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第二百話 えいゆうのつるぎ

 ぼんやりと光る短剣を見て、シィが目を輝かせ、ラーは目をまん丸にする。

「こ、これはもしや、魔導鋼(まどうはがね)の剣ですか!?」

 ラーの声のトーンから察するに、相当な希少品らしい。

 問われた武器屋の店主はにこやかに頷く。

「よく分かったね。仰る通り魔導鋼、それも混じり物無しの純粋な魔導鋼を打った剣だよ」

「ええ!?そんな貴重な物、世界中でも数える程しか存在しないのでは?それが……」

 辛うじて『何故こんな所に』という言葉を呑み込んだラーへ、店主は得意気な笑みを向けた。


「純粋な魔導鋼を時間を掛けて少しずつ買い集めて、それなりに集まった所で知り合いの鍛冶師に頼んで打って貰ったんだ」

「どうしてそんな事を?多少不純物があっても、充分な強さを備えた剣になるでしょうに」

「強さはどうでもよくてね。完全に魔導鋼だけで出来た剣はどんな姿になるんだろう?という好奇心が抑え切れなかったんだ。こんな効率の悪い事する物好きは世界にもそうは居ないだろうから、確かに数える程しかこういった剣は無いだろうねえ」

 理由を聞いて唖然とするラーと、悪戯が成功した子供のような顔をする店主。

 シィは説明など聞いていないようで、角度を変えてみたり持ち上げてみたりと光る剣に夢中である。

 そこへ鈴音が近付いて来た。


「その剣が気に入ったん?」

 綺麗な剣だし、シィの体格でも扱い易い長さだなと思いながら尋ねると、お気に入りの玩具を前にした時の猫のような顔で頷かれる。

「何か持ち易いっていうか、コレだ!って感じ」

 しっくりくるだとか、手に馴染むだとか言いたいらしい。

 どれどれ、とシィから剣を受け取って鈴音も確かめてみる。

「あれ、光が消えた。魔力の関係かな。んー、見た目の割に軽い」

 刃渡りは30cmくらいだろうか。それに柄がついているから重そうに見えたのだが、意外とそうでもなかった。100gあるかどうかといった所だ。

「ラーさんが教えられるのは、この位の長さの剣ですか?」

「はい、こういった短い剣を得意としています」

 問われたラーは鈴音に笑顔を向けて頷く。

「ふむふむ。この剣、熱に強いですか?」

「勿論。骸炭(がいたん)という高温が出せる石炭に火の魔法を追加して、漸く鍛造出来るような代物だからね。火食鳥の吐く炎を受けたってへっちゃらさ。まあ、その場合人の方が無事では済まないだろうけど」

 武器屋ジョークを交えて答えてくれる店主に、『こっちのヒクイドリは地球のより更に恐ろしいな』と思いつつ、成る程と営業用スマイルを見せる鈴音。


 シィに短剣を渡し、使う本人が気に入っていて熱にも強いとなれば、何も問題は無いなと頷く。

「ほなこれ下さい。お幾らですか」

 尋ねられた店主は困ったような表情を一瞬だけ見せ、敢えて明るく答えた。

「大金貨5枚です」

 ラーとシィがその場で目を見開いて固まる。

 だが鈴音はあっさりと頷いた。

「分かりました。ちょっとカウンターお借りしますね」

「え?あ、はい」

 鈴音の反応に戸惑いながらも頷く店主。

 一旦虎吉を下ろした鈴音が、カウンターに載せたボディバッグから出して来たものを見て、今度は店主が固まる。

「はい、大金貨5枚です。ご確認下さい」

「……へ、あの、ええぇ……!?」

 某国際的スポーツの祭典で授与される金メダルのような物を、ガチャリと無造作に5枚重ねて渡された店主の驚きたるや。

 ずしりと重い大金貨と鈴音の顔を何度も何度も見比べて、まだ納得いかないのか、も1つおまけに見比べて。

 最終的には思考回路がショートしてしまったようで、思い切り首を傾げて『うーーーん?』と唸りながら再び固まった。


「あれ?もしもし?値段言うてしもたんやから、今更非売品ですねんとか言うの無しですよ?」

 男3人が固まる中、鈴音は平常心を保っている。

 理由は簡単、あの金貨を日本円に直すと卒倒しそうになるので、只のメダルだと思い込む事にしているからだ。

「まさかこの場で払うとは思てなかったんちゃうか?金持ち御一行には見えんやろし」

「あー、成る程。さっきの若様ならともかく、見るからに庶民やもんねぇ私ら」

 虎吉の指摘も尤もだなと頷き、皆の再起動を待った。


 最初に復活したのはやはり、鈴音が大金貨を手に入れる場面に居合わせたシィだ。

「せ、先生、いいのか?何か、ちょっと有り得ねぇ値段だったけど」

「うん、使い道無いしねアレ。良かったわ消費出来て。あ、でも大変なんはシィ君やで?出世払いやねんから」

 いっひっひ、と悪い笑みを浮かべる鈴音に、しまったそうだった、と衝撃を受けた顔をするも、シィに悲愴感は見当たらない。

 攻撃魔法が使えるようになり、体術剣術共に鍛えて貰える今は、強くなって魔物を狩れば良いと解っているからだ。一攫千金のお手本なら目の前に居る。

「よし、大牙玉はビミョーだけど、それに近い魔物をガンガン狩って稼ご」

「あはは、頑張れー」

 2人の会話を聞いていて、そういえば鈴音は神の客人でありつつ、港を救ったと漁師達に崇められている大魔導士でもあった、と思い出したラーが続いて復活した。


「ああ驚いた。値段も値段ですけど、サラッと払う方も払う方ですよ。大金貨なんて、実物は初めて見ました私。本の挿絵でしか見た事なかったですから」

 本当にあったんですね、等と言いながら店主の手元を見るラーに、鈴音は首を傾げる。

「要りますか?まだありますけど」

「へッ!?」

「寄付しますよ?」

「ほ、本当ですか。でも今ここで受け取ると私の挙動がおかしくなるのは明らかなので、後でお願いします」

「わかりました」

 ビシ、と敬礼した鈴音と胸に手を当て顎を引いたラー。2人のやり取りが終わっても、まだ店主は復活しない。

「それにしても、見事に固まってはりますね。目ぇ開いたまま気絶してるんかな」

「そりゃ大金貨5枚とかポンと出されたらさぁ」

「何が起きたのか解らなくなりますよね」

 シィとラーに諭されて、確かに宝くじで高額当選したら、パニックになるか魂が抜けるかの2択かもしれないと納得した鈴音は、そのまま暫く待った。


 その後、店主が錆び付いたロボットのような動きで首の位置を戻したのは、凡そ5分程経過してからである。

「……ハッ!?私は何を……、うわ大金貨だ夢じゃなかった!ええぇー!?」

 魂抜けてからのパニックというパターンもあるのか、と頷いた鈴音だが、これ以上付き合っていられないので店主の目の前で手を振って気を引く。

「はいはーい、夢ちゃいますよ、現実です。ちゃんとお金(はろ)たんで、この剣は(もう)て帰りますよ?」

 シィの手にある剣を指して告げると、漸く店主は我に返った。

「おぉ、はい、そうですね、どうぞ。いやまさかコレが売れる日が来るとは思ってもみなかったので、激しく動揺してしまいました。面目無い」

「いえいえ。この子が気に入る剣があって良かったです。ええ買い物が出来ました」

 笑顔を返した鈴音と目を輝かせているシィを見て、店主は落ち着きを取り戻す。


 大金貨を仕舞いがてら、奥の棚から剣を装備する為のベルトや丈夫な皮で出来たリュックなどを出して来て、付属品だと言って持たせてくれた。

「ありがとう、おじさん」

「こちらこそ。是非ともその剣を使って、強い魔物狩りとして名を馳せておくれ」

「うん。ついでに武器屋の宣伝もしとく」

「ははは、それは嬉しいね」

 シィとのやり取りに笑う店主だが、この数年後には世界中からやって来た客により、てんてこ舞いする事になる。

 花街の外れの武器屋に、入り切れない程の人が訪れる日が来るなんて、勿論まだ誰も知らない。

「ほな失礼しますー」

 にこやかに手を振る店主に別れを告げて、一行は武器屋を後にした。



 帰り道は流石に間違えないから、とラーが先頭に立って歩き出して数分。

「おにーぃさん。あーそびーましょ?」

「ふがッ!聞こえない聞こえない」

「どこ?」

「見たらアカン。夜寝られへんようになるで」

「鼻が!鼻が!」

 少し歩けばまた。

「あらー、素敵なお兄さん。こっちこっちー」

「ぎゃふんッ!見ない見ない」

「どっち?」

「はい青少年健全育成条例厳守で」

「曲がる!取れる!」

 どうやら武器屋へ向かう際の行動が大変目立っていたようで、暇なお姉さん方がラーをからかって遊んでいる。

 女連れに声を掛けるなと女将さん等に窘められてはいるが、鈴音がシィしか守らない事からカップルでないのは誰の目にも明らかなので、ラーへの甘い誘惑は花街を出るまで続いた。


「うぅ……二度と入りたくありません……」

「ぶぇくしょーいッ!!俺もや。鼻ついとるか?どっかに落としてったんちゃうか」

 げっそりしたラーと、遠い目をした虎吉の意見が一致する。

「早く大人になるよ俺」

「うーむ、健全なのか不健全なのか」

 成人まであと3年だと気合の入るシィと、生徒の将来を心配する先生。

 まだ時間が早いという事でそのまま街を出て、手に入れた剣の使い方を少し練習してから宿へと戻った。



 鐘が5つ鳴り終えてから宿の扉を開けると、食堂で買取り所の職員がニコニコしながら料理を口に運ぶ姿が見える。

「こんばんは」

 会釈しつつ挨拶すると、軽く手を挙げて応えた職員は料理と鈴音の間へ視線を往復させて慌て始めた。

 鈴音に話がある、でも料理が冷める、という葛藤のようだ。

「ぶふふ。大丈夫ですよ、私らも今からここで晩ごはんなんで」

 口の中のものを飲み込んだ職員が、ホッとした表情で微笑む。

「こんばんは。良かったー。例の巨大船食いの件でお願いに来たんです」

「そうや思いました。早かったですね?あ、ただいまアイさん。ご飯お願いします」

「おかえりなさい。神官様はどうされますか?」

 厨房から出て来たアイに尋ねられ、ラーが首を傾げた。

「だ……シエン様はまだ戻っていませんか?」

「はい」

「うーん、では仕方が無いので待ちます。鈴音さん、明日の予定については後ほどの方が良いでしょうかね?」

 席に着きながら鈴音が首を振る。

「用事あるんは私だけなんで、ラーさんが良ければ朝からシィ君に付き()うたって下さい」

「わかりました、では」

 顎を引いてから階段を上っていくラーを見送り、鈴音達は料理が来るのを待った。


「お待たせしましたー」

「ありがとう。わー、これまた美味しそう」

 アイが運んで来てくれたのは、白身魚と野菜のトマトソース風の煮込みと、固形物が少し増えた療養食。

 それぞれ幸せそうに食べつつ、同じく美味しい笑顔の職員から話を聞く。

「本部と話がつきまして。2体共買い取って、何と!1体は!我々が解体出来る事にッ!」

 ヒャッホウ、と喜ぶ職員に微笑む鈴音だが、ふと疑問が湧いた。

「あんな大きい魔物どこで解体するんですか?」

「我々は街の外でやります。研究施設の方は専用の場所があるみたいですよ」

「へえー、でも街の外でやったら魔物とか獣とか寄って来ませんか?」

「そこはそれ、腕に覚えがある方々に警護をお願いしてありますから」

 買取り所に訪れる人の多くが魔物を狩って生計を立てているので、顔馴染みも多く頼み易いらしい。

「そうなんですね。ほな朝から港に行ったらええですか?」

「はい!鐘8つぐらいに来て頂けると助かります」

「わかりました」

 実に楽しそうな職員に笑顔で頷いて、皆で仲良く美味しい料理を平らげた。



 翌朝。

 また少し固形物が増えた療養食をあっという間に腹に収めて、シィは神官コンビと一緒に剣と魔法の練習に出掛けて行った。

「更にやる気が出とったね」

「ホンマやな。剣が手に入って嬉しいんやろな」

「魔物の解凍するだけやし、私らも早よ合流してシィ君の応援に行こ」

「おう」

 アイに出掛ける事を伝え、虎吉と共に宿を出る。

 まだ早いかなと思いつつ地面を蹴り、鈴音は港へと向かった。



 凡そ15分前には到着したと思うのだが、港には既に買取り所職員や関係者が勢揃いしており、何故か拍手で鈴音を迎える。

「ちょ、なんでやねん意味わからん」

「うはは、大人気やないか」

 一瞬で挙動不審になった鈴音を見て、そういえばこの大魔導士様は正体を隠しているんだった、と気付いた職員達は慌てて拍手を止めた。

 ホッと胸を撫で下ろした鈴音が職員に歩み寄る。

「おはようございます」

「おはようございます!まことに素晴らしい解体日和ですね!」

「そ……うですね?あはは」

 ちょっと何言ってるか解らないが、取り敢えず頷いておく。

 周囲をよく見れば、いくつかの台車を連結して小回りが利くようにしたものが置いてあり、これに船食いを載せるのだなと理解出来た。

 大きな道を台車に載せて移動し、外で解体するのだろう。


「それでは始めましょうか」

 職員の上司らしき人物が、杖を持った人々に声を掛けた。魔導士らしい。

 頷いた魔導士達は杖を構え、風の魔法を使った。

 すると船食いの周りの海面にさざなみが立ち、ゆっくりゆっくりとその巨体が浮き上がり始める。

「おー、凄い。どないしてあのデカいのん陸に上げるんか思たら、風操って浮かしよる」

「便利やなあ。けど、浮かせるんやったら何で台車が要るんや?」

 そんな虎吉の疑問は直ぐに解けた。

 魔導士達の表情を見れば一目瞭然。額から汗を流し歯を食いしばり、滅茶苦茶大変なんです、と顔に書いてあった。

「お相撲さんが4人程おったら脱輪した車を道路に戻すんは簡単やけど、車持ったまま数km先まで移動すんのは流石に無理、みたいな感じかな」

「成る程な。万能ではないんやな」

 虎吉が納得した所で、巨大船食いが台車にしっかりと載る。


「では氷を溶かして頂けますか」

 ウキウキの職員に頷き、地上で見ると更に大きく感じるなあと思いながら、鈴音は船食いを解凍した。

 何か構えを取った訳でもないのに氷が消えて船食いが柔らかくなり、関係者達がどよめく。

「ありがとうございます!買取り金額については後ほど宿に伺いますのでその時に!ふァー!たまりませんね!早く行きましょうさあさあさあ!」

「そうだな、早く行こう!」

「よし出発!」

 身体強化の魔法を使った男達が台車のロープを引き、魔導士達が風の魔法でサポートする事で巨大船食いが陸上を進み始めた。

「では行ってきます。ご協力ありがとうございました」

「はい、いってらっしゃい」

 目がキラキラを通り越してギラギラしている職員に笑って頷き、気を付けてと手を振って見送る。

「街なかに出たら皆ビックリするやろねぇ」

「せやな。魔物やとは思わんかもしらんな」

「よし、お仕事終わり。シィ君らのとこ行こ」

「おう」

 既に小さくなった職員達の姿を一瞥してから、鈴音は地面を蹴り街の外へと向かった。

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