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第二十一話 骸骨さん

 翌日、猫の世話にランニングといった朝の決まり事を全て終え、母親を送り出してから鈴音も身支度をする。


 昨日帰宅後、愛猫達に留守番の礼を告げ、子猫共々がっつり遊んでから、再度ホームセンターへ出向き大量の猫オヤツを買って来た。

 それを自室に隠し、綱木へ伝える情報を纏める作業もした。

 しかし、面接の際にした話以上のものは結局出来ていない。

 そもそも、何が重要な情報なのかが今ひとつ分からなかったからだ。

 まさか眷属であるというだけで、あんなに大騒ぎされるとも思わなかった。

「これはあれや、綱木さんに聞こ。何か気になる点はありますか。うん、これしかない。そないしよ」

 一応、神界に行ってからの出来事や、自身の特徴を箇条書きにしたメモ程度は作ったが、諸々の疲れも手伝い、早々と眠りに就いたのだった。


 そんな訳で、良く寝た鈴音はスッキリ爽快。脳内の情報整理も出来たようで、改めて、不思議な体験をしている、と感動していた。

「虎ちゃんが言うてたもんなー、触らんでも自分のトコから猫神様の縄張りまで、物飛ばせるとか何とか。神様に種も仕掛けも無いんやなぁ」

 これは、神が見せた力をイリュージョン呼ばわりした事への反省だろう。

 カットソーにストレッチ素材のパンツといった動き易い服装に着替えながら、昨日の出来事を次々と確認している。

「ほんで、綱木さん鬼さんマユリ様、アホ、茶トラさん鳥ちゃん蛇さん鳥ちゃんのお母ちゃん、アーラ様に……名前を言いたいのに言われへんあの神様。後、お会いしてへんけど犬神様と黒猫様。たった数時間でこんだけの人やら神様やらと関わったんかー……そら頭パンクしそうになるわ、頑張ったなぁ」

 鏡の前で昨日の自分を褒め、眉の流れを整えリップクリームを塗り、ジャケットを羽織って、よしと頷いた。

 綱木に言われた通りのラフな格好に、ポイントメイクさえやめてスッピン。鈴音の思う、いつでも荒事に対応できますよ、なスタイルである。

「ほな行こか。ニャーちゃーんヒーちゃーん、ねーちゃん見回りと狩りしてくるから、おチビをよろしくー」

 ウエストポーチに財布とメモとスマートフォンを入れ、階段を下りながら愛猫達に声を掛けると、ヒョコ、とリビングの入口から三匹が顔を覗かせた。

「くぁッ!!トーテム来たコレ可愛過ぎか」

 ジタバタする飼い主をよそに、大人猫達が子猫を舐めてやり、猫ベッドへと促している。

『オヤスミー』

『イッテラー』

『ガンバレー』

 振り向いて言い残すと、仲良く猫団子になりに行った。

「はいおやすみ、頑張ってくるねー。行ってきまーす」

 愛しい猫達の応援を胸に、元気良く、けれど静かに、鈴音は我が家を後にする。



 地下鉄に揺られ、商店街の駅で下車。

「駅からやと、あっちの道行った方が近いんかな?」

 骨董屋へ向かって歩き出すも、十秒と経たずに鈴音は足を止めた。

 瞬きを繰り返し小首を傾げてから、通行の妨げにならぬよう、道の端へ避ける。

「……見間違いかもしらんしね」

 呟き、一度深呼吸して、そろりと顔を上げた。

 見間違いではなかった。


 鈴音の視線の先、建物の軒先に、黒いローブ姿の骸骨がいる。地面から少し浮いた状態で。


 フードをすっぽりと被ってはいるが、俯き加減の顔が見えているので、そうと判った。

 がっくりと肩を落とし、溜息でも吐きそうな雰囲気の骸骨に、さてどうしたものかと考える。

 人の常識からするとどう見ても邪悪なモノだが、見た目だけで判断するのは良くないだろう。あの巨大蛇だって、地の精霊王だとかいう神のような存在だったのだ。

「んー……、あ、そうか。光ったらええやんか」

 悩んだのも一瞬、鈴音は抑えていた魂の光を全開にしてみた。

 すると、ハッとしたように骸骨が鈴音を見る。

 人に害を為すモノなら一目散に逃げ出すだろう強烈な光に、骸骨はローブを揺らしながら一直線に飛んで来た。

 鈴音の前に立ち、ローブから出した手を青白く光らせる。感じ取れるのは神力だ。

 敵ではないと理解した鈴音は、ウエストポーチからスマートフォンを出し、通話している振りをする。

「聞こえます?」

 ちら、と目だけで骸骨を見ると、幾度も頷いていた。

「ふんふん、成る程。ここちょっと人通りが多いんで、移動しますね」

 言いながら鈴音が動くと、骸骨もフヨフヨとついて来る。

 そのまま、骨董屋まで移動した。


「おはようございまーす」

「はい、おは…………?」

 元気に店内へ入って来た鈴音に挨拶を返そうとした綱木は、全開の光に驚き、その背後に見える黒い何かに目を点にし、黙ってそっと両のこめかみを押さえる。

 指で丁寧にマッサージし、ついでに目頭も摘んでからニ、三度瞬き。

 よし、と再び鈴音へ目を向けると、黒いそれは消えるどころか、よりクッキリハッキリ見えてしまった。

「鈴音さん、何を引っ張ってきたんかな?」

 綱木の営業用スマイル付きの問いに、光量を第一段階まで下げた鈴音は首を振る。

「今そこで初めて会うたんです。何や困ってはるみたいやけど、外で話しするワケにもいかんし、出勤もせなアカンしで」

「ここに連れてくれば一気に解決やと」

「はい」

「うう……悪くは無い、間違ってはないねんけど、昨日の今日でもうコレっちゅうんは」

 額に手をやり溜息を吐く綱木へ、骸骨が申し訳無さそうに会釈する。

「あー、ちゃうんです、昨日ちょっと色々ありまして。割と長い事この仕事しとるけど、まあ無いよな、いう体験をした後に、そのー、ね?骸骨さんやったもんで。何がどないなってもうたんやろ俺の日常、いう気分になってしもて」

「疲れが取れへんのですか?私なんかあの後更に、異世界に飛ばされましたけど、ぐっすり寝たらスッキリしましたよ?」

「若さがちゃうよ。二十代と一緒にされたら、おっちゃん辛い…………イセカイ?」

 聞き間違いか、と綱木が視線を移した時にはもう、鈴音は骸骨との意思疎通を図っていた。

よって綱木は、聞き間違いとして処理。藪は突付かない。


「喋る事は出来ますか?」

 鈴音の質問に骸骨は首を振る。

 その代わりに、といった様子で、ローブの中から白い石板のような物を出した。そこへ指を走らせ、二人へ向ける。

「わあ、可愛い」

「絵本みたいやね。描いてあるのがちょっとまあ、あれやけども」

 石板には、二頭身の骸骨が、身の丈ほどもある大鎌を構えた姿が描かれていた。

 そのまま骸骨は、次々に色々な場面を描いて二人に見せて行く。

「悪い魂みたいな物をやっつけて、神様に渡すのが骸骨さんの役目なんやね」

 鈴音の言葉に大きく頷き、続きを描く骸骨。

「神様が悪い魂を入れてる建物、刑務所みたいなトコかな?ああ、悪い魂に罰を与える骸骨さんも居るんや。刑務所いうより地獄に近いイメージやろか。ほんで……そこの建物に隕石?みたいなんが落ちてー……うわ、魂逃げ出してもたやん!」

「こらマズいな。どの程度の事が出来る奴らかにもよるけど、被害が出る前に何とかしたいとこや」

 すっかり紙芝居のように夢中になる二人。

「逃げた魂を追っかけて、あれ?骸骨さん、異世界の人?いや人ちゃうけど」

 星から星へ渡るような描写に鈴音は楽しげな声を上げ、綱木は無になる。

 おや理解して貰えた、とでも言うように、どこか嬉しそうに骸骨は頷いた。

「ほうほう、色んな世界に飛んでもうた魂を、骸骨さんとその仲間達が回収しに行ったんや。ほんで、骸骨さんは今ココって事か。地球へようこそ」

 鈴音は手を差し出し、骸骨と握手。綱木は一昔前のロボットのようにぎこちなく会釈した。


「で、何に困ってはったんですか?めっちゃ凹んでるように見えましたけど」

 問われた骸骨はガクリと俯き、また石板に指を走らせる。

「ふんふん、魂を追ってこの辺へ来て、大鎌おりゃーッと振り上げて、魂サクーッと刈り取ったー、からのー、スポーンと飛んで行く大鎌ぁ!!……えぇー!?どっか行ってもうたんですか、大鎌」

 驚愕の表情になった鈴音へ頷く骸骨。

「飛び回って結構遠くまで探したけど、見つからへん、と」

 頷きながら石板を抱き締めた骸骨は、力無くしゃがみ込んだ。ように見えたのだが、どうも形状が変だ。床に胸像を置いたような状態になっている。

「ん?骸骨さん、中どないなってるんですか?まさか空……」

 鈴音が言い終わる前に、立ち上がった骸骨がローブをはだけてくれた。

 空っぽではなかったが、骨は上半身部分しか無い。

「へぇー!もしかして、飛ぶから足がいらんとか」

 その通り、と頷く骸骨。

「やった、正解や。……と、それはよしとして。凹んではるところ申し訳ないんですけど、どーーーしてもひとつ、ツッコミ入れずにはおれん部分があって」

 首を傾げる骸骨に、鈴音はジェスチャーを交えて告げる。

「鎌って、使う時に振り上げる道具ちゃいますよね?こう、手前に引いてサクッとやる道具ですよね?なんぼ大鎌でも、刃が内側にある限り、あんな振り方はせぇへん思うんですけど」

 ギクリ、と固まった骸骨は、観念したように幾度も小さく頷いて、石板に思いをぶつけた。

「えーと?……毎日忙しかった?ふんふん、隕石のせいでいらん仕事増えて、休みも無くて、イラッイラしとった所にやたら小馬鹿にしてくる魂に会うて、ブチッと行って。このボケーーー!!ぐらいの勢いで、刈るというより鎌の先で殴るに近い動きをしてもうた、と。結果、大鎌がホームランボールみたいに飛んでってもうたんかー」

 本来とは違う使い方をした挙げ句に失くした、では言い訳のしようも無いのだろう。骸骨は、真っ暗な空気を漂わせながら項垂れている。


「わかるわー。おりを浄化した、さあ帰ろ思たら悪霊が出た、悪霊浄化した思たら近くに澱溜まっとるから掃除して来い言われる、いつ終わんねん!?てなる時あるもん俺も。景気よう殴り飛ばしたくもなるわなぁ」

 異世界云々については無かった事にしたのか、立ち直った綱木がしみじみと理解を示している。

 解って貰えて嬉しかったのか、骸骨の纏う空気がほんの少し和らいだ。

「あのー、綱木さん。一緒に探しに行って来てもいいですか?骸骨さん、私らの言葉も風習もよう解ってくれてますけど、見落としとる部分があるんやと思うんですよね」

「うん、確かにそうやないと、見つからんのはおかしいもんなぁ。わかった、行っといで。仕事の話は戻ってからにしよ」

 二人の会話に驚いた様子の骸骨は、何度も何度も頭を下げた。

「あはは、そない頭下げて貰わんでも大丈夫ですよ。あ、そや綱木さん、一応これ、私の能力なんかについて纏めて来たんです。面接で話した事と被ってるトコもあるかもしれませんけど……」

 鈴音が差し出したメモを受け取り、綱木は頷く。

「わかった、読んどくわ。いってらっしゃい」

「はい、いってきます」

 骸骨を促し、鈴音は店を後にした。


 店に残った綱木は、作業スペースの椅子に腰を下ろしながら、メモを広げる。

 広げて読み始め直ぐに愕然とした顔で固まり、数秒後に大きな息を吐いて首を振った。

「巨大化した猫神様とその分身の虎吉に出会う。て、虎吉様やっぱりほぼ神やったやないか」

 自身の感覚は正しかった、と確信してから更に読み進め、また驚いて固まる。

「異世界の神々から貰った剣などの金属?ちょっと何言ってるか……え、それを輝光魂の光全開で猫の能力使て殴ったら、蒸発すんの?益々なに言うてるかわからへん……!!」

 別に鈴音の文章がおかしいわけではない。

 脳が理解する事を拒否しているだけである。

「うー……、逃避しとったらアカンな。現実を見ろ俺。猫殺しの魂消そうとしてた時の鈴音さん思い出せ、剣でも戦車でも一発でこの世から消し去れそうやったがな」

 あの状態には滅多な事ではならないだろうが、通常時でも異常な攻撃力だ。

 その気になれば人類最強の兵器すら、一撃で消し去るのだろう。そんな人物が更に、神の分身を相棒にしている。もう、無茶苦茶である。

「けど、そんな子が俺の部下になるんやなぁ……。ははは、どないしょ、胃薬買うといた方がええか……」

 遠い目をしながらメモを畳み、店の入口を見やる。

 早く帰って来て欲しいような、そうでもないような、何とも微妙な気持ちで、綱木は取り敢えず手近にあった壷を磨き始めた。

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