表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/629

第百九十二話 美味しい顔は正義

 神殿へ帰るつもりがないのなら宿の確保を、という事で大神官シエンと筆頭神官ラーとその部下達は1階へ下りて、アイに宿泊の旨を伝えに行く。

 泊まるのはシエンとラーのみで、部下達は神殿へ戻り大神官補佐に事情を説明するらしい。


「面倒臭い事になったなー。ラーさんはともかく爺さんがなー」

 やっと平穏を取り戻した部屋で自分用のベッドに腰を下ろし、眉根を寄せ口を尖らせた鈴音が唸っている。

「大神官やの神の客やの、要らん事言うなてキッチリ教えといたらどないかなるんちゃうか?」

 膝へ上ってきた虎吉を撫でてデレデレしながら、鈴音は何度か頷いた。

「まあ、偉そうなマント着てへんかったら普通の爺さんやし、それで乗り切るしかないね。アカンかったら本気で追い返そ」

 シエン1人なら今すぐにでもサヨウナラしたい所だが、シィの剣の先生役としてラーを押さえておきたいので出来ないでいる。

「大丈夫、シィ君が人でなしをブッ飛ばすまでの辛抱や」

 そう自分に言い聞かせる鈴音の耳が、賑やかな声を捉えた。


「何故におぬしと同部屋なのか?ワシには納得がいかぬ。部屋は余りまくっとるだろうに」

「寄付金で贅沢するおつもりですかこの生臭神官。おまけに宿に対してとんでもなく失礼な事言ってます、謝罪を」

「嬢ちゃんすまんかった」

「い、いえ、事実なんで大丈夫です」

「ほほほー、優しい。どこぞの堅物とエラい違いよ。ところで嬢ちゃん、この辺で綺麗どころと酒を楽しもうと思うたら何処へ行けば……」

「女性に何聞いてんですかこのすっとこどっこい!もう何らかの罪に問われて捕まったらいい!!」

「港町ぞ?盛り場以外に楽しめるものなぞ無い」

「全港町を敵に回す気ですかクソジジイ!!普通は港町と言ったら魚でしょうがッ!!」


「うわー、大丈夫ちゃうかもしれん」

「ゴロツキより先に神託の神官のタマ蹴らなアカンか」

 未だ大声禁止を守っているラーには感心しつつも、シエンの残念っぷりに2匹のスナギツネと化した鈴音と虎吉。

 もしウァンナーンがこの状況を見ていたら、同じような顔をしているのではなかろうか。

「頑張って好意的に考えると、遊び人を装って情報収集しようとしてるとかかな」

 鈴音が引き攣った笑みを浮かべながら言うと、虎吉も唸りながら小首を傾げる。

「魔物の王いう奴のか?まあ船乗りなら他所の街で聞いた事あったりするかもしらんけども」

 神殿には入って来ないような情報が、盛り場になら落ちている、なんて事もあるにはあるだろう。

 そう思って色々と想像してみた鈴音だったが。

「うーん、無理や。あの爺さんがお姉さん方に鼻の下伸ばしてる絵ぇしか浮かばへん」

 長年の付き合いがある人物ならともかく、出会って直ぐでアレなので、格好のいい姿を描き出すのは不可能だった。

「しゃあないしゃあない。何ぞ考えとるにしろ、俺らに見せとる顔はアレやねんから、その反応が正解や」

「そうやんね。()っとこ。晩御飯まで休憩や」

 虎吉の意見に賛成した鈴音は、考えるだけ無駄だとシエンを脳内から追い出し、ベッドでゴロリと横になる。

 やはり異世界では眠くならないなと思いつつ、途中でアイから飲料水が入ったポットの交換をして貰った以外は、ベッドで休んだように装う為大人しく寝転がって過ごした。



 腹の上の虎吉を撫でてはニマニマする事、体感で2時間弱。

 遠くから5回、鐘の音が響いて来る。

 ピクリと耳を動かして虎吉が顔を上げ、そのまま立ち上がって背を山なりにする伸びをした。

「飯やな」

 凛々しい顔で告げて腹から降りる虎吉に笑いつつ、鈴音も上体を起こして伸びをする。

「楽しみやね。猫神様も待ってはるかな」

「おう。貝の口や言うても、それとこれは別やからな。あれや、別腹や」

「あはは!猫神様にとっては、人の晩御飯なんかちょっとした甘い(もん)扱いなんやね」

 流石だと頷いて立ち上がり、シィの様子を見る。

「まだ起きそうにないね」

「せやな。起きたらまた腹ペコやろな」

「うん。ご飯何時までやったら作ってくれるか聞いとこ」

 頷き合い、虎吉を抱えた鈴音は静かに動いて部屋を出た。


 1階の食堂では、アイがテキパキと夕食の為の準備をしている。

 鈴音と虎吉の姿に気付くと、コップやカトラリーをテーブルに並べる手を止めて笑顔を見せた。

「用意出来てますよ、直ぐに召し上がりますか?」

 アイが掌で示してくれた席へ移動しつつ鈴音は頷く。

「うん、メッチャ楽しみにしててん。お願いします」

 笑顔を返すと、もう1つのテーブルをセットし終えてからアイは嬉しそうに厨房へ引っ込んだ。

「お、こっちが俺の席やな?」

 虎吉の視線を辿ると、鈴音の椅子のそばには敷物の上に載った小さなテーブルがあった。

「ぎゃー可愛い!!それで虎ちゃんが食事する思たらもう可愛い!!」

「お、おう。まだ席にも着いてへんけども」

 鈴音が猫バカを拗らせている間に、上からシエンとラーも下りて来る。

「おお、神の……」

 言い掛けたシエンを神速で睨み、首を振る鈴音。

「鈴音。様無しで」

 背景に炎でも見えそうな物凄い迫力にタジタジとなるシエンだが、素直に了承する気配が無い。

「いやしかしー、せめて様付けて敬わねばワシが神に叱られるのではなかろうかー」

「何を駄々っ子のような事を言ってるんです?ご本人様の指示通りにしない方が不敬にあたり叱られると思いますが?」

 ラーが呆れ顔で諭していると、アイが夕食を運んで来た。


「あっ、神官様。少々お待ち下さい」

 急いで鈴音のテーブルに皿を置き、虎吉のテーブルにも少し深みのある器を置く。

「どうぞ、こちらの席にお座り下さい」

 空いた右手でシエンとラーに席を示してから、アイはもう1つの器を鈴音に見せて首を傾げた。

「これも持って行くようにって料理長に言われたんですけど、虎吉が食べるんですか?」

「いえいえ、とあるお方が食べます」

 不思議そうな顔をしているアイから器を受け取り、鈴音は虎吉を見やる。

「虎ちゃん、通路開けてー」

「ん?ああ、そうやったな」

 すっかり器に盛られた魚に視線を固定していた虎吉は、無造作に左前足で宙を掻いた。

 直ぐにテーブルの横に通路が現れ、鈴音は器を片手に神界へ行く。



「猫神様、オヤツお持ちしましたー」

 そう言いながらもこもこ床を進んだ鈴音だったが、白猫のそばで楽しげにしているウァンナーンへの土産が無いと気付き、己の迂闊さに愕然とした。

「ウァンナーン様すみません。すぐ……」

 いくら手を付けていないからといって、自分の分を神に回すのも何か違う気がした鈴音は、リーアンにもう1食頼もうと思い口を開く。

 しかしそれを笑顔のウァンナーンが遮った。

「構わない。私が食事していては、猫ちゃんの“美味しい顔”が見られない。だから私の分は必要無い」

 そう、彼もまた筋金入りの猫バカなのだ。

 自分で出したお茶を手に、早く食べさせてやれと目で急かす。

「そ、そうですか?分かりました。ほな、猫神様こちらをどうぞ」

 白猫の前に器を置くと、ふんふんと匂いを嗅いだ直後にほぼひと口で平らげた。ほんの少量だったにも拘らずとても美味しかったようで、目を細めて口周りをペロリペロリと舐めている。

「可愛いな。可愛過ぎる。可愛過ぎて困る……!」

「くぁぁぁあああたまらん可愛い!!ご満足頂けて何よりーーー!!」

 静かに震えるウァンナーンと、グネグネ動き回る鈴音が同じ感情を表しているとは到底信じ難いが、どちらも『猫超可愛いんじゃ』と全身全霊で言っているだけである。


「はーはー。猫神様、貝は明日の朝お持ちしますね」

 目を細めたまま頷いた白猫は洗顔を始めた。

 ウァンナーンも鈴音も目尻が下がりっぱなしだ。

「うん、可愛い」

「ですよねー。あ、ウァンナーン様、報告が後になってしまいましたけど、子供を1人鍛える事にしたんです」

 正座した鈴音を見やり、ウァンナーンは微笑んで頷く。

「構わない。望みを叶えてやってくれ。こちらで茶会でも開きながら、のんびりと見守らせて貰うから」

 ホッとした鈴音は更に、気になっていた事を尋ねた。

「あの、あちらにはウァンナーン様以外に神様がいらっしゃるんですか?あと、魔物の王様とか」

「居ない。というか、魔物の王とやら以外は全部私だ。創造神が忙し過ぎるとでも思ったのか、いつの間にやら人々は火の神、水の神、風の神、地の神等と分けて祀り始めた。創造神の部下という位置付けらしい」

「へぇー、でも神託はあの大神官だけしか受けませんよね?」

「そう。だから創造神の神殿から、こんな神託が出たぞと他の神殿へ通達する。……あ。すまないな、神託の神官があんな奴で。迷惑が過ぎるようならいつでも言ってくれ。スグカエレ、と伝えるから」

 遠い目をするウァンナーンを見て、鈴音は笑いを堪えながら頭を下げる。


「それで、問題の魔物の王とやらだが」

「はい」

「あちらへ向かう前に説明した通り、人の骨を収集して喜ぶ程度の知能を持つ魔物なら居る。ただそれは単独行動する魔物だし、群れる習性がある魔物でも、種族を超えて集まるかと言われると『有り得ない』と答えるしかない」

「魔物の、王ですもんね。色んな魔物が纏まってないとそんな言い方しませんもんね。つまりそんな奴は()らん、いう事ですか」

 大きく頷いたウァンナーンは、お茶を啜ってから首を傾げた。

「何故そんな話が出たのだろう。ざっと世界を見てみたが、やはり魔物の大集団なぞ無かった。けれど確かに、山を越えた先の街では魔導士が少年少女を訓練している」

「シィ君を殺そうとした人でなしですね。健在で何よりです、ふふ。魔物の王は()らへんけど、子供を戦いの道具に仕立て上げようとしとる大人は居る、と。大変良く解りました」

 鈴音の冷たい笑みを見たウァンナーンは小さく頷く。

「やはり戦争でも起こすつもりと見るべきか」

「さて、他所との戦争か、内輪揉めか。その辺を探ろうと考えたんちゃいますかね、大神官サマは」

「ああ、成る程そういう事か。何処かおかしくなってしまったのかと心配した」

 まともかどうかは別の話ですよ、とは口に出さず微笑んだ鈴音は白猫の前から器を回収。

「もし大神官サマが争いを止めようとしはるんやったら手伝いますし、シィ君の復讐以外は成り行きに任せます」

「分かった。要請があれば雷の1つでも落とすぞ、と言いたい所だが、鈴音なら自分でやった方が早いな。でも何かあったら遠慮せず言うように」

「はい、ありがとうございます。では戻りますね。猫神様もまた明日」

「ニャー」

 白猫の可愛らしい鳴き声に、鈴音は倒れウァンナーンも胸を押さえて震える。

 どうにか生還した鈴音は、未だ『猫可愛過ぎて死にそう』状態のウァンナーンに『生きろ!』と念を送ってから白猫が開けてくれた通路で人界へ戻った。



「よっ、と」

 身を屈めて通路から出た鈴音の視線の先では、虎吉が真剣な顔で魚に齧りついている。

「あー!このワイルドな感じもまたええなー!」

 きっと神界ではウァンナーンもデレデレだなと思いつつ顔を上げると、口をポカンと開けているアイと目が合った。

 またニヤけ切った気色の悪い顔をしていただろうか、と空いている右手を頬に当て悩む鈴音に、我に返ったアイが目をぱちくりとさせながら声を掛ける。

「今なにか、そこに凄い力が。鈴音さん一瞬消えたし。お皿空っぽだし」

「え?あー、はいはい、主の元へ通じてる道を虎ちゃんに出して貰ってん。ご飯ペロッと食べて美味しい顔してはったわ。ありがとう」

「あ、そうなんですね、えーと、はい、こちらこそ?」

 にこやかに器を返されて、何が何やらと混乱しつつもアイは素直に頷いた。


 一方、大神官シエンと筆頭神官ラーは顔面蒼白で椅子から立ち上がれずにいる。

 その様子に気付いた鈴音が、魚を骨ごと食べている虎吉を見た。

「虎ちゃん虎ちゃん、アイさんは大丈夫やったのに、爺さんとラーさんがビビりまくってんねんけど」

「んぁ?んむんむ。おう、あれやろ、霊力、ちゃうわ魔力の差ぁやろ。アイツら魔力が桁違いやから、通路から強烈な神力感じ取って腰抜かしたんや」

「綱木さんがワタツミ様見て固まるんと一緒?」

「それそれ。あのお嬢ちゃんは魔力そないあらへんから、何か凄い力感じるなあ程度で済むねん。もうちょい近いとこに()ったら気ぃ(うしの)うたかもしらんけどな」

「そっか、危うくリーアンさんにブッ飛ばされるとこやったわ」

 鈴音は納得して笑い、自分も夕食をとろうと席に着く。虎吉はまたバリボリと魚を齧り始めた。

「ほな、いっただっきまーす」

 手を合わせてからフォークを取り、白身魚の身をほぐして口に運ぶ。

「はぁー美味しー。アクアパッツァ風かな?ええダシ出てるわー。幸せやー」

 言葉通り幸せ満開な顔で料理を頬張る鈴音に、アイは謎の現象の事などどうでも良くなり、嬉しそうに厨房のリーアンへ報告に行った。


 まだ立ち直れていないシエンとラーは、畏敬の念が籠もった目で只々鈴音を見つめている。

「……“神の客人”というのは、てっきり通り名のようなものだと思っていたのですが……」

「あんな恐ろしく途轍もない力の渦に身を投じて無事に戻ろうとは……ワシ……無礼過ぎる罪で消されやせぬか?」

「その際は新しい大神官を御用意下さるんでしょうか」

「否定せい否定を!ワシが消される前提で悩むでないわ!」

 少しだけ調子が戻って来た2人は、腹が減っては何とやらだとまずは夕食をとろうと頷き合い、機嫌を損ねぬよう鈴音が食べ終わるのを待ってから話し掛ける事に決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ