第二百三十九話 讃え跪き崇め奉れ!
皆の視線を感じているのかいないのか、サタンの声を聞いて怒りが増したらしいルシファーは、全身から恐ろしい量の瘴気を出しながら叫び暴れる。
逞しい腕を振り下ろして拳を氷に叩き付け、雄叫びと共に頭突きも追加。
響く音は派手だが氷はびくともしない。
「うわ、ごっつー。さっき課長が呼び出した最低ランクの悪魔も出しとったけど、あの澱ともまたちゃうドス黒いのんは何やろ?」
鈴音の疑問に、虎吉が遠い記憶を探るような顔をした。
「どっかで見たで?えーとな……ああ、茨木童子が出しとったな。酒呑童子が討たれた後に。腹立つ悔しい悲しい言うて山ん中で転げ回っとったわ」
「茨木童子……酒呑童子の相方やっけ」
さらりと答えた鈴音を、背後にいる大嶽が『何故そっちは知ってて大嶽丸を知らないんだい!?』という表情で見ている。
そんな大嶽を骸骨が生温く見守り、月子と黄泉醜女は首を傾げていた。
「鬼同士仲良かったんやね。虎ちゃんが見た状況から考えると、やっぱり負の感情?鬼とか悪魔とかが出すと人が出すより遥かに強烈なんやろか。でも今さっきイラッとしとったけど、アレからは出てへんかったよねぇ」
そう言いつつ鈴音は、ルシファーを小馬鹿にして笑うサタンへ視線をやる。確かに魔力しか漏れ出ていなかったなと虎吉も頷いた。
「あんだけ強なると、もっと怒らな出ぇへんのちゃうか?魔力も消して人の振り出来るぐらいやし」
「あー、そうかも。でもそれやと、危険性が分かり難いからタチ悪いなぁ。さっき漏れたくらいの魔力やったら強い思わへんもん」
どうやら、『私は危険ですよ』と色等で知らせてくれている親切な生き物とは正反対の存在らしい。
「魔王はアレかな、毒キノコ。それもドクツルタケみたいな、素人には食用と見分けつかへん地味なヤツ」
「間違うて食うたら死ぬヤツやな」
「うん。でもキノコは自分から手ぇ出さん限り被害に遭う事はない訳やから、呼んでもないのに来た奴と一緒にしたら悪いかなぁ」
因みに、見た目で危険と判断出来ないという点では鈴音と虎吉も同じなのだが、それには全く気付いていないようだ。
そんな会話が交わされている間。
暴れるルシファーを映す楕円の前では、どういう訳か陽彦が納得のいかない顔になっていた。
「あれじゃルシファーっていうよりオーガ」
悪魔女子程ではないものの、ルシファーの姿が想像と違ったのは陽彦も同じで、とてもガッカリしているようだ。
その呟きを聞きつけ、ウキウキと近寄って行くのはサタンである。
「どうした?どうした?誰がオーガだって?」
物凄く楽しそうなその表情を見て陽彦がスナギツネと化す。
「ウザ」
「そーんなこと言うなよー。なあなあ、そこまで違うのかよ、人が想像してたルシファーと、本物のアイツ」
ニヤニヤが止まらないサタンに溜息を吐き、スマートフォンを取り出した陽彦はゲームアプリを開くと、自分が持っているルシファーの画像を出した。
そこに描かれているのは、銀の長髪を靡かせ6対12枚の黒い羽を広げた超絶美形。
レアリティ“U”アルティメット、と記されている。
「……あらまー。ぷ。ブハハハハハハ!!やー、カッコイー。そうかそうか、ブフフフ」
口元に拳を当てて笑い続けるサタンをひと睨みした陽彦は、別の画像を開いてこれを見ろとばかり突き付けた。
そこに描かれていたのは、山羊の角に尖った耳に蝙蝠の羽という典型的な悪魔の姿。その灰色の怪物にはサタンと記されている。レアリティは“R”レア、だった。
「……フーン。いーけどなー別にぃ?慣れてっからー?俺こんなのばっかだしぃ?キニシナイキニシナーイ。で、レアリティRとかって何だ?」
「どんだけ貴重かって事。Rはレア。その上にスーパーレアとダブルスーパーレアとトリプルスーパーレアがあって、最後にU、アルティメットが来る」
陽彦の説明を聞いたサタンは、ルシファーに付いていたレアリティを思い出し口元を引き攣らせる。
「あー、そう。へー。そんで?アレは?蝿」
特に気にしてはいないけどついでに、という雰囲気を頑張って作るサタンが見せられたのは、とても厳しい現実。
魔王ベルゼブブ、レアリティ“U”。見た目は蝿だが色々な装飾がされて、それはそれは強そうである。
「そんな馬鹿な」
愕然とするサタンに陽彦は追い打ちをかけた。
魔王ベリアル、レアリティ“U”。ルシファーに並ぶ美形として描かれ、こちらは白を基調とした高貴な姿だ。
「なん……だと……!いや待て、ベリアルは実際こんな感じだ落ち着け俺」
こめかみを押さえ、緩く首を振るサタン。
「ルシファーも元はあんな感じな訳だから、ひょっとしてこれ描いた奴は悪魔と契約してんのか?いやそれだと俺の姿と評価がおかしいしな。有り得ねぇ。ふふ、いいんだ別に。人なんかに俺の恐ろしさが分かってたまるか。ふふふ」
思いの外ダメージを与えられたようだ、と内心ほくそ笑んだ陽彦は、ゲームの期間限定イベントで大変難しい条件をクリアしなければ手に入らなかった“最終進化形サタン”が、『ぶっ壊れ性能』『バランスブレイカー』などと呼ばれプレイヤー垂涎のキャラクターになっているという事は黙っておいた。
さてそんな中、厳しい現実に直面している者がもう1人。勿論、悪魔女子である。
鈴音と虎吉が瘴気について考察し、サタンが日本のオタクからどう思われているか思い知らされている間、鬼の形相で暴れて吠えるルシファーを見て頭を抱えていた。
「こんなの違う。絶対別の何かだ。私のルシフェルの筈ない」
彼女が想像し恋焦がれていたのも、陽彦が見せた絵のようなそれだったのだろう。丸太のような腕を振り回し、もつれた髪を振り乱す姿はお気に召さないようだ。
違う違うと首を振る悪魔女子のそばへ、陽彦から離れたサタンがやってきた。
「ったく何で俺だけ……。あ、ルシファー信者。何やってんだ、とっとと説得しろや。声なら届くようにしてやったんだからよ」
ルシファーを指差しつまらなそうに言うサタンは、悪魔女子に睨まれきょとんとする。
「あ?何だ?」
「本物はどこ!?」
「は?」
「本物のルシフェルは何処かって聞いてんのよ!!あんなのがルシフェルの訳ないでしょ!!」
喚き散らされ唖然としたサタンだったが、意味を理解した途端大笑いした。
「あんなの……!ブッハハハハハハ!!そ、そうだな!あんなのが最も美しく優れた天使の訳ねぇよな!!嫉妬と怒りで我を忘れて!自分がどれほど酷ぇツラしてんのかも分かってねぇ!そんな馬鹿で醜い奴が神のそばに戻るなんざ100万年待ったって無理に決まってんのにな!!アッハハハハハハ!!」
廃墟に響き渡る魔王の哄笑。
己を揶揄し嘲笑うサタンの声が聞こえたルシファーが、益々激しく暴れ出す。
「黙れぇぇぇえええ!!討ち取る!!私が討ち取る!!その首我が主へ捧ぐ!!出て来い!!出て来い醜き泥人形め!!」
笑う魔王と吠える堕天使、殺伐とした空気に呑まれながら、流石の悪魔女子もアレが本物のルシファーだと認めるしかなくなっていた。
「そんな、なんで、ルシフェルはもっと……」
「もっと何だよ?あっちの光ってるガキみたいな顔の筈だーってか?元はそうだったけどな、長年ああして吠えてる間にすっっっかり変わっちまったの。お気の毒さ……ンギャッ!」
悪魔女子をからかっていたサタンは、いつの間にか横に居た鈴音に首根っこを掴まれ放り投げられた。
「何を勝手に円から出てんねん。天使が見に来たらややこしいやろ!」
魔界扱いとなる円の中に落ちたサタンは、不満そうに下唇を突き出す。
「いーじゃねぇか、魔力消してあるし来ねぇって。たぶん」
「分からへんやん。さっき言うてた……誰やった?強い天使」
「ミカエル?」
「それそれ。そのミカエルさんが来るかもしらんやろ、堕天使の魔力漂ってんねんし」
「あー……、それもそうか」
その辺に関しては何も考えていなかった様子のサタンに鈴音が呆れていると、ミカエルという名に反応したらしいルシファーがまた吠える。
「ミカエル!!あの程度の輝きで!!主のおそばに侍る身の程知らず!!滅べ!!その羽引き千切ってくれる!!」
ひと言ひと言に呪いが掛かっていそうな勢いのルシファーにうんざりしつつ、鈴音は悪魔女子を見た。
「説得は?」
問われた悪魔女子は目を剥く。
「どう見たって無理でしょ!?」
「やる前から諦めるん?美女と野獣的な展開を期待しとったんちゃうの?人類の敵とか言われてるけど私にだけは心を開く堕天使、最後に選ばれるのは私、て」
胸に手を当てうっとりした表情なぞ作ってみせる鈴音に、悪魔女子は真っ赤になって叫んだ。
「馬鹿にしてんの!?」
「うん」
真顔に戻した鈴音にあっさり頷かれ、絶句し固まる悪魔女子。
「だってそうやろ?会うた事も無い相手の容姿やら性格やら勝手に作り上げて入れ込んで、いざ実物見たら幻滅とか、何時代の恋愛話ですかて聞きたなるで」
「なんで恋愛になるわけ!?」
「どっから見ても恋に恋するお嬢ちゃんですけど?アイドルや芸能人に本気で恋して彼の事は私がイチバン分かってる!とか言う人と何がちゃうんか分からへん。おまけに周りに迷惑掛けても自分のする事が正しい思てるあたり、相手をストーキングして『彼とは付き合ってるから』とか言い出す犯罪者とそっくり」
「犯罪者!?何の罪も犯してませんけどー!?」
また醜い表情で吠える悪魔女子に、鈴音はやれやれと首を振り、サタンはニヤニヤと笑っている。
「無実の友達を殺しかけた事に良心の呵責は無いわけね。ある意味お似合いやな、アンタと堕天使。作り上げた理想に相手を嵌め込んで、自分の気持ちだけ大事にして暴走するとことか、分かり過ぎる程に分かり合えるんちゃう?もうお嫁に行ったら?」
冷たい顔で声で棘だらけの言葉を投げ付ける鈴音と、怒りで真っ赤になりながら口をパクパクと動かしている悪魔女子を見やり、手を叩いて喜んだサタンがルシファーに声を掛けた。
「やったなダメ天使!人の子がお前の妻になるってよ!ッハハハハハ!!」
「身の程を知れ!!醜い泥人形なぞ叩き潰してくれる!!我が光で消し飛ばしてくれる!!赦さぬ!!赦さぬ!!」
よほど気に障ったのか、今日一番の声量で吠えるルシファー。
人の耳で聞いていた鈴音は『うるさいなぁ』程度にしか思っていなかったのだが。
「うわ喧し」
嫌そうに耳を後ろへ向けた虎吉の呟きで、一気にスイッチが入る。
「ゴルァ堕天使、誰の許可取って馬鹿デカい声出しとんねん」
「え、誰?」
チンピラモードの鈴音を見て目をぱちくりとさせるサタン。
「ギャーギャーギャーギャー吠え散らかして、そんなんやから神に嫌われるんじゃボケ」
「キッサマッ」
「うっさい黙れ。そもそも何処の世に自分が拵えたもん貶されて喜ぶ神が居んねんアホか。神に仕える立場やったらなぁ、神が仰った事には『ハイ!』か『喜んで!』以外の返事すな!」
反社会的勢力かブラック企業かという鈴音の主張に、虎吉と骸骨と黄泉醜女以外はポカンとしている。
「たとえGでも鼠でも神のお恵みには感謝し!悲鳴など上げることなかれ!神が物を破壊なさったならそれもまた運命!神のお通りになる道へ物を置いた己が愚かさを悔いそして改めよ!我らは自動給餌器にしか過ぎず!その美しきお姿を拝める事を至上の喜びとし!尊き御体に触れる栄誉を賜った際は全力で応えるべし!讃え跪き崇め奉れ!我が神こそが至高である!!」
魂の光を全開にしカルトも真っ青な演説をぶちかます鈴音へ、深く頷いた骸骨だけが拍手を送った。
「ぁあもう眩しいっつーのに。ちょ、えー、なに?何の話だった?」
我に返ったサタンがキョロキョロと辺りを見回し、大嶽達はスナギツネと化している。
「神っていうか猫だね?」
「猫ですね」
「猫」
頷く月子と陽彦。
黄泉醜女は大笑いし、悪魔女子は唖然として声もない。
どや、と胸を張る鈴音を見上げ、虎吉が目を細める。
「自動給餌器やなんて思てへんで?嫌いな奴のそばには寄らへんからな、猫神さんも俺も猫らもみんな鈴音が好きやで」
「ぐはっ!!」
「ぅおぉおい!?どうした神の使い、大丈夫か」
虎吉を大事に抱え、幸せな笑顔で真っ直ぐ後ろへ倒れた鈴音にサタンが慌てた。3人の男女のそばで骸骨もバラバラになり、黄泉醜女が再び大笑いしている。
「何という事だ……光が……輝きが……」
そして何故か、あれだけ吠えていたルシファーが大人しくなっていた。
「あ?どうしたダメ天使」
「はい、か、喜んで、しか言わぬその者が神に選ばれたのか……!」
「は?いや神は神でも」
「神をお諌めせんとした私は!!間違っていたのか!!」
「聞けー?」
「ああもう駄目だ……神よ……我が主よ……」
氷に突っ伏したルシファーはしくしくと泣き出す。
「オゥ……何か分からんけど神の使いが勝ったみてぇだぞ」
振り向いたサタンの声にむくりと起き上がった鈴音は、虎吉を撫でて目尻を下げた。
「当然やんなー?猫神様の使いやで?負けるなんて有り得へん」
「せやな。けど、何の勝負しとったんやったかいな」
「え?」
首を傾げた鈴音の視線を受けたサタンだが、同じように首を傾げている。
そんな彼らの方を見る事も無く、悪魔女子はスマートフォンを操作して、ルシファーを描いたと思われるファンアート等を片っ端から消去していた。




