表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/629

第二話 ぐるっと回ってにゃんこの目

 振り向き見上げた先に現れたのは、短毛種の白猫。

 但し五階建て建築物サイズ。

 金色の目も美しいその姿を、あんぐりと口を開けた、いわゆる間抜けヅラで見上げながら、鈴音は問いかけた。

「ど、どちらさまで……?」

 巨大な肉食獣を前にしている割に恐怖は感じない。それ故の発言なのだろうが、状況から察するに、どちら様と訊かれるべきなのは本来、鈴音達の方だろう。

 それに気付いているのかいないのか、胸元に子猫を抱えたまま立ち上がった鈴音は、ただただ白猫に見惚れている。


 そんな、お互いに相手の出方を見ているような何とも言い難い状況を、キラキラと目を輝かせた子猫が豪快にぶった斬った。

「カーチャン?」

 これに白猫は小首を傾げ、我に返った鈴音は慌てる。

「え!?いやいや、なんか色々無理があると思うで?母ちゃんあんなおっきかった?」

「ンー?ンンー」

 鈴音の問い掛けに、今度は子猫が小首を傾げた。

「な?おチビの母ちゃんは別の猫さんやわ。このおっきい猫さんはー……神様とかとちゃうかな」

「カミサマー?」

「そうそう。きっとおチビが心配で見に来てくれはったんや」

「おぉ、よう解ったな」

「せやろー?ほらみてみぃ正解やったー……て、誰!?」

 突如会話に割り込む渋い声に、全力のノリツッコミを返し視線をそちらへやる。


 鈴音の視界には、前足で何かを叩いて転がしながらこちらへ近付く雉虎(きじとら)柄の猫が新たに登場した。

「俺はあれや、この猫神ねこがみさんの分身で使いいうか……まあ、猫神さんが喋らんから代わりに喋る、広報官みたいなもんや」

 大きさはごく一般的な雄猫と変わらない。

 だが喋る。

 子猫よりも流暢に、何故か関西弁のオッサン風に。

 そして大変不思議なのが、喋っていても口の動きは何故か『にゃー』のそれだという事だ。これは子猫にも共通している。声帯や舌を使わない、何か特別な力が働いていると考えるのが妥当だろう。

「よっ、こい、せ、っと。なぁこれ、お前さんの落としもんか?」

 雉虎猫は前足をチョイチョイと動かし、虹色に揺らめく玉を鈴音の前に転がした。

 因縁の“テニスボール大虹色玉”なのだが、鈴音の興味は今そちらに無い。


「か、かんんわぅいぃぃー!!」

「は?何語や?」

「触ったらあかん?あかん?」

「え?ああ、おお、まあ撫でるぐらいやったらかまへん(構わない)けども」

「ぅありがとーぅ!!」

 満面の笑みを浮かべてしゃがみ込んだ鈴音は、『わしゃわしゃー』等と効果音を付けながら、雉虎猫の顎あたりから撫で始めた。

 完全に押しに負けた格好の雉虎猫だが、痒いところに手が届きまくりの“エステ鈴音”は思いの外気に入ったようだ。ゴロログルルと豪快に喉を鳴らしている。

「雉虎兄さん優しいなぁ。こんだけ触りたいオーラ出したら大概の猫さんはイラッとすんのに、黙って触らしてくれて。あぁ手が幸せ」

「断ったら断ったで、なんや面倒臭そうっちゅう勘が働いた。あー、そこそこ、そこや」

「はいよー、ここやねー」

「ズルイー、ズルイー」

 エステというよりはマッサージ師と常連といった会話に、拗ねた子猫が鈴音の肩へよじ登って乱入する。

 可愛い嫉妬に思わず『ぶふぉぁ!!』と鼻血でも噴きそうな反応を示した鈴音は、当然の事ながら子猫も構った。

 両手に花ならぬ両手に猫で、溶けて無くなるのではないかと心配になる程にデレデレの鈴音。

 その様子を見て、どうやら忘れられている、と感じたらしい白猫が動いた。


 無視するな、と言わんばかりに高い声で一鳴きした白猫の大きな体が、風船から空気を抜くような速さで縮んで行く。

 最終的に、大型の虎くらいのサイズで落ち着いた。

「わぁ、凄いな!!大きさは猛獣やけど見た目は猫て、めっちゃ不思議やわ」

 目を輝かせて感心する鈴音の前に、ずい、と白猫の頭が付き出される。

「撫でろ、て言うてはるで」

「ホンマ!?ええの!?やったー!!おチビ、ちょーっと待っといてな」

 雉虎猫の通訳に、両手をわきわきと動かして鈴音は大喜びだ。

 子猫を優しく一撫でしてから、とても撫で応えのありそうな白猫へと手を伸ばす。

「ほあー、でっかいのに毛ぇフワッフワのスベスベやー、やっぱり猫やねんなー、気持ちええなあぁ」

 気持ちいいのは白猫も同じらしい。耳を左右に大きく開いて目を細め、盛大に喉を鳴らす事で、機嫌が良いと伝えてくれている。

「んふふ、猫さん触らしてもうてる時にいっつも思うねんけど、幸せよね、この信用されてる感じがね」

「そうか」

「うん。立派な牙がある見ず知らずの肉食獣に触れるとか、なかなか無いよ。猫以外には、ガブッといかれてあの世行きちゃう?」

 楽しげに白猫の耳をマッサージしていた鈴音だが、あの世、という己の言葉に、はたと顔を上げ雉虎猫を見る。

「そういえば、あのー、めっちゃ今更ですけど、ここはドコでしょう?なんとなく、死後の世界とはちゃうような?あと、神様と神様の使いさんに敬語も使わんと、偉そうにすみません」

「……ぷっ。ホンマに今更やな。ああ、俺に敬語はいらんから気にせんでええ。痒なるわ」

「そっか、ありがとう。ほな遠慮なく」

「おう。んー、ほんなら説明の前にまず、この玉はお前さんの持ち物かどうか教えてんか」

「たま?いや、私のんやないけど……なんや見覚えあるような……あ!!コレかな頭に当たったん。なんかチラッとこんな色が見えた気がする」

 己の額に触れた鈴音は、子猫保護の際の経緯を話した。退屈を訴える子猫と、撫で続けろと催促する白猫をそれぞれ全力で構いながら。


「成る程。やっぱり、狙ってここへ来たわけちゃうな。いやまあ猫神さんとも、そんな感じの反応やな、とは言うとってんけども。たぶん、偶然が重なってここへ入り込んでしもたんやな」

「偶然?」

「ん。ここは神界……神さんの世界な。その中にある、猫神さんの縄張りや。本来、お前さんら人界のもんがたどり着ける場所ではないねん。けどこの玉、どこの神さんのんかは判らんけど、神力の欠片みたいなんが入っとってなぁ。そのせいでコレが、人界と神界の壁に穴開けるキッカケになったんちゃうか、て思うねん」

「壁に穴!その巻き添えで私らまで?うわー」

 何とはた迷惑な、という顔で虹色玉を見る鈴音に、雉虎猫は首を振る。

「いや、コレ単体で神界に来られる程の力は無いで?お前さんとぶつかった時に、魂と反応してこういう結果になったんやと思う。例えるとしたら、玉は松明、お前さんは火薬庫」

「火薬通り越して火薬庫!?大爆発するやん!!魂と反応……するとそんな凄い事になるん?人の魂てそんなチカラ持ってんの?」

「ん?あれ?お前さん気付いてへん?お前さんの魂、ちょっと特別製やで?」

「え?」

 お互いにキョトンとした顔を見合わせ、暫し考え込んだ。


「……特別製、とは?ひとっつも心当たりが無いんですけども」

「ん、そうか。ああ、わかった、強すぎるんやな。ほんで何の疑問も無く普通の生活が送れとる、と」

 思い切り首を捻っている鈴音と、納得の様子で頷く雉虎猫。会話になっていない、とばかり白猫が雉虎猫を長い尻尾で叩いた。

「痛っ。わかってますて。あー、どない言うたらええかな。お前さんの魂な、光ってんねん。光る魂自体は、そこまで珍しいもんでもないねんけど、その光り方がなー。普通の光り方がピカーやとしたら、お前さんのはビッッッカー!!ぐらいな感じやねん。こら相当珍しい言うか、初めて見たわ」

「ビッッッカー」

「そうや。そやから眩しすぎて、霊やら妖怪やらの怪異類が、一切近寄れんかったんやたぶん。会うたこと無いんやろ?」

「あ、そういうのって、ホンマにおるんですね。っていうレベル」

「そうなるよなぁ。本来、光る魂の持ち主は、子供の頃からそういうモンに出会うて、色んな体験して、なんや自分は他人とちょっとちゃうらしいぞ、と自覚すんねん」

 暇潰しに時々、人界に遊びに行っているから知っている、と得意気な雉虎猫と、目を細める白猫。

 鈴音としては、己の魂についての説明だと解ってはいても、今一つ自覚出来ぬまま、取り敢えず頷いておくしかない。

「ほんで、そういう体験すら出来へんくらい強い強いお前さんの魂と、神力宿した玉とがゴーンいって、強烈な力がガーッと生まれてドカーンいって、こっち側へスポーンと」

「ゴーンときてガーッでドカーンからのスポーン。成る程。いや、解るような解らんような?えーと、その玉だけでも私だけでも、ここへ来る事は出来ない。でも、偶然ぶつかったせいで、あー……、化学反応みたいなんが起きて大爆発、開いた穴からスポーンと抜けてこっちへ、みたいな感じ?」

「おう、そんな感じや」

「うわー、ごめんおチビ!!巻き込んだ犯人あの玉だけちごて私もや!!被害者はおチビだけやわ!!ホンマごめん!!」

 何となくでも事実を理解した鈴音は、小さな子猫を両手で大事に持ち上げ、頭を下げて謝る。

 よくわかっていない子猫はサリサリと鈴音の手を舐め、撫でて欲しそうに『ンー』と顎を出した。

「天使……ッ」

 大変強いらしい鈴音の魂が、うっかりどこかへ旅立ちかけたのは言うまでもない。



「えーと、それで……勝手にお邪魔しといてあれやけど、ここから元の世界に帰るには、どないしたらええのかなとか、そもそも帰れるんかなーとか」

 天使な子猫をひたすら撫でくりまわし、満足して幸せそうに眠る姿に目尻を下げてから、鈴音は恐る恐る雉虎猫に尋ねた。

「ああそれやったらー……」

 言いかけた雉虎猫を遮って、何故か白猫が鈴音の前に座る。

 おもむろに両前足で鈴音の顔を挟むと、こめかみ辺りを押し上げたり引き下げたり、ぐるりと回してみたり。

「わ、肉球の弾力。たまらん。……って、あれ?かみさま?もしもし猫の神様ー?あ、そうやお話しはらへん(なさらない)のやった。ほな雉虎兄さん、これはいったいなにごとー?」

 突如始まった、謎の強制変顔披露に戸惑い尋ねるも、雉虎猫は顔を伏せて体を震わせている。笑っているのかもしれない。

「うわ酷ッ。けどプルプルしてる雉虎兄さん可愛い。……言うてる場合違うか。んー、でもこれ何か……覚えがある……?」

 真顔で両前足を動かす大きな白猫を眺めながら、じっと考える。すると、動かされる顔のリズムに気が付いた。

「わかった!!あれや、上ぁがり目、下ぁがり目、ぐるっと回ってにゃんこの目っ」

 前足のリズムに合わせて歌うと、ニッコリと目を細めた白猫が『にゃんこの目』の部分で鈴音の額に己の額をくっつけた。

 わさわさとした額の毛の感触と、じんわりとした温もりに、なんのご褒美ですかと蕩けている鈴音の視界の端で、雉虎猫が幾度も頷いている。

「うん、賛成や。手ぇ、気持ち良かったもんな」


「おーい、全く話が見えませんよ雉虎センセー。勝手に納得しとらんと教えてー。てか猫神様が話しはらへんのは、何か理由があるの?声は出してはったもんね、高い可愛いのんを」

 額が離れたので、今度は鈴音が両手を伸ばして白猫の頬を優しくマッサージ。

「猫神さんは横着やねん。他の神と喋る必要が出来た時に、自分で喋るん面倒臭いからて俺を生み出したんや。そっから俺は分身にもかかわらず、ただの広報担当や」

 溜め息まじりの雉虎猫に向け、それの何が悪い、とでも言いたそうな白猫の長い尻尾がもこもこの地面を叩く。

「うひゃー、面倒くさがりかぁ。なんかこう、むっちゃ猫の神様ーて感じやね。女王様っぽくもあるかも」

「おっ!よう猫神さんが雌やて判ったな?けっこうな神々が、デカさだけで雄と間違うてシバかれよったのに」

「ふはは神様方も素人よのぅ。見たら判るやん、柔らかいもんねラインが」

 得意気にふんぞり返る鈴音の頭を、白猫がヨシヨシと撫でた。一段と機嫌が良さそうだ。

「んふふ、撫でてくれはったー。あ、おチビも『母ちゃん』言うてたね。この子も賢いねー」

 そういえば確かに、とばかり頷いた白猫が鼻先で子猫にキスをする。

「女神が天使にチュー……ッ、て、あっ!!しもた、猫神様この子まだノミダニ含めて何も検査してなくて、いや、密着しとった私がどっこも痒ないから、おらんとは思うんですけど」

 万が一害虫等がいたら、と慌てふためく鈴音を再び白猫がヨシヨシと撫で、代わりに雉虎猫が答えた。

「もしおっても俺らに影響は無いし、そもそも神界(ここ)には来られへん。卵もろとも全滅や。人も同じやで?今回巻き込まれたんが子猫(チビ)やのうて人やったら、そいつはあの世の神さんと、こんにちは、や」

「……なにそれ怖ッ」

「普通の魂では、壁越えに耐えられへん。猫はみんな猫神さんの子孫やから平気やけどな。ほんで、猫の縁が俺らと繋がっとるから、一緒にったお前さんも猫神さんの縄張りに来られたんやで。せやから、子猫チビの縁を悪用したなんぞヤバい奴の襲撃か?て、最初は警戒したけどな。杞憂も杞憂やったな」

「そうなんや……。ちなみに、人から神になった方もいてはる(いらっしゃる)けど、それでもアカンの?」

「人やから、いうデカい括りではアカンな。巻き込まれた奴がその神さんの子孫なら、そこへ辿り着けるやろけど。その後どないなるかは、神さんが子孫をどない思とるか次第やろ」

「そっかー、色々難しいねんなぁ。良かったぁ、他人様を巻き込まんで。あと、おチビと一緒で。私だけやったら、何の縁も無い怖い神様んとこ落ちてたかもしれんもんな」

 おチビさまさまやわ、と安堵の息を吐いてから、一拍、二拍。

「……で、そもそも何の話してたんやっけ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ