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第二百四十一話 魔王ナイスアシスト

 最後の天使が去ってから数えること僅か3秒、当たり前のようにサタンは再び姿を見せる。

 最初に現れた時と同じく魔力を出していないので、天使が引き返して来る事はなかった。

「フハハハハ!引っ掛かったな天使共め……」

「うん、そう来るやろな思た」

「だよね。帰るとは言わなかったし」

 ふんぞり返って高笑いを響かせたサタンだったが、鈴音と月子に冷静な反応をされるやピタリと黙り、遠い空を見上げる。

「あー……昔は良かったなぁー……何やっても驚かれて恐れられてよー」

「オッサンやな」

「オジサンだね」

「ちょ、人の優しさドコで失くしたんだお前ら。思いやりって言葉知ってるか?」

 悪魔の王から思いやりについて諭されつつ、鈴音は大嶽が説明を終えて戻るのを待った。


 暫し後、救急車とパトカーを見送った大嶽が肩を叩きながら近付いて来る。

「やれやれ、謎の澱を追っていただけなのに、ややこしい事ばかり起きたねえ。……って、一番ややこしいのが帰ってないね!?」

 サタンを見つけて衝撃を受ける大嶽に、溜息を吐いた鈴音が頷く。

「取り敢えず天使軍団は帰ってくれたんで、まだマシになったと思うしか」

「あ、本当だ、空が見える」

 ホッとした様子の大嶽を眺め、サタンは微妙な表情だ。

「魔王が天使撒いたのに誰も動揺しねぇ。俺がナメられてんのか天使がナメられてんのか……まさか両方!?」

 悩む拗ねる驚くと、百面相というか顔芸というかを披露しているサタンを尻目に、虎吉を抱えてウキウキの骸骨や、黄泉醜女と陽彦も集まって来る。


 自然と輪になった所で、大嶽が口を開いた。

「えーとそれじゃあ、ひとまずお疲れ様。ここで出来る事はもうないから、大上家の2人は帰ろうか。本来ならまだ授業中だしねえ」

 そう言われ、月子は不満そうに口角を下げる。

 分かってはいるのだ、謎の澱が片付いてしまった今、帰れと言われたら帰るしかない事は。

 しかし、サタンと異世界の神使と黄泉醜女が一堂に会するという、普通に生きていたら絶対に体験出来ない貴重な状況を無視せよとは何事かとも思う。

 ただ月子は賢いので、自分が居ては何か起きた時、足手まといになるだろう事も分かる。

 何かとは勿論サタンが暴れた場合の事だ。


 地獄の使者である骸骨や、黄泉の国の女神である黄泉醜女に、悪魔が得意とする魔力や負の力を主体とした攻撃は殆ど効かないだろう。

 鬼を祖先に持つ大嶽や輝光魂である陽彦も、ひょっとしたら耐えられるかもしれない。

 鈴音に至っては半笑いで反射しそうな気すらする。

 そんな面々の中にあって、影響を受けそうなのは唯一自分だけだと月子は溜息を吐いた。

 犬神の神使なのだから、実際は何の問題も無いのかもしれない。だがそう言い切れるだけの自信がまだ無いのだ。


「はぁ……。黒花に特訓して貰わなきゃ」

 悔しそうな月子の呟きには気づかず、大嶽は黄泉醜女を見やる。

「ところで、黄泉醜女は何をしに来たんだい?悪霊の所へ行く途中でもなさそうだし」

 ずっと聞きそびれていた、と大嶽に不思議がられ、ハッと目を見開いた黄泉醜女が手を叩く。

「そうだったぁ!面白いからフツーについて来ちゃってたじゃーん。鈴音に教えてあげようと思ってたんだってばー」

「ああ、そういえば臨死体験がどうとか言ってたっけねえ」

 骸骨から虎吉を受け取っていた鈴音は、何の話だと首を傾げた。

「ほらぁ、覚えてるー?鈴音と初めて会った時に連れて帰った悪霊の子ぉ。やっと落ち着いて色々喋ってくれたんだよねぇー」

「わ、ホンマですか!どないでした?やっぱり普通の澱に触ってしもたんとは違う感じでした?」

 澱で作ったドレスに身を包み、大きな噴水の前で芝居の登場人物になり切っていた女性。

 負の力に身を任せ暴れ回る悪霊とは、少しばかり雰囲気が違っていたのだ。


「何かねぇー、あの子が車に轢かれて吹っ飛んだ後ぉ、臨死体験だと思ってこっちへ戻って来た時にぃ、親切にしてくれた人が居たんだってぇー」

「親切?」

「そ。わざわざぁ、あの子の大事なチケットを差し出してくれた人が居たって言ってたよぉ?」

「幽霊に、チケットを、ですか?」

 訝しむ鈴音に黄泉醜女は笑いながら頷く。

「そこも変だけどさぁ、そもそもぉ、あの子チケット持ち歩いたりしてなかったんだってよー?そりゃそうだよねぇ?公演当日でもないのにさぁ。それ思い出してすんごい不思議がってたわー。受け取ったけどぉ、あれ何だったんだろーって」

「それってもしかして、さっきそこの廃墟で見たんと同じように謎の澱を運んでた人物で、丁度良さげな魂見つけて押し付けた……?」

 鈴音が視線を向けると、大嶽も深く頷いていた。

「小天狗には羽団扇に、悪魔好きの少女には悪魔に見えて、調査課の皆にもそれぞれ色々な物に見えた。願望や欲望を具現化するのが謎の澱なら、充分有り得るね」

 そんな2人の様子を見ていた黄泉醜女が、少し困った顔になる。


「でもさぁ、さっき見たのとは違ってぇ、同い年ぐらいの女の人だったらしいんだわー、チケット差し出した人ぉ」

「えぇー……、少年らしき人に成人男性と来て、今度は成人女性?そんな色んな人を物理的に操るとか、地球に来て何がどないなってしもたん異世界犯罪者の魂」

 骸骨と顔を見合わせた鈴音が心底嫌そうな声を出す。

 大嶽も腕組みをして唸りながら考え込んだ。

「うーん、自分も謎の澱を取り込んで力をつけたにしても、複数の人を意のままに操るのは……難しそうだよねえ」

 ここまで黙って話を聞いていたサタンが不意に口を開く。

「影だろ影。切り取って使えば本人そっくりの奴動かせんだろうが」

「え?」

 驚いた全員の注目を浴び、サタンは大変気持ち良さそうにふんぞり返った。


「何の話だか知らねぇけど、さっき過去視で見た男みたいな奴の事なら影で片付く」

「そうなん?アンタはまあ強い王様やねんから当然出来るとして、もっと弱い悪魔でも出来たりするん?」

 鈴音が軽く持ち上げると、益々得意気になったサタンは素直に頷く。

「そりゃ影だの闇だのは悪魔の得意分野だからなぁ。ド底辺以外なら割と出来るだろうよ」

「へぇー、ほな自分も謎の澱取り込んだっぽい魂にも出来る……かぁ?あ、そうや、神力の事があったわ。神様が関わっとったら出来そうかも」

「は?神が関わってんのかよ」

「そうらしいねん。謎の澱、過去視で男が運んでたアレな、アレから薄っっっすら神力が感じ取れるねんて」

「なんじゃそりゃぁ」

 サタンが唖然とするのも分かる、と頷いた鈴音だが、彼を作った神と日本の神々では性質が違うので仕方がないとも思っていた。

 何せ貧乏神が居る国なのだ。悪事に加担する神が居てもおかしくはない。


 そんな、謎の解明に一歩進んだかのような鈴音とサタンの会話を聞いていた骸骨が、石板を取り出しせっせと何事かを描いて見せる。

「ん?なになにー?影を操る、人形と魂、ああ、影を元にして拵えたソックリさんには魂が宿ってるのか、やて」

 鈴音の通訳を受け、サタンはキョトンとして首を振った。

「宿ってる訳ねぇだろ。影だぞ?」

 それを聞いた骸骨は明らかに困った空気を醸し出す。

「あれ?もしかして謎の澱の運び屋達には魂があるん?」

 尋ねた鈴音を見てコクリと頷く骸骨。

「えー。ほな影操ってる説が覆る?あ、因みに骸骨さんの目ぇは、魂があるかないか見分けられるねん。分身の術の本体が直ぐ分かる感じ」

 ハマグリこと妖怪の(しん)が作り出した幻の世界で、迷い込んだ一般人を助け出す際に抜群の威力を発揮した能力だ。

 その説明にサタンが顔を顰める。

「あれだ、イチから全部説明しろ。情報が断片的過ぎて訳が分からねぇ」

 どうやら自説を否定されるのが我慢ならないらしく、謎の澱と犯罪者の魂に関する全てを聞いて考察するようだ。



 鈴音と骸骨によって、虹男という創造神の死から始まる一連の流れを聞いたサタンは、元々半開きだった目を更に細くして溜息を吐いた。

「何処の世界でも神ってなぁ無茶苦茶だな」

「そこは同意するわ」

 半笑いになった鈴音に頷き、再度溜息を吐いてサタンは続ける。

「んで、影に魂がある件な、簡単だ。ソイツ自身が入り込んでんだ」

 つまり、人の影からソックリさんを作り出した犯罪者の魂が、自らその中に入って動かしている、という事らしい。

 だがこれには骸骨が反論した。

「えーと?ソックリさん達から感じ取れる気配、犯罪者の魂の気配が弱過ぎる、かな?本体が入ってたらもっとハッキリ分かる筈、やて」

「フハハハハ!甘ぇな異世界の神の使い!」

 思い切り笑われ、骸骨はムッとした様子だ。

 だが勿論サタンは意に介さない。

「いいか?犯罪者の性質考えろや。誰がどう見ても俺ら寄りだろ?そんな奴が負の力で作り出した影に入ってみ?紛れ込んで馴染むに決まってんだろが」

 思わず『成る程』という顔をした鈴音を見てニヤリと片頬を上げるサタン。

「俺らと違って魂だけになってんだから、本来なら影と完全に同化してもおかしくねぇ。邪魔してんのは神の力だろうよ。澱を作り影を操るには神の力が要る、けど神の力があるせいで気配を殺し切れねぇ」

 肩をすくめ手を広げて見せるサタンの説に、骸骨はパカーっと口を開けて衝撃を受けていた。


「はー。何かそれが正解な気がしてきた。日本のおおらかな神様に力貰て、街で見掛けた澱を作ってみたんかな。それに幻を見せる機能追加して、こっちの世界でも人を裏から操って争わせて遊ぼう思たんやろか」

「まあそんなトコじゃねぇか……って、悪魔でもねぇクセに何してくれてんだ!ふっざけやがってぇぇぇ」

 鈴音の纏めに頷いたサタンだったが、よくよく考えてみれば異世界人に己の遊戯場を荒らされている状態だと気付いたらしい。

 クワッと目を見開いてご立腹だ。

「きゃはははは!悪党には悪党のプライドがあんだねぇー?天狗にも教えてやったらぁ?」

 現在はおとなしい天狗も元々は人を煽って争わせるタイプの妖怪なので、これを聞いたら怒って本気で探すのではと黄泉醜女は笑う。

「それもそっか。鞍馬天狗に最新情報伝えに行こかな。でも手下の烏天狗が謎の澱にコロッと騙されてんのがなー」

 親分の一声で全国に飛んだ烏天狗が片っ端から謎の澱で凶暴化したら面倒臭い、と鈴音は遠い目になる。

「そこは騙され難い天狗選んで探さすんちゃうくぁぁぁあああ眠た」

 大あくびする虎吉を撫で、鈴音は時刻を確認した。


「3時半か、オヤツまでまだ時間あるし、縄張りでお昼寝にする?」

「おう。そないするわ」

 頷いた虎吉が左前足で空を掻いて通路を出す。

「急に呼んでゴメンね。ありがとう虎ちゃん」

「かまへんかまへん。ほなまた後でな」

「うん」

 虎吉が神界へ帰ったのを見届け、鈴音は黄泉醜女へ視線を移した。

「ツシコさんも忙しいトコわざわざありがとう」

「いーよいーよぉ、約束だったしぃ」

「はい、飴ちゃん」

「きゃはははは!ご褒美が飴とか子供じゃーん!」

 そう言いつつも嬉しそうに飴を受け取り1つ口に入れると、ご機嫌で黄泉醜女は手を振る。

「んじゃ帰るねぇー」

「お疲れ様でしたー」

 鈴音が手を振り返すと、一瞬で黄泉醜女は姿を消した。

「……あれ?彼女なにか忘れてないかい?」

 首を傾げる大嶽。

 実は鈴音も黄泉醜女へのとある報告を忘れているが、まだ気付いていない。

「忘れ物ですか?届けられるもんなら私が……」

「カレーーー!!」

「うわビックリした」

 真正面から来てくれたので姿が見えていた鈴音は、大して驚きもせず目をぱちくりとさせた。

 サタンを含めた他の皆は大層驚いたらしく胸を押さえている。


「帰っちゃ駄目だってアタシぃー!カレーのあれ貰わないとさぁー!」

 危なかった、と言うように額を拭って見せる黄泉醜女に鈴音は首を傾げた。

「カレーのあれ。ルーですか?」

「そうそうそれ!ヒノ様がすっっっごい気に入ってさぁ!今日はカレー?今日はカレー?って聞くんだってば超カワイー!」

 黄泉醜女がデレッデレになり、鈴音以外の目が点になっている。

「気に入って頂けて良かった。で、リクエストに応え続けた結果、在庫を切らしたと」

「そうなんだよねぇー。唐揚げとハンバーグとオムライスもお気に入りだけどぉ、やっぱカレーが無いのは困るわー。暫く無理ですとか言ってガッカリされたらショックで死ぬかもアタシ」

 真顔で遠くを見る黄泉醜女に『黄泉の国の女神の死とは?』とツッコむ事も出来ず、鈴音は取り敢えず頷いた。


「分かりました。ほな一緒にカレールー買いに行きましょか。近所にスーパーの1つや2つあるでしょ」

「うんうん、え?一緒に?」

 スマートフォンで店を検索する鈴音を見やり、黄泉醜女が瞬きを繰り返す。

「姿隠してたら問題無いんで。骸骨さんも行こ?この大型店ならお酒も売ってるし」

 酒と聞いて万歳した骸骨がくるくると回る。サタンの説で受けた衝撃からはすっかり立ち直ったようだ。

「えーうそぉー、アタシ流石にスーパーん中まで入った事はないわぁーチョー楽しみぃー」

 両頬に手を添えはしゃぐ黄泉醜女。

「スーパー?ああ、店か。酒はいいよなぁ、フハハ楽しみだ」

 ついて行く気らしい魔王。

 のんびりした時間帯のスーパーマーケットに、女神と神使と悪魔の王がご来店。

 何て面白そうな状況、と同行に前のめりな月子と、サタンが買い物をするシュールな絵面を見てみたい、と考える陽彦だったが、笑顔の大嶽が首を振った事で諦めざるを得なかった。


「じゃあここで解散という事で我々は帰るけど、夏梅さんくれぐれも気を付けてね?悪魔の言動にイラッとして街を吹っ飛ばしたりしないようにね?」

「気を付けるってそっちかよ!」

 サタンのツッコミに『完璧やな』と頷きつつ鈴音は微笑む。

「いざとなったら骸骨さんの結界がありますし、大丈夫ですよ。ほな、お疲れ様でーす。ツキとハルもまたねー」

 手を振り、姿隠しのペンダントをして走り去る鈴音と、ついて行く人外御一行様を見送った大嶽の目が虚ろだ。

「結界って。頼むから問題起こさないでおくれよ?上に天使大集結の説明するだけでも大変なんだから。これ以上何かあったらオジサン倒れちゃうよ?」

 陽彦は情けない顔をした大嶽を黙って背負うと、月子の肩を叩いた。

 鈴音達が消えた方を見つめていた月子は我に返り、とにかくこのオジサンを駐車場まで届けなければと頷く。

 そうして、面白スーパーマーケットへの未練を振り切るように、きょうだい揃って走り出した。

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