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第百八十二話 ちょっとそこへお座んなさい

 全員の無事と作業終了を伝える為の電話を掛けた綱木は、通話相手の大嶽課長から物凄い勢いの質問攻めをされているようだ。

「……うん、そ、……いや待て、ちょ、せやから」

 報告というか、会話にすらなっていないのでは、と鈴音が心配していると。

「俺にも喋らせんかい!!」

 くわ、と目を見開いて綱木が吠えた。

 まあそうなるよな、と鈴音も虎吉も骸骨も頷く。

「原因は(しん)!!謎の澱に目が眩んだ海坊主の暴走から身を守る為に出した妖力に、近くに()った作業員らが巻き込まれた!!その際、彼らの記憶が作用して人界と魔界の(はざま)に幻の街が出現!!似たような記憶を持つ俺も影響受けて引っ張られた!!ここまではええか!!」

 一気に捲し立てた綱木へ、どうやら大嶽が『落ち着けってー』とか何とか言ったようだ。

「誰のせいじゃー!!」

 火に油どころか大噴火してしまったので、そっと手を出して鈴音が電話を代わった。


「課長?夏梅です。ええ、全員無事です。警察から救急隊に引き渡されましたね。はい、はい、ああ、海坊主ですか。そうですね、そっちは本物です。最終的に私がブッ飛ばしましたけど。そうですそうです、わざと目立つように動いてた奴は偽物の海坊主で、ワタツミ様が動かして下さいました。はい大丈夫ですよ、優しくてオモロイ神様です。ノリノリで手伝ってくれはりました」

 鈴音が会話している間に、綱木は深呼吸を繰り返して冷静さを取り戻す。

「もう大丈夫そうなんで、綱木さんに代わりますね。あ、そのうち、何で大悪党な鬼の子孫が人の味方してはるんか教えて下さい。あははー、今やのうて、今度で」

 たぶん『聞きたいかい!?』等と言ったのだろう大嶽をバッサリ切って捨てた鈴音に尊敬の眼差しを向けつつ、綱木は電話を代わった。

「スマンな、連絡忘れとったん俺やのに大きい声出して。取り敢えず、蜃の行動は正当防衛やから罪は無いいう事と、行方不明の作業員は心身共に健康で、自分らはタイムスリップした、て鈴音さんが信じ込ませたいう事だけ先に報告しとくわ。細かい事は明日伝える。何せ色んな意味で疲れた。おう、そうやで、大綿津見神や大綿津見神。そらビビるわ、当たり前やろ。ぉん、ほなな、はいお疲れさんでした」

 電話を切った綱木は、大きく息を吐きつつ小さく首を振る。


「アイツと喋ると余計疲れるわ。けど、報告はきっちりせなアカンからね。悪いけど明日、幻ん中での出来事とか、大綿津見神とのやり取りとか、報告書作る為に聞かして貰えるかな。骸骨さんもご協力頂けると助かります」

「解りました」

 頷く鈴音と骸骨に、ありがとうと微笑んだ綱木は腕時計を確認した。

「遅なってしもたな、帰ろか。悪かったね巻き込んでしもて。でも来てくれて助かった」

「いつでも助けますよー。けど、出来れば危険な目には遭わん方向でお願いします」

「ははは!せやね、気ぃつけますー」

「ふふふ。ほな、お疲れ様でした。また明日」

「はいお疲れさん、また明日」

 にこやかに挨拶を交わし、その場で解散。

 駐車場へ向かう綱木を見送った鈴音は取り敢えず、コンビニエンスストアを探して跳んだ。軽くアルコール臭をさせて戻らないと、母親が不審に思うからである。

「友達に呼ばれた、いう嘘ついて出て来とるからさぁ。ええ大人がこの時間までファミレスでお茶飲んで喋り倒してました、では無理があるんよねぇ」

 酒が飲めない人物ならそれもアリかもしれないが、鈴音が夜に友人と会って素面で帰宅した事など一度も無いので、やはり偽装工作は必要なのだ。


 成る程と納得する骸骨に対し、虎吉は小首を傾げている。

「毒が効かへんせいで酔わへんし顔赤なったりせぇへんけど、それは大丈夫なんか?」

 その心配に鈴音は悪ガキのような笑みを見せた。

「元々そない酔わへんし顔色も変わらんタイプ」

「そうか、それやったら問題無いな」

 そんな会話をしている内に、繁華街の外れにあるコンビニエンスストアが見えて来た。

 骸骨には虎吉と共にビルの屋上で待っていて貰い、暗がりでペンダントを外した鈴音だけが店へと向かう。

 程なくして、レジ袋を提げた鈴音が戻って来た。

「ほい、骸骨さんも。あと、虎ちゃんにコレ」

 骸骨には自分と同じ缶ビールを渡し、虎吉には焼き帆立のパウチを見せる。虎吉の目が瞳孔全開になり髭はブワっと前を向いた。

「ハマグリはええ奴やったから食べられへんやん?代わりにホタテ。おつまみ用のんが売っとってん。こんなん食べる?」

「食べる。早よ」

 きっちりお座りし左前足で屋上の床を叩く虎吉の仕草が可愛過ぎて、骸骨がくるくる回り鈴音の目尻が下がりまくる。

 デレデレしながら一緒に買った紙皿に中身を出してやり、自分はビールのプルタブを開けた。

「ほな、お疲れ様でしたー」

 鈴音が軽く缶を掲げ骸骨が掲げ返している間に、虎吉はホタテに齧りついている。


「ぶふふ、美味しい顔してる、めっちゃ可愛い」

 虎吉の食いっぷりを肴にビールを飲む鈴音に、骸骨が石板を見せた。

「わ、左手ビールで塞がってんのにどうやって描いたん?ああ、一旦床に置いたんか。えーと、なになにー?」

 近々また骸骨神へ報告しに戻るのでお土産を買って来るが、海産物もあった方が良いか、といった内容だ。

「いいねー!あんな感じで直ぐ食べられるのがあれば楽やし、焼くだけでオッケーな状態になってれば、私がその場でこんがりさせるし」

 鈴音が右手に軽く炎を出すと、骸骨はその手があったかと大きく頷いた。

「異世界の魚介類楽しみにしとく」

 笑顔の鈴音へ骸骨が親指を立てていると、ホタテを食べ終えた虎吉が口周りを舐めてしみじみと呟く。

「あー美味かったー。すっかり貝の口になっとったから、めっちゃ満足や」

 ハマグリこと(しん)が聞いたら震え上がりそうな事を言う虎吉に笑い、ビールを飲み干した鈴音はゴミを回収した。

「満足して貰えて何より。付き合うてくれてありがとうね虎ちゃん」

「おう。ほな俺は帰るわ。また明日な」

「うん、また明日。おやすみー」

 通路を開けて縄張りへ戻る虎吉を見送り、コンビニエンスストアのゴミ箱で証拠隠滅を図ってから鈴音と骸骨は自宅へと戻る。


「ただいまー」

「はーい、おかえりー」

 母親の声を聞きつつ玄関で愛猫達と子猫の出迎えを受けると、税関よりも厳しい検査が始まった。結果、パウチを開ける際に指先へ付いたと思われるホタテの匂いを延々と嗅がれ、尋問される羽目に。

「カリ、セイコウシタナ」

「ウマソウナニオイダ」

「タベルータベルー」

「あー、うん、狩りは成功したけど、獲物は猫神様の分身に捧げといた」

 白猫の名が出ると大人しくなる猫達は、今回も『ソレナラシカタナイ』と引き下がる。敏腕検査員達も白猫には敵わないのだ。

 ただ、3匹揃ってちょっとがっかりした様子は鈴音のメンタルをガリガリと削り、今度ホタテ味のオヤツを買ってやろうと心に誓わせる事には成功していた。

「恐るべしうちの子らの可愛さ……!」

 胸を押さえて呟く鈴音に骸骨が思い切り同意していると、リビングから母親の声が届く。

「なあ鈴音ぇー、三宮で飲んどったん?」

「んー?そうやけどー?」

 猫達と共に2階へ上がる骸骨に紙皿の残りを預け、鈴音はリビングへ足を踏み入れた。

「そうかー、ハーバーランドやったらオモロイもん見られたかもしらんのにー」

「オモロイもん?……て、うわあ」

 母親が指差す先には、テレビ画面に大映しとなった海坊主と海坊主モドキ。視聴者提供映像らしい。


「凄いやろ?何かなあ、クジラが暴れた説とか、海底火山説とか竜巻説とか色々出てるみたいやで」

 ソファから前のめりになりつつ興味津々で画面を見ている母親に、『残念!正解は海坊主です!』と心の中でクイズ番組の司会者になった鈴音だったが、そんな事はおくびにも出さず今初めて知りましたという顔で頷いた。

「ごっついなー。何なん。異常気象の関係とかではないん?クジラにしては頭も尻尾も見えへんし、海底火山は無いやんねぇ。竜巻が一番近そう……でも今日晴れとったけどなぁ。海の方には積乱雲があったんやろか」

「分からへん。専門家も実際見た訳ちゃうし、映像だけでは何ともよう言わんみたい」

「そら確かに難しいやろねぇ」

 尤もらしい顔をしながら、世の専門家達に心の中で謝っておく。真相は妖怪の暴走と神の戯れだから、貴方達では絶対に分からないのだ申し訳無い、と。

「ま、今は静かになってるみたいやし、その内調査結果も出るんちゃう?明日も仕事やし、風呂入って寝るわぁーぁあ」

 凪いだ海の中継映像を見ながら鈴音が大あくびをすると、母親も我に返った様子で頷いた。

「そやね。予想ばっかり聞いとってもしゃあないし、私ももう寝よ」

 テレビを消した母親とおやすみの挨拶を交わし、ドタバタだった鈴音の1日が幕を下ろした。



 翌日も骸骨と共に出勤し、約束通り綱木の報告書作成に協力する。

 綱木によれば、海坊主の映像を見た内閣府と関係省庁から生活健全局に問い合わせがあったらしいが、妖怪である事を認めた上で、最強の戦力により討伐済みと回答し了解を得たらしい。

「うへー、関係する省庁……そういう問題も出て来るんですね。ちょっとやり過ぎたかなぁ」

 頭を掻いた鈴音が反省すると、パソコン画面から視線を外し綱木が笑う。

「大丈夫やで。あんな現象見たら直ぐにウチの案件やて何処の省庁も解るから、ちゃんとやっつけたか?て確認してくるだけやし」

「うーん、それでも電話対応とかの手間は増やしてしもた訳ですし、今後もし何かあった時はもうちょっと考えます。勿論、何も無い方がええんですけど」

「うん、そうやね、何も無いのが1番や。神とか仏とか出て来られるともう、人の手に余る」

 遠い目になった綱木を鈴音と骸骨が『神様コワクナイヨー』と温かい目で見守り、午前中は報告書作成の手伝いで終えた。


 昼休みを挟んで午後になると、骸骨は謎の澱を探す為に山へ飛び、鈴音は通常の澱掃除を行う。謎の澱探しにも行きたかったが、流石に時間が足りなかった。

 焦っても仕方が無いと自らに言い聞かせ、出退勤管理にメッセージを入れた鈴音は、綱木に挨拶して帰宅の途に就く。


 自宅に戻ってからは普段通り、愛猫達と子猫の世話をし風呂に入り、白猫と虎吉にオヤツを出すべく神界へ。

 しかしここで、普段とは違う事が起きた。

 何と、白猫が尻尾でバンバンともこもこ床を叩き、ご機嫌斜めアピールをしていたのである。

「どどどどどないしはったんですか猫神様!」

 思い切り動揺した鈴音が虎吉を見ると、素早く目を逸らし爪研ぎを始めた。

「虎ちゃーん!?通訳してくれな解らへんねんけど!?」

「べ、別に俺だけ美味い貝食うたからいうて怒っとる訳やないらしいで?」

 爪研ぎから毛繕いへ移行しつつの虎吉が、誤魔化すの下手くそ選手権優勝候補の貫禄を見せる。

「貝?あ、ホタテのおつまみ!」

 直ぐに思い出した鈴音へ、お座りした白猫がニャーと鳴いた。

「ちょっとそこへお座んなさい、言うてるで」

 虎吉の通訳に鈴音は神速で正座し目線を下げる。

 すると白猫がニャーニャーと鳴き始めた。どうやらお説教が始まったようだ。

 しかし可愛らしい声でニャーニャー鳴かれるというのは鈴音にしてみればご褒美でしかなく、目尻が下がらないようキープするのが何より大変だった。


「えーとな、『昨日の貝もそうやけど、こないだの肉の串もそうや、虎吉ばっかり美味いもん食うてズルい。ちゃんと私の分も買うてって。ええ匂い嗅いで貝の口になってしもたから、どっかでようさん(たくさん)採ってって食べさして』て言うてはるわ。すまんな、昨日帰るなり口周りガッツリ嗅がれてしもてな」

 長いニャーニャーを虎吉が申し訳無さそうに要約し、白猫もそういう事だとばかり頷いている。

「あぁー……、気がつかんでホンマすみません。今後は猫神様の分もちゃんと御用意しますね」

 鈴音の返答に白猫はよしよしと頷いて、じっと期待の眼差しを向けた。

「ぐあッ可愛ッ!!ッゲホごほ。失礼しました。貝ですよね。猫神様が満足する量を確保するとなると、日本で採るのは無理やなぁ……。猫神様のファンに、魚介類の美味しさ自慢してはる神様居てはりませんか。もし居てはったら、そちらの世界で大量購入もしくは漁をさして貰いたいです。出来れば手っ取り早くお金が手に入る、賞金稼ぎ的な制度がある世界がええんですけど」

 そう言った鈴音の脳裏に、怪物を狩り素材として売って稼げる白髭の神の世界が浮かんだが、金魚という名の巨大魚を獲らせて貰ったばかりだったと思い出して緩く首を振る。

 あの世界ではいずれ、肉の串焼きも手に入れなければならないので、今の内からあまり頼り過ぎるのも如何なものかと考えたのだ。


「知ってる世界の中やと、虹男の世界なら貝採らしてくれそうやけど、まだ虹男が完全復活してへんから生き物関係が安定してへん可能性もあるし……。テール様んとこは文化レベルが日本に近そうやったから、賞金稼ぎ的な仕事は無さそうやし」

 白猫のファンではない神の世界はといえば、まだ創り始めたばかりだったり、ロボットが暴れて滅茶苦茶になっていたり、神の怒りを買って原始時代に戻っていたりで、残念ながら漁も潮干狩りも出来そうにない。

「うーん、誰か、海の幸ならウチだ!言わはる神様居てはらへんかなー」

「海の幸なあ……みんな色んな魚持ってってくれるし全部美味いけど、特に魚介類自慢しとる神さんに覚えは無いなあ」

 唸る鈴音と首を傾げる虎吉。白猫はもこもこ床にゴロンゴロンと転がって遊んでいる。

 するとそこへ、ドームの出入口から落ち着いた男性の声が聞こえて来た。

「こんばんは。茶会の予定を知らせに来た。入っても構わないか?」

 現れたのは、長い黒髪の男神ウァンナーンだ。

「あらまー!これはこれは!どうぞどうぞ!良い所にいらっしゃいました!」

 何やらギラギラしている鈴音と瞳孔全開な虎吉の目線にたじろぎつつ、ウァンナーンはゆっくりとドーム内に足を踏み入れた。

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