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第二百四十九話 年齢は不詳です

 一撃だった。


 塔の主たる白き獣が右前足を突き出した瞬間、神々は悲鳴にも似た声を上げその場に倒れ伏した。


「……っぐは!!はーはー、あ、危なかった……!」

「川の向こうにお花畑が……ハッ!?」

「冥王の顔が厳つくて良かった我に返れた」

 もこもこ床に膝をつき、胸に手を当て呼吸を整える神々。

 その直ぐそばでは、デレデレの顔で横たわった神が何やら呟き続けている。


「肉球ぅぅぅ、ぷにぷにのにくきうぅう」

「ああッ!彼は完全にやられているッ!」

「しっかりしろ、俺達の戦いはこれからだ!」

「諦めるなっ、戻って来ぉぉぉーーーい!!」

 ギリギリで生き延びた神々の呼び掛けは、『ドゥへへへ』と笑うだけの神に届かない。


「くッ……!駄目か……ッ!」

「こんな……、こんな所で……!」

「進みましょう。我々に出来るのはそれだけです」

「勝つぞ!ヤツの為にもな!」

「うう……っ。さらばだ好敵手(とも)よ。お前の勇姿は忘れない……!」

 床を踏みしめ立ち上がり、神々は悲壮な覚悟の滲む顔で、美しき獣が座して待つ塔を見上げた。



 じゃんけん大会である。

 大切な事なのでもう一度。

 じゃんけん大会である。しかも1回戦。


 何がどうしてこうなったのか、答えは簡単。

 白猫の出したパーが可愛過ぎたから、だ。

 じゃんけんぽん、という鈴音の掛け声に合わせ、白猫は右前足の指を全部開いて突き出した。

 初めてのじゃんけんが楽しかったのか、耳と髭が前を向き、瞳孔をまん丸にした目は爛々、小首を傾げて塔の天辺から下界を眺めつつの、ピンクの肉球全開パーである。

 猫バカ達を殺しに来ているとしか思えぬその仕草が、勝ち負け関係なく戦闘不能に陥る神を大量に生み出した。


 審判を務める鈴音はその破壊力を予想していた為、白猫に背を向け何を出したかは虎吉に教えて貰うスタイルを取っており無事だ。

 因みに審判は神々が何を出したか確認しなければならないので、今だけ少し高い場所から見下ろす許可を貰っている。

「あいこも負けですよー!チョキの神様以外はお座り下さいねー!」

 右手でチョキを出して掲げつつ、鈴音は全体を見回した。

「大体半分程に減ったかな」

 幸せそうな笑顔で倒れている神々には、いい夢見ろよと心の中で親指を立てておき、さっさと次の準備に掛かる。

「勝ち残った神様は前の方に集まって下さいねー」

 鈴音の指示に従って神々がわらわらと集まり、さっそく2回戦へ。


「じゃーんけーんぽん!はい、猫神様がグーなので、パーの神様以外はお座り下さい」

「手ってがキュって、キュってなってる……!」

「ぐぁわいぃいーーー」

「あーーー!」


 キュっと丸めた前足もまた可愛らしく、堪え切れずに床をゴロゴロ転がる神やグネグネと身悶える神が続出。

 最早何かの呪いなのではと疑いたくなる惨状の中、冷静な分析をしている神も居た。

「パーの次にグー。猫ちゃんはきっとチョキも出してみたい筈。だから次はグーを出せば勝てるんじゃあないか?」

 薄紫の瞳が殆ど見えない程に瞼を下ろしているのは男神シオンだ。

 破壊力抜群の白猫をバッチリと見てしまわない為の作戦が功を奏し、どうにか勝ち残っているらしい。

 だが彼には周囲からブーイングも出ている。


「お前の世界、虹男を呼ぶ時に鈴音も呼ぶ約束なんだろ?だったら今回は辞退しとけよ」

「然り。虹色玉を2つも探すのだ。時を要するゆえ、鈴音ならば土産を手に入れ幾度か戻るであろう」

「ウァンナーンは大人しく白髭と見学してるよ?」


 シィ少年に会う為、鈴音が頻繁に自世界を訪れると分かっているウァンナーンは、じゃんけん大会に参加していない。

 既に白猫に自世界への通路を開く権限も与えており、慌てる必要などどこにもないのだ。

 勝ち組の余裕を見せながら茶を啜るウァンナーンを苦々しく睨んで、シオンは拳を握る。

「それはそれ、これはこれ。俺は今、猫ちゃんとの距離が遠いからね。戦いに勝って美味しい肉で胃袋を鷲掴みにして、元の位置まで戻らなければ」

 メラメラと燃える様子を見やり、駄目だこりゃと顔を見合わせた神々は、シオンの説得を諦めて3回戦へ備えた。


「はい、じゃーんけーんぽん!パーの神様以外お座り下さーい」

「何故だーーー!!」

 固く握った拳と共に崩れ落ちたシオンを『相変わらず声大きいわー』と呆れ顔で眺めつつ、鈴音はサクサクと大会を進行して行く。

 6回戦目で残る神々が一桁となり直接対決に移行。

 8回戦目でついに2人まで絞られた。


「キミに勝てば優勝?頑張ろーっと」

 一柱はアッシュブラウンのゆるふわ髪をヘッドドレスで飾り、ピンクと黒のゴシックロリータなロングワンピースに身を包んだ少女神。

「絶っっっ対にィ、勝ぁぁぁあああつッ!!」

 もう一柱は、ノースリーブの膝丈チュニックを宝石付きのベルトでウエストマークした、ツンツン黒髪の少年神。

 そんな二柱を、中学生の異種格闘技戦を見守る保護者かのように、負けた神々がぐるりと囲んでいる。


「決勝戦ですねー。勝っても負けても恨みっこなしで」

 それぞれの顔を見やる鈴音に、少女神は笑顔で、少年神は気合十分で頷いた。

「ほな行きますよー、さーいしょーは」

「グー!」

「じゃーんけーん」

「ぽん!!」

 少女神がチョキで、少年神はパー。

「な……なにィ!?」

 愕然とする少年神。


「俺みたいな暑苦しい感じのヤツは、馬鹿みたいに拳突き出すって思わなかったのか!?」

 この少年神、暑苦しさを前面に出す為それなりに演技もしていたようだ。

 しかしその上を行ったのが少女神で、口元に人差し指を当て可愛らしく微笑んでいる。

「そう思わせたいのかな?って思ったの。うふふ。ゴメン、ね?」

 少女神が微笑みながら小首を傾げて謝ると、少年神は頬を染めて『おう、いいよ別に』と大人しくなった。

 その歳で男を手玉に取るのか、と驚いた鈴音だったが、よくよく考えてみれば見た目は中学生でも中身はきっと多分おそらく絶対に違う。そして、『お幾つですか』は命に関わる質問と見て間違いない。

 恐ろしい神が優勝してしまったな、と額を拭いながら鈴音は少女神に声を掛けた。


「女神様、お名前をお伺いしても?」

「ビーダ。ビダちゃんって呼んでもいいよ?」

「ビーダ様ですね」

 復唱した鈴音に微笑みの圧力が迫り来る。

「ビダちゃんって呼んでもいいよ?」

 ビスクドールが喋ったらこんな感じだろうか、と遠い目になりつつ鈴音は頷いた。

「メリーさん。間違うた、ビダちゃんですね」

 誰と間違えたのかなと一度首を傾げたものの、ビーダは微笑んで頷く。

「では、じゃんけん大会優勝は、女神ビダちゃんです!盛大な拍手を!」

 可憐な少女神に向け、神々から祝福の拍手が送られた。


「みんなありがとう。じゃあ、猫ちゃんの為にお肉買いに行く?直ぐ行く?」

 皆へ微笑みを振りまいてから、ビーダは鈴音を見つめる。

「申し訳ないんですが、着替えの時間を下さい。冒険用の服装に変えてきます」

「分かった。待ってるね」

 微笑むビーダにお辞儀して、鈴音は倉庫へ駆け込んだ。

 こんな時の為に用意してあるジャケット、カットソー、ストレッチデニムに着替え、ナップサックを背負い無限袋を上着のポケットに入れる。

 スニーカー片手に急いで戻ると、神々が『あ、いつもの鈴音だ』という顔をした。

 ビーダもウンウンと頷いてから、いや待てよとばかり顎に人差し指を当てる。


「砂漠の街だから、マントがあった方がいいかも」

 言うが早いか、ビーダは空中からラクダ色のマントを取り出した。

 鈴音のジャケットがベージュ色だったので、合わせてくれたらしい。

「これ着てたら砂は付かないから。その靴でも平気」

「おおー、ありがとうございます!行き先は砂漠なんですね。魔法は使(つこ)ても大丈夫ですか?」

 恭しく受け取ったマントをさっそく羽織りつつ尋ねる鈴音に、ビーダは微笑んで頷いた。

「魔法使いっていう仕事があるから大丈夫。あと、魔獣使いって仕事もあるから、虎吉と喋ってても変には思われないよ。何でも入る袋も魔法使いなら持ってて平気」

「私は魔法使いで魔獣使いになる訳ですね。一般の人には虎ちゃんの言葉は分からへんのですか」

「うん。分かるのは魔法使いと魔獣使い……と、神官も分かる」

 ふむふむと頷いて鈴音は脳内の情報を更新していく。


「ほな、魔法使いはどないしてお金を稼ぐのが一般的ですか?」

「賞金首を狩るの」

 ゴスロリビスクドールから出るにしては物騒な内容に、鈴音の目が点になった。

「そないいうたら、さっきそんな事がチラッと聞こえたような」

「うふふ。地方限定の小物から、世界を股に掛ける大物まで色々いるよ?街にある警備隊の詰所に手配書が貼ってあるから見てね?」

「でもそんなん直ぐに見つからへんのちゃいます?狭い日本でも指名手配犯なかなか見つからんのに」

 渋い顔になった鈴音へ、ビーダは花が綻ぶような笑みを向ける。

「逃げてる奴はそうだけど、堂々と根城作って暴れまわってる奴とかいるから。強過ぎて軍隊が出なきゃいけないような奴」

「マフィア的なもんかなぁ」

「そいつらの首を刎ねるとか捕まえるとかして警備隊に見せたら、討伐証明書っていうのが貰えるから、それを銀行に持っていって換金したらいいよ?」

 可愛い顔して言ってる事が怖いし口が悪いぞこの女神、と思いつつ鈴音は頷く。


「銀行があったら大金手にしても安心安全ですね」

「うん。詳しくは詰所で聞いてみてね。いつもの、遠い島国から旅してきた、で世間知らずでも大丈夫だから」

「分かりました、ありがとうございます。因みにオススメの肉料理はありますか?」

 鈴音に問われたビーダは小首を傾げ、顎に人差し指を当てた。

「お祭りで私に捧げられるのは、一角牛(いっかくぎゅう)の丸焼きとか飛び豚の丸焼きとか牙鶏(きばどり)の丸焼きとか」

「ワー、豪快ダナー」

「うふふ。お店いっぱいあるし、猫ちゃんが気に入りそうなの探してみて?」

「そうします」

 思い切り頷いた鈴音は、ヒョイと跳んで来た虎吉を左腕に抱えマントの中に隠す。

 そこで漸くビーダを含めた神々は気付いた。『鈴音がマント着てたら虎吉見えないじゃん』と。

 しかし今更脱げとも言えず、何とも微妙な空気が漂う。


「どないしはったんですか?」

 怪訝な顔をする鈴音にビーダは慌てて首を振り、自世界への通路を開いた。

 ピンクと黒の花に彩られたアーチの向こうには、青い空と白っぽい砂の海が広がっている。

「真っ直ぐ歩けば街に着くよ。今あっちは朝の8時ぐらいかな。1日は24時間で、大きいのだけだけど時計もあるから」

「活用させて貰います。猫神様、美味しいお肉買って来ますんで、楽しみにしとって下さいね。ほな、ビーダさ……ビダちゃん、皆様、行ってきます」

 白猫と神々にお辞儀した鈴音は、虎吉と共に通路を潜りビーダの世界へ足を踏み入れた。



「んー、砂。でも気温はそんな高ない感じ?」

 言われた通り真っ直ぐ進みながら呟く鈴音に、マントの中の虎吉も頷く。

「鈴音に引っ付いといたら暑さ寒さ関係ないとはいえ、別に暑ない思うで。今から上がるんか?」

「そうかもしらんね。まだ朝やし、日が照り始めてちょっとしか経ってへんから涼しいんかも」

 たとえ日中50℃になろうとヒノカグツチの力を持つ鈴音には無関係だが、どの位の温度変化があるのか単純に興味があった。

「昼めっちゃ暑いのに、夜めっちゃ寒いとか、どんな家に住んでるんかなぁ。クーラーとかあるんやろか」

「魔法があるんやし、部屋なり人なり冷やす道具はあるんちゃうか?」

 お喋りしながら進む事10分。

 枯草のような植物が生え始めた先に、レンガのような物で出来た街が見えてきた。


 オアシスに作られたと思しき街は、城塞都市のように高い塀で囲まれており、入口には門番も立っている。

「げ。門番おるけど身分証もお金もあらへんで?通れるんかな」

「アカンとこに送らへんやろ女神さんも」

 どうしようかと一瞬悩んだ鈴音だったが、虎吉の言う通りだと納得し顔を上げて進む。

 入口に辿り着くと、営業用スマイルを浮かべ会釈した。

「こんにちは。旅の者なんですが、街に入れて頂けますか?」

 槍を持ち、鎖かたびらのような物に胸当てのついた防具を纏い、腰から幅の広い剣を下げている門番が2人、鈴音をじっと見つめる。

「この奥で詳しい審査があるが、構わないか?」

 どうやら彼らは第一関門らしい。ここで門前払いされるのは、手配書が回っている犯罪者だろうか。

「はい、お願いします」

「ではどうぞ」

 笑顔で頷いた鈴音を、門番達は奥へ通した。


 門の奥、分厚い塀の中は高架下のようなスペースがあり、そこで審査が行われているようだ。

 他にも何人かの旅人が審査を受けている様子が見える。

「そちらの女性、こちらへどうぞ」

 門番と同じ防具を着けた中年男性に呼ばれ、鈴音は早足で向かった。

「持ち物を全てこの上に出してくれ」

 テーブルを手で示す男性に頷き、まずは虎吉を座らせる。

「おッ!?魔獣使いか?」

「はい。あと、魔法使いでもあります」

 そう言いながらナップサックと無限袋を載せた。

「魔獣使いで魔法使い?そんな奴……も居るんだな」

 無限袋を開けて覗いた男性は、そっと閉じて頷く。

「悪いが、何か起きた時……まあ具体的には盗みだな。盗みがあると、現場に居なかったと証明出来ない限り、真っ先に疑われるのが魔法の袋を持った魔法使いだ。本人以外中身を見られないからな。間違い無く厳しい取り調べになる。そんな目に遭うかもしれない街だが、入るか?」

 探るように見てくる男性を見つめ返し、鈴音は笑った。


「こんだけ審査しとったら、街なかではそない犯罪も起きひんでしょ?なるべく人目があるとこに()るようにして、盗みなんかする必要ないなて思われるぐらい稼ぎますわ。賞金首狩りまくって」

 自信たっぷりな鈴音の笑みを見て、男性は目を丸くする。

「賞金稼ぎかアンタ。成る程、女の一人旅はダテじゃねえな」

「ふふん。取り敢えず、手配書見られる詰所とやらの場所、教えて貰えます?」

 持ち物を身に着け直し虎吉を抱えた鈴音は、男性から道を教わった。

「後はこの名簿に名前と職業書いて終わりだ」

「はーい」

 ペン先にインクをつけて、藁半紙のような紙で出来た名簿に名前を書く。

 尖ったペン先が引っ掛かって個性的な字になったが、読めればいいと男性が言ったので良しとする。

「ほな、入ってよろしい?」

「いいぞ」

 許可を貰った鈴音はありがとうと会釈し、塀を抜けてレンガ造り風の建物が並ぶ街へ入った。

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