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第二百一話 考えるな、感じろ

 森の手前に到着すると、岩に腰掛けているシエンが鈴音に気付いて手を挙げる。

 手を振って応えた鈴音が視線を移した先では、棒切れを持ったシィがラーを相手に対人戦の稽古をしていた。

 シィ本人が言っていた通り問題は身体強化の魔法にあっただけで、剣術自体は実戦で使えるレベルにあるようだ。

 それが証拠に素早さを活かしてラーの懐に飛び込んでは、かなり鋭い一撃を見舞っている。


「やるやん。ラーさんが強いから全部ガードされてるけど、中学生ぐらいの子が達人相手にあれなら全国1位、いや世界レベルでしょ。何であんな才能の塊を捨てたんか未だに解らへんわ」

 王に仕えるような人物が、この程度の事に気付かぬ筈が無いだろうと鈴音は改めて不思議がった。

「剣の稽古は正面からの打ち合いやった言うてたし、どっちか言うたら魔法を重視しとったんちゃうか?自分の教え方が下手くそやとは考えんと、魔法が上達せぇへん奴なんか要らん思たんかもしらんで」

 虎吉の推測には納得しつつも、鈴音としては1つだけどうしても引っ掛かる点がある。

「多分そういう事なんやろなぁ。けど、何で森に捨てたんやろ。『金で買われた』とか言いふらされたないから口封じするんやったら、言い方悪いけど普通に殺したらええやん?森に捨てる意味が解らんのよねぇ」

 実際シィは生き残って、自分を殺そうとした宮廷魔導士を殴り飛ばすつもりでいる。


「何か別の目的があったんやろか……」

 そう呟いた所で、シィが鈴音の存在に気付いた。

「あ!来た!炎の剣!炎の剣教えて先生!」

 どれ程楽しみにしていたのか、物凄い勢いですっ飛んで来る。

 この年頃の子にしては素直だなと笑いながら待っていると、シィの後ろに続いてやって来たラーまで期待に満ちた表情をしていて、鈴音の目が点になった。

「おかしいな、お子様が2人に見える」

「偶然やな、俺もや」

 虎吉と猫の耳専用内緒話をする鈴音の前に辿り着いたシィは、『はいコレ』と腰の短剣を抜いて差し出す。

 受け取った鈴音が別方向からの視線を感じ、もしやと顔を向けると、やはりシエンがワクワクしながら見ていた。

「増えた」

「増えたな」

 男は幾つになっても少年だ等と聞くが、本当だったんだなあと遠い目になる鈴音。

 前のめりなシィとラーが焦げないよう少し離れ、右手に持った剣へ赤い炎を纏わせた。


 純粋に驚いている3人の前で、軽く剣を振って見せる。

 勿論炎は消える事なく、赤々と燃え続けていた。

「スゲーーー!!」

「これは凄いですね!火の魔法で攻撃力が上がるだけでなく、見た目でも敵を圧倒出来る」

「何で剣が燃えてんのか意味解んないし、掠っただけでもヤバそうで怖いもんな」

「人や火に弱い魔物に絶大な効果がありそうです」

 シィとラー、揃って大絶賛である。

 シエンはといえば、同じく喜んではいるものの、何をどうすればこうなるのかと理屈を考えている様子だ。

「ま、考えるんも大事やけど、やってみる方が案外簡単やったりすんねんで。はいシィ君」

「ん」

 悪ガキのような笑みを浮かべた鈴音から短剣を受け取ったシィは、今見た炎の剣を頭に思い描く。


 綺麗に剣身だけを赤い炎が包んでいた。

 振っても消えなかった。

 何しろかっこよかった。


 シィがじっと剣を見つめる事3秒程。

 ごう、と音を立てて炎が剣身に纏わりつく。

 メラメラと揺れ燃え上がる炎は、剣を強く振り下ろしても消えない。


 唖然とするラーとシエンの視界では、先生が生徒を褒めていた。

「上手上手、良く出来ました」

「やった!絶対強そうに見える!」

「因みに、その炎を飛ばすいう技もあんねんで」

 とある異世界で用心棒をしていたザコの技だが、シィがやればかなりの威力があるのではと鈴音は期待する。

「何それ、早くお手本!」

 ヒーローの必殺技を待つ子供丸出しのシィから剣を受け取り、鈴音は目標物を探した。

 シエンが腰掛けているのとは反対側に、少し大き目の岩があったのでそれを狙う事にする。

「剣を振る時は森を背にしましょう。森に火ぃついたらエラい事やからね」

 注意事項を口にしながら剣に炎を纏わせ、岩へ向けて振り抜く。


 剣から放たれた炎は真っ直ぐ岩へと飛んで行き、大きなそれをスパッと真っ二つにした。


「……あれ?思てたんと違う」

 手元の剣と岩を見比べて首を傾げる鈴音と、目を丸くしている3人。

「鈴音の火ぃは神力混じりやから、ちょっとおかしい事になってもしゃあないやろ」

「それにしても真っ二つはどうかと思う。刃渡りからして計算合わへんし。この剣、かなり特殊なんちゃうかなぁ」

 猫の耳専用の会話を交わし、シィへ剣を返す。

「あー、威力はひとまず置いといて、火ぃが飛んでくとこは見たやんね?」

 鈴音に問われたシィは我に返って頷いた。

「よっしゃ、ほなあっちの岩めがけてやってみて」

「わかった」

 距離的に大差無い位置にある岩を指す鈴音に頷き、シィは剣身を炎で包み込み構える。

 炎の刃が飛んで行き岩を斬った様子を思い描いて、思い切り剣を振り抜いた。


 鈴音が放ったものと同じく、シィが放った炎も一直線に飛んで岩へと命中する。

 流石に真っ二つとはいかなかったが、よく見てみれば、バーナーで焼き切ったような跡が岩の中程にまで達していた。


「うわ凄ぇ!」

 岩へ走り寄って確認したシィが自分のした事に驚いて声を上げ、先程から信じられない光景を目の当たりにしている神官コンビは驚き過ぎて声も無い。

「これ、慣れたら俺も岩真っ二つに出来るかな」

 切れ目の深さを前から横から覗き込んで確認しつつ、うーんと唸るシィ。

 鈴音の真似をしたのに、半分までしか斬れなかったのが納得いかないらしい。

 お手本さえあれば火柱くらい直ぐに出せるようになると言っても信じず、『無理だよ』と諦めていたのは何処の誰だったかと鈴音は笑う。


「シィ君の魔力ならそのうち出来る出来る。まずは、いちいち集中せんでも炎の剣が出せるようになるとこからかな」

「そっか、頑張る」

 拳を握ってやる気満々なシィと楽しげな鈴音を眺めていた神官コンビが、顔を見合わせゆるゆると首を振った。

「私に火の魔法が使えたとしても、あれ程簡単に操る自信はありません」

「ワシも火の魔法の使い手として色々と考えてはみたが、さっぱり解らなんだ。大魔導士が見せる魔法をいとも簡単に真似るとは、なんとも末恐ろしき才能ぞ」

 もしやこの貴重な人材を花開かせる為に神は客人を招いたのか、等とシエンが見当違いの方向へ思考を飛ばしてしまう程、鈴音とシィが見せた光景は衝撃的だった。


 そんな事とは露知らず、シィは一旦剣を収めると、興味津々の表情で神官コンビを見比べる。

「あのー、ラーさんかシエン様、風の魔法って使えたりしない?」

「風の魔法は私もシエン様も得意ですよ」

 ラーがそう言って頷くと、シィの目がキラキラと輝いた。

「じゃ、ラーさん教えて。先生は風の魔法は使えないから」

「ちょっと待てい。魔法ならワシの方が上ぞ?どうせ習うなら、より得意としている者からの方が良かろう」

 自分だけ先生役が出来ないのは嫌なのか、立ち上がったシエンが胸を張る。

 だがシィはあっさりと首を振った。

「習いたいのは声を届けたり聞いたりするやつと、足が速くなるやつだから」

 どちらも初歩的な風の魔法だ。

 きょとんとしたシエンが首を傾げる。

「攻撃魔法ではないのか?」

「うん。風で斬る方法と竜巻を先生に教えて貰ったから、攻撃魔法はもういいや」

 あっけらかんと言い放つシィにシエンの顔が引き攣った。


「た、竜巻とな」

 それは街1つ壊滅させる事も出来る恐ろしい魔法。

 使えるのは本来、大神官だとか魔導師範だとかいう堅苦しく仰々しい肩書きを持つ一握りの熟練者のみ、の筈なのだが。

(よわい)15の少年が操ると申すか……」

 普段なら確実に笑い飛ばす荒唐無稽な話である。

 しかしここまでのシィを見ていれば、それが事実だと信じざるを得ない。

 シエンは確信した。

 今はまだあどけなさも残るこの少年は恐らく、世界にその名を轟かせ歴史を動かすとんでもない人物になる。

「ぬう。であればこそ!やはりワシから習うべきである!歴史書には『筆頭神官に習う』より、『大神官に習う』と書いてあった方が箔が付くであろう!」

 どや、とポーズを決めたが、シィにもラーにも勿論鈴音にもシエンの頭の中なぞ見える筈もないので、皆『爺さんいきなりふんぞり返ってどうした大丈夫か』としか思わない。


「や、いいよ。大神官様に習うとかキンチョーするから」

「そうですね。逃げ足の早さばかり身に付いても困ります。私が教えましょう。鈴音さん、解り易く伝わるよう補助をお願い出来ますか」

「はいよー。シィ君はお手本があればコピー、あー、真似出来るんで、まずは見したげて下さい」

「心得ました」

「足()よなるて、今よりすばしっこなるんか?うはは、そら連撃が捗るなあ」


 和気あいあいな3人と1体、蚊帳の外のシエン。

 ひゅう、と風が吹き抜ける中、どうしてこうなった、と胸に手を当てる。

「うむ、思い当たる節しかない」

 どう考えても真面目モードが少な過ぎた。

「おふざけも程々にせねば。……いやしかし、そこまでふざけたであろうかー?」

 言ったそばから腕を組んで首を傾げる。

 さては世代間のズレだな、等とそれこそズレた答えを導き出したシエンの前では、ラーによるお手本が披露されていた。


「まずは遠くの音を聞く魔法にしましょう。こちらから届けるより、出ている音を拾う方が簡単なので」

「わかった」

 頷いたシィに微笑んだラーが、腕を伸ばし街道方向へ風を飛ばして音を掻き集める。

 風が戻って来ると同時に、様々な音や声が一遍に聞こえて来た。

「うわ、凄ぇ!でもやり方がよく解んない」

 火と違って風は目に見えないので、“風が吹いた”という事しかシィには解らなかったのだ。

 こんな時は先生に聞けとばかり、期待に満ちた目で見つめられた鈴音は笑顔で頷く。

「こう、両腕伸ばして、ガサーッと掻き集めて来る感じやわ。腕が風な。せやから多分、腕を大きく広げたら色んな音が拾えて、狭く狭く、遠くに片手伸ばす感じにしたら(ねろ)た音が拾えるんちゃうやろか」

 ジェスチャー付きの解説を聞いたシィは幾度か頷き、まずはイメージを掴む為に両腕を大きく開いて、街道の向こうにある丘の更に向こう目掛けて風を放った。


 丘の向こうで指先を重ね、腕で作った円の中の物を胸元まで引き寄せる。

 そんなイメージで風を操った。

 すると、ラーの時よりも多い音がシィの元へもたらされる。

「よし、出来……」


「助けを呼べ!!」

「このままじゃ全滅するぞ!!」

「うわぁあ!!」

「危ないッ!!」


 成功だと喜びかけたシィと鈴音達の耳に、怒号と悲鳴、交戦中と思しき音が飛び込んで来た。

 驚いて固まるシィに代わり、ラーが範囲を絞った風を横並びに連続して飛ばす。

 そのうちの1つ、街に近い丘の向こうから戻った風が、微かに戦闘の音を拾った。

「この方向ですね」

 ラーが腕を真っ直ぐ伸ばして示した方向を見て、鈴音が頷く。

「ほな私が行ってくるからシィ君は……」

「俺も行く!だって俺が見つけた……あれ?聞きつけた?ああもう何でもいいや、とにかく行く!」

「我々も参ろう」

「はい」

 どうやら全員参加となったらしい。


 しかし現場はここから直線で数km先だ。

 神官コンビはともかく、いくら素早いとは言え移動速度を上げる魔法をまだ習っていないシィの足では、辿り着いた頃には全て終わっているだろう。

 何しろ、神の分身と眷属、大神官と筆頭神官が乗り込むのである。

「んーーー、しゃあない。ほな私が連れてくから、肩に腕回して」

 そう言えば以前にも、異世界の少年をこうして抱えて跳んだなあと微笑んだ鈴音は、シィの腰へしっかりと右腕を回した。

「え、先生、こっからどうなんの俺」

「空を飛ぶ気分が味わえんねん」

 スーッと青褪めるシィに悪い笑みを返し、鈴音は神官コンビへ会釈する。

「ほなお先に行かして貰います」

 言うが早いか力強く地面を蹴ると、弾丸のように丘の向こうへ跳んで行った。

「ヒャアァァァァァァ……」

 シィの細く消えて行く悲鳴を聞きながらポカンとしていた2人だったが、我に返って身体強化と風の魔法を使う。

「急ぐぞ」

「ハッ!」

 一歩踏み出した直後からトップスピード。

 こちらもまた目にも留まらぬ速さで、一気に現場までの道程を駆け抜けた。



 一足先に丘を越え林の手前に降り立った鈴音は、魂が抜けたようなシィの顔の前で手を振る。

「おーい、もう地面降りたよ。こっから走るで?」

「……はっ!?あ、生きてた」

「うはは、情けないやっちゃ。高いとこアカンのか」

 虎吉に笑われたシィは悔しそうに口を尖らせた。

「空なんか飛んだ事ねぇもん。慣れれば別にどうって事ない。多分」

 負けず嫌いなシィに微笑んだのも一瞬、表情を引き締めて鈴音は走り出す。

「シィ君、剣抜いといた方がええわ。この林出たらもう、すぐそこや」

 身体強化の魔法を使い、言われた通り抜剣したシィも、緊張が隠せない顔で後に続く。


 木を避けながら突っ切った先に広がる平原には、解体途中の巨大船食いが腹を開いた状態で横たわり、その周りで今朝顔を合わせた人々が魔物の大群と戦っていた。

 怪我人はいるが、魔物狩りを生業としている者達の活躍で幸いにも死者は出ていないようだ。

 しかし彼らが倒しても倒しても、魔物は次から次へと現れる。


 まるで何かに引き寄せられるように。

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