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第二百四十二話 お買い物

 走って跳んで大型商業施設に辿り着いた鈴音は、駐車場の片隅で姿隠しのペンダントを外しスーパーマーケットを目指す。

 数ある入口の1つから施設内に入ると、視界に広がるのは様々な店舗が並ぶショッピングモール。それぞれの店が皆、自慢の商品を前面に押し出したディスプレイで客を誘惑していた。

 このエリアには、花、靴、服、化粧品等々、女性が興味を示す物が多い印象だ。初夏から夏向けの色鮮やかでキラキラしたそれら全てに、黄泉醜女が分かり易く引き寄せられている。


「あっ、コレこないだあのモデルが着てたやつ!あっ、コレはあの女優が紹介してたやつ!」

 店の前を通るたび、素早く中へ入って観察した黄泉醜女から、鈴音も知らない最新情報がバンバン出てくる。

「ツシコさん何処でそんな情報仕入れはるん?」

「えー?今の子達って直ぐスマホ見んじゃん?それを後ろから覗くと色んな事が分かるよぉー?」

 外での待ち時間等でスマートフォンを弄っている際、背後に黄泉醜女が立っていたりするらしい。

 霊感持ちなら卒倒ものである。

「でも困るのは漫画でさぁ、最後まで読めた事ないんだよねぇー。あとゴシップ記事とかもさぁ、読んでる途中で閉じられちゃったりするともぉ、気になって仕方ないわー」

 口を尖らせる黄泉醜女を見ながら、彼女が悪霊退治の現場に遅れて来る事が多いのはもしやこれが原因か、と遠い目になる鈴音。


「ゴシップとかは作り話が殆どらしいから、信じひん方がええですよ」

「分かってるけど面白くてさぁー。“藤峰夏姫(ふじみねなつき)ついに撮ったお忍びデート!”とか、あんな有名人が忍ばないワケなくなぁい?って笑えるしぃー」

「おっ?夏姫さんホンマに熱愛発覚?いや待てよ。近々公開の映画で共演してる俳優とかの可能性もあるな」

 藤峰夏姫といえば、烏天狗にストーキングされていても平静を装える肝っ玉を持った、プロ意識の高い女優だ。

 彼女の場合、本当に恋人が出来たのなら堂々と交際してみせるか、完璧に隠し通すかの2択ではなかろうかと思う。

 ゴシップ誌に隠し撮りされるようなうっかりさんには見えなかった、と唸る鈴音に黄泉醜女は笑顔だ。

「あー、よく分かってんじゃーん。恋人役の俳優だったよ相手ぇー。宣伝目的のニセ記事だよねぇ」

「なーんや。今どきそんなんでお客が増えるとも思えませんけどねぇ」

「そーだよねぇ。ま、出来るコトはぜーんぶやっとこうって作戦なんじゃなぁい?」

「SNSのフォロワー数が万単位の人らに、若干ネタバレ有りのクチコミして貰う方が効果ある思うわー」

 そんな主婦の井戸端会議的会話をしている最中、鈴音は骸骨に肩を叩かれた。


「ん?あ、ゴメン訳の分からん話して……え?あっち?何が……て、ちょっと待って何してんねんあの魔王」

 骸骨が指差す先にはメンズファッションも扱うセレクトショップがあり、なんとサタンが接客を受けているではないか。

「姿隠しとらんかったんかーい!アカンアカン、あの店員のお兄さんが何かの弾みで魔王と契約した事になったしりたらえらいこっちゃ、教えてくれてありがとう骸骨さん」

 キャッキャと笑う黄泉醜女と骸骨を引き連れ、鈴音はセレクトショップへ足を踏み入れる。


「ぉほん。何してんの?」

 後ろから声を掛けると、サタンが振り向くのと同時に店員も鈴音へ顔を向け、ニッコリと営業用スマイルを繰り出してきた。

「彼女さんですか?」

「いいえ違います」

 真顔でキッパリ否定し、目でサタンに圧力を掛ける。

「あんまりチョロチョロしたらアカンやん。分かるやろ?子供やないねんから」

「いーじゃねぇか、今後の方向性の参考にしようと思っただけなんだしよー」

 駄々をこねる魔王と笑顔で頷く店員。

 鈴音は眉間に皺を刻んで首を振る。

「ええやんか、今のままで。急に方向性変えたらみんなビックリすんで?誰もついて来ぇへんようになったらどないするんよ」

「マジか。そこまで違和感あんのかよ」

「あるよ」

 魔王が白Tにデニムとか絶対おかしい、と爽やかな店内を背景に口を引き結ぶ鈴音。

「チッ。しゃーねぇな、別の方向で考えるわ」

 諦めたサタンにホッと息を吐き、店員にゴメンねと会釈して店を出る。

「よければまた来て下さーい。……ゴスパン系かヴィジュアル系バンドの人かな。行き詰まってイメチェン?でもそっちじゃないよってマネージャーが説得してるカンジ?このままだと方向性の違いで解散だしファンもついて来ないよ、的な?」

 勘違いを正す者が居ない為、この店員の中でサタンは“方向性で迷走しているロックバンドの人”になった。憐れなり魔王。



 それからは黄泉醜女が流行りモノをチェックしに動くだけで、特に問題も無くスーパーマーケットへ入れた。

「ぃよーし、ほんなら絶対買うんがカレーとお酒。後はヒノ様やナミ様が喜びそうなもんを見つけ次第要相談で。予算の都合がありますんで」

「おっけー」

「骸骨さんも、気になるもんあったら言うてな?魔王も一応は聞いたるわ」

 頷く骸骨と、驚くサタン。

「神の使いが魔王に貢ぐ?何か企んでんのか?」

「企んでへんわ失礼なやっちゃ。異世界の犯罪者の件でエエ感じの推理聞かしてくれたやろ?かなり参考になったからそのお礼。影をどうこうとか私らやったら思い付かへんもん」

「そういう事か。フハハハハ、良い心掛けだ人の子よ。俺と契約するか?」

「せぇへん。ほなカレーのコーナー探そー」

 カートを押してさっさと歩き出す鈴音と、ウキウキでついて行く黄泉醜女と骸骨。

「チッ、ものの弾みで契約に持っていくのは無理か。どーやったら食えっかなーあの魂」

 鈴音の魂が珍味にしか見えないらしいサタンは腕組みして唸りつつ、皆の後を追った。


「お、あったあった、カレーのコーナー」

 走り回る子供を避けつつ見つけた陳列棚へ鈴音が近付くと、背後の黄泉醜女は種類の多さに目を丸くする。

「こんなにあんのぉー!?えぇー……何がどう違うのかぁ、全然分かんないんだけどぉ?」

 日本人のカレー愛に半ば呆れる黄泉醜女と、興味津々でカレールーとレトルトカレーの違い等を見る骸骨。

 鈴音は手近に並んでいるルーを指して説明する。

「まずは辛さの違い。ヒノ様が食べられるのは甘口だけですね。大人は中辛あたりが丁度ええかもやけど、うっかり間違(まちご)うてヒノ様に出してもたら大変なんで、甘口で我慢した方がええ思います」

「そうするぅー間違えそうじゃんアタシとか特にぃ。甘口でも美味しかったから問題無いっしょー」

「うんうん。ほな次に、これとこれ。こっちは牛肉や豚肉を使うんが推奨されてて、こっちは鶏肉を使うんが推奨されてます」

「へぇー、そんな違いもあるんだぁー」

「美味しいですよ、バターチキンカレー。他は、作ってる会社によって微妙に味が違うぐらいですかね」

 鈴音の説明に納得したらしい黄泉醜女は、真剣な顔でどれにしようか選び始めた。


 身体の構造上カレーライスを食べるのが困難な骸骨は、自分の住む世界にある物との違いを知る事が出来ただけで満足したようだ。

 だが鈴音としては悔しさが募る。

「骸骨さんにも日本のカレー食べさせたかったなぁ。白玉団子に見せ掛けてカレーいう、骸骨さんの世界の食べ物みたいなんがあったら良かっ……、あるがな」

 不満げに呟いていた鈴音だったが、カレーといえばライスだけではない事を思い出した。

「カレーパンっちゅうメッチャ美味しい食べもんがあるやんか」

「何それ詳しく」

 甘口ばかり5種類程のルーを手にした黄泉醜女と、どうやら興奮気味な骸骨にずずいと詰め寄られ、鈴音は仰け反りながら説明する。

「カレーをパンで包んで揚げた物です。ここのパンコーナーにも売ってる筈やから、このあと行きましょ」

「うわー、チョー楽しみぃー」

 買い物カゴにカレールーを10箱入れて、黄泉醜女は骸骨とハイタッチした。

 サタンはカレーにもパンにも興味が無いらしく、空気と化している。それでも一応、何か面白い物はないかなと探してはいるようだ。



 縦一列に並んで歩きパンコーナーを目指す途中、先に酒のコーナーが目に付いた。

 声を掛けるより早く、骸骨は棚に吸い寄せられている。

「きゃはははは!骸骨ちゃんそぉんなにお酒好きだったんだぁ?」

「かなりの酒豪ですよ。キツイお酒もへっちゃらですね」

 鈴音達の声など聞こえていないようで、酒を選ぶ骸骨は真剣そのもの。

 度数や原料等を見比べ、うーんと首を傾げている。

 鈴音は飲み会等で一通り飲んだ事があるため解説しようと思えば出来るが、敢えて何の情報も無いまま本能で選ぶ方が飲んだ時に楽しいのではと思い黙っていた。

 暫く経って骸骨が指差したのは、2000円台のウィスキーだ。

「お、流石ええトコ突いてくるやん。安い割に美味しいから、長い事安定して売れ続けてる銘柄やでコレ」

 説明を聞き、よっしゃ、とばかりガッツポーズをしてから胸を張る骸骨に、黄泉醜女が大笑いしている。

「きゃはははは!飲兵衛の本能って凄いねぇー」

 ウィスキーをカゴに入れつつ鈴音も頷く。

「異世界でも、お手頃価格の強くて美味しいお酒探し当ててましたからねー」

 両頬に手を当ててゆらゆら揺れる骸骨。照れているらしい。

 そこで不意にサタンが口を開いた。


「異世界っていやお前、どっかの創造神とも知り合いらしいな?」

 急に何の話だ、と思いながらも鈴音は頷く。

「猫神様ファンの神様方には可愛がって頂いてるよ」

「神が神のファン……?まあいい。可愛がるって具体的に何かすんのか?世界の半分をやろう、とか言われんのか?」

「何でか知らんけどそこはかとなく悪役臭いなそのセリフ。創造神様やったら半分と言わず全部くれる思うで?要らんから聞いた事あらへんけど」

 パンコーナーへ向け歩き出す鈴音に並び、サタンは重ねて尋ねる。

「じゃあ何して貰ってんだ?」

「え?フツーに口きいて貰てるけど?猫神様の眷属とはいえ只の人が、創造神様を含めた神々と会話出来るとかそれだけで凄い事やで?」

「そんだけ?何か凄ぇもん寄越したりしねぇのかよ」

「あー、神剣とか魔剣とかはどっさり頂いた。私を鍛える為と異世界で必要やったからやけど」

「あ?何で異世界で剣が要る?お前なら殴りゃ終わるだろうが」

 怪訝な顔をするサタンを見て鈴音は笑った。


「そら力尽くで制圧すんのやったらそれでええけど、世界が滅びんの阻止する為やったからね」

「世界救ってんのかよ。救世主じゃねぇか。それでも何の礼も無しか神からは。これだから神って奴ぁ……」

「いやいや、とんでもないお礼を頂いてしもたって。創造神様がそのお力を分け与えて下さったんやから」

 サラッと凄い事を言う鈴音にサタンの目は点になる。

「は?別の神の眷属に自分の力を分けたのか?」

「そうやで?ちゃんと猫神様の許可まで取ってくれはって、身体が丈夫になる力を下さるねんもん、一生頭上がらへんわ」

「……へぇ?頭が上がらんってのはあれか?そいつに何か頼まれたら断われねぇ的な?」

 何か悪い事を考えていますという顔で問い掛けるサタンに、前を向いたまま鈴音はその通りだと頷いた。

「実際、あの方の旦那さんが常識外れな事せんように見張る役とか、嫌やけど断られへん」

 あれは大変だ、と同意するように深く頷く骸骨も横目で見ながらサタンは口角を上げる。

「そうか、フハハ、そうかそうか。成る程なぁー」

「あ、パンコーナーや。カレーパン探そカレーパン」

 ニヤニヤしているサタンを無視して、鈴音達は美味しそうなパンが並ぶ棚へ急いだ。



 数分後、鈴音が押すカートの下のカゴには、パンコーナーで買い込んだパンでパンパンになったレジ袋が入っていた。

「うーん、全部美味しそうなんが悪い。安いし」

「だよねぇー、サクサクとかしっとりとかもっちりとかぁ、そんな事言われたら気になるしぃ」

 要するに、ポップと呼ばれる紙に書かれた宣伝文句に釣られたらしい。清々しい程に店側の思う壺である。

「ま、ヒノ様が喜んで下さるならええわ」

「うんうん、絶対ニッコニコだよぉーカワイー」

「あはは、想像でデレデレやないですか。よし、ほなもう欲しい物は(そろ)たかな?レジに向かってよろしい?」

「んー、飴は鈴音がくれるから別にいっかー」

「はいはい、いつでも差し上げますよー」

 楽しげに笑い仲良く皆で角を曲がって、飲料水コーナーを通り過ぎかけた時、ふと鈴音の目に“海洋深層水”の文字が飛び込んだ。

「……海洋。海。……あ!」

 思わず大きな声が出た鈴音は慌てて口を押さえ、そそくさとその場から移動する。


「どしたの鈴音ぇ」

 心配する黄泉醜女を見やり、鈴音はひとつ咳払いをした。

「いやー、すっかり言い忘れとったんですけども」

「うん」

「実はワタツミ様がナミ様のお味方になって下さるそうで」

「……へ?嘘ぉ。ワタツミって、あのワタツミ?海の神の大綿津見神?」

「そのワタツミ様です」

 ワタツミはイザナミの味方をする証にと力をくれたのに、貰った力はガンガン利用しながら肝心のイザナミにその事実を伝え忘れていたのである。『やってもうたー』と遠い目になる鈴音。

 その様子を見て黄泉醜女は首を傾げた。

「ホントにぃー?鈴音騙されてなぁーい?ワタツミの偽物とかさぁー」

「いえそれが、私がナミ様の協力者やて分かった上でワタツミ様は御力を下さってますんで、間違いは無いです」

「そぉおー?ふんじゃさぁ、会いに行こっかぁ」

「ワタツミ様にですか?」

「そ。海なら何処でも会えるっしょ?行こ行こ」

 ヤバいぞ叱られる、と思いつつも断る事など出来る筈も無く、大人しく頷く鈴音。

 実はワタツミから力を貰って地球時間ではまだ2、3日しか経っていない事に、憐れな鈴音は気付いていない。完全な異世界ボケである。

 どんよりとした空気を漂わせた鈴音は、サタンが妙に楽しげな笑みを浮かべているとも知らず、溜息と共にレジへ向かった。

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