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第百九十七話 只の大神官様

 その後、昼前まで魔法の練習を続け、昼食を取る為に一旦宿へと戻る。

 途中で買取り所に寄って木材屋を紹介して貰い、魔力障壁のそばに置いてきた丸太を引き取って貰った。

 木を切ったのも枝を払ったのも神剣だ、等と言ったら木材商人は卒倒したかもしれないが、魔法の練習でついうっかり、と誤魔化しておいたので誰も倒れさせずに済んだ。

 因みにそのありがたい神剣はと言えば、倒した木を丸太に加工した後シィから遠く離れた場所で通路を開き、お礼と共に神界へ返却済みである。


 そんな寄り道を経て帰った宿で、リーアンが調理しアイが出してくれた昼食は、大きく切った野菜類を煮込んだスープだった。

 シィの分は野菜を潰して更に煮込んであり、胃腸への負担を軽減してくれている。

 1人だけ療養食のシィが寂しい思いをしないように、との配慮を感じるメニューで鈴音は嬉しかったのだが、しょんぼりしてしまったのは虎吉だ。

 動物性タンパク質がひと欠片も見当たらない皿を、コレジャナイ感溢れる表情で見つめている。

 とそこへ、焼いた魚の切り身を持ったアイが現れ、そっと虎吉の皿に入れて混ぜた。

 途端に虎吉の目はキラキラと輝き、まるで初めから好物でしたと言わんばかりの勢いで口を付ける。

 その変わり身の早さにアイとシィが笑い、鈴音はデレデレと目尻を下げた。



「っあー……、満足やー。これで昼寝したらサイコーちゃう?眠たないけど」

「魚入れて正解やで、美味かったわ。よし、寝よ」

 美味しいスープに舌鼓を打ち、後はもうのんびり休憩で良いのではと考える鈴音と虎吉。

 だがそんな呑気な思考を、お腹が膨れて益々元気になったシィがぶった斬る。

「寝てる場合じゃねぇって先生も師匠も!せっかくコツが解って来たんだから、このまま練習するぞ!ほら早く早くっ!」

「えー」

 背凭れに体重を預け、わざとらしく動きたくないアピールをする鈴音。

「えー、じゃない!先生がダラけんなよ」

 シィは立ち上がり両手を腰に当てて応じる。

「にゃー」

 面白がった虎吉が、鈴音の膝に跳び乗り実に適当に鳴いた。

「にゃーって何だよ!遊んでるだろ師匠」

 シィには不評だったが、勿論局地的には大好評。

「可愛い!にゃー可愛い虎ちゃん!もっかい(もう1回)言うて、もっかい」

「にゃー」

「ぎゃー!!可愛いぃぃぃ!!」

「いやもう意味解んねぇし!にゃーでもぎゃーでもいいから、さっさと行くぞ」

 付き合い切れんとばかり出入口へ移動し、早く早くと呼ぶシィに笑った鈴音は、虎吉を抱えて立ち上がる。

 ニコニコと見守っていたアイへ夕食には戻る事を告げてから、元気に飛び出して行くシィと共に宿を後にした。



 一方、別行動の神官コンビはと言えば。

「ほうほう、王都ドーウとピイという街では噂になっておるのか」

 短めサンタ髭のシエン爺さんが、立ち飲み屋で同じテーブルを使う商人に酒を注ぎながら頷き、部下のラーは隣で只々突っ立っていた。

 ワインのような酒がなみなみと注がれた木製のコップを手に、小太りな商人は機嫌良く喋る。

「まあ、行商で各地を訪れる我々からすると、どっから湧いて出た話だろうねぇと実に胡散臭く思うんですがね?ここの港に繋がれてるでしょ、馬鹿デカい船食い。アレ見ちゃうと、ホントなのかなぁとも思う訳ですよ」

 グビグビと喉を鳴らして酒を飲む商人に合わせ、シエンもコップを傾けた。

「確かに、魔物の王とやらが生まれたから、あんな桁外れの大きさの魔物が出た、とも考えられる」

「でしょ?でも他の地域ではそんな話は聞かないし、判断に迷いますねぇ。取り敢えず傷薬は多目に仕入れておこうかなぁ」

「戦になりそうな臭いはしておるか?」

 声を潜めたシエンに、商人も密談モードで応じる。


「うーん、そこが難しい。軍を投入するような話なのか、賞金を提示して腕に覚えのある奴らに討伐を呼び掛けるのか」

「ワシとしては後者の方がありがたい。仲間と共に魔物狩りをしておるゆえ」

「ふふふ、そうだと思いましたよ。何か情報が出るなら女王陛下の御座(おわ)す王都が1番早いだろうし、今の内に移動しておくのも手かもしれませんねぇ」

「うむ、歩みの遅いジジイが先手を取るにはそれしかあるまいな。いやー、良い話が聞けた、さあさあ飲め飲め」

「や、これはこれは、おーっととと。ではお返しに」

「む、スマンな、おうおう溢れる溢れる」

 わはは、と笑いながら商人と仲良く酒を酌み交わすシエンの隣で、『今度クソ大神官様が脱走したら真っ先に酒場を探そう』とラーは固く心に誓っていた。



 それぞれが魔法の練習に情報収集にと動いた午後も、鐘5つにて一旦終了。

 美味しい夕食を取るべく宿への帰路についていた。

 先に到着したのは鈴音達だ。

「ただいまー。晩ごはんお願いしまーす」

 ウキウキと席に向かう鈴音に対し、シィは何やら緊張気味である。

「どないしたん?」

「へ?や、別に、ここで晩メシって事は、だいし……」

「シエンさん?」

 大神官とは言わせないぞと鈴音が微笑みながら遮った。

「あ、そうそう、その人に会うよなって思っただけ」

 何でもない事のように言いながら、出入口をチラチラと見て落ち着かない様子のシィ。

 その分かり易さに目を細め、鈴音は猫の耳を澄ましてみる。

「んー、まだ近くには()らんみたいよ?それにガッツリ話するんは晩ごはん終わってからやし、今は料理を味わう事に集中せな」

「そ、そっか。そうだよな」

 まだ帰って来そうにないと知って、シィはどこかホッとした表情になった。

「お待たせしましたー」

 そこへアイがタイミング良く料理を運んで来ると、食欲が緊張に勝利し一瞬で皿に目が釘付けとなる。

「いただきまーす」

 鈴音が食べ始めると同時にシィもスプーンを持ち、一心不乱にとろみのあるスープを口に運んだ。


 15分後。虎吉を含む全員がおかわりをしたにも拘らず、皿は綺麗に空っぽである。

「ふー、満足。美味しかった、洋風おでん」

 腹をさすって幸せな笑みの鈴音と、口周りを念入りに舐めてご機嫌な虎吉。

 そんな中シィだけが再びソワソワし始める。

「よし、そんじゃ俺は部屋に戻るわ」

 そう言うと、料理の余韻を味わう事無く、緊張感丸出しの顔をしながら階段を駆け上がって行った。


「うーん、シィ君の中の爺さんはどんなイメージなんやろか」

「神さんみたいに思てるんやろなあ。ま、()うたら直ぐ慣れるやろ」

「そうやんね」

 そんな会話をしていると、噂の主が入口から姿を現す。

「おお、鈴音さん。お戻りであったか」

 ほんのり酒の臭いがするシエンと、お疲れ気味のラーを見比べ、鈴音は彼らがどんな行動を取っていたか何となく察した。

「お疲れ様です。面白い話はありましたか?」

「ほほ、それなりに、といった所ですな」

「そうですか、ほんなら食事の後に聞かして貰てええですか?部屋に居りますんで」

「分かり申した……、ん?そちらはもう、済まされたので?」

 頷いたシエンは、鈴音達のテーブルに空っぽの皿が並んでいると気付いて驚く。

「はい。美味しいもんはあっという間に無くなりますねー。ほな、ごゆっくり」

 笑いながら立ち上がり虎吉を抱えた鈴音は、アイに声を掛け2階へと上がって行った。

「……ワシはのんびりと味わわせて貰おうと思う」

「異存ありません」

 珍しく意見が一致した神官コンビは大きく頷き合って席に着く。

 鼻に届くコンソメの香りに目を細めながら、料理が出て来るのを今や遅しと楽しみに待った。


 部屋に戻った鈴音は、檻の中の猛獣宜しく室内を行ったり来たりとウロウロしているシィを目で追っている。

 暫し観察した結果、座って待てと言っても無駄だろうなと判断し放置。自分だけベッドに腰掛け、虎吉を撫でる癒やしの時間を満喫し始めた。

「そういやウチの子らを撫でてへんなぁ。猫神様にオヤツ届ける時にちょっと戻らして貰て、撫でて来よかな」

「うはは、縄張りと(ちご)て時間の経過が分かり易い分、会いたなるんも早いんか。鈴音は旅に出られへんな」

 笑う虎吉の顎から頬を指先で撫でつつ鈴音は頷く。

「実際に殆ど行った事ないねん。学校の行事で修学旅行いうのがあんねんけど、泊まり掛けはあれだけやね。ホンマは休みたかったー。朝出て夕方には帰って来られる日帰りしか無理や私には。なんせ“ウチの子と長時間離れたら挙動不審になってまう病”やから」

「どんな病気や!筋金入りやなホンマに」

 呆れたような口調だが、虎吉の顔はとても嬉しそうだ。



 暫く虎吉を撫でたあと窓際へ移動し、時折ウロウロしているシィの様子を確認しながら外の景色を眺めていると、遠くから鐘の音が6回聞こえて来た。

 そこから体感で20分程経った頃、部屋の扉がノックされる。

 その瞬間シィが文字通り飛び上がった。

「へー、人もビックリしたらビョンッてなるんや」

「猫ほどでは無いけどな」

 確かに、と笑った鈴音は扉を開けに行く。

「はいはい、どうぞー」

 大きく開けられた扉の向こうには、にこやかな顔のシエンが立っていた。

 その姿を視界に認めた途端、シィは神仏と出会った際の綱木に負けず劣らずの直立不動を披露する。

 そんな、見るからにガチガチに固まって緊張しているシィへ近付いたシエンは、胸を張って言い放った。

「おはよう、少年。ワシが酔っ払いの爺さんぞ!」

 恐らく、シィの緊張を解してやろうとしたのだろう。それは鈴音にも分かる。分かるが、セリフは別の物を用意しておいて欲しかったなと遠い目になった。


「シエンさん、シィ君は酔っ払いが大嫌いでして」

「なんと」

 鈴音に控えめな声で告げられたシエンが視線を移すと、シィの目が点になっているのが分かる。

「ぬぅ、いかん。酒は飲んだが酔うてはおらぬ爺さんぞ。だから問題は無い」

 これでどや、なシエンにラーからツッコミが入った。

「それはもう只の大神官様ですよね」

「何故にバラす!黙っておれば何となく問題は無いような気になったやもしれぬのに!」

「いや只の大神官様て。偉いんか偉ないんか、めっちゃ謎ですやん」

「うはは、ホンマや」

「わ、私としたことが」

 目の前で繰り広げられる大人達のドタバタな会話に、何度か瞬きをしたシィは首を傾げる。

「え……、取り敢えず髭の人が偉い感じ?」

 その目に『この爺さん本当に大神官かな』という疑いを見て取ったシエンは、再び胸を張った。

「うむ!ワシが偉い大神官である!」

「偉い大神官て自分で言うたら値打ち下がりますて」

「……何でこっち見るんですか大神官様。嫌ですよ?私は言いませんからね」

「何故に!部下の風上にも置けぬ奴め!」

「一度でも上司らしい事してから言って下さい!」

 更に続いた会話で、シィの身体からは無駄な力が全て抜ける。そして、鈴音が言っていた『大丈夫』の意味を完全に理解した。


「まあ、部屋まで来て立ち話も何ですし、とにかく座りましょか」

 シィのガッカリしたような安心したような顔を見て微笑んだ鈴音が、椅子を並べて神官コンビに勧める。

 自分はベッドに座り、シィを隣に呼んだ。

 4人向かい合う形で座った所で、改めて自己紹介が行われる。

 ここで決まったのは、大神官の正体を隠す為に名前で呼び合う事と、4人は魔物狩りで生計を立てている仲間だという設定。

「ただ、鈴音さんがどこかの国の大魔導士だと思われているこの港町では、我々はお供という事で」

 あっさりと言うラーに鈴音は慌てる。

「いやいや、流石にそれは」

「でも街の人々は勝手にそう解釈すると思います。いちいち否定するのもおかしいですし、そのままにしましょう。なにせ、大神官だと知られる方が大問題です」

 疲れた様子で溜息を吐くラーが気の毒になり、この港町限定なら構わないかと鈴音も納得した。


「分かりました。ほな後は武器屋の件を確認しときたいんですけど、いつならご一緒して貰えますか?」

「あー、武器屋。はい、武器屋ですね。えー、いつでも行けます、はい」

 直前までのデキる大人感が消え去り、突然ポンコツになってしまったラーにシィがきょとんとしている。

「先生、ラーさんどうしたんだ?」

「神官が花街に入るなんて、て動揺してはんねん」

「そんなんで頼りになんの?」

「大丈夫、大人の男が()るだけで不審者避けにはなるから。酔っ払い関連は私に任しとき」

 自分には『頼りなさそう』という目を向けていたシィが、鈴音を頼もしそうに見やる姿にラーはショックを受けた。

「くっ、情けない。花街の通りを歩くだけなのだし、気を確かに持たねば。成人男性は私1人なのだから」

「ワシも行こうか?」

「全力で拒否します」

「宿に()って下さい」

「寝てていいよ爺ちゃん」

「俺も()るし大丈夫やで」

 胸を叩いたシエンを見やり、全員が首を振った。

「うぬぅ」

 悔しそうなシエンのへの字口に笑いつつ、鈴音はラーに提案する。

「明日の昼食後なんかどうですか?」

「あ、明日ですか、分かりました、行きましょう」

 正直『心の準備が』とは思ったものの、いつでもいいと言った手前断れない。

「ほなお願いしますね」

 死地に赴く戦士の如き表情を見せるラーに微笑んだ鈴音は、次いでシエンに向き直り、今日街で得た情報を聞く事にした。

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