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第二百十一話 規格外を基準にしてた

 創造神神殿の敷地内へ入った虎吉は、耳でシエン達がどこに居るかを探る。

 彼らが先程入った拝殿らしき建物から『お待ちしておりました』等といった声が聞こえるので、まだそこに居ると分かった。

 ひとつ頷いた虎吉は草木に紛れてトコトコと近付き、遮る物が無い場所は高速移動して人目から外れる。

 難無く拝殿へ辿り着くと、高い位置にある明り取りの窓へ軽やかにジャンプした。


 窓の縁に座って下を覗く虎吉の大きな目には、祭壇前で対話する大神官御一行と、この神殿の代表らしき神官が映る。

 神殿の情報網を使って様々な事柄を調べていた為か、大まかな話は通っているようだった。

「では孤児院の院長を拘束致します」

「頼む。それと並行して神の客人を探してくれ。既にお越しになっておられる筈」

 鈴音を指す言葉が出たので、虎吉は上から声を掛ける。


「おーい爺さん、鈴音なら裏に来とるでー」

 突然降ってきた声にギョッとして窓を見上げる神官達。

 誰の声か分かったシエンとラーだけが笑みを浮かべた。

「虎吉殿、申し訳無いが鈴音さんを呼んで来ては貰えまいか」

 シエンの頼みに虎吉は小首を傾げる。

「かまへんけど、ここ裏口あるか?鈴音は目立つん嫌いやし、この状況で正面から堂々と入ったりなんかせぇへんで」

「我々神官が出入りする扉がその奥にあるゆえ、心配は要らぬよ」

 シエンが手で示した先、祭壇近くの通路にある扉を確認して、虎吉は頷いた。

「ほな呼んで来るわ。ちょっと待っとき(待ってて)

 そう言い置いて、虎吉は音も無く来た道を戻って行く。


「ただいま」

 無事に帰って来た虎吉を抱き上げ、中でのやり取りを聞いて鈴音は頷いた。

「勝手口みたいなんがあるんやね、ほな安心して入れるわ。ありがとう虎ちゃん」

 虎吉の頭を撫でてからシィへ向き直った鈴音が、人目につかず移動する為の動きを教える。

「まず壁跳び越えて、こっから見えてる木の後ろに立つ。そのまま木の陰に隠れもって移動して、隠れるとこ無くなったら気合の高速移動」

「気合で速くなる?」

「なるなる。もう最後は気合と根性よ。隠れるとこあらへんねんからしゃあない」

「俺が手本見したるがな」

「わかった。頑張る」

 他の人物が聞いていたら唖然とする説明だが、シィには充分伝わった模様。宮廷魔導士の論理的な指導で魔法が上達しなかった理由がよく解る。

「ほな行こかー」

「おう」

「うん」

 頷き合うや否や軽々と壁を跳んで、敷地内の木の陰へ。


 草木が途切れた場所から拝殿裏までの移動では、約束通り鈴音と虎吉が一般人の目には留まらぬ速さを見せ、それを参考にしたシィが気合の超高速移動で応えた。

「ホントに速くなった。けど師匠と先生より遅い。やっぱ身体がガキだから?」

 少し悔しそうなシィに鈴音も虎吉も目を細める。

「そうやね。男の子やし、こっからどんどん成長して行く思うよ。その内この世界では誰も追い付かれへんようになるわ」

「早くそうなりてぇなー」

 しみじみと言うシィに笑って、裏口から拝殿の中へ入った。


「こんにちはー」

 細い通路から祭壇の方へ出た鈴音が声を掛けると、その場に居た総勢20名程の神官達が一斉に胸に手を当て顎を引く。

「うわ、何事や」

 分かり易く慌て出す鈴音と、それを見て笑いを堪えるシィ。

「ぶふッ。先生って褒められるだけじゃなくてこういうのもダメなんだ」

「無理。何かもうスンマセンみたいな感じになんねん。これ平気なシィ君は将来大物になるん間違い無いわ」

「やったね」

 得意気な顔を作って胸を張るシィのお陰で和んだ鈴音は、どうにかシエンとラーの方へ歩み寄る。

「シエン様、神官さん達にどういう説明したんですか?」

 渋い顔で問われ、シエンは悪びれもせず答えた。

「神の客人であり、神の如き力を持ったおなごであり、怒らせると大層恐ろしいと伝えてござりますぞ」

 最後の部分は余計だろうと眉間の皺を深くした鈴音だったが、シエンの後ろでラーが物凄く申し訳無さそうな顔をしていたので、黙って文句を飲み込んだ。


「まあ、意味も無く怒ったりせぇへんので御安心下さい。……ほんで、1日早よ着いたんは何でですか?」

 明らかにホッとした神官達が礼のポーズを解く中、ラーが質問に答える。

「例の魔物を呼ぶ石がまた使われたようなのです」

 虎吉と顔を見合わせた鈴音は頷いて続きを促した。

「今朝方、隣国との国境に近い森から魔物が溢れ出たと、その先にある街の神殿から報告がありました。街へは砦から国境維持軍が救援に向かい、城壁の上から魔法と弓で威嚇。すると魔物は森に引き返したのですが、今度はそのまま逆方向へ移動を始めたと」

「それだけやったら石が使われたとは言えませんね?」

「はい。その後、進路上にある街でも追い払われ、草原を移動して別の街へと向かいました」

「あ、そうか買取り所の職員さんが言うてたわ。草原には身を隠す所が無いから、魔物は出ぇへんて」

 巨大船食いの解体現場で職員が言っていた事を思い出した鈴音に、ラーは深く頷く。


「森に近い場所ならともかく、だだっ広い草原や街道など直ぐには身を隠せない所に魔物が出る事は稀です。いくら知性が低いとは言え、“そんな所に居ては人が集団でやって来て強力な魔法を連発する”程度の事は理解しているようですから」

 しかも本来群れない魔物達が、ウジャウジャと密集しながら何かを追うように動いていたらしい。

「これはもう、何者かが魔物を先導していると見て間違い無いでしょう。そして先導している誰かは、どうにかして街に入りたいのだろうという事が想像出来ます」

「そうか、街から街へ移動してますもんね。港町みたいに魔物に襲わせて、被害者ぶる為ですかね?」

「それにしては石の力が働くのが早過ぎますよね。やるならかなり街に近付いてから、若しくは街の中に入ってからでないと、今回のように追い払われてしまいます」

 確かに、ガアンの港を襲った船食いもそうだ。

 もう少し港に近い場所で呼び寄せていれば、狙い通り停泊中の船を沈めて組合や辺境伯の評判を落とした上、魔物の王の被害者にもなれたのに。


「やっぱり、石を持たされてる人はそれが何か知らんのかなぁ。知らんまま、氷の魔法を解除してまうんやろか」

「けど、自分で解除したんやったら気付くやろ。氷の魔法消した途端に魔物が寄って来る訳やから」

「そっか、そしたら直ぐにもっかい(もう一回)凍らせるか」

 鈴音と虎吉の会話を聞いていたラーが、少し困った顔で遮る。

「あの、鈴音さん」

「はい」

「氷の魔法はとても珍しい魔法なので、それが使える貴重な人材にそんな危険な事はさせないと思います」

「え」

 瞬きを繰り返した鈴音は、それが何を意味するのか考えた。

「つまり?凍らせた人と石運ぶ人は別?」

「恐らくは。宮廷魔導士あたりが凍らせた石を、彼が鍛えた子供らに運ばせているのではないかと我々は考えました」

 驚いた鈴音はシィを振り向き、シィも目を丸くして鈴音を見る。


「魔物の王を倒す戦士どころか、魔物の王ごっこの片棒担がされてるやん」

「ええ、端からそれが目的だったのかと。彼らが欲しかったのは、遠い隣国まで素早く行ける脚と、道中遭遇するであろう魔物に勝てる力があって、与えられた任務に疑問を持たず忠実に遂行する駒。それには、魔法の才能がある孤児が最適だったのではないでしょうか」

 それを聞いたシィが、怒りでワナワナと震え出す。

「魔物を呼び寄せる役とか、そんなの絶対死ぬだろ。人の役に立てるかもって喜んでる奴も居たのに、悪い事させたあげく死なせんのかよ。そりゃ俺らが死んでも探す奴はいねぇけど、あんまりじゃねぇか」

 どこまで人の心を踏みにじるつもりかと、今にも城へ殴り込みそうなシィを宥めつつ、鈴音は首を傾げた。

「えーと、子供に石の入った袋でも持たせて、これを何処そこまで運びなさいて命令する。子供が運ぶ、でもその子は氷の魔法が使われへんとなると、石の解凍はどないするんですかね?」

「そこなのですが……」

 続くラーの言葉で鈴音の目は点になる。


「氷の魔法は時間が経てば解けます。普通の氷と同じです。なので、石も勝手に解凍されますね」

「……はい?」

「放っといたら溶けてまうんか!」

 虎吉も大層驚き黒目をまん丸にしている。

「我々も氷の魔法には馴染みがなく、鈴音さんの使う魔法を基準に考えていたんですが、どうやらこれが間違いで。調べてみると、魔法で作り出した氷も、魔法で凍らせた物も、時間が経てば溶けるという事が判明しました」

 とても申し訳無さそうにラーは眉を下げた。

 基本のキから間違えていたのが恥ずかしくて仕方無いようだ。


「つまり、宮廷魔導士が凍らせた石は、時間が来たら勝手に溶けて魔物を呼び寄せ始める?運び手の意思とは無関係に?」

 ポカンとした鈴音が確認すると、眉を下げたままラーは頷く。

「普通の氷と同じなので、周囲の温度にも左右されるようです」

「ほな、国境近くの森で魔物が出てったんも、想定より早よ魔法が解けてしもた可能性が高いいう事ですか。ホンマは隣の国に入ってから発動する予定やったとか?港町を目指した海賊船も、あんな沖で船食い呼ぶつもりは無かったかもしらんと」

「はい。細かい調整は出来ないのでしょう。ただ、ガアンの港の件が事前検証を兼ねていたとすると、沖とはいえそこまで見当違いな場所で発動した訳でもなく、巨大船食い等も呼べたので、成功と考えたのかもしれません。どこかの国の大魔導士さえ居なければ、港は壊滅していた訳ですし」

 あっちこっちで色々引っ掻き回しているな、と己の存在に苦笑いした鈴音は、街に入ろうと動き回っているらしい石の運び手の事を考えた。


「そうなると、魔物引き連れて街から街へ移動してる子は、只々逃げてるだけかもしれませんね。何が起きたか解らんまま魔物に追われて、どっかへ逃げ込みたいのに街は門を閉ざして全力で攻撃して来る。そうなると頼れるのは宮廷魔導士しか思い浮かばんやろけど、果たして王都まで体力が持つやろか」

 顎に手をやった鈴音の残酷な推理に、シィがそわそわと身体を動かす。

「今どこに居るか分かんねぇの?助けてやれない?その石さえ捨てれば助かるよね?」

 シィの言葉を受けた神官達が、あの時点であの街だから、等と運び手の現在地を推測し始める。

 結果は。

「……あの、いくら身体強化に優れていても、子供の脚力で国境近くの街から王都までを短時間で移動するのは無理です。大神官様でも半日は掛かるかと」

 それを聞いてシィは唇を噛み、鈴音は首を傾げた。


「ん?あれ?おかしいな。保冷出来る入れ物も無さそうやし、あんな手のひらサイズな石は1日持たんと溶けるでしょ。ほなどうやって隣の国に運ぶつもりやったんやろ。魔導士も一緒に国境近くの街まで行ってたんかな?」

 いいえ、とラーが首を振って否定する。

「宮廷魔導士は今現在この王都におりますので、それは無いですね」

「て事は、魔導士ならこの時間には王都に戻れて、子供の脚でも石が溶ける前に隣の国へ入れそうな位置にある街か村。子供には夜の内に出ろとか無茶さすかも知らんけど、自分は安全な朝になってから出発するんちゃうかな。そんな距離にある街か村は何処ですか」

 鈴音の推理が始まった時点で神官達は情報を出し合い、直ぐにいくつかの街や村が候補に上がった。

 その中に、シィがよく知る街が1つ。

「ピイの街だ」

「やっぱり。そこに魔導士がまだ()る思て、必死で向かってるんちゃうかな思うわ」

 鈴音が頷くと、シィは表情を引き締めた。


「俺、行ってくるよ」

 何を言い出すのかとざわめく神官達を尻目に、鈴音はシィを見つめて確認する。

「宮廷魔導士への復讐は?」

「悔しいけど諦める。そっち行ってたら間に合わねぇじゃん。まだ生きてるなら助けてやりてぇもん」

 あれだけ拘っていた復讐をあっさり諦め、人命救助を優先するという。

 シィの答えに鈴音は満面の笑みを浮かべた。

「よし、ほんなら行っといで。私は魔導士の方に行くわ、聞かなアカン事あるし。直ぐ終わらしてそっちに向かうから、それまで頑張って。街の壁に上ってガンガン魔法ぶっ放したらええよ」

「うん!」

 信頼されたのが嬉しかったらしく、目を輝かせて頷くシィ。

 するとラーが一歩前へ出た。

「私も参ります。魔物が一方向から来るとも限らないので、1人より2人の方が守り易いでしょう」

「うむ、行くが良い。後の事はワシに任せておけ」

 シエンが許可したので、ラーの同行が決定。

 これにより、城に向かう組がシエンに鈴音と虎吉という、色々な意味で危険な取り合わせになったが、今の所誰も気付いていない。


「じゃあ行こうラーさん!」

「ええ、急ぎましょう!」

 シィが鈴音と虎吉に手を振って走り出し、ラーは皆へ礼をしてから後を追う。

 あの少年はそれ程の実力者なのかと驚く神官達に得意気な笑みを浮かべつつ、鈴音もシエンと顔を見合わせた。

「ほなこっちも行きましょか」

「そうですな、参りましょうぞ」

 やる気満々な2人に神殿代表が慌てる。

「ま、まだ宮廷からの返答が届いておりませんので……」

 何の前触れも無く大神官様の御成りだと通達され、城は上を下への大騒ぎになっている模様。

「あはは、知ったこっちゃないですね。行きますよ、シィ君が人の命救おうと頑張ってくれんねんから、こっちがモタモタしとる暇なんかあらしません」

「うむうむ、その通り。我らは行く。そなたらはここで待つが良いぞ」

 さっそく混ぜるな危険案件発生。

 言葉通り歩き出した2人を見て、覚悟を決めた神官達も後に続いた。



あけましておめでとうございます。

何とか書けました(*´ω`*)


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