第百九十六話 才能の塊
創造神の言葉が聞けるのだから、大神官というのが重要な存在だという事は鈴音にも解る。
ただ、今の所あの爺さんの“ありがたい大神官様なお姿”を未確認なので、シィが受けた衝撃は今ひとつ伝わって来ない。
「んー、ポッカーンなったまま暫く固まるレベルの人とか、そない居らへんよなぁ」
膝上の虎吉を撫でながら、どうにか理解しようと頭を捻る鈴音。
「復讐の旅路に御老公様やら上様やらが加わってしもた感じやろか。あー、うんうん、腰抜かす浪人の絵が目に浮かぶ。この浪人のポジションがシィ君て事か」
よく知った時代劇に当てはめてみる事で、疑問は解消されたようだ。
「後で正体知って『大神官様とは露知らず、何たるご無礼を……!』とかなるんは可哀相やし、先に教えたげて正解やんね」
満足気に頷く鈴音を見てハッと我に返ったシィが、髪を触ったり服を引っ張ったりしてオロオロし始めた。
「ん?どないしたん?」
「え?だって大神官様だぞ?えーと、服は綺麗なの貰ったから大丈夫だし、風呂にも入ったし、えーとえーと」
どうやら、身なりを整えねば失礼に当たると考えたらしい。
落ち着きをなくしたシィに鈴音は微笑み掛ける。
「大丈夫やで。マントの裏表引っ繰り返して羽織って街なか歩くような人やから」
「え?」
「あと、部下のラーさんをようキレさしてる」
「ええ?」
「せやから、その辺に居るお爺ちゃんと変わらへんし大丈夫大丈夫」
「いや無理だって!」
あっさり言い切る鈴音にシィはブンブンと首を振った。
「そう?まあ会うてみな分からへんか。晩ごはんの後に顔合わせする事になってるから、その時に確かめてみて?」
「晩メシの後!?うわーどうしよう、うわー」
立ったり座ったり右を向いたり左を向いたり、パニックに陥った人の見本のような動きをするシィに鈴音は大笑いだ。
「あはは、おもろい!おもろいけど取り敢えず落ち着こ。晩ごはんまで時間あるから、まずは魔法の練習しよ。はい、大きく息吸うてー、吐いてー」
鈴音の声に従い、素直に深呼吸をしたシィは幾らか落ち着いた。
「ふう。そうだよな、今すぐ会う訳じゃねぇんだし落ち着こう。で、魔法の練習ってどこでやるんだ?」
座り直しつつ尋ねるシィに鈴音は笑顔で答える。
「森のそば。あっこやったら、うっかり火柱とか竜巻とか出してしもても、人に迷惑かからへんやん?」
「出ない出ない。火柱も竜巻も出ない。あ、先生がうっかり出すのか?」
「風が使われへんから竜巻は無理やな私には」
「火柱は出せんのかよ!!」
鋭いツッコミを貰って鈴音は実に嬉しそうだ。
「シィ君も直ぐに出せるようになるから。お手本さえあったら簡単簡単」
「えー……、無理だよ」
口を尖らせて俯くシィの反応を見た鈴音の顔には、悪ガキのような笑みが浮かぶ。
「ま、やってみてのお楽しみやね。ほな早速行こか。お昼ごはんの予約はしてあるから、それまでには一旦帰って来て、シィ君の体調と体力の様子見てお昼からも続けるか考えよ」
「分かった」
頷いたシィと共に、虎吉を抱いた鈴音は部屋を出る。
受付でアイに鍵を預けると、シーツの交換と掃除をしても良いかと問われたのでお願いしておいた。
宿を後にし、一行は昨日来た道を辿って魔力障壁の外へ出る。
朝から元気な旅人や商人達が行き交う街道は無視して、森へと続く緩やかな斜面を歩いた。
この先に潜む魔物達の強さを考えれば当然かもしれないが、鈴音達と同じ道を行く者は1人も居ない。
貸し切り状態だと機嫌良く歩いていた鈴音は、部屋で聞き忘れていた事をシィに尋ねる。
「なあシィ君」
「なに?」
「酔っ払いはどのぐらい嫌い?」
「え?酔っ払い?」
鈴音の質問で、風に吹かれて心地良さそうだったシィの表情が一気に曇った。
「出来れば見えるとこに居て欲しくないぐらいには嫌いかな」
顔を顰めながら早口で吐き捨てる様子に、害虫レベルだったかと鈴音は遠い目になる。
「あー、そうかぁ。実はね、ええ武器屋があんねんけど、そこ行く為には飲み屋街突っ切って花街に入らなアカンねん。花街の奥にあんねんて」
「へ?花街?ななななんでそんなとこに」
酔っ払いより花街に食い付くのか、と年頃の少年の慌て振りに笑い、この調子なら大丈夫かもしれないと希望を持つ。
「家賃が安いからやねんて。神官のラーさんもついて来てくれるし、昼間に行ったら酔っ払いの数もまだマシやろし、絡まれたら私がサクッと片付けるから、新しい剣買いに行かへん?」
これなら問題は無いだろうと微笑む鈴音だが、何だか不穏な表現が混ざっていたぞ、と微妙な表情になるシィ。
「んーーー、何か色んな意味で心配だけど、剣は欲しいんだよなーーー。んんーーー……行く」
迷いに迷ったものの、やはり新しい剣はなるべく早く欲しかった。魔物や強盗が出る物騒な世界を旅するのに、丸腰は有り得ない。
「それで、いつ行く?」
「ラーさんの予定聞かなアカンから、明日以降やね」
「分かった」
唇をキュッと結んで頷くシィを横目で見やり、恐らく身近な人物が酒乱か依存症だったのだろうなと鈴音は密かに溜息を吐いた。
何にせよ、花街への道を通り抜けるだけで店には近寄らないよう気を付け、それでもシィに絡む者が居れば迷わず殴り飛ばそうと心に決める。
酒に飲まれて子供に手を上げるような大人など、同じような目に遭って痛みを知ればいい。
鈴音がフンッと鼻を鳴らした所で、魔法の練習に丁度良さげな開けた場所に到着した。
「お、ええ感じやん。よし、この辺で練習しよか。体調は問題無い?」
問われたシィはやる気漲る顔で大きく頷く。
「大丈夫。動いた方が元気出る」
頼もしい答えに鈴音は目を細めた。
「ほなまず、シィ君が出せる1番大きい火ぃ見して?」
「分かった」
頷いたシィは前へ向けて腕を伸ばし、真剣な表情で掌に魔力を集中させて行く。
歯を食いしばって頑張る事6秒、7秒。
漸く出た、と思ったら、掌に載りそうな小振りの火球がほんの一瞬姿を見せただけだった。
「……はぁ。これが限界。魔力を体内に巡らせる事で高め、一点に集中させて威力を上げる、とか言われても俺には無理」
大きく息を吐いたシィは、緩く首を振って鈴音を見やる。
対する鈴音は、特に問題は無いといった様子で頷いた。
「私にもその理論は解らへんから大丈夫やで」
「え、解んねぇの!?大丈夫じゃなくない!?」
愕然とするシィに笑った鈴音が、立てた人差し指の上にバスケットボール大の火球を出してみせる。
「わ、凄ぇ」
目を丸くしたシィの前で、火球をラグビーボールとトラバサミが合体したような大牙玉という魔物の姿に変えて遊んでから、音も無く消し去って微笑んだ。
「今の私、魔力がどうのこうのいう面倒臭い事してそうやった?」
「……いや、フツーだった」
「やろ?私も最初は掌とかに集中させなアカンかなーて思ててんけど、ホンマはその必要も無かってん」
ちょっと何言ってるか解らない、なシィに頷きつつ鈴音は掌を上に向ける。
「掌とか指先とかは目印でしかないんよね。ここに出すぞーいう目標」
掌の上に出た小さな炎が、次第に大きくなって行く。
焚き火サイズになった所で鈴音が手を下ろしても、炎は空中でメラメラと燃えていた。
「勿論、魔力の多い少ないで出来る出来ひんはある思うけど、シィ君は魔力かなり多い人らしいからこの位は楽勝やで」
「おう、坊主の魔力の多さは俺が保証したる」
空中で燃える炎と自身の両手を見比べていたシィは、虎吉の言葉に半信半疑の表情で頷く。
「ほなシィ君、取り敢えず掌を上に向けてみよか。髪の毛焦げたらアカンから、ちょっと前に出す」
言われるがままに手を出すシィ。
「ほんでそこに、火を思い浮かべるねん。これと同じやつ。別に力は入れんでええからね。火ぃやで、火ぃ。熱ぅて、メラメラしとって、赤かったり黄色っぽかったり」
「熱くて燃えてて、これと同じ、掌の上に……」
鈴音の声を聞きながら空中の炎を見ていたシィの掌が、突如熱を帯びた。
「へっ!?」
驚いて視線を移すと、自分の掌の上で大きな火が燃えているという事実がそこにあった。
「うわ、無理無理無理無理!!」
我に返ったシィが慌てふためいた事で、炎はすぐに消えてしまう。
夢か幻かと掌を確認し、真ん丸な目でシィは鈴音を見た。
「な、何か出た」
「火ぃやね」
「手ぇ熱くなったけど、火傷はしてなかった」
「自分の出した火ぃで火傷はせぇへんね」
鈴音の冷静なツッコミを受けつつ、音がしそうな瞬きを2度3度と繰り返して、再度その手を確認する。
「俺が出した?あんなデカい火を?」
まだ信じられない様子のシィに、鈴音は大きく頷いてみせる。
「おめでとう。シィ君には火の魔法の才能がありました。宮廷魔導士とやらの目は節穴です。うわー、聞いたりたいわー!どんな気持ち?ねえ今どんな気持ち?てニヤニヤしながら顔覗き込んで聞いたりたいわー!」
悪い笑み全開で拳を握る鈴音を見て、ポカンとしていたシィも段々と面白くなって来たらしく、小さく吹き出し肩を揺らし、腹を抱えて大笑いした。
「っははは、はーはー、あー面白ぇー。よし、アイツんとこに行ったら、最初にデッカい火の魔法ブチかまそう」
「おお、ええやんええやん。その為にはまず自分が慣れんとね?」
「わ、わかってるよ。初めてだからビックリしただけだし」
サッと目を逸らし照れ臭そうに口を尖らせたシィに笑いながら、鈴音は自身の周りに複数の火球を浮かべ、一斉に前へと撃ち出して見せる。
「慣れるとこんなんも出来るで」
「凄ぇ!!杖無くても関係ねぇんだな」
目を輝かせるシィと首を傾げる鈴音。
「杖?それあったら魔法の威力上がるんやろか」
「うん、魔力が集中し易くなってどうのこうの、魔法が撃ち易いし強くなる、とか言ってた気がする」
「ふーん。それがホンマやったら、城の1つぐらい吹っ飛ばせるんちゃうかなシィ君の力やと」
さらりと恐ろしい事を言う鈴音と否定しない虎吉に、シィの目は点だ。
「……杖は無しで。剣使うし俺。いちいち持ち替えるの面倒だし」
「そう?まあ確かに強過ぎる力もなー。普段は制御出来とっても、カッとなった時とか咄嗟の時とかに全力出てもたら……危ないわなー。うん、やめとき」
菩薩顔になった鈴音を見て、賢いシィは『やらかしたんだな先生』としっかり察した。そして自分の判断が正しかったのだなと自信も持った。
「因みに風の魔法も同じ要領やで。私が使われへんから、お手本は見せられへんけど」
菩薩から人に戻った鈴音のアドバイスにシィが頷いて、掌の上に小さな旋風を出す。
「おお、やるやん!」
「枯れ葉がクルクル回ってるの見た事あるから」
褒められて嬉しそうなシィに鈴音も笑顔だ。
「うんうん、それ巨大化さしたら竜巻になるね。あと、風を刃物みたいにして飛ばしたりも出来る筈」
「風を、刃物?んー……」
流石にイメージし難いようで、掌を見ながら首を傾げている。
「そうやなー、鎌鼬言うても通じひんもんなー」
「剣取ってって振ったらどないや?そこの木ぃの枝でもスパッと落としたらええがな」
アドバイスと同時に虎吉が通路を開くと、ギョッとして後退ったシィが尻もちをついた。
「あ。しもた」
やってしまった、な顔の虎吉とアチャーな鈴音。
神官コンビ同様魔力の強いシィからすると、神界への通路は恐怖を覚える程の圧力でしかない。
「そ、それ、なん、何か出てるし」
腰を抜かして青褪めながら、通路を指差すシィ。
「え?何か出てる?」
「何かて何や」
鈴音と虎吉が通路へ目を向けると、確かに何か細い物が飛び出ていた。
きょとんとした鈴音が掴んで引っ張る。
スルスルと出て来たのは、黒い鞘に収まったシンプルな細身の長剣だ。
「あー、そういう事か。虎ちゃんのアドバイス聞いてはったんやわ」
「取りに行かんでええようにしてくれたんやな、ええ神さっふぉんごほん」
「ありがとうございまーす」
神さんと言いかけて慌てて誤魔化した虎吉は、鈴音が礼を言い終わると同時に通路を閉じる。
圧力が消え、大きく息を吐いたシィは鈴音と長剣を見比べた。
「今のなに?」
「主の元に繋がる通路。剣取りに行こ思たら出してくれはってん」
「うーん、ごめん先生、何言ってるか解んない」
手を伸ばしてシィが立ち上がる手助けをしながら、謎の島の不思議魔法で通すしかないなと頷く鈴音。
「故郷の島に伝わる、空間と空間を繋げる凄い魔法やねん。島でも虎ちゃんしか使われへん大魔法」
「え!師匠が使ってたのか」
「そうやで、虎ちゃんは凄いねん。バレたら色々ややこいからナイショやで」
尤もらしい表情を作る鈴音と澄まし顔をする虎吉を見やり、ゴクリと喉を鳴らしたシィは幾度も頷いた。
「さてと、ほんなら風で遠くの物を斬るお手本を」
そう言いながら虎吉を地面に降ろした鈴音が神剣を抜くと、またしてもシィが腰を抜かす。
「あ。しもた」
やってしまった、な顔の鈴音とアチャーな虎吉。
通路程ではないものの、神剣も人や魔物にとっては充分恐ろしい圧力を持つ代物だ。
「そ、それ」
「うん、伝家の宝刀的なアレやねん。ちょっと離れて振るから、よう見といてな?あ、見るんは剣と向こうの枝の両方な」
笑顔で誤魔化しつつシィからそそくさと離れ、木の枝に狙いを定めた鈴音は、長い剣を片手で軽々と振ってみせた。
ヒュ、と空を斬る鋭い音がした直後に、離れた場所の木が数本、袈裟懸けにバッサリと斬られスローモーションのように倒れる。
「……おや?」
神剣と倒れた木へ視線を往復させ、首を傾げる鈴音。
「……せんせー、あれは枝って呼ばない」
唖然とした顔でツッコむシィに『ですよねー』と愛想笑いをかました鈴音は、倒してしまった木を木材として港町で使って貰うべく、遠い目をしながら回収に向かった。




