第二百五十一話 無敵の賞金稼ぎ
さて、銀行から商店が立ち並ぶ市場の方へ出てきた鈴音は、軽く何か食べたいという虎吉のリクエストに応えるべく、良さげな店を探している。
「んー、時間的にやっぱり軽めのもんが多いかなー」
店先で食べている人の手元を見ると、ペースト状の何かを塗ったパンらしきものが多かった。
虎吉はパンも食べるが、飽くまでも添え物的扱いである。肉食獣なので肉か魚が無ければ話にならない。
ハムサンドのような物はないだろうか、と視線を移した先で、クレープというかラップサンドというか、何やらボリュームのある物を食べている人を発見。
店に近付いてみると、薄いパンに香ばしく焼いた鶏肉のようなものを載せ、ソースをつけて巻いていた。
「ええのん見っけ」
鈴音が微笑み、匂いに釣られて虎吉もマントから顔を出す。
「おっちゃんそれナンボ?」
問い掛ける鈴音に、男性客へ商品を手渡した店主は愛想良く笑った。
「200アルトゥだ。魔獣使いか?珍しいな」
「ホンマは魔獣ちゃうけどな」
「おぉ、ニャーって鳴くのか、可愛い可愛い」
虎吉の言葉は分からない店主だが、この反応は正解だった。猫を褒めれば鈴音の機嫌は良くなる。
「おっちゃん、その肉巻いたやつ20個ちょうだい」
ポケットの無限袋から穴空き金貨を4枚出し笑顔で注文した鈴音に、店主は瞬きを繰り返す。
「お、おお、嬉しいけどそんなに食えるか?」
「こう見えて大食いやねん。このお皿に載っけてくれるとありがたいねんけど」
マントの中から出てきた大皿に店主の目は点だ。
「あんた、魔法使いでもあんのか?」
「うん。この後また賞金首狩りに行くから、ガッツリ食べとかんとね」
「ひゃー、賞金稼ぎか。そいつぁ頑張って貰わねぇと。急ぎで作るからちょっと待っててくれ」
笑顔で頷いた鈴音は、店主に大皿を渡して店先で待った。
5分程で20個を完成させた店主は、鈴音に大皿を渡しつつ少し真面目な顔をする。
「はいよ、肉入りパン20個。……なあ、この辺の賞金首狩るなら、隊商を襲う盗賊団をやってくんねぇか?」
「盗賊団。3人組ならやっつけたけど、もっと大きい組織?」
一旦簡易テーブルに置いた大皿を、ポケットから出した無限袋に呑み込ませつつ鈴音は首を傾げた。
「おぉ、さっそく1つ潰してくれてたのか。ありがとよ。けどもっとデカいのが居るんだよ。そいつらのせいで中規模の隊商が中々来られなくてなあ。纏まってデカい隊商になってからじゃねぇと怖くて動けねぇもんだから、仕入れに困ってる店もあってよぅ」
「ほうほう」
頷きながら無限袋をポケットに戻し、そこから出したラップサンドに齧り付いた鈴音がカッと目を見開く。
「うんまッ!タンドリーチキンっぽい!冷めても美味しいやつやコレ」
「そうなんか。早よ食べたいな、冷ましてくれ俺の分」
「ん、これ食べたら直ぐ冷ますから待ってな」
虎吉に頷いてから、鈴音は店主へ微笑んだ。
「こんな美味しいもん作ってくれるおっちゃんの頼みなら、聞かへん訳にいかんね。任しといて。ここいらの盗賊団片っ端からぶっ潰してくるわ」
頼もしい宣言を聞いて、店主も笑顔になる。
「そうか!そんじゃあコイツはオマケだ、弁当用に冷ましたやつ」
そう言ってラップサンドを1つ差し出す店主。
オマケ大好き関西人にそんな事をすると、やる気が120%になってしまうが、困るのは盗賊団なので問題は無いだろう。
ひとくち齧った自身の分を無限袋に戻し、オマケを受け取った鈴音は、とても嬉しそうに笑った。
「ありがとう!3割増しぐらいでボコッてくる!」
「ははは!そりゃいい!」
いくら魔法使いだとはいえ、こんな若い娘が本当に盗賊団を平らげてくるとは店主も思っていない。
滞在中に他の賞金稼ぎと協力して、1つか2つ潰してくれたらな、くらいの気持ちだったのだ。
だがこの神使、やると言ったらやるのである。
店主に会釈して詰所へ戻る道中、虎吉は鈴音が口元に差し出すラップサンドに齧り付いていた。
「んまい!肉美味い!ええ味やー」
大層お気に召したらしく、結構なボリュームのパンが見る間に無くなって行く。
「んふふふふ、ガブリもぐもぐガブリ、んふふふふ可愛いなぁ可愛いなぁ」
デレデレな顔で虎吉の動きに効果音を付ける鈴音の姿を見た街の人々は、『魔獣使いって変わり者が多いよね』と微笑んでさり気なく距離を取り、遠巻きに眺めていた。
お陰でとても歩き易かった為スムーズに詰所へ戻る事が出来、鈴音も虎吉もご機嫌である。
「ぃよし、ほんならー……強盗系の罪状の奴を端からいこかな」
再び手配書の掲示板前へ立った鈴音は、背伸びすれば届く範囲に貼られているのがこの街近辺を縄張りにしている輩の手配書で、更に上に貼られているのは国を跨にかける大物、若しくは居場所が分からない者だと気付いた。
「ふーん……同じ1億でも、1億アルトゥ、1億ヌブ、1億金貨、どこの国が指名手配した犯人かで違うんやね」
「ほな強い国が賞金掛けた奴が人気なんやな」
「確かに、1億円の賞金首と1億ドルの賞金首どっち狙うか言われたら、ドルやもんねぇ。この中やとどれがええんかは知らんけど」
ただ、ハイパーインフレでも起こしていない限り1億はどの国でも大金なので、手配犯の強さも相当なものだと思われる。狙う方も命懸けだ。
「1億の首が何処に居るんか分かるなら行くけど、そない簡単ちゃうからこの額なんやろなー。ま、とにかく手の届く範囲を掃除しよ」
頷いた鈴音は、強盗殺人で手配されている盗賊団の首領が描かれた紙を5枚剥がして、カウンターへ持って行く。
鈴音が平然と、緊張感の欠片も無く出した手配書を見て、警備隊員は目を点にした。
「……え?」
「え?」
何か間違えただろうか、と驚く鈴音へ、隊員はブンブンと手を振る。
「いやいや。いやいやいやいや。200万、300万、1000万3組って。いくら魔法使いでもな、無理だ。コイツら何人居ると思ってんだ。1人見たら30人は居ると思え、とか言われる奴らだぞ?無理無理」
3人組の強盗とは訳が違う、と呆れる隊員に鈴音は首を傾げた。
「一遍には受付して貰われへんのですか?それやったらどの辺に居るんか、大体の場所教えてくれるだけでもええんですけど」
「話聞いてたか!?」
愕然とする隊員へ真顔で頷く鈴音。
「盗賊団のせいで隊商があんまり来られへんから、お店屋さんが困ってるて聞きまして。丁度時間あるし、ここいら一帯掃除しよ思てるんです。まあ適当に探してもどれかには当たるやろけど、場所聞いといた方が早よ済みますよね」
「適当に探すぐらいやったら、神頼みしたらええがな」
「あー、その手もあるか。そっちのが早いかな?」
ニャーと鳴いた魔獣と会話し思案し始めた鈴音を見て、何やら良くない事が起きるのではと心配した隊員は、妥協案を思い付く。
「そ、そうだ。この、200万の盗賊団を1人……と1匹で壊滅させられたら、残りも頼むというのはどうだ?」
隊員が指すのは、悪い笑みを浮かべる痩せた中年男の手配書。
「あー、試験みたいなもんですか?分かりました」
あっさり頷いた鈴音は、『現実を知って貰う為とは言え女性を危険に晒していいのか』と葛藤している隊員から盗賊団の根城を聞き、笑顔を見せる。
「これ、その場におった全員連れてきて大丈夫ですか?放り込んどく場所あります?」
「へ?ああ、場所の心配は要らないが……」
「そうですか、ほな行ってきますね。直ぐ戻りますし、塀んトコで待っといて貰えたら呼びに行く手間省けますんで、お願いしますー」
「え……ああ、はい」
ちょっと何を言われているのか分からず瞬きを繰り返す隊員に手を振り、鈴音は詰所を後にした。
10分後。
「ただいまー。えーと、これが親分かな?自分でそない言うたもんな?よし。手配書より若干太ってますけど、これがそうらしいです」
どんな目に遭ったのか、縛られ青褪めた顔で只々頷く盗賊団の首領と、綺麗に四角く並んで氷の塊から生えている手下達。まるでカイワレ大根のようだ。
30人もの男達を縛るのが面倒だったようで、氷から生えた堕天使ルシファーを参考に、手下達を並べて腰から下を凍らせたらしい。
それをまたソリに乗せ、爆走してきたという訳だ。
ポカンとした顔で佇む警備隊員に、悪党達は縋るような目を向ける。
「……ハッ。えー、あー、うん。あー、確かに。うん。えー、詰所。詰所に行こうか」
混乱を隠し切れずしどろもどろな隊員へ首領の縄を渡した鈴音は、ソリを消し、氷に取手を作って引っ張る。
ズリズリゴリゴリと音を立て、人相の悪い男達が生えた氷を細身の女性が苦もなく引っ張る様子は、街の人々から大変な注目を浴びた。
「しもた。めっちゃ目立つやん。デッカい箱でも拵えてそれに入れたらよかった」
それはそれで目立つと思われるが、氷から男達を生やすよりはマシかもしれない。
渋い顔をして『この後の奴らはそないしよ』と呟く鈴音へ、街の人々は『何かよく分からないけどとにかく凄い』と拍手を送った。
詰所に着くと、騒ぎを聞きつけて出てきていた隊員達が、謎の光景に唖然とする。
「ちょ、え?」
「氷……氷!?」
目と口が開きっぱなしの仲間に、首領の縄を持った隊員が指示を出した。
「あー、あれだ、アイツらをー、なんだ、留置所、そう留置所に入れるぞ」
まだ衝撃から立ち直っていないらしい。
「お、おー!……って、縄か?縄が要る?」
「え?ああそうだな、縛られてないもんな?」
仲間達も混乱気味だ。
それを見ていた鈴音が、悪党達に声を掛ける。
「なあ。縄で縛らな逃げるん?アンタら」
怒鳴った訳でも凄んだ訳でもないのに、元々青かった悪党達の顔から更に血の気が引き、彼らは白い顔で必死に首を振った。
「そうやんな。逃げたら、追うだけやし」
「にゃー」
鈴音が淡々と言い、マントの中から虎吉がふざけて鳴くと、悪党達が震え上がる。
「そういう訳なんで、縄の用意は要りませんよ。留置所の近くで氷消しますんで、誰がどこに入るか指示して下さい」
微笑む鈴音に何故か隊員達まで震え上がりそうになりつつ、言われた通り留置所近くまで案内し、恐ろしく従順な悪党達を牢へ入れた。
詰所内へ戻り、カウンターを挟んで鈴音と向かい合った隊員は、もう何も言わず残る盗賊団の情報を教える。
「この1000万の3組には魔法使いが居るんだ。人数自体は今の奴らより少ないが、魔法使いの居る居ないで戦闘力は大きく変わる。多分あなたなら問題無いだろうが、充分に注意して欲しい」
「了解。全員が巣に居るとは限りませんけど、纏めて連れてきて留置所は大丈夫ですか?」
「うーん、一時的に悪党共が窮屈になるだろうな。だが仕方ないさ。今の内に知らせを出して、出来るだけ早く本部から迎えに来てくれるよう頼むよ」
困ったように笑う隊員に微笑んだ鈴音は、4枚の地図を手にする。
「ほな遠慮なく全部浚えてきますね。さっそく行ってきまーす」
ヒラヒラと手を振って出て行く鈴音を日本の警察官と似た敬礼で見送った隊員は、どこから攻めるか聞いていなかった事に気付いて慌てた。
「えーと、最も近いのは……いきなり1000万か!ここを落としてから300に行って、こう、こうだな?」
鈴音の動きを予想し、最初に攻略されるだろう盗賊団の根城から近い入口へ移動しようとして、はたと気付く。
「いや待てよ?纏めてとか浚えるとか言ってたな。4つの盗賊団全部纏めて連れて帰ってくる……のか?」
そうなると、最後に落とされる盗賊団の根城に近い入口で待たねばならない。
「おーい、手伝ってくれ」
迷った隊員は、最初の盗賊団に近い入口へ仲間を配置し、自身は最後の盗賊団に近い入口で待機する事にした。
一方その頃。
砂漠のド真ん中、地下水が湧く岩場に作られたレンガ造りの建物では、既に男達の怒号と悲鳴が響き渡っていた。
「何だ、何が起きた!!」
「どこの命知らずグハァッ」
「姿見せやがれ卑怯もブッホ」
「うわあぁ化け物だ化け物が出たぁ!!」
見えない敵が手下達を標的にしている間に、首領と魔法使いはまだ売り捌いていないお宝を持って、自分達だけさっさと逃げようとしている。
繋いであった、馬のような見た目とラクダのような毛皮と足を持つ生き物の背にお宝を乗せ、自分達も乗ろうとした所で、首領は異変を感じ取った。
手下の声がしなくなったのだ。
まさか、と振り向けばそこに、小型の獣を抱いた女が立っている。
「魔獣使いか……。どっちも売りゃあ金になりそうだが、この有り様じゃそう呑気な事も言ってらんねぇやな。……やれ」
首領が命じると同時に、魔法使いが手を突き出し直径1mはありそうな火球を放った。
かなりの早業なので相当な実力者だと思われるが、今回ばかりは相手が悪い。
「ウザっ」
そう言って顔を顰めた鈴音は、虫でも払うような仕草で火球を叩いた。
すると大きな火の玉は手品のように消えて無くなる。
怪訝な顔をした魔法使いは、立て続けに2発の火球を撃ち出した。
「効ぃーかぁーへん言うてんのにもー」
鬱陶しそうに1つを握り潰し1つを払って消した鈴音を見て、魔法使いが顔を引き攣らせつつ後退る。
どうやら勝ち目が無さそうだと判断した首領は、ラクダの足を持つ馬に飛び乗って逃げ出そうと試みた。
が、馬が一歩たりとも動こうとしない。
耳を伏せてブルブルと震え、今にも倒れそうな怯えようだ。
「魔法なんざ見慣れてんだろうが!どうした!」
苛立った首領が馬の前へ視線を落とすと、そこには虎吉がちょこんと座っている。
「あんな小っちぇえ魔獣なんざ踏み潰せ!」
「小さないっちゅうねん!!」
黒目全開になった虎吉が、首領の顔の前へ無重力ジャンプ。
そのまま左前足でこめかみに一撃を決めた。
ノックアウトされ馬の背から落ちた首領と虎吉を見比べて青褪める魔法使いに、鈴音がニコニコしながら近付く。
「カッコええやろ可愛いやろたまらんやろー?イラッとしながらも手加減を忘れへん虎ちゃんサイコー。手加減なかったら頭吹っ飛ぶからねぇ。顔分からんかったら賞金貰われへんし」
明らかに何もない空中から縄を取り出した鈴音を恐怖に染まった目で見つめ、魔法使いは小刻みに首を振り振り後退る。
「逃げたかったら逃げてもええけど、どこまででも追うで?逃げ切れたかな、思た所を狙って顔見せるようにするわ。ウトウトしかけた時とか、オアシスで水飲もうとした時とか、ホッとしかけた瞬間狙い澄まして現れたるから覚悟してな。ほんで、助け呼ぼうとしたら口塞いでどっか遠くに連れてって、またイチから追っかけっこや。楽しいな?」
ズルズルとへたり込んだ魔法使いを笑顔で見やり、縄を飛ばして縛り上げ拘束。
首領も同じ要領で拘束し、馬はどうしたらいいのだろうかと鈴音は首を傾げる。
「盗まれた物やら馬……ラクダ?馬かな?馬でええか。馬もきっと貴重やと思うし、一緒に連れてった方がええかなぁ」
「おう、警備隊でどないかしよるんちゃうか?」
「そうやんね。連れてこ」
言うが早いかソリを作り出した鈴音は、建物内からコンテナのような木箱を持ってきて載せ、落ちないよう合体させた。
魔法使いと首領も箱に空けた穴から中へ入れ、直ぐさま閉じる。
馬用に別の箱付きソリを作り、悪党達の乗るソリと連結させると、虎吉の助けを借りて馬を収容した。
「よっしゃ、要領は分かった。後3つこの感じでサクッと片付けよ」
「おう。1回やったらコツが掴めるからな。どんだけ時間縮められるか挑戦してみたらどないや?」
タイムアタックを勧められた鈴音は悪ガキの笑みを浮かべ、ポケットからスマートフォンを取り出すとストップウォッチ機能を開く。
「これ、敵の砦に入る瞬間に押すんが正解?」
「せやな。移動は本気出されへんからな」
「よし、纏めて箱に入れてソリに載せるまでの時間やね。1分切られへんかなー」
何やら恐ろしい事を言いながら、虎吉を抱えた鈴音はソリを引いて走り出した。
この後、残る3つの盗賊団は悲鳴すら上げる間もなく制圧され、箱へ雑に詰められる事となる。
気になるタイムだが、盗賊団自体は数秒で片付いたものの馬の収容に時間が掛かり、残念ながら1分切りとはいかなかった。




