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第二百五十九話 諸注意と鬼ごっこ

 討伐証明書を手に銀行へ駆け込んだ鈴音が、18時前にホッとした表情で出てくる。

 そのマントの中で耳を動かしていた虎吉は、ひとつ頷いて声を掛けた。

「見張り、撒いてしもたな」

「え?」

 鈴音は目をぱちくりとさせ、冷静になって自身の行動を思い返し『うわあ』と眉根を寄せる。

 手配書の強盗を狩って現金を手に入れる為、詰所を出た所から全速力を出した。

 当然、本気を出した鈴音の速さについて来られる者などいない。

 つまり、追跡には自信も実績もあっただろう犯罪王の手下達を、一瞬で振り切ってしまった事になる。

 銀行が18時で閉店してしまうから、それに間に合わせようと急いだだけなのに、『尾行しても無駄だフハハハハ』と煽った事になってはいまいか。


「あー……、探してるかなぁ、探してるよなぁ。わざとやないねんでー……」

 遠い目になりつつ呟いた鈴音だったが、ふと何かを思い付いた顔になり、マントから頭だけ出している虎吉を見た。

「丁度ええわ、今の内にデルグールさんトコこっそり行って、私と街で顔合わせても知らん顔しといて下さい、て言いに行こか」

「ん?ああ、敵の手が及ばんようにか」

「うん。行き先が一緒やったからお金持ちのデルグールさんが臨時の護衛として雇ただけで、それ以外の関わりは一切無い、て犯罪王サイドには思といて貰わんと」

「せやな。あのヒゲ、釘刺しとかな危なそうや」

 人の良いデルグールにはきっちり言って聞かせないと、鈴音が何をしようとしているのか忘れて普通に話し掛けてきそうだ。

 闘技場に出て魔獣使いの連勝を止めるので有名人になるが、間違っても知り合いだなどと言わないように、とも伝えておかなければ、大喜びで常連客に喋るかもしれない。それは大変危険である。

「よし、善は急げ」

「おう」

 頷き合った瞬間、鈴音は地面を蹴った。



 屋根から屋根を跳んで走りデルグールの店の隣まで来ると、裏手にある倉庫の扉が開いているか上から確かめる。

「閉まってるわ。しゃあない、店の方へ入ろ」

 そう言って飛び降りかけたものの、追跡者とは別の手下に偶然見られる可能性もあると気付いて足を止めた。

「どないした?」

「軽く変装いうか、今だけマント変えるわ」

 女神ビーダに貰ったラクダ色のマントを外して無限袋に仕舞い、魔力で作り出したベージュ色のマントを羽織りフードを被る。

「これで服装から足はつかへんやろ?」

「うはは、泥棒にでも入るみたいやないか」

「ま、そのぐらい慎重に、いう事で」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべ、通行人がいない瞬間を狙って路地へ跳んだ。


 店へ入ると、鈴音の顔を覚えていた店員がデルグールを呼びに行ってくれた。

 幸い他の客は居なかったので、2階から下りてきたデルグールと応接スペースで話す事にする。

「ああ鈴音さん、先程はありがとうございました。戻って来るのが早すぎて、村まで行ってきたなんて従業員の誰も信じませんでしたよ」

「ホンマは2、3日掛かりとかですもんね?社長は何の冗談を言うてんのかなぁて皆さんキョトーンや思いますわ」

 笑顔のデルグールに微笑んで頷いた鈴音は、彼が座ると表情を改め、今後の注意事項を伝えた。

「さて、こっからが大事な話で……」

 家族や従業員の命にも関わる事なので、鈴音は真剣に話す。既に詐欺師風の男と接触した事も含めて。


「も、もうそこまで話が進んでいるんですか」

 話を聞き終えると、目と口を開いてポカンとするデルグール。

 それもそうだろう、村で別れてからほんの数時間で、組織の関係者と思しき相手と接触し闘技場への出場まで決めているなんて、一体誰が思うだろうか。

「進んでます。なので、従業員の皆さんにも徹底して下さい。明日以降私が有名になっても、『あの魔獣使いデルグールさんと一緒にいなかったか?』とか聞かれへん限り何も言わんように」

 口を手で隠す鈴音に頷いたデルグールは、少し考えて提案する。

「ではもし聞かれた時は、『オスの街周辺の盗賊団を壊滅させたというのは本当だったようですね。専属として雇いたいという話を断られたと社長は嘆いていましたが、あれだけ強ければもっと上からお声も掛かるでしょうし当然ですね』とでも言うように指示しましょうか」

 オアシスの街はオスという名前なのか、と頷きつつ鈴音は微笑んだ。


「ええですね。大店(おおだな)の誘いを蹴るとか、何か企んでそうな悪女っぽい。人のええ社長が道中の小遣い稼ぎに利用されただけやな、て悪党なら思てくれそうです。まあ、そんな説明する必要無いんが一番ええんですけどね」

「そうですね。鈴音さんは悪女じゃないですしね。イルウェスから聞きましたよ、また間違えそうになっていたけれど、叱り飛ばして貰ったお陰で目が覚めた、って」

「あー……」

 うっかり説教をかましてしまった村長の息子の顔を思い出し、『自分で気付いた振りしたらよかったのに。正直者やなー』と遠い目になる鈴音。

「村長にもしっかり謝っていましたし、魔獣が帰って来られる場所を作るんだと張り切っていました」

「そら良かったです。魔獣に()うたらそない言うときますね。ほな、長居するんも危ないんでそろそろ行きます」

 立ち上がった鈴音を見送ろうとしたデルグールだったが、これがいけないのだなと思い直しその場で会釈する。

「お気を付けて。もしも危なくなったら逃げて下さいね。犯罪王が相手なんですから、何も恥ずかしい事はありません」

 何とも優しい気遣いに目を見張った鈴音は、柔らかな笑みを浮かべ頷いた。



 店を後にして路地で屋根へ跳び、マントを着替える鈴音を見て虎吉が首を傾げる。

「そないニコニコするような流れやったか?」

 楽しげに微笑んでいる鈴音は、虎吉の疑問に笑みを深くした。

「あれが普通の感覚なんや、思て。私もかなりズレてきてるわー、思たら笑けてきた」

「普通の感覚?」

「うん。犯罪王相手やねんから無理したらアカン、ヤバい思たら依頼なんか()って逃げなさい」

「おう。……そうか、危ないとか逃げるとか、人界に()る時の俺らからは出てけぇへん発想やな」

 言われてみれば、と虎吉が目を丸くする。

「人を人とも思わん系の悪党色々見てきたせいで、犯罪王ねハイハイぐらいの感覚になってたんかも。こういう時に足掬われ易い思うから、ナメて掛からんようにせなアカンよね」

 元のラクダ色マントに戻って気合を入れる鈴音と、小首を傾げる虎吉。

『他人が巻き込まれんように注意しとるし、いきなり本丸に乗り込んだりしてへんし、充分気ぃ付けとる思うけどなあ』

 どこまで慎重なんだと呆れ半分感心半分で大あくびした虎吉は、移動を始めた鈴音のマントの中で目を閉じた。



 鈴音がやって来たのは再び警備隊の詰所だ。

 開け放たれたままの扉を潜り、手配書の掲示板へ向かった。

「あ。さっきの」

 気付いた隊員に会釈し、目についた10万金貨クラスの手配書を10枚ばかり引っ剥がす。

「これお願いします。ほんで、ここは何時まで開いてますか?」

 枚数に唖然としながらも隊員は反射的に答えた。

「24時間。犯罪はいつ起きるか分からないからね」

「ほな何時に手配犯連れて来ても討伐証明書は出して貰えます?」

「ああ、勿論」

「因みに牢屋の空き具合は大丈夫ですか?」

 そんな事を尋ねる理由に気付いた隊員は、鈴音が持ってきた手配書の資料を出して手配犯を数え、仲間に牢の空きがあるかを確認。

「充分にあったよ」

「そうですか、ほんならもうちょい増やしましょか」

 ペリペリと5枚剥がして追加する鈴音を、隊員は何とも言えない表情で見つめる。

「これ、また凄い早さで連れてくる?」

「ええ」

「分かった、ここで待つ事にする。じゃあ、詳しい情報を説明するよ?」

 説明の後、隊員から15枚の地図を受け取り、鈴音は詰所を後にした。


「宿に泊まらへんのか?」

 虎吉の問い掛けに鈴音は困り顔になる。

「眠たならへんやん?異世界に()ると。あんまり早い時間から宿に入ったら、多分めっちゃ暇んなる思て」

「そうか。暇潰しにゴミ掃除か。普段と一緒やな」

「いや日本でやってんのは仕事仕事、暇潰し違うよ?ただ走り回ってるだけやけどお仕事よ?あ、走り回る言うたら今回おもろいのあんねん。窃盗犯で、この街に潜んでんねんて。夜になったら動き出すらしいから、鬼ごっこ出来そうや」

「うはは、そらええな。探そ探そ」

 肉食獣の狩猟本能が刺激されたらしく、虎吉の目が爛々としていた。




 まだ賑わっている繁華街とは違いすっかり静まり返った住宅街に、荒い呼吸音と足音が響いている。

 時刻は22時を回った辺り。

 街灯の無い路地へ駆け込み、男が1人必死に息を整えようとしていた。

 そこへ。

「みーっけ」

「ニャー」

 上からとても楽しそうな女と魔獣の声が降ってくる。

「っひ!!」

 女の手には、男が投げ捨てた鞄が握られていた。

 何故バレたどうして分かった何で鞄を持っているどうやって屋根に上った、と大混乱の男は再び逃げ出す。

 それを目で追いながら、女こと鈴音は口角を吊り上げた。


 隊員から教わった情報で窃盗犯は空巣専門だと分かっていたので、鈴音は東西南北にある住宅街を高速で跳び回りその都度虎吉に耳を澄まして貰った。

 何度目かの巡回で妙な金属音を捉えたため現場へ向かってみると、灯りがついていない家の鍵穴をピッキング中の窃盗犯発見。

「何してんの?」

 これが鬼ごっこスタートの合図になった。

 鈴音の声に飛び上がる程驚いて逃げ出した男は、途中で鞄を川へ放る。泥棒七つ道具を捨てて証拠隠滅するつもりか、と察した鈴音が空中でキャッチ。

 川面を蹴って屋根に上がり、そのまま暫く鬼ごっこをして遊んだ。



 息が続かずへたり込んだ男が空飛ぶ縄に巻かれたのが22時15分頃。

 片手で荷物のように持たれた上に、景色が流れてよく見えない程の速さで走られ、男は自分がいかに無駄な足掻きをしていたか思い知った。

 そうして詰所に着くと、隊員達が拍手で迎えるという訳の分からなさ。

「はいこれが証拠の鞄と、本人ですね」

「凄いな!本当に全部片付けてしまうなんて!」

「10万ぐらいの犯罪者は多過ぎて捌き切られへんてオアシス……あー、オスの街の隊員さんに聞いたもんで、ちょっとでも助けになれば思て」

「大助かりだよ!さあ証明書を発行しよう」

 大盛り上がりの詰所内から、男は隊員に連れられて扉を潜り牢へ続く廊下を歩く。


 辿り着いた先、ずらり並ぶ牢には既に多くの犯罪者が入れられており、皆とても疲れた顔をしていた。

「お前はここだ」

 男を牢へ入れた隊員は縄を解き、施錠を確認して去って行く。

 硬いベッドに腰を下ろした男は大きな溜息を吐いた。

「何なんだあの女……化け物か」

 すると、前の牢にいる男が目を見開いて鉄格子を掴み、他の牢からは次々と声が上がる。

「お前もか!?」

「えっ」

「待て、お前も!?」

「いやお前もかよ!?」

 どうやら全員があの化け物に捕まったらしい。

 そこからはどうやって捕まったかの自慢大会になり、傷の舐め合いは朝まで続いた。



 討伐証明書を束で受け取りやんやの喝采で詰所を送り出された鈴音は、宿屋はとっくに門限を迎えているだろうと考え、城壁を跳び越えて街の外へ出る。

 そのままセルーン村へ続く砂漠に入り、砂丘の上で寝転んだ。

「うひゃー、冗談みたいな夜空やなー。プラネタリウムみたーいとか言うてまいそう」

 いわゆる満天の星空に思わず笑う鈴音の腹の上で、ベストポジションを探し当て丸くなった虎吉はあくびをする。

「今日は月明かりが弱いからよう見えるんやろなあぅぁぁぁあー、何か近付いて来よる。脚が多いな、昼間見た蠍やろか。俺は寝るから後は頼んだ」

 言うが早いか目を閉じた。虎吉も鈴音と同じで寝なくても問題無い筈だが、今は狩りをして遊ぶ気分ではないという事だろう。やる気が無い時の猫は目の前でじゃらしを振られても一切反応しないものだ。

 なので、耳を澄まして位置を探った鈴音が氷魔法で対応する。

「よし止まったな、命中命中。面倒臭いからちょっと神力出しとこ」

 ここに居るのは危険生物ですよ近付いてはいけません、とばかり神力で警告を発しながら、流れ星を数えて朝まで過ごした。



 日が昇って暫くしてから、腹の上で背中を丸める伸びと大あくびをした虎吉を抱えて砂漠を後にし、首都モドゥの城壁に立つ。

「時計塔はー……あった。まだ6時半やわ。どっかで朝ごはん食べてから闘技場行こか。銀行行ってからやと受付に遅れそうやし後回しやな」

「おう。肉はあるやろか」

「んー、ソーセージとかハムとかちゃう?朝から肉焼いてる店は無さそう」

「しゃあない、まあソーセージも美味いからな」

 ぺろんと口周りを舐める虎吉に微笑み、まずはモーニングセットを目指した。



 食堂で充実の朝食に舌鼓を打った後、少し早いだろうかと思いつつ鈴音は闘技場を訪れている。

 現在7時半なので受付終了時刻まで1時間あり、まだ出場者もそれ程集まってはいないのでは、とコロッセオのような建物にのんびり近付くと、既に行列が出来ていた。

「嘘ぉん。筋骨隆々さん達がズラッと並んではるわ。魔法使いはおらへんのかな。いや、魔法使い全員がヒョロいとは限らへんか」

 ブツブツ言いながら、取り敢えず進んだ先にいる男性に声を掛ける。

「すんません、これは出場者受付の列ですか?」

 そう聞かれた男性は不思議そうな顔をして鈴音を見下ろし、黙って頷いた。

「因みに、連勝中の魔獣使いに挑戦する人もここに並びますか?」

 この質問には声が届く範囲の男性全員が反応し、鈴音へ『まさか……』という期待の視線を注ぐ。


「立候補者は先頭へ行ってその旨伝えればいい」

 一度咳払いをしてから答えた男性に、鈴音は笑顔で会釈した。

「そうなんですね、ありがとう」

 そして当たり前のように先頭の方へ足を踏み出す。すると別の男性から声が飛んだ。

「姉ちゃんあんた、魔法使いか?」

「……うーん、そうなんですけど、今回は魔獣使いとして参戦します。戦うのは彼です」

 マントを開いて虎吉を見せると、男性達に憐れむような空気が漂う。

「そ、そうか、まあ頑張ってくれ」

 ぎこちない笑み付きの応援を受け、鈴音は微笑んだ。

「ありがとう。あのー、出場者って当然この日の試合には賭けられませんよね?」

 首を傾げての質問に男性達は頷く。

「それは失敗しましたねぇ。彼に賭ければ大金持ちになれたのに。ご愁傷様です」

 不意に浮かんだ毒花を思わせる艶やかな笑みに男性達が身を震わせる中、鈴音は悠然と行列の先頭へ歩いて行った。

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