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第ニ十四話 ☓:むらさきお ○:シオン

 鈴音が縄張り内へ足を踏み入れると、虹色玉の男が、元祖発音出来ない名前の持ち主、薄紫の目の男神の前でへたり込んでいた。

 だが今は、そっちを気にしている場合ではない。


 確かに虎吉の言う通り、白猫の機嫌が悪い。とても悪い。

 虹色玉の男と距離を取りながら、耳を反らし眉間に皺を寄せ、瞳孔を全開にして低く唸っている。

 次に何か余計な事をしたら、牙を剥き出しにして襲い掛かるのだろうなと理解出来た。

 だから、薄紫の目の男神が間に入っているのかもしれない。


 そんな様子を見た骸骨は、両手を合わせて白猫を拝んでいた。恐怖を感じるどころか、美しさに感動しているようだ。

 どこまでも気が合うなあ、と喜びつつ、鈴音は自らの任務を遂行する。

「全力でご機嫌を取らねば。虎ちゃん、お願い」

「おう、急いでや」

 虎吉が開けた通路へ再び入り、今度は自宅の自室へ。

 隠してあった大量の猫オヤツを袋ごと、ボウルと一緒に抱え、そのまま縄張りへ戻った。

「ただいま。ゴミは後で持って帰るから」

 外袋を開けながら言う鈴音に頷き、そわそわする虎吉。

「ふふー、可愛いなぁもう。虎ちゃんの分もあるから大丈夫やで。でも今は猫神様が先な」

 目をキラキラさせる虎吉に心臓を撃ち抜かれつつ、ドライタイプのオヤツを次々にボウルに入れた。

 ザラザラという音が響き、白猫の耳がこちらを覗っている様子が見て取れる。

 大きなボウルの三分の二を埋めたあたりで手を止め、鈴音は満面の笑みを浮かべ白猫を呼んだ。


「猫神様ー、オヤツで……」

 全てを言い切る前に、またしても瞬間移動的な速さで現れる白猫。

 鈴音がもこもこ雲で作った椅子に、きっちりお座りしている。

 反っていた耳は前を向き、目は鈴音が持つボウルに釘付けだ。

「今日は別のオヤツにしてみました。はい、召し上がれ」

 テーブルにボウルを置くと、白猫はすぐさま口を付ける。

 時折、カリッという音もするが、普通の猫用に作られた大きさの物を大型の虎サイズの猫が食べているので、これまたほぼ飲み物だった。

 微笑みながら少し追加してやり、小さいボウルに虎吉の分を入れる。

「ほい、虎ちゃんも召し上がれ」

 既に椅子で待ち構えていた虎吉は、嬉しそうな顔で尻尾を震わせながら、カリカリと良い音を立てて食べた。

 いつの間にかそばに来ていた骸骨が、胸の前で手を組んでグネグネしている。

「ワカル。食事中の猫も可愛い」

 うんうん、と頷き合う鈴音と骸骨の前で、満足した様子の白猫と虎吉が顔を洗い始めた。


 これで少しはご機嫌も直ったろう、とボウルを重ねながら出入口方向を見た鈴音は、思いの外多くの神々が集まっている事に驚く。

「四、五十柱は来てはるなぁ。こんだけ、あの玉の被害受けてるて事やろか。大丈夫かな虹男」

 虹色玉の男が袋叩きにあわないか心配する鈴音の横で、洗顔を終えた虎吉が白猫に骸骨を紹介している。

「っちゅう訳で、ここの神さんも呼んだって欲しいねん」

 ペコリと頭を下げる骸骨に、目を細めて頷く白猫。骸骨は鈴音の背中をバシバシと叩いて感動を伝えた。

「痛たた、骸骨さんリアクションがオバちゃん臭いで。猫神様の笑顔はそら可愛いけども」

 鈴音の指摘に衝撃を受けたらしい骸骨は、叩いた背中をせっせとさする。その後、大鎌を手にビシッとポーズを決めた。オバちゃんではない、というアピールのようだ。

「おお、カッコイイ!でもほら、通路開けてくれはったから、行って神様にご説明せな」

 背後を手で示され振り向いた骸骨は、通路が開いている事に驚き、白猫に頭を下げると慌てて自らの世界へ飛び込んで行った。

 笑ってそれを見送り、虎吉と白猫が立ち上がる。

「ほな、そろそろあの男んとこ行こか」

 ぐぐ、と伸びをしてから、ゆっくり歩き出す白猫とそれに続く虎吉。ゴミをひと纏めにしてから、鈴音も後を追った。



 巨大なドームの入口近辺で、神々はいくつかのグループに別れて談笑している。

 普段からこの縄張りに遊びに来ているとはいえ、皆が皆知り合いというわけでもないようで、其処此処で初めましての挨拶が交わされていた。

 あちらでは、身体の線がはっきりと出るドレスを纏った女神が、多くの男神から挨拶を受けていたり、こちらでは、筋肉質のイケメン男神が女神達に囲まれていたり。

「人と変わらん……いや当たり前か、神様が人を作ったんやもんな。ところで虎ちゃん、大丈夫?抱っこしよか?」

 鈴音が下げた視線の先で、虎吉がせっせと四足を動かしている。

 白猫はゆっくり歩いているのだが、あまりにも歩幅が違い過ぎるので、虎吉だけが小走りになってしまうのだ。

「大丈夫やけどな、鈴音がどうしてもしたい言うんやったら抱っこされたらん事もない」

 チラリと見上げながら言う虎吉に笑い、鈴音は尤もらしく頷く。

「うんうん、どーーーしても抱っこしたいわー」

「そうか、それやったらしゃあないな。抱っこさしたろ」

 言うが早いか、ヒョイとジャンプして鈴音の腕に収まった。

「くふふ、可愛いなぁー」

 目尻を下げ虎吉の頭を撫でながら、白猫と共に神々の集団へと近付く。

 すると、鼻の下を伸ばしていた男神も、うっとりとしていた女神も、全員が視線を白猫へ移し、一斉に相好を崩した。


「うわ、自分で言うのも何やけど、私に負けへんデレっぷり」

「せやな。皆いっつもあんなんやで」

 猫の耳でのみ聞き取れる声量で会話しつつ神々を眺めていると、向こうからも鈴音へ視線が飛んで来る。

 大体が『ああ、あれが噂の神使か』というものだが、時折やたらと好意的というか、親が子に向けるような優しげなものも混じっていた。

「はて?妙に優しい目をしてる神様方はナゼに?」

「鈴音が特訓しとるトコを、茶ぁシバきながら見とった神さんらやろ。よう頑張ったなぁ、いう感じちゃうか?」

 虎吉の説明を聞いて成る程と納得する。やはり特訓中も白猫の元には、神々が遊びに来ていたのだ。

「どんな時でも猫神様は大人気。あ、骸骨さん帰ってった」

 隣でお座りしている白猫を撫で微笑み合っていると、入口が開き大鎌を携えた骸骨が姿を現した。

 次いで、サイズが二回り大きくなっただけの、骸骨そっくりの大型骸骨が姿を見せる。こちらは武器を持っていない。

「おー、迫力ある。あれが、骸骨さんの神様かな?」

 鈴音が骸骨に手を振ろうとした時、大型骸骨が急に胸元を押さえ、慌てた様子でローブの中へ手を入れた。

 何かを掴み出したと思ったら、握った手を上下左右に振っている。掴んだ何かが動き回るらしい。

「おーいそこの!骸骨の神!それ、もしかしてお宅の世界へ降って来た玉かい?」

 様子を見守る神々の中から、聞き覚えのある声がした。

 少し離れた場所にいる薄紫の目の男神が、虹色玉の男のそばで手を挙げている。

 大型骸骨は、その通りだと言うように大きく頷いた。

「じゃあちょっと離してみてくれ!何かあれば俺が対処するから」

 再び頷いた大型骸骨は、握った手を振って合図し、玉を解放する。


 自由になった小振りの虹色玉は宙に浮き、ユラユラと何かを探すような動きを見せてから、持ち主らしい男へ向かって飛んだ。


「あ!」

 拗ねたような顔で膝を抱えていた男が、玉が向かって来る事に驚きつつも手を伸ばす。

 しかし、僅かに早く、薄紫の目の男神がその大きな手で掴み取った。

「えー!?なんで!?僕のだってば、返してよ!」

 立ち上がって抗議する男に、男神は薄っすらと笑って首を振る。

「またまたご冗談をー。まだキミが何者かもロクに判って無くてさ?この玉に何かしらの被害を受けた神々が集まってる中でね?僕のだよーハイどうぞー、ってなると思うかい?考えたら解る筈だけどねえ」

 男神の冷たい目を見て、鈴音は背筋が寒くなった。

 強大な神力を出しているわけでも、声を荒らげているわけでもない。

 けれど、名前が発音出来ない鈴音達をからかっていた、あの朗らかな笑顔の神と、本当に同じ神なのだろうかと疑ってしまうくらいには、怖い顔をしていると感じた。笑っているのに。

 そんな緊張感の中でも、白猫と虎吉は余裕を見せている、というよりは退屈そうに見える。

「はー……要するに格が違うんか……。神様てやっぱり怖いなー」

 鈴音が猫なら、ペタリと耳を伏せて尻尾を股の間に巻いているところだ。


 だが、虹色玉の男は違った。なんと、口を尖らせてブーブーと文句を言っている。

 その様子に鈴音は唖然とした。

「えぇー……。元はあの神様と同じ格なんか、それとも格の違いが解らんアホか?」

 どちらにしろ、あの薄紫の目の男神に喧嘩を売っても、現状で勝てる見込みは万に一つも無いわけだから、アホには違いない。

 このままでは不味い方向へ進みそうなので、助け船を出す事にする。

「おーい、虹男!虹男て!」

 文句たらたらの男に呼び掛けると、不貞腐れた顔のまま振り向いた。

「なに?いま忙しいんだけど!」

 返事をした男に向けて、鈴音はニタァと悪い笑みを浮かべる。

「認めたな?」

「え?なにを?」

「名前や名前。今返事したがなアンタ、虹男で」

 きょとんとしていた男は、鈴音の指摘を受けて驚愕の表情となった。

「しまったあ!!違う違う、えーとなんだっけ、なんかあったよね、良さげな名前!」

「ボー?」

「ちーがーうーよ!!わあどうしよう思い出せないし!!」

「そらもう、虹男で確定したからやん。返事したもんアンタ」

「嘘でしょー!?なんかダサいと思うんだよねその名前!!くっそーやられたー!!」

 悪い顔で笑う鈴音と、玉の事などすっかり忘れたかのように騒ぐ男とのやり取りに、男神は首を傾げた。

「えーと、もしもし鈴音ちゃん。虹男ってなあに?」

 鈴音に問い掛ける男神に、冷たさは微塵も無い。その事にホッとしながら、経緯を話した。


「成る程、名前が発音出来ないから、あだ名を付けちゃおうって事かー。それで虹男ね。いいじゃん虹男。ピッタリ」

「どこらへんが!?」

 実に適当な男神に、見た目だけなら周囲の神々に引けを取らない虹男が吠える。

「いーなー。俺にも付けてくれないかい、あだ名。カッコイイ感じのやつ」

 突然の頼みに鈴音は慌てるが、断れる筈も無く、とにかく男神を観察した。

「え、どないしょ。んー、イメージは紫色やなぁ……。紫、スミレ、パープル、バイオレット、ビオラ」

「むらさきお、でいいでしょ、紫男」

 虹男が妨害工作を図るが、鈴音は無視を決め込む。

「ビオラやと女子っぽいし、そんな楽器あったよな……。バイオリンよりは低い音やったっけ……?んー、でもそれやったらもうちょい低い音で大きい楽器の方がイメージに合うなあ」

「紫どこいったんだよう。紫男でいいってば、聞いてるー?」

「そうやった、紫なー。紫はシとも読む……あ!ええのんあったわ。ふー。危うく連想ゲームで訳分からん方へ迷い込むトコやった、ナイスアシストや虹男」

 ビシ、と親指を立てられて困惑する虹男を放置し、鈴音は薄紫の目の男神に向き直った。

「紫苑いう名前の花の色が、神様の目の色とよう似てます。なので、シオンでいかがでしょう」

 鈴音の提案に男神はニッコリ笑い、虹男は地団駄を踏む。

「いいねー!じゃあ今日からシオンって呼んでね、虎吉もね」

「なーんーでーだーよー!!ズルくない!?ズルいよね!?むらさきお、略してムラオでいいじゃんかよう!!」

 ギャーギャー喚く虹男を見るシオンの目に、先程までの冷たさは無くなっていた。

 どうやら、故意に害を為すような存在では無い、と認識してくれたらしい。

 危機的状況は回避出来たようで、鈴音の緊張も解けた。


「さて、コレを返して欲しいなら、何でこんな事をした……いや、こんな事になっているのか、説明して貰おうか。他の玉はおとなしいのに、この玉だけキミに向かって行った理由もね」

 小振りの虹色玉を見せながら尋ねるシオンに、虹男は首を傾げる。

「そんな事聞かれたって困るよ。僕だって聞きたいぐらいなのに。だって、初めて殺されてみたんだよ?何がどうなってるのか、初めてばっかりで、全っ然わかんないよ」

 虹男の返答に一瞬静まり返った神々は、直ぐさま一斉に口を開いて大騒ぎを始めた。


「神殺しだ」

「殺されてみた、と言ったぞ」

「わざと死んだのか」

「神殺され?」

「事の重大さを理解していない?」


 騒がしい神々に苛々したのだろう、瞳孔が開き気味の白猫が唸る。

「喧しい」

 それを通訳した虎吉の一声で、場が静かになった。

「何でもええから、死んだ理由さっさと話せ、て言うてはるで」

 その言葉で、全員の視線が虹男に集まる。

 居心地悪そうに身じろぎした虹男は、流石に逃れられないと理解したのか、とても嫌そうに話し始めた。

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