第二百五十七話 首都へ戻ろう
村長宅を出た鈴音は、外で待機しているデルグールの護衛達に首都への道を聞いて、村の入口方面へ向かう。
その背中に可愛らしい声が掛かった。
「お姉ちゃん!村の守り神をお願いねー!」
振り向いた鈴音が笑顔で手を振ると、窓から身を乗り出していたバルも嬉しそうに手を振る。
「うーん、私が負けるとか失敗するとか1ミリも思てへんよね。絶対裏切られへんなぁ。あの信頼感はどこから来るんやろ」
そんな鈴音の疑問に答えたのは、虎吉ではなく別の声だった。
「強い女性に対する憧れが人一倍強いからです」
「へぇー、お父ちゃんみたいな強い男の人やのうて、女の人に?」
背後からの声に驚くでもなく振り向いた鈴音は、そこに立つ村長の息子イルウェスを見つめる。
居心地悪そうに、けれど今度は目を逸らす事なく視線を受け止め、イルウェスは大きく頷いた。
「以前デルグールさんの護衛で女性剣士が来た事があって、あんな風に強ければ自分も街へ行ける、と考えたらしいです。街への買い出しは男だけで行く決まりになっているので、興味を持っていたみたいですね」
馬に積むにしたって荷物は重いし、街には荒くれ者もいる。男性だけで行くのは村の女性陣を守る為の配慮だろう。
ただ、好奇心旺盛なお転婆からすると『いいなあ兄さんばっかりあっちこっち行けて』となるのかもしれない。
「剣で戦う女の人か、そらカッコええわ。盗賊団引っ立ててる私もそんな風に見えたんかな。ふふ。でも今回バルは街に出るどころか大きい砂漠越えて隣の国まで行った訳やし、もう冒険はええんちゃうかな思いますけど」
笑う鈴音にイルウェスは頷く。
「俺よりよっぽど遠くまで行ったんだな、大人だな、とでも言っておけば満足するかもしれませんね」
「そうか、子供扱いが嫌になってくるお年頃なんや。もうちょいしたら、お父ちゃんに飛びついたりもせぇへんようになりますねぇ」
「父は寂しがるでしょうね」
小さく笑い、何やら思い詰めた表情で大きく息を吸うイルウェスを眺め、鈴音は先手を打った。
「一緒に連れて行ったりはせぇへんよ?」
「……ッげっほごほ」
正に今それを言おうとしていたイルウェスが思い切り咳き込む。
しかしまだ諦めてはいないようだ。
「っじゃ、邪魔にはなりません、俺はそれなりに戦えます。今回の件の責任を取らないといけないんです、同行させて下さい」
「それなりやとアカンのよ」
言うと同時に鈴音はイルウェスの背後へ移動。
「この動きが見える位でないと、私にはついて来られへん」
今の今まで目の前に居た人物の声が後ろから聞こえ、イルウェスは驚愕の表情で振り向く。
「おまけに相手は犯罪王とかいう奴とその手下やし。嘘吐いてハッタリかまして脅して、相手踏んづけて見下して嘲笑うぐらいの事が出来な、目ぇ合うただけでチビってまうで」
聞いた事もないような汚い言葉が沢山出てきて、のどかな村の青年は明らかに引いている。
「ほらね。この程度でそんな顔になる人が悪党の前に出て行くんは、美味しそうな肉が調味料背負うて料理人の前に行くんとおんなじ。ちゃちゃっと料理されて食べられてハイ終了」
「……っ、でも……!」
食い下がるイルウェスに鈴音は大きな溜息を吐いた。
「魔獣が狙われたんは、あんたの不用意な発言で間違い無いやろうけど。問題はさ、街でこんな事がありました、て村長に報告せぇへんかった事の方や思うんよね」
じっと見つめられ、イルウェスは辛そうな顔で黙り込む。
「うっかり口滑らしたけどこんな辺鄙なトコまで誰も来ぇへんし問題無いやろ、とか自己判断してええ案件違うやん。報告さえしといたら、村長から魔獣に伝えられたんちゃう?ほんなら魔獣は巣穴から離れへんから、密猟組織は撃退出来たんちゃうの?」
小さく頷いて目を伏せるイルウェスを見ながら、『時間の無駄や言うたクセに説教してもうてるー!私のアホー!』と鈴音は内心頭を抱えている。残念ながら今更止める訳にもいかないので、手短にと心掛けて続けた。
「こうやって賞金稼ぎについて行こうとしてる事も、村長には相談してへんのやろ?そんなん子供がする事や。大人扱いされたい子供はバルやのうてあんたの方やんか。無謀な事して死んだって誰の為にもならへんねん。どうしても償いたい言うんやったら、帰ってった魔獣が快適に過ごせる場所でも作っといたら?襲撃されて子供奪われた巣穴なんか使いたないやろし」
上手い着地だと心の中で自身に拍手する鈴音を、イルウェスが潤んだ目で見ている。
それに気付き『ギャー泣かしてもたー!』と密かに慌てる鈴音へ、涙目の青年は会釈した。
「仰る通りです。失敗を黙っていたのは父に叱られるのが怖かったからで、あなたについて行こうとしたのは、魔獣を助けたいというより父に失望されたくなかったからだと気付きました」
「あー確かに無茶したら、そこまで思い詰めてたんか、とか思てくれそうではあるよね」
「はい。でも犯罪組織に立ち向かうというのは、俺が思うような簡単な事じゃないと思い知りました。無駄死にして家族を悲しませる前に気付けて良かったです。ありがとうございました」
素直な笑みを浮かべる様子に、分かって貰えてよかったと鈴音も微笑む。
「どういたしまして。ほな私は行くわ」
「はい。俺は魔獣が寛げる場所を作っておきます」
「救出にそない日数掛からへん思うから、早目に完成さしといてね」
「頑張ります!」
スッキリした顔でやる気を見せるイルウェスに手を振って別れ、鈴音は今度こそと村の入口へ向かった。
途中、畑の向こうの柵の中に動物の群れらしきものを見つけ、思わず立ち止まる。
「金色のアフガンハウンド?毛並みサラッサラやなぁ風になびいて……ん?サラサラ?どっかで聞いたな」
地球に暮らす大型犬に似ているように思えた生き物を、よくよく、よーく目を凝らして見てみた。
「うん、貴族みたいな犬の顔ではない。鼻ぺっちゃんこやし。っちゅう事は、地球におるやつとちょっとちゃうけど多分あれが」
「ンェー」
「マー」
「羊なんやろな。鳴き声も何かちゃうけど」
「どれやどれや」
マントから顔を出して野次馬ならぬ野次猫になる虎吉。
すると、全ての羊が顔をこちらへ向け、ピタリと動きを止める。
肉食獣に怯えているのだろうか、と鈴音が心配していると、羊達は柵へ突進してきた。
「エー!!」
「ゥエー!!」
「ォゥエー!!」
地面を前足の蹄でガリガリ掻きながら、物凄い勢いで鳴いている。ドスがきいているというかコブシが回っているというか、中々の迫力だ。
「これはもしや、威嚇されてる?この世界の羊めっちゃ凶暴?」
衝撃を受けている鈴音の腕の中では、虎吉の耳が後ろに向いていた。
「おう、ええ度胸やないかワレェ」
「ギャー!!アカンアカン!!村の財産に危害加えるとか有り得へんから!!逃げるが勝ちや!!」
「あっ、コラ待て鈴音!どっちが上かっちゅうんをやな」
「要らん要らんそんなん要らん」
ジタバタする虎吉を両腕で抱えて一目散に逃げる鈴音。
後方からは『ゥエーェ』『エェーッェ』と何やら勝ち誇った鳴き声が聞こえてきて若干イラッとしたが、立ち止まったら負けだとばかり村の入口まで突っ走った。
「ふー。バル、あんたとこの羊、ええ羊やのうてええ性格の羊や思うで」
遠い目をして呟いた鈴音は、勢い余って砂漠まで来ている。
この砂漠を越えれば首都モドゥまでは直ぐらしい。
「くそー、一声吠えたろ思とったのに」
「いやいやいや助けようとしてる村の財産パアにせんといて」
不満そうな虎吉を撫でて宥めつつ、鈴音は砂漠を見渡す。
「村の入口からこのまま真ぁーっ直ぐ行ったら街道に出るみたいやけど、私みたいな特殊能力もない普通の人がこれ渡るて、改めて考えたら凄い事よね」
「確かになあ。お日さんやら星やらで方角見るんやったか?」
「うん。あと、でーっかい砂丘とかは急に無くなったりせぇへんから、そういうのを目印にしたりすんねんて。テレビで見たわ」
思い出して感心しながら、鈴音はサラサラの砂を踏む。
「ま、私は取り敢えず突っ切ってから自分が何処に居るんか確かめるから、関係ないけど」
「砂丘の場所なんか知らんし、星で方角とか言われてもどれが何か分からへんもんなあ」
「それなー。日本の星空でも明け方に出てる金星ぐらいしか分からへんのに、異世界の空とか絶対無理や」
「うはは。とにかく、でっかい砂丘を壊さんように走ったらええねんな」
「そやね、環境破壊禁止で」
虎吉と顔を見合わせて笑い、まだ強い陽光が照りつける中、鈴音は走り出した。
美しくも過酷な砂漠には、中型犬程もありそうな蠍やら恐らくアリジゴクだろうなと思われる傾斜やら、思わず目を見張るものが多々あったが、構っていると日が暮れるので全て無視して爆走し、あっという間に緑あふれる街道に出る。
道は左右に伸びており、どちらが首都に続いているのかが分からない。誰かに聞こうにも時間帯が悪いのか、旅人も隊商も見当たらなかった。
頭を掻いた鈴音は、結局こうなるかと小さく笑い、その場で垂直に跳んで上から現在地を確認する。
「お、あったあった、首都!逆側は山に続いてんのかな?山越えの方が砂漠越えよりキツいんやろか」
子供のバルを連れたデルグールが山越えではなく砂漠越えを選んでいる事からして、山自体が厳しいか山向こうの国が厳しいか、何にせよややこしい道なのは間違い無さそうだ。
「ま、山やのうて首都に用事があるんで、我々はこちらへ向かいまーす」
着地してから右の道を指した鈴音に、顔を出した虎吉が何かを思い出した様子で口を開く。
「身分証あらへんけど、審査所どないするんや?並ぶんかあの行列」
「あ。ホンマやね。デルグールさんとこの護衛いう立場のままやと、この先迷惑掛かりそうで危ないし……並ぶか」
犯罪組織に喧嘩を売りに行くのに、デルグールの名前が出ては不味い。城壁を跳び越えるという選択肢を排除して、鈴音は大人しく門を潜る事にした。
先程来た時に比べ幾らか空いていた審査所で、オアシスの街と同じく魔法使いで魔獣使いだと告げて書類に名前を書く。藁半紙のような紙にペン先を引っ掛けるというお約束もしっかりやらかし、苦笑いしながら街へと入った。
「あんなとんがったペンなんか普段使わへんし」
口を尖らせて文句を言いつつ、随分と傾いた太陽が照らす街を見回し、時計塔に目を留める。
「もう16時か。闘技場て何時から何時までなんやろ。そんなんも食堂で聞いたらええかな」
イルウェスがどこの食堂で魔獣の話をしたのか鈴音は聞いていないが、犯罪組織の“耳”ならどこにでも居る筈なのでそこは問題無いだろう。
問題なのは、魔獣の子供がどこに居るのかと、犯罪王スーデルとどうやったら接触出来るか、だ。
「屋敷に乗り込んでもええけど、居らんかったら無駄に騒ぎが大きなるだけやもんなぁ」
なるべく水面下で全てを終わらせ、何事も無かったかのようにしたいので、それでは困るのだ。
どうしたものかと唸る鈴音に虎吉が声を掛ける。
「何でもええからメシ行こうや。店に居ったら俺に釣られて敵の方から寄って来るかもしらんで?」
「……おー、ホンマやそれや。見た事も聞いた事もない魔獣が居ったら、それ何?て聞きに来そうやもんね」
目から鱗だという顔の鈴音を見やり、得意気に胸を張る虎吉。
「そうやで。俺サイズなら人前にも連れて行きやすいし、金持ちが欲しがるやろ」
「うんうん。この魔獣がようけ居る場所知ってんねんけどなー、てチラつかせたら食い付くかも」
素晴らしい、と頷いた鈴音は食堂を探して歩き出す。
そろそろ夜の営業を始めている店もあるようで、漂って来るいい匂いを頼りに進んだ。
最初に見つけた店で魔獣連れは困ると断られたので、それならばとテラス席のような物がある店を探す。
すると、数軒隣にビアガーデン宜しく外にテーブル席を作ってある店を発見。
「すんませーん、この子と一緒なんですけど、いけますかー?」
テーブルを拭いていた店員に虎吉を見せながら尋ねると、見事な営業用スマイルが返ってきた。
「勿論大歓迎ですよ!どうぞお好きな席へ」
「ありがとう」
笑顔で会釈した鈴音は、店舗に近い席を選び腰を下ろす。
おもむろにマントの前を開いて、膝上の虎吉が見え易いようにした。
「さて、何を頼もかなー」
店の入口前にあるメニュー看板を眺め肉料理を探す鈴音に、通り側の席に居た人の好さそうな中年男性が近付いて来る。
「やあお嬢さん。随分と可愛らしい魔獣を連れているね?見てもいいかい?」
ニコニコと笑いながら尋ねる男性に、鈴音もニコニコと笑って頷いた。
「触ったり目ぇ見つめたりせぇへんかったら大丈夫ですよ。ところでこの店のオススメ肉料理とかあります?」
「ありがとうありがとう。肉料理なら、牙鶏の串焼きか羊の香草焼きがオススメだよ。酒も忘れずにね」
「ほなそれ頼も。ご親切にありがとう」
手を挙げて店員を呼びつつ、鈴音と虎吉は視線を交わす。
『思う壺!!』
『こんな簡単でええんか』
微笑んでいるように見えて目が全く笑っていない男性は、魔獣好きを装ってじっくりと虎吉を観察している。
このまま何も聞かずに去る事はないだろうから、まずは相手の出方を見ようと決めて、鈴音は店員へ肉料理と酒を注文した。




