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第二百四十八話 じゃんけん大会in神界

 レシピを幾つか頭に叩き込み、マグロの解体方法をマスターした黄泉醜女は、満足そうな笑みを浮かべてスマートフォンを鈴音に返す。

「ありがとねぇー、これで美味しいマグロ料理が出せるわぁー」

「そら良かった。ワタツミ様もお喜びになりますよ、母君と弟君にええ贈り物が出来た、て」

 笑顔で受け取った鈴音は、誰のお陰で立派な魚が手に入ったのかを強調しておく。

「うんうん。アタシの事苦手なのにさぁ、また魚取りに来いって言ってくれたり、チョー優しいよねぇ」

「ですよねー、漁師さんとか海の仕事する人らが慕うのもよう分かりますわー」

「ホントホントぉ」

 頷く黄泉醜女を見ながら内心してやったりの鈴音。

 ヒノも美味しい魚と漁師を関連付けて覚えてくれたので、この調子で頑張ろうと決意を新たにした。


「よーっし、さっそくマグロ捌きに戻るわぁ!」

「はい、頑張って下さい」

「チョー頑張る。ふんじゃ、またねぇー!」

 笑顔で手を振り合い、鈴音は岩と岩の間へ走って行く黄泉醜女を見送る。

 その後ろ姿がすっかり闇に消えてから、大きく息を吐いた。

「……ふぅ。小さな事からコツコツと、やな」

 自らの言葉に頷きつつ、アプリを開いて綱木にここまでの状況を報告。

 直ぐに返信があり、100体もの烏天狗を貸して貰えた事に対する驚きと、影女への期待が綴られていた。イザナギ助命キャンペーンに関しては、祈りを捧げるポーズのスタンプがひとつ。

 ヒノが人を好きになりますように、イザナギが見つかりませんように、の祈りだろうなと鈴音は半笑いになる。

「ふふ、気持ちはめっちゃ分かる。よし、この後はいつも通り澱掃除して謎の澱も探して、店には寄らんと直帰しよかな」

 その旨送信し了承を得たので、県をひとつ越えて地元へ戻った鈴音は退勤時刻まで市内を走り回った。


 帰宅後は愛猫と子猫をガッツリと吸ってから、白猫の縄張りを経由して黒猫の居る地獄へ。

 しっかり猫を吸ってきたお陰で、ボッフボフの黒猫へうっかり飛び付かずに済んだ。

 早く早くと急かす猫達に専用給餌台でオヤツを与えながら、鈴音は黒猫にあの力に関して相談する。


「実は、魔王の力を手に入れまして」

「魔王?悪魔の王か?」

 首を傾げる黒猫にデレっと顔を崩しつつ頷いて、右手から少しだけ魔力を出した。

「ほほー、こりゃ確かに悪魔の力だな。神力と同居出来るのか、面白い」

 耳を前へ向け目を丸くする黒猫を見て更にデレデレになる鈴音。オヤツを食べ終えた猫達の『ワア、ヘンタイダー』という声と視線で我に返り全力で表情を戻した。

「同居は出来るみたいなんですけど、やっぱり私のベースが猫神様やからか、神力みたいにスッと馴染まへんのですよね。魔王が出した魔力消す時もちょっと手こずりましたし」

「ふんふん。だったらあれだ、黄泉の国の女神の力と混ぜ合わせてみたらどうだ。系統というか属性というかでは一番近いだろう」

 黒猫のアドバイスに鈴音は衝撃を受ける。


「混ぜ合わせる!その発想はなかった……!そうか、つまり、わざわざ水出して火ぃ出してせんでも、お湯をイメージしたら……」

 呟く鈴音の右手に猫の体温くらいの湯が湧いた。

「こんにちは、歩く給湯器です」

「ははは!便利だな。正反対の火と水をそこまで簡単に合わせられるなら、神力と魔力でも大丈夫だろう」

 目を細める黒猫の言葉で自信をつけ、やる気満々になった鈴音は湯を消して両拳を握る。

「ありがとうございます黒猫様。罪人相手に色々実験してきます!」

「おう、気が済むまでやるといい。消滅させんようにだけ注意するんだぞ」

「はい!では行って参ります、とうッ!」

 ビシ、と敬礼してから猫殺しの罪人が彷徨う巨大迷路へ跳んで行く鈴音を見送り、大あくびする黒猫。

「くぁー……、罪人共にどんな罰を与えてくれるか楽しみだ。いつもの事だが、お前達は近付かんようにな。危ないし、鈴音が全力を出せんから」

「ハーイ」

 良いお返事の猫達に微笑み、展望台で箱座りした黒猫は暫しの休憩に入った。



 随分と長い時間を掛け納得行くまで力の扱いを特訓した鈴音は、黒猫のリクエストに応えてマッサージを施してから、意気揚々と白猫の縄張りへ戻る。

 縄張りでは白猫と虎吉に『パワーアップした』と言われて喜び、手に入れた力で大きな猫じゃらしと普通サイズの猫じゃらしを作り出して思い切り遊んだ。

 興奮して口が開いてしまったり後足だけで立ち上がってしまったりする白猫と虎吉の可愛さで、鈴音の屈強な魂が何度か召され掛けたのは言うまでもない。

 更に、自室へ戻るや否や黒猫の匂いを嗅ぎ付けた愛猫と子猫に『イイニオイ!』と群がられ、神に感謝しながら再び召され掛けたのも言うまでもない。



 連休が明けると、昼休みに月子からメッセージが届いた。

 やはり学校中で、捜索願いが出されていた少女の事が噂になっているらしい。

 肝試しに行った先で事故に遭い男友達と眠れぬ一夜を明かした、という事実に色々と尾鰭が付いて大変な事になっているようだ。

 ここまでは鈴音も大体想像していたが、続く情報は予想外だった。

 悪魔女子もまた、噂になっているというのだ。

 悪霊に取り憑かれおかしくなった人として。


 廃墟での悪魔女子の様子を知る友人3人が喋った訳ではなく、やらかしたのは本人。

 何と、あれだけの目に遭っておきながら懲りもせず、今度は“こっくりさん”的なモノに手を出したらしい。

 本人としては妖怪か精霊を呼び出すつもりが、彼女の霊力が中途半端に作用したのか運悪く神と繋がってしまい、物の見事に祟られたようだ。

 犬神の神使である黒花曰くこっくりさんのような行為は、赤の他人が何の前触れも無く耳元で大声を出すのに等しいそうで『人でも驚き怒るだろう?神や精霊なら祟って当然だ。血の気の多い妖怪なら殺しに来たかもしれないぞ?』との事。

 そうして神の怒りを買った悪魔女子いや祟られ女子は、獣のように鳴いたり飛び跳ねたりする姿を近所の住人に目撃され、『まるで何かに取り憑かれたみたいに暴れてた』と噂された。

 それがいつの間にか肝試し少女の噂話と結び付けられ、廃墟で悪霊に取り憑かれた人という事になってしまったようだ。


「えーと、神様を特定して怒りを鎮めて貰わな祟りは収まらんから?課長やらツキのお父さんやら、ストーカー天狗ん時にご一緒した佐藤さんやらが頑張ってる?ありゃー、大変。でもこれ、助けたっても本人覚えてへんかったらまたやるんちゃう?」

 その辺の対策はしているのか、とメッセージを送ると、動画を撮影済みだと返信があった。

「ふんふん、あー、祟られておかしなってる姿を撮っといて、正気に戻った本人に見せると。うわー、あの手の他人全部見下してる系の子にそれはヤバない?逆恨みして『復讐してやる』とか言いながら更に訳分からん儀式とかに手ぇ出しそう。黒魔術とか」

 そして自らに跳ね返った魔術で謎の呪いに掛かる。

 呪われる程度ならまだいい方で、下手をすると死ぬ。

「課長もあの子見てて性格分かってるやろから、本人にも親にも警告はするやろけど……それが響くかどうかはなぁ」

 恐らく聞く耳を持たないだろうなと鈴音は思う。性格的にも年齢的にも。

 ただ、生活健全局安全対策課は慈善団体ではないし、職員達は彼女の親族でも教師でもない。警告以上の事は出来ないし、するつもりもないのだ。

「ま、全てはあの子次第か」

 早く解決するよう祈っとく、とメッセージを送信し、鈴音は澱掃除の続きに精を出した。




 そして、謎の澱に関してこれといった進展も無く影女からの連絡も無く、数日が過ぎて5月も半ば。

 普段通り仕事を終え、普段通り帰宅した鈴音は、普段通り風呂上がりに愛猫達と子猫を撫で、普段通りデレデレしている。

「あー可愛い。何でこんな可愛いんやろな?はい私知ってます、猫やからですねー!正解です!あー可愛い」

 この手のちょっとアレな言葉は毎日聞いて慣れているので、猫達はいちいち反応しない。

「あースベスベ。あーツヤツヤ。おっと、ウチのコらが可愛過ぎて時間分からんようになりよった。そろそろ猫神様んとこに行かな」

 忘れてはならないオヤツタイムだ。

 骸骨はまだ戻っていないので、今日は鈴音だけで行くらしい。

「虎ちゃーん」

 呼び掛けに応えてベッドの上に通路が開く。

「ほな行ってくるねー」

 尻尾で返事する猫達に微笑み、鈴音は通路を潜った。



 白猫の縄張りでは、神々による毎度お馴染みのお茶会が開かれている。

 虹男の姿がないので、純粋に白猫と虎吉を愛でてデレデレする日のようだ。

 鈴音が何でも入る無限袋から出したボウルに倉庫から出してきたオヤツを入れ、いつものオヤツタイムに突入。

 目尻を下げた神々が見守る中、普段通り一瞬で平らげた白猫が、小首を傾げてニャーと鳴く。

 あまりの可愛さに溶けかけたり心臓が止まりかけたりしながら、鈴音や神々は虎吉の通訳を待った。

 期待に満ちた皆の視線を一身に浴びつつ、自分の分をマイペースに食べた虎吉が、口周りをぺろんぺろんと舐めて顔を上げる。


「虎ちゃん、猫神様なんか言わはったよね?」

 待ち切れず鈴音が尋ねると、洗顔を始めながら虎吉は頷いた。

「おう。魚味のオヤツ食べたら、肉食べたなったなーやて」

「ん?どういう事やろ。甘いもん食べたら辛いもん(塩辛いもの)欲しなる的な事やろか」

「多分それで()うてるで。生肉やら塩焼きやらと(ちご)て、こないだの串みたいな味付いてる奴がええみたいや」

 シィ少年と行った屋台で購入した、スパイシーな串焼き肉のような物を御所望らしい。

 すると、神々の輪の中から声が上がった。

「ならばワシの世界に行くとええ。ほれ、村の宴会で出たような肉を、猫ちゃんに捧げる約束じゃろ?」

 そう言ったのは白髭の神だ。

 確かに、似たような串焼き肉を買ってくるという約束はしている。しかし鈴音にも都合というか、読むべき空気というものがあるのだ。


「ありがたいお話ではあるんですけども、イキシア達と別れてまだ1ヶ月程度なんですよね。あっちの世界の時間が早よ流れてて、既に1年経ってるとかならええんですけど……」

「時間の流れは変わらんのう」

「ほなまだ早いですわ、なんぼ何でも。せめてあの子が神人になってから行かな、気まずい事この上ないですって」

 まるで二度と会えないかのような別れ方をしてきたのに、ひと月やそこらで再会しては、お互いにどんな顔をしたらいいか分からないではないか。

「むむ、そういうものかの?」

「そういうものです」

 頷く鈴音の都合とは別に、他の神々にも思う所があるようだ。


「ズルいよね?お爺ちゃんの所ばっかりだと」

「ウチにも美味しい肉ならあるよ、おいで」

「それならば当方にもござる」

「我が世界にも当然あるな」


 白髭の神の世界では虎吉が肉を食べ、持ち帰った金魚という巨大魚を白猫や黒猫達も食べている。

 早い話神々は、自分の世界の物だって美味しいんだから、白猫や虎吉、地獄の黒猫達にも食べて貰いたい、と言っているのだ。

 白猫の望みは叶えたいが日本で肉を買うと懐に大打撃を受ける鈴音は、渡りに船とばかりありがたく乗っからせて貰う事にする。

「あー、拳ひとつでお金が稼げる平和な世界なら、私はどちらにでも伺いますよ」

 何やら矛盾した事を笑顔で言う鈴音と、それをおかしいとも思わずガンガン挙手して立候補する神々。


「魔物を倒して換金出来るぞ、慣れているよな!?」

「賞金首を狩るといいよ!平和、だよ?」

「武術大会に出場せよ、優勝すれば賞金が出る」

「財宝探索で一攫千金!君も冒険の旅に出ないか!」


 この調子で皆が我も我もとアピールし、収拾がつかない。

 聞いている限り世界による差は殆どなさそうなので、ここは公平にあれで決めようと鈴音は頷いた。

「はい、お静かにー!何処の世界もみんな良さげで、私には決められません」

 両手を挙げて皆を見回しながらの宣言に、どよめく神々。

「そこで!どの世界になっても恨みっこなしの、じゃんけんで決めて頂こうと思います!」

 鈴音が胸を張り、神々は目を見張る。

「すまんが、じゃんけんとは?」

 神々の中から上がった声に鈴音は微笑み、ルールを説明した。

 途中、ハサミが存在しない世界の神が『うちの人類も早く発明しないかな』と感心したり、石で殴るのが一番強いだろうと三すくみを無視されたり色々あったが、最終的には皆が理解しやる気を漲らせる。


「よし、いつでもいいぞ!」

「しかし全員でやって決着するのか?」

「ほんとだー、無理っぽい」

「どうする?」


 神々の視線を受け、ニッコリ笑った鈴音は虎吉に耳打ちをした。

 頷いた虎吉が思念で白猫に伝え、白猫が目を細めて頷く。

「ええでー、て言うてはるで」

 虎吉の通訳を聞いた鈴音が、両腕を広げ声を張った。

「皆様の最初の対戦相手は猫神様です!」

 なんだって、と動揺する神々。

「勝ち残った神様が一桁になるまで、一斉に猫神様と勝負して頂きます。まずは皆様ご起立頂き、猫神様の出した手に負けた方はお座り下さい」

 顔を見合わせながら、座っていた神々が立ち上がる。

「ちなみに猫神様のチョキは、爪の出たパーです。さあ始めますよ、心の準備はよろしいですか」

 鈴音の煽りに神々は目を爛々とさせたり不安そうにしたり、様々な反応を見せた。

 その間に白猫はキャットタワーの天辺に登り、得意気な顔でお座りして下界を見下ろしている。


「くッ、猫ちゃんを負かすなんて出来るのか俺に」

「でも勝たなきゃ鈴音を呼べないし」

「猫ちゃんに私の世界を見せて説明したいし」

「これは、乗り越えるべき試練ッ!!」

「神に試練を課すとは流石猫ちゃん……!」

「必ずや越えてみせようぞ」

「勝利を我が手に!!」


 何だか大袈裟な事になってるなあとスナギツネ化しつつ、鈴音は右手を挙げた。

「ほないきまーす!さーいしょーは」

「グー!!」

「じゃーーーんけーーーん……」


 絶対に負けられない戦いが今、始まる。

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