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第二百六十話 特徴の大渋滞

 澄まし顔で出場者受付へ向かう鈴音のマントの中で、虎吉がブンブンと尻尾を振っている。

「よう言うた鈴音、偉いで。アイツら俺見た瞬間『小っさ』みたいな顔しよってホンマ腹立つー!」

 行列に並ぶ男性達が見せた憐れむような視線にご立腹の虎吉を撫で、猫の耳にしか聞こえない声量で鈴音は応えた。

「可愛い、やったら分かるけど『え?あー……』みたいなアレ(反応)な!ムカつくわー、思い知らしたらなアカンで虎ちゃん」

「おう、見とる奴ら全員の度肝抜いたる」

 メラメラと燃える1人と1体の目的が、“魔獣と会話する事”から“ド派手に勝つ事”へ移行している。

 負けず嫌いと喧嘩番長はそのまま、表向きお澄まし内心メラメラ状態で受付へとやって来た。


 先頭の男性と受付担当が『列を無視してここまで来るとはもしや』という顔を向けて来たので、鈴音は微笑んで会釈する。

「すんません、連勝中の魔獣使いに挑戦したいんですが、出場登録お願い出来ますか」

「おお!」

「おおおー!」

 期待通りの内容に、受付担当と列に並ぶ男性達から驚きと喜びの声が上がった。

「では順番が前後してしまいますが、先に彼女の受付をさせて頂きますね?」

「勿論だとも!さあさあ早く登録するといい!」

 受付担当の男性が確認すると、先頭の男性はサッと素早く動いて場所を譲る。

 出場希望者達からすれば確実に負ける相手との対戦が無くなる訳だから、進んで人柱になろうとする鈴音を『ありがたや』と拝む勢いだ。


 会釈して受付の前に立った鈴音は、出された紙に書かれた内容と、受付担当が口頭で説明する内容をしっかり頭に入れる。

「勝利した際の最低保証額がこちら、20万金貨で、そこへ倒した相手の賭け率による特別配当金が加わります」

「要するに、連勝中の魔獣使いと私ならアホみたいな差が出るやろうから、勝てばガッポリいう事ですよね?」

「そういう事です」

 頷いた鈴音は更にもうひとつ、絶対に確認しておくべき事柄を思い出した。

「魔獣使いとして出場しよ思てるんですけど、その場合私は攻撃に参加したら駄目なんですかね?例えば、相手の魔獣使いを殴り飛ばすとかは反則になりますか?」

 マントに隠れているとはいえどう見ても細身の女性な鈴音の物騒な発言に、受付担当は瞬きを繰り返す。

「え……、いえ、構いませんよ?毒物の使用以外の禁止事項は特にありませんので、殴るなり蹴るなりお好きにして頂いて」

「それで魔獣使いが戦闘不能になっても、魔獣自体に戦う意思があれば試合続行されます?」

「されます」

 受付担当の返答にホッと胸を撫で下ろす鈴音。


「よかった。イラッとしてブッ飛ばしてもOKや」

「おう、よかったな」

 魔獣使い本人は弱いらしいので積極的に手を出すつもりは無いが、相手の出方によっては堪忍袋が限界を迎える可能性もある。

 うっかり殴っても反則を取られないのなら負ける要素はゼロという事で、鈴音の顔には機嫌の良い笑みが浮かんだ。

 その笑みを不気味に感じて怯えつつ、受付担当は同意書とインク壺とペンを出す。

「書かれている内容を確認の上、ご署名をお願いします」

「んー、ふんふん。ああ、取り返しのつかへん怪我したり死んだりしても文句言いません、いう事ですね。了解」

 上質な紙にサラサラとサインして、鈴音はペンを返した。


「それでは、試合開始が18時ですので……」

 同意書を手にした受付担当の言葉に、鈴音は首を傾げる。

「もう決まってるんですか?」

「はい。他の方々は抽選で……早い方は10時から試合ですが、例の魔獣使いは今や目玉試合ですので18時固定です」

「へぇー」

「17時までに控室へ入らなければ失格となります。それまでは何処で何をしていても構いません」

「賭け事の対象者やのに!?」

 唖然とする鈴音。日本の公営ギャンブルなら選手は前日から隔離されるというのに、ここは何という緩さか、と。

「ええ。この対戦に限り、示し合わせて何かする恐れも、外で襲われて怪我をする心配もありませんので特別に。その代わり、5万金貨をお預け下さい。17時までにお戻りになられましたらお返ししますが、そうでない場合は没収します」

「特別ルールか成る程。ほんで、やっぱり無理やて逃げられんように、結構な金額を預けさせると。これ、5万金貨払われへん人はどないするんですか?」

 直径4cmはありそうな金貨を5枚出して渡しつつ尋ねると、受付担当は枚数を確認して同意書と共に箱に入れて微笑む。

「外出禁止となり、試合開始の18時まで控室に居て貰います」

「うわ暇そうー」

 昨日の内に銀行へ行っておいてよかった、と鈴音はこっそり自分を褒めた。


「ほんなら、お金を預けた私は時間まで自由で、何処で暴れようと勝手ですね?」

「はい。お戻りの際はまたこちらへ来て頂ければ、控室へご案内しますので」

「分かりました、ありがとう。また夕方に」

 受付担当と順番を譲ってくれた男性達に会釈して、その場を離れる鈴音。

 そこへ、昨日声を掛けてきた詐欺師風の男性が現れた。

「あ!昨日のお嬢さん!本当に出場する事にしてくれたんだねえ!」

 笑顔で近付いて来るので、鈴音も笑顔で応じる。

「ええ、お陰様で。それにしても早いですね?まだお客さん誰も来てませんけど」

 闘技場の営業は9時からで、試合は10時からだ。受付締切の8時半を過ぎなければ試合の組み合わせも発表されない。

 依って、一般客ならこんな時間に来る意味は無いと思われる。

 そんな細かい事まで考えているとはおくびにも出さず、鈴音はただニコニコと笑った。

 指摘を受けた男性にも早く来すぎている自覚はあったのだろう、照れたような表情を見せる。


「そうなんだよ、本当にお嬢さんが出場するか気になって気になって。誰より早く知りたくて朝の散歩を兼ねて見に来てしまったんだ。友達みんなに自慢したくてね、私が出場を勧めたんだって」

 照れた笑顔もほんの僅か早口なのも、演技なら合格だ。しかし言い訳の内容は微妙である。

「あはは、久々の魔獣使い対決なんやったらそういう気分にもなるんでしょうねー」

 営業用スマイルで返した鈴音は、これが言い訳ではなく事実で、目が笑っていないのもそういう顔付きなだけで、実は怪しいだけの普通の人ならいいのになあと思う。

 そんな鈴音の心の内なぞ知る由もなく、男性はニコニコ笑顔で手を振った。

「それじゃあ早速、自分の手柄を宣伝してくるとするよ。頑張ってねお嬢さん」

「はい、一撃で終わらんよう相棒に言うときます」

 手を振り返して男性を見送った後、鈴音と虎吉は耳を澄ます。


 すると、闘技場から少し離れ死角になった場所で、昨夜置いてけぼりを食らわせてしまった追跡者の1人の足音と、男性の足音が合流した。

「あー、やっぱり向こうのお仲間で確定か」

「まあ、ただの魔獣好きやったら俺の姿を見たがらへんのはおかしいし、博打好きやったら勝ち目があるんか無いんか聞かへんのはおかしいし」

「うん、必殺技でもあるんか?とかね。あと、出場者らが虎ちゃん見た時の反応からして、虎ちゃんの強さ聞かんと出場勧めたんも変。おまけに、今日出場するんか誰より早く知りたかった言いながら、今頃ノコノコ出てくるんもおかしい。もっと前から受付のそばで待ち構えてるんやったら分かるけど」

 詰めが甘い。もしここで怪しまれて獲物に逃げられたらどうするのだ、と鈴音は呆れる。

「あれかな、本物の魔獣使いも密猟組織と闘技場の魔獣使いを結びつけて警戒してて、滅多な事でこの街に近寄らんから、久々に掛かった獲物に浮かれてしもたんやろか」

「あるかもしらんな」

「けどそれやったら、組織側も警戒せなアカンよねぇ。連勝中の魔獣使いの事を調べもせんと参戦するとか、私らかなりおかしい奴ちゃう?」

「かなりおかしいけど、こんな可愛らしい魔獣に自分トコの魔獣が負ける訳あらへんからまあええやろ、いう感じちゃうか?」

「あー、そういう事かぁ」

 結局は鈴音も組織の男も、互いを怪しみつつ『負ける訳ないから問題無し』で片付けていたようだ。


 自分が詰めの甘い犯罪組織構成員と似た者同士だった事に若干凹みつつ、指定の時間までの暇潰しに鈴音は賞金首狩りを選択する。

 警備隊詰所で、闘技場にて魔獣使い対決をすると告げると、隊員達は大いに盛り上がった。

 17時で交代になる者達が闘技場を訪れ、鈴音に賭けてくれるという。

 これで賭けが不成立になる心配は無くなったと冗談を飛ばし、すっかり機嫌を良くした鈴音と虎吉はそれなりに高額な賞金首も纏めて狩り回った。

 今や首都モドゥの詰所の掲示板はスカスカ、億超えの手配書しか残っていない。

 懐が寒い賞金稼ぎが来たら困ってしまうだろうか、と後になって慌てた鈴音に、護衛など他の仕事もあるから大丈夫だと隊員達は笑う。

 それなら安心だと胸を撫で下ろし、闘技場での勝利を約束して鈴音は詰所を後にした。


 手配書の束と共に銀行へ行くと、やはり店長が出てきて応接室に通される。

 今回はトータルで億に達していたので、20万だけ現金で貰い残りは口座に入れて貰った。

 これが日本での預金額ならいいのにな、とゼロの数を見て遠い目になりつつ、店長と会釈合戦をして銀行から街へと移動する。

 時計塔を見上げれば16時を回っていたので、そろそろいいかと闘技場へ向かう事にした。



「ただいま戻りました。魔獣使いの鈴音です」

 受付で名乗ると、今朝対応してくれた担当者が姿を見せる。

「ああ、おかえりなさい。それでは控室へご案内しますね」

「お願いします」

 担当者が開けてくれた扉から闘技場の関係者通路へ入り、聞こえてくる歓声が野球場のようだと思いながら進んだ。

 扉が開け放たれている大部屋の中では、こちら側のゲートから出る者達が祈ったり集中したりと思い思いに過ごしている。

 救護室ではガーゼを貼り付けた人や包帯を巻かれた人が中を覗き込み、重傷者を心配しているようだった。

「あ、救護室はあまり見ない方が……」

「確かに。未だに血みどろは慣れませんわー」

 怯えて参加を取り止めると言われては困ると思い担当者は声を掛けたのだが、鈴音は嫌そうに顔を顰めているだけで怖がっている様子は無い。

「割と頻繁に血みどろをご覧に?」

 何だかおかしな言い回しで尋ねる担当者に笑いつつ、あっさりと頷く鈴音。

「バラバラとか猛獣の餌食とか、歳の割に人の最期にはよう遭遇してる思います」

 遭遇しただけで見届けた事はない、とは言わなかったので、担当者は絶句し青褪めている。


「じ、時間になったら別の者が呼びに来ますから、それまでこちらでお待ち下さい」

 控室へ鈴音を入れると、担当者はそそくさと去って行った。

「バラバラ死体を作った奴や思われたで」

 マントから顔を出して笑う虎吉を見やり、鈴音は愕然とする。

「そんな勘違いされてんの!?……いや、まあ、元を辿れば私に行き着くか。でも血みどろに慣れてへんのはホンマやでー」

 小声で主張しておいて、目についた窓に近寄った。

「お、(たたこ)うてる!こっからフィールドが見えるんや」

 鈴音の視界では、種類の違う剣を手にした男達がガンガンと鈍い金属音を立て全力で打ち合っている。

「普通はああいう試合なんやろね」

 興味津々で首を伸ばしている虎吉に声を掛けると、伸ばした首を傾げられた。

「俺とどつき合い出来る奴なんか滅多に()らへんからなあ」

「今んとこ蛇の神様……ちゃうわ、地面の神様の蛇やったっけ?なんせビルみたいなでっかい蛇さんだけやんね」

「おう、羽の生えた女神さんの世界の蛇やな。あれは頑丈やったわ」

 そんな思い出話をしながら、自らの出番まで手に汗握る戦いを楽しんだ。



 不意にノックの音が響き、闘技場職員が顔を覗かせる。

「お時間です。準備はいいですか?」

「はい。身体検査とか所持品検査はせぇへんのですか?」

 虎吉を抱いて扉へ近付きつつ尋ねると、職員は愉快そうに笑った。

「もし毒物を持っていたとしても、そもそも魔獣には効かないし、魔獣使いには近寄れないから大丈夫ですよ。武器の所持は違反ではないので問題ありません」

「はー、成る程。よっぽど大きいんかな魔獣」

 鈴音の呟きに職員はギョッとする。

「え?見た事無いんですか?」

「ん?無いですよ?それに、色々()るんでしょ?どれに当たるか分かりませんよね?」

「そうですけど、全部大きいですよ?」

 チラ、とマントの虎吉が居るであろう辺りを見る職員。

「あはは。大きかったらええっちゅうもんちゃうんですよ。この世界の誰も虎ちゃんには勝たれへんから大丈夫です」

「おう、ブッ飛ばしたる」

 笑う鈴音と元気な鳴き声に困惑しつつ、職員は入場ゲートへの誘導を開始した。



 フィールドの手前で待機し、鈴音は空を見上げる。

 18時ともなると、日は落ちて月が出ていた。

 電気の無い世界で照明はどうするのだろうと思ったら、闘技場の壁が発光しており、この光と篝火で充分な明るさを確保出来ている。

 すると、客の注意を引き付けるように、スタンド席の途中にあるステージで、銅鑼のような物が鳴らされた。

 場内が一瞬で静かになる。

「お集まりの皆様!いよいよ本日の目玉試合でございます!」

 ステージの上で、恰幅の良い男性がよく通る声を響かせた。

「西側より挑戦者の入場!魔獣使い鈴音!」

 職員に促され、鈴音は入場ゲートからフィールドへ出る。

 固められた土を踏みながら進み適当な所で止まると、場内にどよめきが広がった。

 観客には華奢な女性が独り出てきただけにしか見えないので、どういう事だと驚いているのである。


 進行担当はそんな空気など一切気にせず、再び声を張り上げた。

「東側より王者の入場!魔獣使いシャワル!」

 途端に多くの声援と拍手が湧く。

 姿を見せたのは、灰色のローブに身を包んだ中肉中背のこれといった特徴のない男だ。

 30代前後と思しき男に特徴はなかったが、後から入ってきた魔獣には特徴しかなかった。

「うわー、ホンマや、でっかいなぁー」

 目を輝かせる鈴音の先に堂々現れたのは、四つん這いの状態でアフリカゾウ程もありそうな大きさの、シマウマのような柄で狐に似た顔をした熊だ。

「なんやろ、特徴の大渋滞やな。最終的には熊でええんやんね?顔が狐っぽいけど」

「んー?おう、熊やな」

 顔を出して確認し、虎吉は頷く。

 その時また銅鑼が鳴り、賭け率が発表された。

「シャワル1倍、鈴音222倍」

 小数の概念が無いのか切り捨てなのかは知らないが、これでは王者に賭けても意味が無い。

 だからなのか、鈴音の倍率が意外に低かった。

 大穴狙いで多くの客が小銭を賭けたのだと思われる。

 そんな人々が挑戦者の魔獣どこよ、と目を凝らす中、銅鑼が鳴り響き試合開始が告げられた。

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