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第二百十八話 お仕置き

 フゥが案内した先では、囲まれてはいなかったが確かにシィが十数名の村人と対峙していた。自警団の男達とはまた別の輩のようだ。

 独り仏頂面で佇むシィに向け、女達がヒステリックに叫び男達が偉そうに怒鳴っていた。


「お前が魔物を連れて来たんだろ!!」

「こんな平和な村を魔物が襲うなんておかしいんだよ!!お前のせいだ!!」

「お前とあの変なガキが来てからだもんなこうなったのは!!」

「母親は男連れ込んで、息子は魔物を連れ込むのかよ!!最悪な親子だな!!」


 この状況にフゥとバォはシィと同じような表情になり、ラーは怒りのあまり顔を真っ赤にして突っ込んで行く。

「何をしているんです大人が寄ってたかって!!」

 白地に金糸の刺繍が施されたマントを見て、村人達が怯む。

「神官様だ」

「本当に来てらしたのか」

 どうやら自警団の男達から情報は得ているらしい。

 情報を得たからこそ、シィが戻っていると分かってわざわざ罵りに出てきたようだ。まだ魔物が出るかもしれないというのに。

 ああ救いようの無い馬鹿共だな、と鈴音は口元を歪める。

「この子が魔物を倒して村を守っているのは誰の目にも明らかでしょう!!それを……ッ、感謝もせずに暴言を浴びせるなど愚かにも程がある!!恥を知りなさい!!」

 激怒するラーの迫力に押されつつも、村人達は忌々しげな顔を崩さない。

「魔物を呼び込んで自分で倒して、俺らを騙すつもりなんだろ?」

「魔導士様の元で修行して偉くなったんだねえとか何とか、あたしらに認められたかったんでしょ?」

「騙される訳ないのになあ!!お前やお前の母親と違って俺らは馬鹿じゃねえから!!」

 シィは相変わらず仏頂面のままで何も言わないが、代わりにラーが限界だ。

 彼の周りで風が轟々と音を立て始めた。


 その肩を鈴音がポンと叩く。

 何故止めるのかと怒りに我を忘れて振り向いたラーは、鈴音の表情を見て凍りついた。

 何を考えているのか全く読めない笑み、能面の小面(こおもて)のようなその表情。

 一見優しげだが、これは恐らく憤怒の一歩、いや半歩手前の状態だ。

 助けを求めるように虎吉へ視線を下げると、耳を後ろに向けて反らした上に瞳孔を開いていた。

 黒目勝ちな顔の可愛さに騙されそうになるが、溢れ出る怒気が今うっかり手を出すとどうなるかを物語っている。

 シィも自身の師が揃って見せる凄まじい怒りを感じ取ったらしく、先程までとは別の意味で黙り込み成り行きを見守っていた。

 フゥとバォは本能で危険を察知したようで、1番安全そうなシィのそばへコソコソと移動。

『あ!バォだ!』

『久しぶり!』

 と強張った顔のまま目だけで会話した。実に器用な少年達である。


 さて、怒り心頭に発して反対に笑いが込み上げてしまった鈴音は、不気味な笑顔のまま村人達を見た。

「誰が、誰を騙す言うた?」

 醜く喚いていた村人達とは違い、やはり口調は穏やかなのだ。

 訳の分からない威圧感があるだけで。

「ああ!?誰だアンタ。話聞いてただろうが。あのガキが俺らをだよ!」

 ただ、怒鳴れば弱者が黙ると思っている馬鹿はこの威圧感に気付き難い。

 案の定やらかした男には、当然強烈な口撃が返ってくる。

「あのガキてどのガキ?そこに子供3人居てるけど?質問に対してまともに説明も出来ひんオツムの持ち主は黙っといてくれる?時間の無駄やねん。誰かちゃんと言葉喋れる人おらへんの?私、猿の相手しとる暇無いんやんか」

 鈴音にこの世界の動物に関する知識は殆ど無かったが、男の顔色が変わったので猿は存在するのだと知る事が出来た。

「テメェ……!!」

 怒りに任せて殴り掛かろうとする男の前に、細い雷がピシャンと落ちる。

「ヒッ!?」

 男はその場で飛び上がるようにして足踏みをし、村人は勿論ラーやシィ達を含めた全員が目を見開いた。


 今まるで、雷が人を狙ったかのように、いや違う。

 人を威嚇するように、わざと外れて落ちなかったか、と。


「猿には言葉が通じひんやん?こっちのが強いんやでーて教えといたらな、分からへんもんね」

「せやな。飛び掛かって来られたらイラッとしてシバいてまうからな」

「虎ちゃんにシバかれたら死んでまうやん」

「それは鈴音もやろ。頭バコーン吹っ飛ばして血の海作ってまうくせに」

 ハハハと笑う目の奥が笑っていない危険生物達。

 この会話で、今の雷が偶然落ちたものでは無いとそこに居る全員が理解した。

「あー、それで?誰が誰を?何の為に?騙すって?」

 一言一言区切りながら村人を順々に見つめ、鈴音は怒りを少しずつ表に出して行く。

 ここまで来ると流石に噛み付く馬鹿はいない。

 怒らせてはいけない相手を怒らせたと気付き、目が合わないよう必死に逸らすばかりだ。


「教えてよ。シィ君がアンタらに何をしたんかを。寄ってたかって暴言吐かれて馬鹿にされてもしゃあない事したんやんな?ほら教えて?何か盗まれた?誰か殺されたんかな?」

 瞳孔が開いた目と歯の見える口元。

 小面(こおもて)の穏やかな顔から、般若、若しくは(しかみ)と呼ばれる悪鬼のそれに近いものに変わっていた。しかもその顔が薄ら笑いを浮かべているのだから、恐れるなと言う方が無理だ。

「言われへんの?そらそうやろなぁ、この子は何にもしてへんもんなぁ。自分らの憂さ晴らしの為だけにいびり倒した子供に守って貰といて、認めて欲しいから自作自演しよったんやろやなんてよう言えたな恥ずかしい」


 空に数条の雷が走る。


「アンタらみたいな人の陰口叩くしか生き甲斐の無いしょぉぉぉぉぉぉっもないドアホに、一体何を認めさすんよ?何様のつもり?弱い立場のもんを下に見て安心しとるアンタらクズが、未来ある子供の何を評価出来るて?」


 村のあちこちへ一斉に雷が落ちた。


「アンタらの時間は止まっとるみたいやけど、シィ君は()うに自分で決めた道を歩き出してんねん。1人で魔物も狩れるし、人の優しさに感謝出来るし、弱者に寄り添えるし、頭おかしい奴らに囲まれたら助け呼びに走ってくれる友達もおるし、呼ばれた筆頭神官は激怒してくれるし。まともな社会に認められた上にめっちゃ愛される存在に成長したわ。せやからアンタらみたいなみっともない輩の出る幕は無いんよ、はい、ざーんねーん」


 最後に特大の雷が村の四方に落ち、近付いていた魔物の群れを一掃する。


 わざわざラーを筆頭神官と呼んだ事と雷効果で、鈴音の狙い通り村人達の顔は青褪め引き攣った。

「後さぁ、めっちゃ不思議なんがさぁ、何でシィ君の力が自分らに向くかもしれへんて考えへんのかなぁ?」

「それは俺も思とった。ようもまあ、魔物の群れを1人で相手するような強い奴に偉そうに言えるなあて。殺される思わへんのか?生存本能あらへんのかいな」

「意味分からんよねぇ。私なんかオツムがお子ちゃまやからさぁ、あんな目に遭うたらそこに固まっとる奴らとっとと消し炭にして、鬱陶しい過去とオサラバじゃーいうて村ごと消してるわー。いやー、シィ君が大人な性格の子で良かったねぇ?」

 右手にイザナミに貰った力の一部である黒炎を出して、冷たい目で村人達を見る鈴音。

 ギョッとした村人達は、シィと鈴音へ視線を往復させ滝のような冷や汗を流す。鈴音の言葉に触発されたシィが暴挙に出るのではと恐れたのだ。

 しかしシィが示した反応は、村人達の想像を光の速さで置き去りにするものだった。


「凄ぇ!!先生なにその炎、黒いよ!?」

 目をキラキラさせ、初めて魔法を見た幼い子供のように喜ぶ。

 黒炎の禍々しさ等まるで気にならないらしい。

 それに驚いたのはフゥだ。

「ええ!?何喜んでんの!?どー見てもヤバいでしょ!?黒い炎とかそれこそ魔物の王なんじゃ……」

 フゥのまともな反応にバォは半分だけ同意した。

「どう見ても怖い炎なのは分かるけど、魔物の王ではないよ。女神様だから」

 バォから出た単語にシィがキョトンとする。

「女神様?先生が?」

「そうだよ。光ってたから女神様で間違い無いよ」

「先生、光るの?」

「黒い炎出すのに光るとか謎過ぎるんだけど!?そもそも光るって何が!?」

 ジッ、と少年3人に興味津々の猫のような目で見つめられ、どうしようかなあと思ったのも一瞬。

 光らないと言ったらバォが嘘吐きになってしまうので、鈴音は魂の光を全開にして見せた。


「うわ、凄ぇ凄ぇ!!まぶしー!!」

 シィは大喜びでより一層目を輝かせ、バォは得意気に頷き、フゥは魂が抜けそうな顔をしている。

「光るって全身かよ!!ホントに女神様じゃんか!!雷操ってるっぽいから何かヤバいなとは思ってたけど!!俺、強そうに見えないとか言っちゃったよどうしよう!!」

「大丈夫だよ、先生そんな事で怒んねぇし」

「お前には優しくても俺にはどうか分かんねーでしょうがー!!村人と一緒に消し炭にされるー!!」

「え、俺にも優しかったよ?大丈夫だよきっと」

「同じ事2回言わすのかよ!お前には優しくても俺にはどうか分かんねーでしょうがー!!消し炭は嫌だぁぁぁあああ!!」

 この3人だとフゥ少年が常識人ポジションなのか、と消し炭消し炭騒ぐ様子に鈴音は目を細める。

 フゥの素晴らしいアシストのお陰で、腰を抜かした村人達の顔色が紙のようになっており、鈴音としては大満足だ。


「大丈夫やでフゥ君、パッと見で私を強そうと思う方が変やから」

「デスヨネーヨカッター」

 エヘヘ、と目を泳がせるフゥに笑いつつ黒炎を引っ込め、冷たい表情に切り替えてから村人達を見下ろす。

「あら惨め。これ、次に標的になるんは、シィ君が魔物連れて来たんやとか言い出した人かな?そんな事言うた奴のせいでこんな目に遭うたんやーとか思てそう。自分も賛成した事は棚に上げて。ま、精々狭い狭い世界で罵り()うて見下し()うて、自分だけは馬鹿にされてへん思い込んで楽しいに生きてったらええよ」

「え、自分だけは何も言われてないって思ってるのか。でもコイツらみんな……」

 鈴音の言葉に驚いて何か言い掛けたシィだったが、意味有りげに村人達を見やった後に口を噤んだ。

 思わず『天才か!』と褒めたくなった鈴音だが、色々と台無しになりそうなので皮肉めいた笑みを浮かべるに留める。

「ほな行こか、“お土産”は村の外で貰うわ」

 もう村人達に興味は無いとばかり背を向けた鈴音に続き、少年達と少し遅れてラーもその場を後にした。



「シィ君天才か!あんなん絶対誰が誰の事言うてたんか気になって気になって、お互いを信用出来ひんようになったで」

 村の外に出た所で鈴音に褒めちぎられたシィは、『はい、お土産』と石を渡しながら踏ん反り返って悪い笑みを見せる。

「ちょっと仕返ししてやろうと思って。先生みたいにスラスラ喋れないからさ、逆に黙ってみた」

「お前意外と賢かったんだー」

「そういう機転が利くとは思わなかったよ」

 フゥとバォによる、褒めているのか貶しているのか微妙な言葉にシィが首を傾げている。

「ふふふ、仲良しさんやね」

 そう言って笑った鈴音は石を凍らせて無効化し、先程からひと言も喋っていないラーを心配そうに見た。

「大丈夫ですかラーさん。ああいうやり方はやっぱり気分悪いですよね、すみません」

 真面目なラーは、鈴音の全力口撃を見てやり過ぎだと思っていたかもしれない。

 何か理由を作って離れていて貰えばよかったな、とバツが悪そうな鈴音にシィが目を見開く。


「俺は気持ち良かった!殴るよりスッキリ!!」

 フゥとバォも大きく幾度も頷いた。

「俺もスカッとしたよ!いや、しました」

「俺も。俺が居た村の奴らも同じ目に遭えばいいのにと思いました」

 少年らのフォローをありがたく思いつつラーへ視線を移すと、何故か両膝をついて胸に手を当てていて、鈴音の目は点になる。

「畏れ多くも女神様に(おん)願い奉ります。わたくしめに、王都に蔓延る巨悪を討ち倒すお役目を全うする為の猶予を賜りたく……!必ずや子供らの仇を討った後にこの命を以て数々の御無礼に対する贖いと致しま……」

「いや落ち着いて!?」

 慌てた鈴音はまだ光ったままだった事に気付いて即座に消灯し、同じく膝をついてラーの左肩を揺さぶった。

「ちゃんと見て下さいよ?どっからどう見ても普通の人!只の口悪い姉ちゃん!光るのは体質!」

 クワ、と目ヂカラ全開で訴えるも、困惑気味に首を傾げられてしまう。

「アカーン!!真面目が全力でアカン方に仕事しとる!!どないしよ!?」

「ほなもう女神様として命令しといたらええがな。死んだらアカンて」

 退屈そうに欠伸する虎吉の提案に、抵抗はあるがそれしかないかと諦めた鈴音は深い溜息を吐いた。


「死んだら駄目です。これから先も今まで通り創造神様にお仕えして、人々の為に働いて下さい」

 鈴音のお裁きを聞いたラーは、大きく目を開き小さく震える。

「な、なんと慈悲深い……けれどそれでは……」

「決定事項なんで覆りませんよー。そもそも創造神様の神官やのに、知らん神の為に勝手に死んだらアカンでしょ」

「創造神様のお客人だという神託が……」

「うわそうやった知らん事もなかった!けど、創造神様もちゃんと“人”やて言うてはりますやん。女神が行くとは言うてはりませんやん」

 ツッコミを受けて気付いたらしく、ラーは『あ、あれ?』と混乱している。

「ね?人なんですってば。まあラーさんが死のうとせんのやったら何でもええわ。一緒に悪党ギャフン言わせに行きましょ」

「は、はいッ!!」

 笑顔で立ち上がる鈴音に続いて、ラーもシャキンと音がしそうな勢いで立ち上がった。


「あ、それでな、宮廷魔導士と女王と後なんか偉そうな奴ら纏めて、シエン様に足留めして貰てんねん。せやからシエン様がイラッとして片付けてしもてへん限り、ボコボコに出来るでシィ君」

 悪い笑みを浮かべる鈴音に、シィはパッと表情を輝かせる。

「ホント!?もうやっつけて来たんだと思ってた!あー、シエン様が我慢してくれてるといいなぁ」

「えー……、ホントにモーファ様が悪者……?」

「悪者だよ。フゥだってあの石の効果はもう分かってるだろ?」

「……うん」

 バォに諭されフゥは力無く頷く。

 騙されていたと思いたくない気持ちがまだどこかにある様子のフゥを心配しつつ、別の問題に気付いた鈴音は顎に手をやった。


「さて、どうやって王都まで戻る?」

「確かに……走って行くしかないのでしょうが、時間が掛りますね」

 来た道を見やるラーに頷き、唸る鈴音。

「1人ずつ抱えて跳ぶかー?」

「げっ。跳ぶの」

「あれ楽しいよね!」

「何の話?」

 シィ、バォ、フゥがそれぞれに反応し、ラーは畏れ多いと首を振っている。

「さっさとせな、ホンマにシエン様がキレてまいそうやし」

 そう言った鈴音のそばで、不意に空間が歪む。

 縦長の楕円に切り取られた空間には、高い城壁が嵌め込み画像のように映っていた。

「へ?虎ちゃんちゃうやんね?」

「俺やないで」

 キョトンとした鈴音と虎吉が顔を見合わせる。

 突如として現れたのは、人が1人通れる大きさの、王都へ続く通路だった。

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