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第百八十四話 弟子が出来ました

 少年の目の焦点が中々合わない事に痺れを切らした鈴音は、ポケットから飴を取り出し僅かに開いたままの口へ押し込んだ。

 ぼんやりとしていた少年だったが、口内に飴の甘味がじんわりと広がった瞬間、カッと目を見開く。

「お、生き返った。流石はツシコさんもヒノ様も虜にした飴ちゃんや」

 少しの間飴玉を転がした少年は、やはり堪え切れなかったかバリバリと音を立てて噛み砕いた。

「お腹減っとったらそうなるよな。ハイおかわり」

 問答無用で口に飴玉を突っ込んで来る鈴音を凝視しながら、少年は結局10個の飴を胃に収め、今は歯にくっついた破片を舌先で剥がそうと奮闘している。


「ふふ、中々取れへんねんアレ」

「そうなんか。飴は食わへんから分からんわ」

 鈴音と虎吉の会話が聞こえ、ハッとした少年が顔を向けた。

「……あ、ありがとう」

「どういたしまして。どない?歩けそう?」

 礼を言った少年に鈴音が笑顔を見せると、小さな頷きが返ってくる。

「私らこの先の街に行くねんけど、一緒に行く?」

 街と聞いた少年は微妙な表情をした。

「街って、ピイの街か?」

「名前は知らんけど、ゴロツキうじゃうじゃの港町」

 鈴音の回答に少年がきょとんとする。

「港町?あれ?俺、山越えた?」

「あ、そうなん?強い魔物出るらしいのに、よう生きてたなぁ。少年は強い子なん?」

「シィ」

「しー?」

「シィ、俺の名前」

「ああ、シィ君か。私は鈴音、こっちは虎吉。よろしく」

「よろしく。魔物には会ってねぇんだ、気配がしたら別の方向に逃げてたから」

 虎吉と顔を見合わせた鈴音は、目を丸くしてシィ少年を見やった。


「魔物がどんなんか知らんけど、気配察知出来るなんて凄いな!逃げ切れる脚力もあるんや」

「本気出した草食獣みたいなもんか?手強いな」

 素直に感心する鈴音と肉食獣目線で褒める虎吉を、シィは驚いたような表情で見つめる。だが直ぐに、褒められるような事は何も無いとばかり首を振った。

「逃げるばっかで戦えねぇから、魚の一匹も獲れずにこのザマなんだ。全然凄くない」

「そうか、魚も強いんか……。武器は?剣とか持ってへんの?」

「……魚に弾き飛ばされてどっか行った」

「さかな怖ッ。ほな街で武器も手に入れたいとこやなぁ。やっぱりお金要るわ。あんな(あのね)、魔物を素材として売れるて聞いたんやけど、どないしたらええか知っとる?」

 鈴音の質問にシィの目が点になる。

「どないしたらって、仕留めた魔物を買取り所に持ってくだけだろ?……何でそんな事も知らねぇの?」

「買取りして貰えるような魔物の出ぇへん島で育ってん。御上りさんやねん」

「ああ成る程。それじゃ知らねぇか」

 日本の事を言ったつもりが、実際にそんな島もあるのかアッサリ納得されてしまった。これなら多少おかしな言動をしても、田舎の島育ちの一言で乗り切れそうだと頷いて、鈴音は立ち上がる。


「よし、魔物そのまま持ち込めるんやったら、軽く何か狩って来よかな。ご飯代と武器代稼がなアカンし。貝に関しては漁師さんに話聞いてからやね」

「そうやな。坊主は俺が見といたるから、サッと行ってったらええ」

 実に簡単な事のように話を進める鈴音と虎吉に慌て、シィが止めに入った。

「ちょ、ちょっと、何言ってんだよ」

「ん?」

「自分でも言ってただろ、強い魔物が出るって。危ないから!上の方で迷ったら俺みたいになるぞ?」

「ああ、心配してくれてありがとう。けど大丈夫やから。直ぐ戻るし待っとって?ほな虎ちゃんシィ君をよろしくー」

 虎吉が頷くと同時に、そよ風を残し鈴音の姿が消える。

「……え?」

 呆然としたシィの視界では、鈴音が目印代わりに木の幹に付けたらしい引っかき傷が、真っ直ぐ山の上へと続いていた。



「えーと、魔物魔物。そもそもどんなんなんやろ魔物て。動物とは明らかに違う見た目なんやろか」

 山の中腹辺りまで来た鈴音はスピードを落とし、耳を澄ましながら獲物を探す。

「魔物やーい、出ておいでー」

 殊更ゆっくりと斜面を登っていると、何かが近付いて来る気配がした。

「お?来た?助かるわ、異世界であんまり長い事虎ちゃんと離れられへん病やからなー」

 足を止めて待っていると、程無くして謎の生物が姿を見せる。

 木々の間から出て来たのは、地上2m付近を浮遊する、直径50cm位のラグビーボール状の楕円にトラバサミのような口が付いた、玉虫色のメタリックな生物だった。

「うん、動物とは見間違えへんね、これはね。サクッとやって大丈夫かな?やり方間違えたら増えるとかないやろか」

 悩む鈴音目掛け、魔物が大口を開けて突っ込んで来る。

「そうや、素材やねんからシバいたら買取額下がったりするかも?やっぱりここは冷凍保存かな」

 決定、と鈴音が頷いた瞬間、魔物は大口を開けたまま氷漬けになって地面に落ちた。

「一応動きは止まったけど、氷漬けなっても死なへんタイプやったら嫌やし、虎ちゃんとシィ君に確認して貰お」

 氷漬けの魔物を拾うと、木に付けておいた傷を辿ってあっという間に下山する。



「おいチビ、お前のご主人様って凄い人なのか?」

「誰がチビじゃゴルァ!!虎吉やもう忘れたんかウルァ!!あとご主人様て何や!!鈴音は相棒や!!」

「うわぁ!悪かったって、虎吉な!覚えたからそんな怒るなよ」

 鈴音の姿が消えた事に驚いたシィの質問に、尻尾で地面を叩きつつ答えた虎吉は、そこできょとんと目を丸くした。

「……あれ?お前俺が何言うてるか解るんか?」

「え?当たり前だろ何言ってんだ?」

 大丈夫かと言いたげなシィと小首を傾げる虎吉。

「そうか、全ての生きもんが魔力持ちやったな。俺の言葉も解るし普通に喋る動物も()るいう事か」

 猫の耳専用の小声で呟き、にっこりと目を細める。

「スマンな、俺の話解らん奴も結構居るんや」

 誤魔化すの下手くそスキルが発動しないよう、可愛い笑顔を作った虎吉は事実を簡潔に述べた。

「ふぅん?訛ってるからか?俺は大丈夫だぞ」

「そら助かるわ」

 いいように解釈してくれたシィに虎吉がニコニコしていると、そよ風と共に鈴音が帰って来る。


「ただいまー。魔物1匹捕まえてったでー」

「うわ!?」

 魔物の氷漬け片手に笑う鈴音を見上げ、シィは口をポカンと開けた。

「おかえり。こっちは何事も無かったわ。ほんで、何を獲ってったんや?」

 興味津々の虎吉と唖然としたままのシィに見せるため鈴音はしゃがみ、魔物を両手の上に載せて差し出す。

「これやねんけど、ちゃんと死んどる?この魔物には氷は効かへんとか無い?」

 鈴音の問い掛けに虎吉は氷漬けをじっと見つめた。

「死んどる思うで?ロボットみたいなもんやったら解らんけど、魂は抜けとる」

 虎吉の回答にひとまず安心し、魔物に関する情報が欲しいぞとシィを見る鈴音だが、そのシィは氷漬けを見たまま固まっている。

「おーい、シィ君もしもしー?」

 目の前で鈴音に手を振られ、漸くシィは我に返った。


「こ、これ、こんなのが居んのかよこの山。こいつ、大牙玉(おおきばだま)っつって、メチャクチャ素早いから出くわしたらもう……」

「ガブッとやられてサヨウナラ?」

 後を続けた鈴音にシィが幾度も頷く。

「頭から足の先まで殻鉄鉱(かくてっこう)の鎧でも着てないと、まず助からないって聞いた」

「それ以外やと、こっちが先に見つけて遠距離攻撃するとか?」

 鈴音の考えにシィは全力で首を振った。

「メチャクチャ強い範囲魔法で確実に殺れるならともかく、普通の魔法なんか避けられるかもだし、当たっても殺りそこねたら終わりだから。気付かれてないなら逃げるに限るって」

「へぇー、そんな怖い魔物やったんかー。氷が効かへんとかは無いんやね?」

「うん。物理攻撃は殆ど効かないけど、魔法はどの属性でも効くらしい」

「そっか、良かった良かった。ほなこれ売ってご飯食べよ」

 あっけらかんと笑う鈴音を見て、シィは今更ながらハッとする。

 そうなのだ。その恐ろしい魔物を鈴音は仕留めて来たのだ。

「あ、あの、鈴音……さん」

 何やら改まった様子のシィに鈴音は首を傾げる。

「無理してサン付けせんでも、鈴音でええよ?」

「いや、あの、その」

「呼び捨てにしたからて、ご飯抜きとか言わへんし」

「弟子にして下さい!!」

 シィの、腹ペコの少年が出したとは思えない大きな声に、鈴音も虎吉も目が真ん丸だ。


「喧しい!あービックリした」

「大丈夫?虎ちゃん。シィ君、大きい声出したら虎ちゃんがビックリするから」

 虎吉を撫でながら窘める鈴音にシィは慌てて謝る。

「ご、ごめん。でも、あの、どうしても弟子にして欲しいんだ」

「弟子。私は何の先生になったらええんやろ」

 チャンス有り、と思ったらしいシィは困り顔の鈴音を真っ直ぐ見つめた。

「戦い方と魔法の使い方を教えて下さい!」

「あー……、成る程。それはあれかな、シィ君が1人でこんな森に()ったんと関係ある?」

 鈴音の質問にシィは一瞬顔を強張らせ、静かに頷く。

「実は俺も田舎の村の出身でさ。けど何かいきなり、王様の命令とかで街に連れてかれて。魔物の王を倒す為の戦士になる訓練とかいうのをさせられてたんだ」

「魔物の王?そんなん居るんや」

「俺も見た事ねぇけどさ、街の大人達は居るって言うんだよ。んで、他にも何人か同じ位の歳の奴らと訓練してたんだけど、俺だけ落ちこぼれっつか……。攻撃力は無ぇわ魔法は弱ぇわで、邪魔になったみたいでさ、森ん中に捨てられた」

 しょんぼりと項垂れるシィを見て鈴音の眉間に皺が寄る。


「ご両親は?」

「俺がもっとガキの頃に死んでる。孤児院育ちなんだ。だから別に森で野垂れ死にしても誰も探さない」

「ほほう。えーと?子供本人が望んでもないのに勝手にどっか連れてって、兵隊に仕立て上げようとしたけど才能ないから邪魔んなって、村に帰さんと魔物が住む森に捨てた大人が居る、で()うてる?」

「え……と」

「合うとる」

 ゆらりと怒気が立ち上る鈴音の迫力にたじろぐシィに代わり、虎吉が大きく頷いた。

「よし、ブッ飛ばす」

 拳を握った鈴音を見てシィが必死に手を振る。

「ちょ、違う、それ俺がやるんだって!!」

「ん?ああそうか!その為に強なりたいんか」

「そう!思い切りぶん殴って、俺は弱くねぇ!って言ってやりてぇんだ」

 悔しさを湛えた目で真っ直ぐ見つめるシィに、鈴音は笑顔で頷いた。

「そういう事なら喜んで教えるわ!」

「え?あ、そうなんだ?何かこう、そんな自分勝手な理由じゃ駄目だとか言われるかと」

 拍子抜けした様子のシィへ鈴音は不思議そうな顔を向ける。

「充分な理由やん。自分勝手なんはあんたを捨てた大人の方や。あんたは何も悪ないねんから。ようもやってくれたなこの人殺し!言うて、あの世の果てまで殴り飛ばしたったらええねん。いや、あんたは運良く生きてるけど、森に子供捨てるとか殺すんとおんなじやからね?倍返しでも足りひんでホンマ」

 最終的にはメラメラと怒りを燃やした鈴音に言い切られ、シィの表情にあった翳りのようなものが消え口元に笑みが浮かんだ。


「じゃあ、これから色々教えて下さい、師匠」

 居住まいを正したシィの挨拶に、鈴音も地面に正座して応える。ただ、師匠という単語には首を傾げた。

「師匠、は虎ちゃんの方やなー。私の殴る蹴るは虎ちゃんに見て貰たから。私は先生でええよ、魔法の先生ね」

「え!?……じゃあ、師匠……?」

 物凄く驚きながらも、鈴音の真似をして地面に正座し虎吉を見るシィ。

「おう、師匠や。ちゃんと見たるから任しとけ」

 得意気に胸を張る虎吉に目尻を下げつつ、鈴音は自分達の事情も説明する。

「で、シィ君の特訓は徐々にやっていくとして、まずは私らの目的に付き()うて貰てええかな?」

「勿論。街に行くって言ってたけど……」

「そうやねん。美味しい貝をようけ(たくさん)手に入れて、私の主に届けなアカンねん」

「主?え、先生が仕えるってどんだけ凄い人?あと何で貝……?」

 クエスチョンマークが飛び交うシィに、そこはまあ色々、と笑って誤魔化し鈴音は立ち上がった。

「まずは街でこの魔物売っ払って、ご飯食べよ。早よせなシィ君がまた腹ペコで目ぇ回してまう」

「うぅ恥ずかしいけど言い返せねぇ。あ、俺今は金持ってないけど、いつか絶対返すから、その」

 フラつきながら立ち上がったシィを支え、『背ぇ一緒ぐらいやな』と笑いながら鈴音が頷く。

「出世払いな。強なって偉なるまでは気にせんでええよ」

「……ありがとう」

 先回りされて申し訳無さそうに、でもどこか嬉しそうに、シィは礼を告げた。



 街を目指し、どうにか歩けるというシィと共に森を進んでいると、影のような魔物や羽虫の群れのような魔物等、余り稼ぎになりそうにない魔物に何度か遭遇した。

 その際、虎吉には敵わないものの、シィは鈴音と同じ位のタイミングで魔物の気配を察知し、師匠と先生を驚かせている。

「ホンマに人か?鈴音とほぼ同時て凄過ぎるで」

「成る程ね、こんだけ魔物に早よ気付けたら、そら生き延びられるわ。フラついてる今でも足速いし、この才能を捨てた奴は頭悪過ぎや」

 惜しみない賛辞を贈られたシィはといえば、照れ臭いやら嬉しいやらで何とも面白い顔になっていた。からかいたいのを堪えつつ、鈴音は遭遇した魔物をサクサクと氷漬けにして行く。

「虫はともかく影が凍る意味が解らへん」

 首を傾げながら、一応レア魔物の大牙玉の氷漬けにくっつけ、買取り所に持ち込む事にした。

「お、明るなってった。森の出口かな?」

 そう言って隣を見ると、黒髪だと思っていたシィの髪色が、ほんのり赤い事に気付く。

「シィ君赤毛やったんや。火の魔法とか得意そう」

 鈴音の適当な発言にシィは『えぇー……何だよそれ』と半眼になったが、髪を弄ってから掌を見つめてみたりして、意外とその気になっているようだった。

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