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第二百六話 纏めて殴り飛ばしたい

 シエンとラーが海賊船の調査に旅立ってから3日。


 よく晴れた空の下、お馴染みになった森の手前の緩い斜面で、背中に中身がしっかり入ったリュック、右腰に銀貨の詰まったウエストバッグ、左腰に短剣、そしてそれらを雨や日光から守るフード付きマント、というフル装備のシィが、逃げる虎吉を追い回している。

 “師匠”曰く、敏捷性の向上は勿論、体重移動や足の運びを見極めて、敵の動きを先読みさせる為の訓練らしい。

 ただ、相手は虎吉である。いくら手加減しているとは言え、捕まるつもりのない虎吉を人がどうこう出来る筈もなく。

 それでも諦めずに追い掛けるシィを、鈴音は尊敬の眼差しで見つめていた。

「投げ出さんと真面目に続けとるからシィ君が更に素早なって、実は虎ちゃんのスピードちょっとずつ上がってんねんけど、気付いてるかなぁ。気付いてへんやろなぁ」


 岩に腰掛け見守る鈴音の視界では、後ちょっとの所でほぼ直角に方向転換した虎吉に逃げられたシィが、勢い余ってつんのめるも、慌てず綺麗に前回りの受け身を取っている。

 直ぐさま顔を上げると、少し離れた場所で『やるんかオラオラ』と体を斜めにしてピョンピョン跳び跳ねる虎吉を再度ロックオンし、弾丸のように突っ込んで行った。


「宮廷魔導士とかいう奴がどんだけ強いんか知らんけど、まああの位の速さがあれば殴り合い斬り合いで負ける事は無いよね多分」

 魔導士は普通、殴らないし斬らない。

 鈴音の魔法使いの基準が鈴音本人なので、まだ見ぬ宮廷魔導士はかなりの武闘派に設定されているようだ。

「魔法もその気になったら街1つ位は軽く吹っ飛ばせるし、気合入れたら小さい国なら何とかなるレベルまでは来たから、国お抱えの魔導士相手でもギリ渡り合えるやろ」

 よし行ける、と確信に満ちた笑みを浮かべる鈴音の目の前で、虎吉を捕まえ損ねてヘッドスライディングを決めたシィが悔しそうにジタバタしている。

 余裕で逃げ切った虎吉は、重力を感じさせないジャンプで鈴音の膝に乗った。


「くそー!あとちょっとだと思ったのにー!」

 立ち上がって汚れを払い口を尖らせるシィに、虎吉はこれ以上無いドヤ顔を見せる。

「まだまだやな」

「うわー、虎ちゃん厳しい。シィ君大丈夫?やる気無くなってへん?」

 虎吉を撫でつつ心配する鈴音に、シィは平気だと楽しげに笑った。

「走り回ってるだけで強くなれるとか、凄ぇ面白いし。他の人に言われたら『ホントにこんなので強くなれんの?』って疑うけど、ふたりの事は信頼してるから」

「おお、信頼を勝ち取ってた。いつの間に」

 おどける鈴音を見やり、得意気に胸を張るシィ。

「割と早い段階で。だって先生が嫌な奴じゃねぇのは最初に会った時に分かったし」

「え、そうなん?」

「うん。俺さぁ、ガキん時から嫌な奴ばっっっかり見て来たから、何かそういうの見分けられるようになったんだよ。ま、嫌な奴って分かっても、俺の力じゃどうする事も出来ねぇんだから、ビミョーな能力なんだけど」

 確かに、『この人が里親だ』と引き合わされた宮廷魔導士が“嫌な奴”だと分かっても、金で買われた以上シィが拒否出来る筈も無いのだから、ある意味残酷な能力かもしれない。


 悲しげな表情を浮かべた鈴音を見て慌てたシィが、自らの髪を摘んで見せる。

「この明るいとこで赤く見える髪、あと俺の持ってる火の魔法、親が揉めたのこれのせいでさ」

 唐突な話題変更に首を傾げるより先に、鈴音が思い出すのは過去にした自身の発言。

「げ。そんな事とは露知らず、赤毛やし火の魔法得意そうとか言うてもうた。ホンマごめん」

 愕然とした鈴音が『容姿イジりの危険性!』と凹む様子に、シィは益々慌てた。

「違う違う、先生がそう言ってくれて助かったんだって!俺喋るの下手だから、取り敢えず最後まで聞いて!?」

「あれ?そうなん?分かった」

「ふー。えっと、何だっけ。あ、そうそう、この髪の色、親のどっちとも違ってて。爺さん婆さんとも違うらしくて。村にもこんな色は居なくて。魔法も、父親が土で母親が風なのに、俺は風と火でしょ。もうさ、母親が浮気したに決まってるよねってなったみたいで」

 ツッコミ所満載だが、最後まで聞くと約束したので鈴音は黙って頷く。


「村の奴らもさ、『浮気女んとこのガキだ』ってヒソヒソするし、歳の近い奴らは石投げてきたりするしさ。親父がくたばって隣村の孤児院入った時も、変な色した奴だって気味悪がる奴も居てさ」

 全員纏めて殴り飛ばしたい、と思いつつ頑張って黙る鈴音。

「だから嫌な奴に金で買われたって分かっても、別の大きな街に行けるならそれでもいいかって思ったんだ。街なら人が多いから誰も気にしねぇかもって。でもさー、ピイの街にはフツーの色しか居なくてさー。まあ、目立つだけで別に嫌な目には合わなかったから、村に居るよりは凄ぇマシだったんだけど」

「まさかその後、殺されかけるとは」

 ついに我慢出来ず口を開いた鈴音に、その通りとばかりシィが大きく頷く。


「やっぱ嫌な奴は嫌な奴だった、村に居れば死ぬ事は無かったのかも、何で俺の髪はこんな変な色なんだろ、何で火の魔法が使えるんだろ、嬉しがって見せたりしないで隠しとけばよかった、俺は誰の子だ?……とか、うん、色々考えた」

 置き去りにされた暗い森の中で、独りぼっちの子供がそんな事を考えながら彷徨っていたのかと思うと、泣きそうになると同時に暴れ出しそうになるのが鈴音だ。

 今うっかり宮廷魔導士やら孤児院院長やら村の大人達やらが顔を見せたら、問答無用でブッ飛ばされてしまうだろう。最も危険なのは母親か。

 そんな鈴音の扱いを熟知している虎吉は、やれやれと溜息を吐いてから、ニョキっと伸び上がった。

 吸え、とばかり鈴音の鼻先に頭を持って行く。

 条件反射で虎吉の頭に鼻を埋める鈴音。

「……えっと。何してんのふたり共」

 けったいな姿を晒す師匠と先生に、シィの目が点になっている。

「心を穏やかに保つ儀式。どうぞ気にせんと続けて」

 気にするなと言われても、な見た目に戸惑いつつも、素直に頷いたシィは先を続けた。


「こんなとこで死ぬのはムカつくから絶対生き延びてやろうって思ったのに、魔物の気配から逃げまくってる内にせっかく見つけた川から離れるし。食えそうなもんは見つかんねぇし。喉渇いて腹減って動けなくなって、ああ、死ぬのかって思ってた」

 小魚ですら攻撃して来る世界で剣を失い丸腰、木の実や果実も生らない暗い森。

 正に絶望だ。

「そしたらさぁ、何か急に口ん中に硬い物が入ってきて。石?って思ったら凄ぇ甘いんだよ!初めて食ったしあんな甘い物」

「いきなりガッと目ぇ開いたもんね、あの時」

「うん、ビックリして。そんで何が起きたんだろって見てみたら、先生と師匠が居た。何でこんな高そうな食べ物どんどんくれるんだろって不思議だったけど、嫌な奴じゃなかったからいいやと思って。っていうより腹減っててそれどころじゃ無かった気もする」

 照れ笑いを浮かべるシィに和んで、鈴音は虎吉の頭から鼻を外した。


「あー、何となく分かった、シィ君が言いたい事。ずっと髪の色を変な目で見られて、火の魔法も邪魔でしかなかった。せやのに、()うたばっかりのこの変な姉さんは、どうも気にする様子が無い。あ、ここ暗いもんな、思てたけど……」

「そう!明るいとこ出た途端にさぁ、『赤毛やったんや。火の魔法とか得意そう』って俺からしたら、はあ!?何テキトーな事言ってんだ、だよ。でも、そうか外国の人から見たらその程度の事なんだって、何か、身体から変な力が抜けたっていうか」

 実に愉快そうなシィに釣られて鈴音も笑顔になる。

「良かったわ、傷付けてなくて。おまけにこの港町やと他の人らも特に気にせぇへんから、余計ラクなったんちゃう?」

「うん、それそれ。アイさんとリーアンさんも、シエン様とラーさんも全然気にしてなかったし。村の奴らと違い過ぎてビックリした」

「大きい船が着くたびに外国人が雪崩込んで来るから、赤毛か珍しいな、程度で後は気にせぇへんのや思うわ」

 鈴音の地元も外国人が多い街なのでよく分かる。

 髪の色だの肌の色だのにいちいち驚いていたら生活出来ない。

 それをシィも実感したらしく、深く頷いている。


「だから俺、宮廷魔導士ぶん殴った後は、成人するまで神殿かどっかにおいて貰って、剣も魔法ももっと鍛えて、1人で戦えるようになったら色んな国を旅してみたい」

「ええねぇ、各地の美味しい物探しとか」

「そっか美味いメシ……の近くって酔っ払い居ない?何でか酒場に名物があるんだよ。村もピイの街もそうだった」

 そのせいで近寄れない、と嫌そうなシィに、鈴音は思い切って聞いてみる。

「シィ君の父親、酒乱やったん?あー、シラフの時は普通やのに、酔うたら暴れる人」

「あ、それそれ。しゅらんって言うのか。村の奴らも普段はイイ人なのにねぇとか言ってた。ガキにパン1個だけ渡して自分は外にメシ食いに行く奴が、大人から見たらイイ人らしいよ」

「うーん、殴りたい」

「ホントだよ。今だったら勝てるのにな」

 左右の拳を素早く突き出すシィを見て、虎吉が『遅い!』と駄目出しをする。

 これならどうだ、と更に早い突きを見せるシィ。

 そんなやり取りを眺めながら、本当に心の強い子だと改めて感心している鈴音の耳に、お昼を知らせる鐘の音が届く。

「よし、取り敢えず戻ってご飯食べよ」

「メシだ!」

「メシやな!」

 言うが早いか食べるの大好き師弟が我先にと走り出し、残された鈴音も負けてたまるかとばかり直ぐに後を追った。



 宿へ足を踏み入れると、見覚えのあるマントを羽織った見知らぬ男性が視界に入る。

「おや?あの派手なマントは、創造神神殿の神官さんやんね」

 白地に金糸の刺繍は上品だが大変目立つ。

 その派手な格好で、何故か食堂の入口付近に立っているのだ。

 すると鈴音に気付いた神官が、表情を引き締め近付いて来た。

「大しん……シエン様より封書を預かって参りました」

 大事そうに大き目の封筒を差し出す神官に会釈して受け取り、鈴音は不思議そうに尋ねる。

「ありがとうございます。因みに、何で食堂の前に?入ってお茶でも頼んで待ってはったら宜しいのに」

「いえ、直ぐ戻らねばなりませんし、大切な寄付金を私的な事に使う訳には参りません」

 ラーと同じ系統の真面目神官らしい。

「ははぁ、でもお店からすると迷惑ですよ?場所だけ使(つこ)て何も注文せぇへんなんて。まあ神官様にそんな事言う人は()らんでしょうけど」

 この発想は全く頭に無かったようで、『迷惑を掛けていた……!?』と神官は衝撃を受け固まっている。


「はい、そういう訳で入って入って。私がお茶をご馳走しますので座りましょう。寄付みたいなもんやと思て下さい」

 鈴音に促された神官は、多少の葛藤はあったようだが結局大人しく従った。

 すると、ホッとした様子のアイがテーブルへ近付いて来る。

 恐らくアイがお茶を出すので座ってくれと頼んでも、頑なに拒まれたのだろう。神官を立ちっぱなしにさせていた、等という悪評が立ったらどうしようとハラハラしたに違い無い。

「神官様にお茶と、私らのお昼ご飯をお願いします」

「はい、直ぐにご用意しますね!」

 鈴音の注文に笑顔満開で答えたアイは、いそいそと厨房へ戻って行く。

 アイの表情で色々と理解した様子の神官は、申し訳無さそうに眉を下げていた。

「まあそないに凹まんと。次から気ぃ付けたらええないですか。ほな、手紙開けさして貰いますね」

 真面目過ぎる神官に微笑んでから、鈴音は封蝋のされた封筒を人差し指でスパっと開けた。ペーパーナイフ要らずの切れ味だ。

 虎吉やシィが興味津々で見守る中、便箋を広げて内容を黙読する。


「ふむふむ、3日後に決行やて。王都までの地図と便利用品を同封しといたから使え、て書いてあるわ。地図はこれやな?便利用品て何?」

 地図の他にもう1枚同封されていた紙を広げ、鈴音は内容を読んだ。

 どういう訳か瞬時に無表情となり、黙ったまま謎の紙をそっと神官の前に置く。

 何事かとその紙を見た神官は手に取り、声に出して読み上げた。

「えー、『この者達はワシの隠し子と孫だから、便宜を図ってちょ。大神官ヨリ』……なんんんじゃこりゃあ!?」

 目を見開いた神官は、勢い余って紙をバリッと真っ二つに破く。

「こんな物が通行証になってたまるかーッ!」

 丸めて床へ投げ捨ててから、ここが食堂である事を思い出して拾い、鈴音の持ち物だった事を思い出して慌てた。

「ももも申し訳……」

「いえいえ、何の問題もありません。それより、通行証が要るんですか?王都に入るには」

 本当に一切気にしていない鈴音の様子に胸を撫で下ろし、神官は首を振る。


「あれば門で並ばずに早く入れる、というだけです。大体は王室御用達の商人等が使います」

「成る程、この港町と(ちご)て壁に囲まれてるんですね。王都なら魔力集めんの簡単そうやのに、魔力障壁やのうて実際に壁作ったんや」

 視覚効果も大事なのかなと呟き、シィを見やった。

「並ぶん面倒臭いし、跳び越えよ思います」

「え。先生と師匠はともかく、俺に出来る?」

 自信なさげなシィへ、神官が気の毒そうに告げる。

「王都の城壁は、2階建ての上に2階建てを積んだような高さです」

 べらぼうな高さだと言いたいらしい。

「うわ、ほら俺には……あ!また抱えて跳ぶ!?」

 青褪めるシィを見て笑いながら、鈴音は首を振った。

「大丈夫、今のシィ君なら自力で行ける」

「えぇー……?そうかなぁ」

 訝しそうに首を傾げるシィと、自信満々の鈴音。

 ここまで言うからには何か考えがあるのだろうと納得した虎吉は、鈴音と同じく自信満々の顔をして見守った。

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