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第ニ十三話 虹男

 神界の縄張りに入って白猫に事情を説明し、それならば仕方が無いな、という様子で出してくれた虹色玉を手に鈴音はすぐさま人界へ戻った。

「お待たせしました」

 鈴音が戻ると通路は消える。消えた通路と鈴音を交互に見て、綱木は小さく首を振ってから、思い直したように幾度も頷いていた。『有り得へん、いやいや有り得るねん』といった感じか。


「骸骨さん、これなんですけど見覚えは……」

 言い終わる前に、骸骨は虹色玉を指差して口を大きく開き、鈴音を見ている。

「やっぱりコレとそっくりでした?隕石」

 うんざりしたような鈴音の口調に、思い切り頷いた骸骨もまた『コノヤロー』とでも言いたげな空気を纏った。

「これは私にぶつかって来たヤツなんですけど、他の世界にも別の玉が落っこちて来てて、神様方が調査中なんです。ね、虎ちゃん」

 話を振られた虎吉は、何も載っていない棚にヒョイと飛び、鈴音の肩あたりの高さから骸骨を見る。

「鈴音はコレとぶつかって、本来越えられへん壁突き破って神界へ降ってった。よその神さんトコの巫女さんも、危うく似たような目に遭うとこやった。神さんから大地を司る役目を貰た大蛇は、コレ飲み込んで暴走した。ほんで、お前さんとこは……」

「職場に隕石みたいに落ちて、地獄の建物壊れて悪い魂が大脱走してんねん」

 後を続けた鈴音の言葉に頷く骸骨。仕事が増えて大変迷惑しているのだと絵で訴えた。

「そら難儀やなー」

 ここまでの説明を、綱木は遠い目をして聞いている。あまり深く考えたくないようだ。


 骸骨を労った虎吉は綱木を気にする事なく続ける。

「まあそういう訳で、この玉自体に悪い感じは無いけども、誰が何の目的でバラ撒きよんのか判らんのも気色悪い、いう話なってな?色んな世界の神さんに同じ事起きてへんか、なんぞ思い当たる事ないか、て聞きよんねん」

 成る程と頷いた骸骨は、自身が仕える神に報告する絵を虎吉に見せた。

「おう、話の早い骸骨や。ホンマええやっちゃなー」

 ニッコリと目を細める虎吉を見て、骸骨は自らを抱き締めてグネグネと身を捩る。上半身しか無いので、実際に捩れているのはローブだが。

 見慣れた光景に、虎吉の視線が骸骨と鈴音の間を何度も往復する。

「ふふふー、骸骨さんとはええ友達になれそうな気がします」

 友達と聞いて嬉しそうな気配を醸し出した骸骨は右手を差し出し、鈴音とガッチリ握手した。


「よし、ほな骸骨の神さんトコと、猫神さんの縄張り繋げたいから、いっぺん縄張りに来て貰てええか?そしたら猫神さんが通路開けてくれるし」

 虎吉の言葉に頷く骸骨と、首を傾げる鈴音。

「骸骨さんに縄張りまで来て貰わな無理なん?世界同士は繋がっとるやんね?アーラ様んトコに偶然入ってもた私らと違て、骸骨さんお仕事で来てはんねんし」

「世界は繋がっとるけど、俺では通路開けられへん。なんせ神使の俺も鈴音も向こう行った事無いし、猫の縁も繋がってない……猫が居らん世界みたいやし。猫神さんはそんなん関係ないから、骸骨連れてったら直ぐ……」

「猫の居らん世界!?無理や生きて行く自信が無い」

 鈴音が愕然とした顔で骸骨を見やると、骸骨も目元を押さえる仕草で応えた。

 自らが生きる世界を貶されて傷付いた、のではない。

 猫の可愛らしさを知った今、全く同じ気持ちだ、という内容を描いた石板を突き出している。

「他んトコで見て猫好きになってたとかやなく、虎ちゃんが初の猫?ほんで好きになったん?ああもうこれはほれ、虎ちゃん」

 察しろ、という強い視線を向けられ、虎吉は頷いた。

「あー、せやな。骸骨、よかったら頭でも撫でるか?お前さんええ奴やし、触らしたろ」

 その言葉を聞いた骸骨が石板を仕舞う速さは、それこそイリュージョンだった。

 二礼二拍手をしてから虎吉の頭にそっと触れ、感電したかのように震えてから最後に一礼。

「なんの儀式や」

 ついに小さくツッコんだ綱木に、チラと顔を向けてから緩く首を振る骸骨。『解らんとは哀れな奴め』とでも言っていそうだ。

「虎ちゃんに限らず猫は皆、神に等しいんですよ綱木さん」

 キリッとした顔で言い切る鈴音と、大きく大きく頷いている骸骨に、綱木は会釈で応えておいた。『ついていけない俺が普通なんだと誰か慰めてくれ』とその表情が物語っている。


「ほんなら、ちょっと縄張り行って、骸骨んトコの神さんと話しよか」

 言いながら虎吉が通路を開けようと左前足を上げた時、まだ振り下ろしてもいないのに空間が歪む気配がした。

「え!?」

「なんや!?」

「おかしい!下がれ鈴音!」

 鈴音と綱木が驚き、骸骨は大鎌を構え虎吉が鋭い声を出す。


 その間に鈴音のそばでぐにゃりと歪んだ空間から、軽いウェーブのかかった金色のマッシュ頭が現れ、グイと顔を上げた。ちょっとお兄さんなアイドル、で通りそうな美形の男である。

 その整った顔を象徴する双眸は、様々な色に揺らめき光っていた。


 あれ、この目の色は、などと一瞬判断が遅れた鈴音の隙を突き、男が空間から手を伸ばす。

 狙いは鈴音が持っている虹色玉だ。

 直ぐに気付いた虎吉が通路を開き、虹色玉へ飛び掛かって猫パンチを叩き込む。

 驚く男の目の前で、虹色玉は通路に勢いよく飛んで行き、神界へ消えた。


 これでよし、となる筈が、男の行動は予想外だった。

 閉じかけていた通路へダイブし、頭を突っ込んだのである。

「は!?」

 驚く虎吉の横で、鈴音の顔から血の気が引いて行く。

「ちょ、そんな事したら!!」

 その通路の先に誰が居るか解っているのか。

 そう続ける間もなく、向こうから『フギャーッ!!』という激怒した猫の声が響いて来た。

 次いで、鈍い音。


 暫しの静寂の後、ふらつきながら、ゆっくり立ち上がった男には、首から上が無かった。


 全員がその場で硬直する中、コロコロと通路から転がり出て来たのは、男の頭である。

 声も無く手と手を取り合って驚愕する鈴音と骸骨、瞳孔を全開にしている虎吉、最早如来の域に達しそうな綱木。


 そんな周囲の様子など気にする素振そぶりもなく、ボロ布を纏っただけの男の身体は、頭を探している。

「ここだよ、こっちこっち」

 まるで当然のように喋り身体に指示を出す頭を見れば、恐らく殴られて出来たと思われる不自然な凹みはあるものの、血は流れていない。

 首の断面も虹色に光っているだけで、肉や骨があるようには見えなかった。

 しかも、凹みは徐々に回復していっている。


 瞳孔を少し細めた虎吉の前で、男が両手で頭を持ち、ヘルメットを被るかのようにカポッと首に嵌めた。

「ふう。酷い目にあった。何でいきなり殴るんだろう」

 拗ねたように零す男が、虎吉を見る。

「キミもだよ、何であんな凶暴なのが居る所に放り込むのさ」

 言われた虎吉は黙って観察しているが、鈴音は黙っていられなくなった。ゆらり、と一歩前へ出て、男を睨み付ける。

「誰が凶暴やねん。見ず知らずの女性の部屋に押し入っといて何やその言い草は。それとも何か、アンタんトコの世界には未だにそんな文化や風習でもあるんか」

 普段より低い声で冷たく言い放つ鈴音には、何とも言い表せない迫力がある。

 男はたじたじとなって両手を振った。

「いや違うよゴメン、手しか見てなくて、あれ女の子だったの?じゃなくて、そこまで考えてなくて、僕の身体取り戻すのに必死で、だってやっと見つけたから」

 しどろもどろになった男の言い分に、全員が首を傾げる。

「僕の身体、て何や」

 こちらもまた低い声で虎吉が問い質すと、何故か男は目を輝かせた。

「わあ喋ったぁ!!可愛いなあー!!」

 状況を理解していないのか、突然子供のようにはしゃぎ、いきなり虎吉へ手を伸ばす。

 当然ながら、虎吉は全力で威嚇した。

「何を勝手に触ろうとしとんじゃボケェ!!噛み千切るぞワレェ!!」

「ひー、怖ッ!なんでそんな怒るんだよう」

 慌てて手を引っ込めた男が口を尖らせる。


 その様子に、怒りの表情のまま虎吉は綱木へ視線を移した。

「おい綱木」

 突然呼ばれて、綱木は悟りの境地いや現実逃避から帰還する。

「なんですか虎吉様」

「この男の顔、撫で回したれ」

 謎の指令にとても嫌そうな顔をしたものの、口答えするだけ無駄なのは解っているので、綱木はおとなしく両手を構えた。

 慌てたのは男だ。

「え?いやいや、え?ここの世界にはそういう習慣があるの?僕の所には無いなあ?男に触られても嬉しくないっていうか、嫌なんだけど!?」

 両手を振りながら後退する男と、ジリジリと近付く綱木。

 やめろ、すまん諦めろ、と視線での攻防が繰り広げられている。

 そろそろ男が追い詰められそうだ、という所で虎吉が口を開いた。

「わかったか?オマエが俺にしようとしたんは、そういう事や。もうええで綱木」

 ホッとした様子で戻る綱木と、助かったと息をつく男。

「ゴメン。確かにすごく嫌だ。だから僕は僕の作った子達にもよく噛まれたのかなあ。あれは勝手に触るなって怒ってたのか……」

 後頭部に手をやりながらションボリとする男。


 先程からの有り得ない現象や、常識の無い行動言動、大人の見た目で子供の無邪気さ、噛み付くような何かを作れる能力、それらを総合して全員が思う。


『さてはコイツ、神だな?』


 ただ、それにしては神力が弱い。

 普通神が人界に影響を及ぼさぬよう、動物などの神使に化けてみても、どうしてもその神力は別格で、直ぐに判ってしまうものなのだ。

 それなのにこの男は、虎吉や鈴音や骸骨よりも明らかに弱い。

 先程言っていた、身体を取り戻す云々が、その理由なのだろうと考える虎吉だが、正直面倒臭そうであまり関わりたくない。

 さてどうしたものか、と悩んでいると、半眼の鈴音が口を開いた。

「名前、教えて貰えます?」

 先程の冷たい迫力が余程堪えたのか、少し怯えた様子で男は答える。


 口から出たのは、様々な動物の鳴き声が混ざったような音だった。


「アンタもか!!発音出来へんわ!!」

「ひー!僕のせいじゃないよねそれ!?」

 鈴音の八つ当たりを受けて、男は半ベソである。

「どないしょ、もう虹男にじおとかでええか、メンドクサイし」

「え、なんかヤダ」

 勝手に付けられるのは構わないようだが、名前自体が何となく気に入らないらしい。

「ヤダ、やないねん。アンタがさっき取ろうとした玉、あれ、私のデコにゴーンぶつかってんで?めっちゃ痛かったわ。猫神様に会われへんかったら、痣になっとったかもしれん」

 額に手を当てて溜息を吐く鈴音に、男はとても驚いた顔をする。

「そ、そうなの?ゴメン、なんでだろ?」

 それを聞きたいのはこっちだ、という鈴音の視線に続き、骸骨が自身と職場が受けた被害を、淡々と、実に淡々と絵に描いて見せた。

「えええ?ゴメン、なにがどうしてそうなったんだろ?」

 両手で頭を挟み混乱する男を、鈴音と骸骨はジッと見つめる。

 男は視線に気付いたものの、きょとんとしている。

 そんな酷い目に合わせておいて、名前に文句を言えるような立場ではないな、と解って欲しかった鈴音達の意図はまるで伝わっていなかった。

 故に、しっかり顔を上げて言い切る。

「でも、名前は別のがいい」

「ムカツクー!!ほなレインボーて呼ぶでレインボー!ダサいで!」

「長いよ、レイでいいと思う」

「何をサラッとカッコええ名前にしよんねんな腹立つ!!略すんやったら、ンボーやンボー」

「えー、ヤダよー」

「喧しい、虹男や虹男それかボー」


 きょうだい喧嘩のようなやり取りを横目に、虎吉は通路を開けて一旦縄張りへ消えた。

 面倒臭い相手とあまり関わらない為には、大勢で分担すれば良い、と結論付けたのだ。

 縄張りでのやり取りの後、すぐに戻り、全員へ声を掛ける。

「猫神さんと話つけてきたから。その無礼者とけったいな玉は関係があるから、神さんらと一緒に話聞く必要がある、いうて。縄張りに入れんの絶対嫌や言うてたけど、オヤツで手ぇ打って貰たから、鈴音頼んだで。ほんで綱木、俺が今行って帰ってったぐらいの時間、鈴音借りるぞ。仕事の話はその後や」

 虎吉が消えて戻った時間など、通路の出入りに使ったほんの二、三秒の事である。全く問題無いので綱木はあっさりと頷く。

「オヤツは直ぐ差し上げた方がいいんかな?家にいっぺん戻らなアカンけど」

「おう、縄張りから取りに行ってくれ。なんせ引く程機嫌悪いねん。名前ややこい神さんや他の神さんはともかく、アーラいう神さんはあれ見たら泣くかもしらん」

 鈴音と虎吉の会話を聞き、男が黙って空間を歪ませ逃げようとした。

 素早く察知した骸骨が、大鎌を男の前に突き出して阻止。

「逃げてどないすんの?あの玉が必要なんやったら、神様方に会わなしゃあないで?皆さんそれぞれで持ってはるやろし。事情説明して、返して下さいてお願いせな、永遠に戻らんと思うけど」

 尤もな鈴音の意見にも、男は逡巡している。

「虎ちゃん、開けて」

「おう」

 苛々した鈴音の声に同じく苛々していた虎吉が応え、通路がぽっかりと口を開けた。

 ハッと目を見開いた男の腕を掴み、ゴチャゴチャ言い出す前に投げ飛ばす。悲鳴を上げる間も無く、男は通路の穴に飲み込まれた。

「行くで骸骨」

 声を掛けてから入る虎吉に続く骸骨。

「ほな、一瞬で戻りますけど、行って来ます。何がどないなったかは、後で説明しますね」

 会釈する鈴音に綱木は軽く手を振る。

「頑張っといで」

 頷いて、鈴音もまた通路に消えた。

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