第百八十八話 海の男達vs船食い
警備隊員のゴウと宿の主で漁師のリーアンが港に到着すると、わらわらと屈強な男達が集まって来る。
「来たかリーアン!」
「おう、どんな様子だシャンズ」
大きく逞しい男達の中でも頭1つ飛び抜けているリーアンに、どんぐり眼の男シャンズが状況を説明した。
「船食いは完全にこの港を目指してる。もうじき姿も見えるだろうよ。数は22、3てとこらしい」
「ああ!?この近所のどこ通りゃそんなデカい群れに出くわすってんだ海賊のマヌケ共め」
「砂の国に向かう船団が西の航路を通っただろ。あれを狙って大渦のそばにでも潜もうとしたんじゃねえか?」
「成る程な、大渦の周りなんざ誰も通らねえから、船食いがねぐらにするには打って付けか」
リーアンが漁師仲間から話を聞いている内に、ゴウは警備隊へ合流する。
「遅くなってすまないな。残念ながら例の女傑は留守だったが、リーアンが加われば百人力だろう。主な攻撃は彼らに任せて、我々は遊撃隊として動くぞ。準備は整っているか?」
ゴウが声を掛けると、隊員達は先端に透き通った石が付いた杖を手に頷いた。
「よし、それでは船に乗り込んで待機。漁師達の動きに合わせるように」
「オオ!!」
気合十分で杖を掲げた警備隊員達は、船外機のようなものが搭載されている7、8人は乗れそうな小船に2人1組となって乗り込む。
前方の人物が攻撃、後方の人物は操舵を担当するらしい。
漁師達の船も同様で、続々とそれぞれの船に乗り込んでいる。
「魔力玉は満タンか!?途中で魔力切れ起こしたら死ぬぞ今回は!キッチリ確認しろよ!」
シャンズの声が響くと、皆揃ってエンジンカバーを開けた。
中には直径25cm位の透明な玉が入っており、内部に満たされた魔力がオーロラのように揺らめいている。これが魔力玉という物で、スクリューを動かすエンジンでありガソリンでもあるようだ。
全員が燃料満タンを確認してカバーを下ろし、操舵手達は舵棒を握り締める。
「っしゃあ!船食い掃除だ!いくぜ野郎共ォ!!」
「オオォーーー!!」
鬨の声を上げ、操舵手が魔力を流し魔力玉を起動させると、漁師達の船が一斉に動き出し港を出て行く。
「警備隊続けーーー!!」
ゴウの指示で警備隊の船も動き出し、漁師達に続いた。
漁船20艘、警備隊の船20艘の大所帯で走ること15分程。
黒く不気味に波立つ海面が見えて来た。
「もうこんなとこまで来てやがった」
「海賊船なんてデケェ船食っといて、まだ食おうってのか」
「好きなだけ食わしてやらぁ、俺様の槍をよ!」
口々に言いながら、漁師達は船に積んであった3メートルはありそうな槍を手にする。
銛ではなく槍なのは、船食いを捕獲する気が無いからだろう。
その長い槍を天に突き上げリーアンが吠える。
「始めるぞーーー!ブッ放せぇーーー!!」
「っしゃあ!!食らえクソ野郎!!」
掛け声に合わせ、漁師達は海へ向けて水の魔法を撃ち込んだ。
漁師達の手から放たれた直径15cm程の水の球が、砲弾のような勢いで船食いが群れを成す海へ降り注ぐ。
派手に上がる水飛沫と共に、海中から黒い影も飛び出して来た。
空中に踊るのは、全長2メートル程の黒いナメクジのような体。
頭の半分以上が口で、フグのような歯が並んでいる。目は見当たらず、尾の先に付いた団扇のようなヒレが特徴的だ。
この地球に於ける深海魚のような生物が、船に齧り付いて穴を空け海に沈める事から、漁師や船乗り達が目の敵にしている魔物、船食いである。
「出たぞ仕留めろ!!」
水の魔法を撃つと同時に距離を詰めていた漁師達は、身体強化魔法を使用した上で槍を突き出す。
飛び上がっていた船食いを貫く猛者もいるが、着水した所を確実に突くのが本来のやり方らしく、大半がその方法でダメージを与えていた。
警備隊は、一撃で仕留められなかった船食いが漁船に食い付かないよう、縦横無尽に動き回り杖の先から水の球を撃ち出して援護する。
漁船もまた、攻撃中でなければ船食いを撹乱するように動き回るなどお手の物。
20数体居た船食いも、腕利きの漁師と警備隊の連携により着実に数を減らしていた。
「……おかしい」
飛び上がった船食いを串刺しにして仕留めながら、リーアンが訝しげに呟く。
隣にシャンズの船を見つけ、声を張り上げた。
「おい!コイツらが海賊船を襲った船食いなんだよな!?」
「おお!そう聞いてるぜ!!」
海中の船食いに槍を突き立てながらシャンズが大声で答える。
「だったら何で、コイツらの腹は膨れてねえんだ!?」
リーアンの槍からぶら下がる船食いを見てシャンズは目を見開き、己が今正に貫いた船食いを持ち上げた。
「……嘘だろ、何てこった。おいテメェらぁ!!腹ぁパンパンにした船食い見た奴ぁいるか!?」
槍で海を叩いて残る船食いを牽制しながら、漁師達も警備隊もシャンズの問い掛けを隣へ隣へと伝えて行く。
結果、海中で仕留めたものがどうだったかは分からないが、空中で仕留めたものに腹が膨らんでいるものはいなかったと判明した。
「あー……あれじゃねえか?海ん中で突いたヤツが腹が重くて飛ばなかったヤツで、上で突いたヤツが食いっぱぐれたヤツだったとか」
リーアンの船に己の船を横付けして笑うシャンズの顔は引き攣っている。矛盾していると解っているからだ。
報告にあったのは20数体で、それら全てが水の魔法で海上におびき出されたのはその目で見ている。
潜りっぱなしの個体などいなかったし、いたとしたら今頃何艘か食われているだろう。
嫌な予感に冷や汗を流すシャンズを見やり、リーアンが険しい顔で頷く。
「こんなデカい群れが近場で幾つも見つかるわきゃねえ。コイツらが海賊船を沈めたのには違いねえだろうよ。だが、俺らが仕留めたヤツらは沈めた船をロクに食えなかった。何でだ」
「……そりゃあ……」
ゴクリと喉を鳴らしたシャンズが答える前に、掃討戦を行っていた漁師達や警備隊から悲鳴が上がった。
「ヤベェぞ何だこれ!!」
「駄目だ反応しない!!」
今しがた片付けた群れよりも、遥かに大きな影が海中を行く。
撃ち込まれた水の魔法にも無反応で、悠々と40艘の船の下を潜り抜けようとする影。
「お出ましだ」
低く呟いたリーアンが右手に槍を握り締め、左手に魔力を集中させる。
極限まで高めた魔力で作り出した50cm大の水の球を、海へ向け思い切り叩き付けた。
間欠泉のように上がる水柱から一瞬の間を置いて、巨大な影が姿を現す。
歴戦の猛者たる漁師達や勇敢な警備隊員達が目も口も全開にして見上げるのは、20メートルを軽く超える船食いの巨体。
それも、3体。
「んな、な、なんんんじゃありゃあ!?」
クジラのジャンプ宜しく凄まじい水飛沫と波を起こす巨体を見やり、シャンズが絶叫する。
「あのデカさなら海賊船1隻じゃ満足出来ねえわな」
流石のリーアンも顔を引き攣らせつつ笑ったが、直ぐにまた魔力を集め始めた。
「野郎共!!どうにかして押し戻すぞ!!コイツらの狙いは港の船だ!!」
リーアンの太い声で我に返ったゴウが、自身の頬を叩いてから声を張り上げる。
「あんなものを入れてみろ、ガアンの港の信用は地に落ちる!!何としてもここで食い止めるぞ!!」
「よし!!俺が今の要領で奴らを上に出す!!そこを全力で攻撃しろ!!」
「了解!!」
「解った!!」
大きな水の球を掲げながらのリーアンに答えたゴウとシャンズが仲間達に伝え、漁師・警備隊連合軍vs船食いの第2ラウンドが始まった。
さて地上では、鈴音がアイに教わった店に来ている。
広い店内には、下着に普段着に旅装まで、シンプルなデザインで動きやすそうな服が揃っていた。
「おー、ええやんええやん。シィ君が着てた服とそない違わへんし」
丈夫な生地で出来た、生成り色の長袖チュニックと黒いロングパンツのセットアップを手にした鈴音に、店員のおばさんが笑顔で近付いて来る。
「お客さん、それは男物だよ。旦那さんのかい?」
鈴音が外国人だと服装で判断したおばさんは、親切に教えてくれた。
「あー、弟のんです。長旅でボロボロなってしもて。背丈が私と同じぐらいなんで、これやったら入るかなぁ思たんですけど」
自身にあてがって首を傾げる鈴音を見て、成る程と手を打ったおばさんはにこやかに頷く。
「背丈さえ合えば問題無いよ、ゆったりした造りだからね。他にご入用の物は無いかい?」
「後は下着かな。洗い替えも欲しいから、3枚程あったらええやろか」
「男物の下着だね、ちょっと待っとくれ」
そう言って手際良く揃えてくれたのは、Vネックの半袖シャツとトランクスだった。この世界にはゴムが無いのか、トランクスは紐を前で括ってウエストサイズを調節するようだ。
「トイレは余裕持って行かな危険やな」
「ん?なんだい?」
「ごほ。何でもないですよー。ほなこれ全部下さい」
「はい、お買い上げありがとうね」
所要時間10分弱。
チュニックとロングパンツの間に下着を挟んで畳んでくれたおばさんに礼を言って銀貨15枚と引き換え、鈴音は機嫌良く宿へと戻った。
「ただいまー」
中へ入ると、受付に居たアイが勢いよく立ち上がる。
「おかえりなさいっ!!」
「わっ!!ビックリしたぁ。どないしました?」
服を抱き締めて引き気味の鈴音に、アイは慌てて手を振った。
「ご、ごめんなさい。あの、さっき警備隊のゴウさんが来て、鈴音さんて人が来なかったかって」
「ああ、はいはい。強盗未遂事件で何か証言が必要になったんかな?」
鈴音が首を傾げると、アイもまた首を傾げる。
「強盗未遂事件?」
「うん。宿に来る前に刃物持った男4人に絡まれてん。やっつけたけど」
さらりと言われたアイは目が点だ。
「武器持った男の人を4人もやっつけたんですか?……そっか、それでゴウさんが凄く強いって言ってたんだ」
「強いよー。ほんで、ゴウさんは何て?」
「あ、実はその事件とは無関係で。船食いが出たから、討伐を手伝って欲しかったみたいです」
アイの説明に鈴音はきょとんとする。
「船食いて何?」
「え?あ、そっか船に乗った事なかったら知らないのかな。船食いっていうのは、船を齧って穴を空けて、海に沈めて食べちゃう魔物です」
「ナニソレ怖ッ」
「はい、とても怖い魔物です。それが港の近くに出たみたいで、港に入って来たら船が全部沈められてしまうから、そうならないように倒しに行ったんです」
説明しながらアイの表情が陰った事と、リーアンの気配がない事で鈴音にも状況が解って来た。
「お父ちゃんもその魔物退治に行ったんや?」
「……はい。父は漁師の中でも強いので」
創造神ウァンナーンが漁師の戦闘能力は高いと言っていたが、その中でもリーアンは特に強い人物のようだ。
しかしアイの表情から考えると、それすら安心材料にならない位、船食いとやらは厄介な相手らしい。眉根を寄せた鈴音はうーんと唸る。
「ほな、シィ君の様子見てから、ちょっと港の方に行ってみよかな?」
悩むより動いた方が早いと結論づけた鈴音の申し出に、アイがパッと顔を輝かせた。
「いいんですか!?」
「うん。熊ぞ……えー……と、宿の名前宿の名前、リーアンの宿、そうそうリーアンさんや。リーアンさんに早よ帰ってって貰わんと、晩御飯食べられへんやん?」
笑顔の鈴音に、アイは泣き出しそうな顔で微笑んだ。
「ありがとうございます、お願いします!」
「うん、まずは部屋にこれ置いてくるわ」
アイに手を振り、鈴音は2階へと上がる。
部屋の扉をそっと開けると、窓辺に座って外を見ていたらしい虎吉が振り向いた。
「おう、おかえり」
「ただいまー。どない?ぐっすり?」
テーブルに買って来た服を置き、シィの顔を確かめる。
「いびきも寝言も無しでよう寝とるで」
「そうなんや、よっぽど疲れとってんなぁ。ほなこのままもう暫く寝といて貰お」
頷いた鈴音は、窓辺に移動して虎吉の頭をなでた。
「何や船がどうのこうの言うとったな?」
虎吉の耳は1階の声も拾えるので、会話は聞こえていたらしい。
「そうやねん。船沈める魔物が出て、熊蔵さんと警備隊の人が退治しに行ったらしいわ」
「ああ、それの協力依頼やったんか。警備隊のナントカ言う奴が、鈴音がここへ来てへんか聞きよったんや」
「ん、アイさんも言うとった。そんな、今日会うたばっかりの私に声掛けるぐらい、面倒臭い魔物なんかなぁ。……て、ここで考えても分からんから取り敢えず見に行って来る」
「おう、熊蔵にはちゃっちゃと晩メシ作って貰わなアカンからな」
自分と似たような事を言う虎吉に笑い、頬擦りしてから鈴音は扉へ向かう。
「もしシィ君が起きたらお願いします、てアイさんに頼んどくわ。虎ちゃんが知らせに来るんで、って」
「わかった。気ぃ付けてな」
「はーい。行ってきまーす」
虎吉に手を振って部屋を出た鈴音は、アイにシィの事を頼んでから宿を出て、屋根伝いに港を目指した。




