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第二百二十一話 ボコボコ

 3人纏めて片付けようと風刃を放ったモーファだったが、それを躱す動きを見せたのはフゥとバォの2人のみ。

 もう1人は何処へと思う間も無く、膝裏に衝撃を感じ引っ繰り返る。

 すかさず寄って来るフゥとバォを牽制する為に旋風を起こし、その中心でよろめきながら立ち上がった。


「くそ……、一体何が……」

 身体強化を施しているにも拘らずダメージを受けた事に苛立つモーファは、杖を振って無数の風刃を作り出し四方八方に放つ。

「キャアァ!!」

「うわァッ!!」

 悲鳴を上げる女王や側近達は神官が柱の陰へ退避させた。

 フゥとバォも同じく、別の柱の陰に隠れてやり過ごしている。

 シエンとラーは相殺を選び、鈴音は回避を選んでいた。

 鈴音の場合、斬撃なら当たっても問題無いが、棒立ちで全て受け切りドヤ顔を決める場面でもないしなあ、と何となく避けている。


 そんな中、肝心のもう1人、シィは。

「さっきから背中ガラ空き」

 撒き散らされた凶暴な刃を全て躱し、呆れ顔でモーファの後ろに立っていた。

 突如背後から聞こえた声に驚愕したモーファが振り向きざまに杖を一閃させるも、ヒョイと飛び退いて躱して見せる。

「遅過ぎ。風の魔法も弱いし。手ぇ抜いてんの?まさか杖使っててコレが全力とかじゃねぇよな?」

 呆れ顔のまま首を傾げるシィ。

「な……んだと、餌の分際で……ッ!!」

「エサ?」

 怪訝な表情になったシィは、思わず鈴音の方へ顔を向けた。

 鈴音は『要らん事言うなや宮廷魔導士!シィ君らが石の正体に気付いたらどないしてくれるんじゃゴルァ!』と心中で口汚く罵りつつ、シィには笑顔を返す。

「キミが誰なんか気付いてへんのちゃう?大勢の子供を魔物の餌みたいに森に置き去りにしたから、見分けついてへんのかもよ?」

「え!?こんな目立つ頭の色なのに!?」

 大変驚いたシィがモーファへ視線を戻すと、何やら風の魔法の大技らしきものを使おうとしていた。


 モーファの周りに吹き荒れる風に気付いた女王や側近達が、普段決して他人に見せる事のない表情でギャーギャーと喚き出す。

「何をする気だ愚か者め!!女王である私まで巻き込むつもりか!!」

「やめろ馬鹿物!!」

「聞こえんのか阿呆が!!」

 これでもかとお仲間を罵倒する悪党達を眺めながら、鈴音は片頬を上げる。

「女王の普段の一人称は私なんやね。さっきは、わたくしは……とか御淑やかやったのに、今はえっらい怖い顔して必死やなぁ」

「女神様を騙さなアカンから可愛こぶっとったんやな。あっちが本性やろ」

 鈴音と虎吉が呑気な会話をする中、大技を使おうと魔力を集中させているモーファは、吹き荒れる風を引き寄せ自分の周りに気流の壁を作り出していた。

 後々この風も攻撃に使うのかもしれないが、今はどう見てもシィの接近を防ぐ為の盾だ。大技を完成させる時間を稼ぎたいのだと思われる。

 だが、シィとしてはそんな時間稼ぎに付き合ってやる義理など無い訳で。


「あれより強い風を吹かせればいいんだよな」

 そう呟いて自身の周りに強力な風を薄く纏う。言うなればシィ本人が風の刃になったような状態だ。

 そしてそのまま、真っ直ぐモーファの正面へと突っ込んだ。

 格上の魔法に突撃された気流の盾は為す術もなく、実にあっさりとシィを通過させる。


「ぅぉあぅえぇええ!?」

 歯を食いしばって集中していたらいきなり目の前に敵、という状況に陥ったモーファは、間の抜けた悲鳴を上げ仰け反った。

 そこへ一歩踏み込んだシィが、突っ込んだ勢いごと遠慮無くみぞおちを殴り付ける。

「ぅグふぁッ!!」

 身体強化が無かったら拳が貫通したのではないかと疑う程の一撃をまともに受け、モーファは呻き声だけを残し遥か後方へ吹っ飛んだ。

「うわー、交通事故レベルや」

「うはは、誰かさんとソックリやな」

「そら同じ師匠に(なろ)たからね」

「あ、ホンマや俺や。そら似るわ」

 すっかり観客席気分の鈴音と虎吉が見つめる先では、シィが床に転がったモーファへと近付いていた。


 みぞおちは打たれるわ背中は打ち付けるわで呼吸もままならない筈のモーファだが、命の危険を感じ火事場の何とかが発動したらしい。身体を折り曲げ這い蹲るようにして悶えつつも、どうにか床に杖をついて魔力を迸らせる事に成功した。

 直後、床が見る見る盛り上がり変形し、身長3m程のごつい石人形がシィの前に立ちはだかる。

「何これ」

 初めて見る魔法にポカンとするシィ。


 一方鈴音はシィとは別の意味で驚いていた。

「あの魔導士、風と氷と土?石?なんせ3種類の魔法が使えるんやね。かなり珍しいんちゃう?」

「おう。伊達に城で働いてへんっちゅう訳やな」

「けど氷を攻撃に使て来ぇへんいう事は、そこまで得意ちゃうんかな?素早いシィ君止めるには氷なんか最適やのに」

「凍らした石も割と早よ溶けよったみたいやし、氷の魔法の才能は今ひとつなんやろ」

「そっか、ほな完全に詰んだねぇ」

 頷き合った鈴音と虎吉は、そのまま事の成り行きを見守る。

 シエンとラーも石人形を出したモーファに対して『ああ、それは悪手だ』という反応を示しただけで、その場から動かない。

 すると、大人達がシィを助けない事に焦ったフゥとバォが柱の陰から顔を出す。


「おいシィ!危ないから離れろ!」

「そうだよ、女神様にお任せすればいいから!」

 だが、石人形が鈍い音を立てて薙いだ腕を軽やかに躱したシィは、笑いながら首を振った。

「コイツには剣と魔法使うから大丈夫」

「馬っ鹿おまえ、そんな硬そうな奴に風の魔法も剣も効くかよ!」

「火の魔法も効かないよ!石だし!」

 心配するフゥとバォへ意味深長な笑みを見せたシィは、振り下ろされる拳や踏み付けようとする足といった石人形の攻撃を躱しつつ剣を抜く。

 そして仄かに光る珍しい短剣に皆の目が釘付けとなる中、何の前触れも無くその剣身を炎で包み込んだ。


「…………へ?」

「…………え?」

 フゥとバォが、目に見えている物が何なのか理解出来ない様子で瞬きを繰り返す。

「剣……燃え、え?」

「火の魔法?でも剣が……」

 2人だけでなく、女王達悪党も呆気に取られて動きを止めている。

 見えていないのはモーファだけで、四つん這いで項垂れ荒い呼吸をしながら杖に魔力を通し続けていた。

 そんな中シィは鈴音を振り向き、自信満々に宣言する。

「こないだの岩ん時は失敗したけど、今回はスパッとやってみせるから!!」

 よっぽど悔しかったんだなと微笑んだ鈴音は、どうぞ、と手で石人形を示した。


 よし、とやる気満々で鼻から息を吐いたシィは、石人形の攻撃範囲から飛び退って炎の剣を大上段に構える。

 イメージを固めるように深呼吸をひとつしてから、澄み切った目で前を見据え。

 一瞬で極限まで集中するや、一切の迷い無く全力で振り抜いた。


 ブン、という空気を斬り裂く鋭い音と共に、剣身より遥かに長い炎が刃となって飛んで行く。

 向かうは拳振り上げる石人形のド真ん中。


 剣より放たれ飛行する灼熱の刃は、まるで自身の進路に空気以外の物が存在している事を知らぬかの如く、石人形の正中線を最高速のまま真っ直ぐ通り抜ける。


 それだけでは飽き足らず、こんな雑魚に使ってくれるなと言わんばかりにまだ先の壁をも縦に斬りつけて焦がし、漸く消えた。


 そこから一呼吸置き、縦に真っ二つとなった石人形が左右に分かれて崩れ落ち、只の石へと姿を戻す。

 シィが剣を抜いてからここまで、ほんの1、2分。


 信じ難い光景を目の当たりにして静まり返った室内に、暫しモーファの荒い呼吸音だけが響いた。

 顔を上げ呆然と、崩れて山となった石を見るモーファが、視線をゆっくりとシィへ移す。

「なん、だ。何だ、今のは。誰だお前は、お前のような才能……」

 そこまで言って、脳裏に自身の犯した大きな過ちが蘇ったらしい。

「風と火の2属性?異国の民のような髪の色……」

 ブツブツと呟き、大きく目を見開いた。

「そんな馬鹿な!!ッゲホ。希少な、複数属性持ちでありながら、いくら指導しても、まるで使い物にならなかった!!ゴホッゲホ」

「ああそれそれ、そのガキ。やっと思い出したか。ったく、どんだけの子供森に捨ててきたんだアンタ」

 剣を鞘に収めながら、シィはモーファを冷たく見下ろす。

 そこへフゥとバォもやって来た。


「シィだよな?」

 開口一番そんな質問をするフゥにシィは首を傾げる。

「何言ってんの」

「だって強過ぎるから」

 フゥに代わってそう続けたのはバォだ。

「酷くない?」

 口を尖らせるシィ。

 少年達のやり取りを見て、油断していると思ったのかモーファが杖に魔力を込める。

 次の瞬間、杖を握るモーファの右手はシィの左足に踏み付けられ嫌な音を立てていた。

「ッギャアアア!!」

「うるさいよ。手の骨が折れたぐらいで」

 モーファの悲鳴に顔を顰めたシィは、床に転がった杖を拾い上げると問答無用で圧し折る。

 それを見たフゥが頭を抱えた。

「金属製!!その杖、金属製な!!」

 シィから受け取ったバォが力を込めてみるも、ビクともしない。

「身体強化にも限度があるよね。どうなってんの?」

 引き気味の2人にシィは『分かってねぇな』といった顔でゆるゆると首を振る。

「出来ると思えば出来るんだよ」

 どや、と胸を張られた2人の表情は言わずもがなだ。

「何でそんな顔!?」

「他にどんな顔しろってんだよ」

「説明ヘタだよね」

 納得がいかない様子のシィと呆れる2人の目を盗み、痛みを堪えて立ち上がったモーファが逃げ出す。


「……あ。良かった、まだあんな元気あったんだな。じゃあ遠慮無く殴れる」

「そだな。けどお前がやると一発で沈みそうだから俺らがやるわ」

「うん。シィはもう殴ったし踏んだし圧し折ったし」

「折ったのは杖!!クソー、せっかく強くなったのに。連撃の出番無しかよ」

 そんな会話をしている間に、モーファはもう唯一開閉が可能な大扉の前だ。

「じゃ、俺がこっちに連れ戻すから」

 言うが早いかすっ飛んで行くシィ。

「あ!!待てお前連れ戻すって……」

 フゥが口を開いた時にはもう遅かった。

 大扉前でシィに後ろ襟を掴まれたモーファが、えいやとぶん投げられて放物線を描いている。

「やっぱりか!!」

「あの勢いで落ちるだけでも結構な衝撃だよね」

 再び頭を抱えるフゥと遠い目になるバォ。

 床に落ちる際に首の骨が折れたら終わりだ、と見つめる2人の前に、突如強風が吹き荒れる。

 どうやらモーファが風の魔法で衝撃を和らげる工夫をしたようだ。


「誰がオマエら如きに負ぐぇぶッ!!」

 立ち上がって何か言いかけたモーファだったが、最後までは言わせて貰えなかった。

 左頬を殴り飛ばしたのはフゥだ。

「杖が無いっつっても、俺らからすりゃ強いのは強いもんな」

「うん。魔法使われる前にボコボコにしよう」

 実に正しい判断を下し、2人は代わる代わる拳を打ち込む。


「ひょっとしたらアイツ、まだアンタの事信じたまま海に居んのかな。だとしたら辛すぎだな。なあ、アンタ責任持って海の底に説明しに行けよ。俺は只の人殺しですごめんなさいってさ!!」

 フゥの重い一発がモーファのボディに決まり前傾した所で、顎にバォのアッパーが入った。

「騙される方が悪いんだって言いたいんだよね、知ってる。俺みたいな孤児に国の未来を決めるような仕事を任せる訳ないもんね。でもさ、そんな奇跡もあるかもしれないって信じたかったんだよ。分からないよね、ずっと誰かに必要とされて来た人には」

 身体強化のお陰で意識を保っているモーファは幾度となく反撃を試みているが、2人の連携に隙が無く実行出来ずにいる。そこへ。


「やっぱ俺もやる!」

 そう叫んで入って来たシィは、拳ではなく平手でモーファの頬を打った。それでもフゥとバォの拳と大差無いダメージが入っている。

「今のは森から帰って来たあいつの分。この後は、あいつの目の前で生きたまま魔物に食われた仲間の分」

「それ、さっきも言ってたけど誰の話だ?」

「気になるよね」

 詳しく、と目で促す2人へ、シィは凶暴な目でモーファを睨みつつ説明する。

「この街の孤児院の奴が何人か、住み込みの仕事があるって騙されて連れ出されて、ついて行ったら森ん中で、これがお前らの仕事だって置き去りにされたんだってさ。その中の1人が生きて街に帰って来てて教えてくれた。仲間が魔物に食われてる間に逃げた、って自分が悪いみたいに思ってる。何も悪くねぇのに」

「悪くない。絶対悪くない。クソッ、何だそれ辛過ぎだろ……」

 顔を顰めたフゥはモーファの折れた右手を蹴り上げた。痛みのあまり、コソコソと左手に集めていたモーファの魔力が霧散する。

「俺が復讐するって言ったら、頼まれたんだ。ボコボコにして森に捨ててくれってさ。仲間がどんな目に遭ったか思い知らせてくれって」

「うん。それがいい。やろう」

 頷いたバォの目はどこまでも冷たい。

 怒れる少年達に囲まれたモーファはひとまず反撃を諦め、身体強化に全ての魔力を回した。


 そんな、宮廷魔導士という戦闘能力の高い存在が一方的にやられ手も足も出ない、という状況を見せつけられた悪党達はもはや声も無く。特に女王は、次は自分かと血の気の失せた顔でへたり込んでいる。

 玉座前からその様子を観察していた鈴音が顎に手をやり唸った。

「んー、そろそろええかな?これ以上やらすとあの子ら暴走しそう」

「せやな。子供に負けるっちゅう屈辱味わわせたし、ボコボコにも出来たし、こんなもんやろ」

「よし、ほんなら後は大人に任して貰いましょ」

 虎吉と頷き合い、シエンとラーには目配せをして、鈴音は少年達の方へと近付いて行った。

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