛び降りた虎吉が鉄格子の間を通ってトンネルの前に立つと、魔獣の子らはキャッキャと喜ぶ。

「小さい!」

「ちっちゃいおじさんだ!」

「アタシよりちびっこ!」

 無邪気な子供達から出る禁句のオンパレードに、鈴音は『ひー!!』と両頬を手で押さえた。

「小さないっちゅうねん。こういう種類の生きもんなんや、ほれ行くで」

「はーい」

 キレない虎吉と素直に言う事を聞く子供達。

「おや?」

 どうやら虎吉も幼い子供相手には怒らないらしい。

 ホッと胸を撫で下ろす鈴音の前を、カバ位の大きさでヤギのような角が生えた豹柄のビーバーやら、ライオンのようなたてがみを持つ狸顔の牛やら、既に体高が3mに達しそうな猛禽類顔のダチョウやら、女神の芸術が爆発している魔獣の子らがぞろぞろと通過した。

「こんだけ色んな動物思い付いてんのに、耳を三角にする事は思い付かんかったんやビダちゃん……」

 しみじみとした鈴音の呟きに、神界では女神ビーダが『うん。悔しい』と言葉通りの顔をしている。

「ま、その分猫神様に出会えた喜びもおっきいやろから、結果オーライかな」

 まるで返事が聞こえたかのような呟きが続いて、目をぱちくりとさせたビーダは『そうだね。うふふ』と幸せな笑みで白猫を眺めた。



 最後尾を行く子熊の後を歩きながらトンネルを塞いでいった鈴音は、広間に出ると壁を平らにしてから天井を見上げる。

「通気孔と私らが外に出る穴作らな」

 2箇所に細い穴を空け、それとは別に自分が通れる直径の穴も空けた。

「よっしゃ出来た。ほな、みんなの家族に知らせてくるから、ここで待っててな。悪い奴らにバレたら困るから静かにな?」

 鈴音が口元を覆う仕草をすると、子供達はコクコクと頷く。

「ふふ、みんなええ子やね。また後でな」

 行ってきますと手を振って虎吉を抱え、小声の『行ってらっしゃい』を聞きながら地上へ続く穴へ跳んだ。



 地上へ出ると自身が通った穴を塞ぎ、通気孔を少し突出させ屋根を作っておく。

 これで多少の雨なら大丈夫だろうと頷き周囲を見回すと、スーデルの敷地から若干離れた雑木林の中だった。

「闘技場出てから30分ぐらい経ったかな。まだ襲撃犯達は待ってるやろか」

「支配人のオッサンと喋っとった時間と合わせたら1時間ほど経っとるで。流石に街なか探しよるんちゃうか?」

「お客さんに紛れて出てった思うやんねやっぱり。ほなもう、直接行こか犯罪王の家」

「それがええで。デカい魔獣が出入り出来る場所なんか直ぐ見つかるやろ」

 子供達を待たせている事だし、と頷いた鈴音は、襲撃犯と拳でお話しして案内して貰う等という遠回りはやめて、要塞みたいだというお屋敷にとっとと殴り込む事にする。



 雑木林を離れ屋根の上を移動した鈴音がやって来たのは、廃墟屋敷と反対側の街外れ、工業地帯の向こうに広がる森。

 そこに一本だけ真っ直ぐ伸びる道がある。

「王子様が待つお城へ続く道、ならシンデレラとかのお姫様に会えそうでおもろいねんけどなぁ」

「犯罪王が住んどる要塞へ続く道に姫がおったらアカンな」

「色んな意味でアウトやね。森ん中には罠でも仕掛けてあるんやろか」

「そらそうやろ。訪ねて来るもんには全員この道通って貰わな意味あらへんし」

 誰が来たのか高い位置から見て早い段階で把握し、敵対勢力だった場合は全力でおもてなしするのだろう。

「けどまあ、この道通るもんみんながみんな見張りの目に留まるとは……限らんよなあ」

「そうやねぇ、人の目は意外と色んなもん見落とすもんねぇ」

 悪代官と悪徳商人な笑みを浮かべる神の分身と神の使い。

「突っ走れ!全力や!」

「ラジャ!」

 虎吉の号令一下、鈴音が嬉々として地面を蹴る。

 直後、その姿は一本道どころか神々の視界からも消えた。

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