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第百八十九話 表彰するなら貝をくれ!

 港にある倉庫の屋根に立った鈴音は、海の方を向いて猫の耳を澄ます。

 風と波の音に交じって、遠い遠い位置から野太い声が途切れ途切れに聞こえて来た。波とは違う激しい水音もしている。

「ふむ、元気にバトルしてるっぽいな。誰かが怪我して大騒ぎ、みたいな感じちゃうし」

 呟いて屋根から飛び降り、船着き場で心配そうに海を見つめている女性達を見つけたのでそちらへ歩を進めた。

 多分漁師の妻だろうから、船食いについて話を聞こうと思ったのだ。

 だがその途中で見覚えのある人物を見かけ、思わず足が止まる。

「あれ?買取り所の職員さんですよね?」

 リーアンの宿を勧めてくれた職員は、鈴音の顔を見るや目を輝かせた。


「おお!素晴らしい大牙玉(おおきばだま)の君!」

「うわ、知らん()に変なあだ名付いとった」

 毎日多くの人が訪れる買取り所の職員が、初めましてな鈴音の顔を覚えていただけでも奇跡である。やはりレア魔物の威力は凄かった。

 それにしても、仕事はどうしたのだろうかと鈴音は首を傾げる。

「えーと、まだ買取り所開いてますよね?こんなとこ()ってええんですか?」

「はい、本当はダメですね」

 実にあっさりと頷いてから職員は笑った。

「船食いが近くに出たと聞いたので、捕獲のお願いに来たんです。奴らの歯は素材として需要が高いんですが、漁師は退治してもそのまま海に捨てて来るのが普通なので」

「ああ、魔物は漁師さんの獲物やないから」

「そうなんですよ。あんな大きいのを積んだら魚を乗せる場所が無くなってしまいますからね。だから漁とは無関係の今回なら頼めると思ったんですが、残念ながら既に出港した後でした」

 ガッカリです、と肩を竦める職員に眉を下げて微笑みつつ、船食いは大きい魔物なのかと鈴音は脳内の情報を更新しておく。


「因みに、船食いは1匹ナンボぐらいになるんですか?」

 漁師が海に捨てて来る位だから、大した額にはならないのだろうなと思いつつ尋ねると、意外な答えが返って来た。

「大体、銀貨50枚ぐらいですかねえ。大きい個体だともう少し上がります」

「え?結構な額やと思うんですけど、魚の方がその上を行くんですか」

 感覚的には日本円にして5万円程だと思われ、かなりの収入になるのではと不思議がる鈴音に、職員は尤もらしく頷いて見せる。

「彼らは漁師ですからね、新鮮な魚を毎日市場に届けるっていう使命感と誇りがあります。額の問題じゃないんです。……というのは建前で、実際は船を食うような魔物を大事な自分の船に乗せたくないとか、船食いと魚を一緒に乗せて帰ったりしたら気味悪がられて買い取って貰えないとか、事情は色々です」

「あー、そういう事ですか。アイツ魚獲らんと魔物獲って来よったぞ、とか言われるのも嫌でしょうしねぇ」

「そうなんです。漁師というのは誇り高い生き物なので、海の魔物の買取りがまるで捗りません」

 やれやれ、と溜息を吐く職員に同情しつつ、では海の魔物は誰が狩るのだろうと鈴音は首を傾げた。


「まだお時間よろしいですか?」

「はい、構いませんよ?何かご質問でも?」

 快く応じてくれた職員に微笑んで礼を告げ、今思い浮かんだ疑問をぶつける。

「漁師さんが駄目なら、海の魔物は誰が獲って来るんですか?」

「ああそれは、商船や客船ですよ。どちらも武装してますからね、魔物と出遭えばやり合います。勝てばそのまま行き先の港町にある買取り所に持ち込んで、護衛達で山分けですね」

「商船や客船!そうか、それは全く思い付きませんでした。はー、成る程なー、勉強になります」

 軍や沿岸警備隊の船以外が武装しているイメージを持っていなかった鈴音は、正に目から鱗が落ちたような気分だ。

 今この港にもタンカーとは言わないがかなり大きな船が停泊しているので、魔物を持ち込んだ護衛達が歓楽街で羽を伸ばしているのかもしれない。

「ほなでっかい船が来るたびにソワソワしてまいますね」

 微笑む鈴音に職員は大きく頷く。

「船食いはあるか、新種はどうか、ギラギラしてしまいますねえ」

 大牙玉等を持ち込んだ時の職員達の反応を思い出し、さもありなんと鈴音は笑いながら幾度も頷いた。


 その時ふと、先程聞いたのとは違う水音が耳に届く。


「ん?」

 素早く海を見た鈴音に、職員が首を傾げた。

「どうしました?」

「いえ……、何て言うか……」

 砲撃のような音に続いて、何か巨大な物が海に落ちたような音が聞こえ、再度砲撃のような音がする。

 それが、徐々に近付いて来ているようで、鈴音の眉間に皺が寄った。

「でっかい何かと戦ってる……?こっちが船食いで、さっきまでのは(ちご)たんかな?」

 海を睨んで呟く鈴音を不思議そうに見やり、職員もまた海へ視線をやる。

「何も見えないし聞こえませんけど……、あ、もしかして風の魔法ですか?遠くの音を聞いたり、遠くへ音を届けたり出来るらしいですが」

「え?えーと、それとはまたちょっと……、うん!?今なんか凄いの見えましたよチラッと」

 目を丸くして岸壁へ寄って行く鈴音と、つられて後に続く職員。

「私は仕事柄近くばかり見ているもので、あまり目が良い方ではなくて……」

「いやいや近眼でも見えますって。多分また出ますからあっち見とって下さい」

 そう言って鈴音が指差す方を、特に期待せず職員は眺めた。


 直後、黒く巨大な何かが2つ、3つと海から生えるように現れ、直ぐにまた海中へ消えて行く様が視界に映る。


「…………ふォぁッ!?」

「出た、ファ行変格活用」

 鈴音のツッコミだかボケだかよく解らない発言も気にならない程、職員は驚いていた。

 港からは随分と離れた位置であの大きさ、新種も新種、見た事は勿論聞いた事すらない魔物が現れたのだと。

 近くで見てみたいが、アレが入ってしまったら港は壊滅する。

 どうすれば好きなだけじっくりと観察出来るだろうか、等と考えて、心ここにあらず状態になってしまった。

「うーん、魔物見たら目がキラキラしてまう人って、どこの世界にも()るんやなぁ」

 海を凝視したまま動かなくなった職員を見ながら笑い、鈴音は耳を澄ます。

 やはりどんどんとこちらへ近付いて来ており、漁師達や警備隊員の怒声が猫の耳ならハッキリと分かる程になっていた。


「次でトドメだ!!」

「クソッ!1体仕留めるだけでこれ程か!!」

「来るぞ、構えろ!!」

「吹っ飛べチクショー!!」


 もしかしなくても苦戦しているのか、と首を傾げる鈴音の視界で、魔法の集中攻撃を浴びたらしい1体の魔物が、上下半々に別れ大きな水飛沫を上げて海へ消えて行く。

「お、1匹やったっぽい。あと2匹かな?」

 鈴音の呟き通り巨大な影が2体海上に現れ、やられてたまるかとばかり尻尾で海面を叩いて波を起こした。

 漁師達も警備隊も、操舵手が熟練の技で船を器用に操り大波を上手くやり過ごしている。

 だがその間に魔物は速度を上げ港との距離を縮めていた。

 港に居る人々も異変に気付いており、船から荷を下ろす等して大慌てだ。

「……あのー、職員さん。これ、マズいですよね?」

 鈴音が声を掛けると、我に返った職員は瞬きを繰り返し、自分達と魔物との距離を見てから思い切り頷く。

「非常に不味いです!!あと1体なら漁師達が仕留めるかもしれませんけど、2体居ますからね。この距離ではもう、1体は確実に突っ込んで来ます!!」

「ですよねー。んー、港から迎撃出来る人とか居てへんのですか?警備隊も全員出払ってる訳ちゃうでしょ?」

「警備隊員はそりゃ残ってるでしょうけど、魔法攻撃が得意な人達は海に出ちゃってるでしょうねえ。なんせ船食い相手ですから。地上組が攻撃するなら弓かなあ、でもあの巨体に効くとは思えないしなあ」

 腕組みしてウンウン唸る職員を見やり、鈴音は顎に手をやる。


「ほな私がやりましょか?出しゃばるみたいで嫌やけど、港が壊れて漁に出られへん言われたら困りますし」

 昼だから直ぐに貝が買える、若しくは人に話が聞ける、という理由でゴロツキが多いらしいこの街を選んだのに、情報も得ぬまま港が壊されてしまったのでは、何をしに来たのか分からない。

 そう考えた上での申し出だったのだが、鈴音の事情も実力も知らない職員は困ったような顔をする。

「えーと、あの巨大な魔物2体をですか?仮にあなたご自身が大牙玉を仕留めた方だったとしても、無理があると思いますよ?大牙玉は気付かれない距離からの攻撃で何とか出来るかもしれませんが、今回のはあの大きさですからねえ。あんなのを2体同時に相手出来るとなると、各国を代表する魔導師範ぐらいじゃないですかねえ」

「あー……、国を代表するようなレベルになってまうんか面倒臭いな……。けどゴチャゴチャ言うてられへんとこまで来てるからもうやりますわ」

 喋っている間に、巨大な魔物は防波堤の直ぐそばまで来ていた。


「誰かー!風の魔法で漁師さん達に魔物から離れるように警告して貰えますかー!?ちょっと派手にぶちかましますんでー!!」

 声を張り上げた鈴音に注目した人々は、その頭上に次々と浮かび上がる巨大な水の球に唖然とする。

「早よ早よ!魔物が入って来てまう!」

 急かされ我に返った漁師の妻の1人が風の魔法を使った。

「あんたぁー!!何か凄い魔導士が港に来てて、今から特大の魔法ブッ放すってぇー!!魔物から離れろって言ってるよぉーーー!!」

 魔法に乗った妻の叫びが届いたらしく、漁師達と警備隊の船が沖へ方向転換し離れて行く。

「奥さんありがとう!!ほな行きまーーーす!」

 水の魔法で作り出す水の球は、実力者のリーアンが本気を出しても直径50cm程にしかならない。魔導士でもその倍に届くかどうかといった所だろう。

 だが今この港に居る人々の目に映るそれは、2メートルかはたまた3メートルか。何しろ常識から外れた大きさの球が4つ5つと、鈴音の頭上から空高く上って行く。

「それ、ズドーン!」

 鈴音が海を指差すと同時に、有り得ない大きさの水の球が超高速で移動し魔物の周りへ落下。


 隕石か、海底火山の噴火か、といった途轍もない水柱が上がり、港へ向かっていた魔物の巨体を軽々と空へ押し上げた。


 海上へ飛び出し柔らかな陽光に照らされたのは、黒くテラテラとした体と、特徴的な歯を持つ口と、団扇のような尾びれを持つ魔物。


 空中へ全身を晒した魔物を見て、買取り所職員のみならず港の関係者全員が目と口を全開にする。


「はあ!?船食い!?」


 新種の魔物だと思っていたのに、よくよく見れば一般的な船食いの10倍程に巨大化した船食いではないか。

 見た事もない魔物ならともかく、よく知る魔物が信じられない大きさになっているという予想外の事態に、人々は大変な衝撃を受け言葉を失う。


 ただ鈴音1人だけが、防波堤を越えてきた波を処理しつつ淡々と次の作業に移っていた。

「あれが船食いかぁ。漁船には乗らん気もするけど、今回のは大きい方なんかな?それにしても、あの大きさで5万円は安過ぎちゃう?かなり苦戦しとったし、せめて金貨に化けな割に合わん思うなぁ。いや10万円でもまだ安いけど」

 ブツブツ呟きながら、船食いが空中に居る間に瞬間冷凍を完了。

 派手な水飛沫を上げ着水した冷凍船食いにぶ厚い氷を纏わせ、2体仲良くプカプカ浮かべておく。

「はい、終わりました。一応浮かしときましたけど、要らんのやったら消しますよ?どないします?」

 しんと静まり返り波の音だけが聞こえる港に、鈴音の声が響いた。

 話し掛けられた買取り所職員は、ぎこちなく首を動かして鈴音を見やり、更にぎこちなく首を傾げる。

「ええと、あれは、どうなっていますか?」

 何だか喋り方まで辿々しい。

「凍ってます。私が解除せん限り凍りっ放しです」

「凍って……、ん?鮮度抜群!?内臓に損傷も無し!?」

 鈴音の出鱈目な強さに対する驚きよりも、巨大化した船食いという特殊な個体に対する興味の方が勝ったらしく、職員の目にギラギラとした光が宿った。


「解除しない限り凍ったままという事は、何日か海に浮かべていても問題無いという事ですか!?」

 前のめりな職員に気圧されつつ鈴音は頷く。

「あのままです。腐りも干からびもしません」

「ふォおゥ!!本部、本部と話し合いますので、どうか暫くあのままで!み、港のどこかに係留させて貰わないと!組合長、組合長はどこです!?」

 大慌ての職員に、漁師の妻が海を指差した。

「ウチの人ならまだあっちだけど」

「あ、そりゃそうですよね!」

 慌てん坊の職員に笑いつつ、風の魔法で警告を発してくれたのは組合長の妻だったかと鈴音は頷く。

「組合て何の組合やろ。漁業組合かな?」

 港の中にあんな魔物が浮いていたら邪魔だろうから、許可は必要だよな等と考えていると、モーターボートのようなスピードを出した小船が一斉に帰って来た。

 興奮状態で陸に上がったどんぐり(まなこ)の男が、組合長の妻に駆け寄る。

「誰だ!あのとんでもねえのブチかました魔導士ってのは!」

「ただいまぐらい言ったらどうだい忙しない人だね!あっちに居る若いお嬢さんが偉大な魔導士様だよ!ビックリし過ぎてお礼もまだ言ってないんだから失礼の無いように……ってあんた聞いてんのかい!?」

 成る程、夫婦か、と会話から推察した鈴音の元へ組合長が突進して来た。


「ぅありがとぉぉぉおう!!助かったぜ!!一時はもう駄目かと思ったけどよ、いや凄えなあ!!俺らが全員で掛かって1体んとこ、あんたの魔法だと一瞬だったもんなあ!!っかー、感謝してもし切れねえよ!!表彰して謝礼金出して像でも建てるか!!」

 物凄い勢いで喋り倒され目が点になっていた鈴音だが、表彰だの像だのと聞いてギョッとし必死に手を振る。

「いやいやいやいや勘弁して下さいほんの出来心なんで!!ホンマ困ります!!」

 庶民の鈴音にとっては罰ゲーム以外の何でもないので、言葉の選択を間違える程動揺してしまう。

 だが港の恩人で偉大な魔導士だと思い込んでいる組合長からすると、謙遜し遠慮しているようにしか見えなかった。

「まあまあまあまあそう言わず!!」

「いやいやいやいや要りません!!」

「……落ち着けシャンズ。なあ姉ちゃん、何だったら受け取る?」

 不意に耳に届いた聞き覚えのある野太い声へ、鈴音は脊髄反射かの如き早さで返す。

「貝!!」

 カッ、と目を見開いて放たれた単語に、質問した男リーアンも、組合長シャンズも港に居た大勢の人々も、全員が全員『かい?』と瞬きを繰り返した。

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