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第百七十九話 並行世界の住人ッス

 鈴音から聞いた話と自身の記憶を照らし合わせると、どうも謎の澱の消去が関係していそうだな、とワタツミの眉間に皺が寄る。

「意思を持って動く澱の塊が、謎の澱に惹かれてもおかしくはない……。強大な力を得られそうな怨念の渦にでも見えたか……?それを食らおうと近付いていたら海の神が出て来たので慌てて隠れてやり過ごす。よし神が居なくなったぞと出てみれば御馳走が消えていた。このまま何の力も手に入れず帰るのは癪に障る、何か無いかと探したら」

「海の中に結構な妖力持ってるハマグリが()ったと」

「ああそうだ……。って、え、俺声に出てた!?」

 後を続けた鈴音に頷いてから、思い切り驚くワタツミ。


「フツーに喋っとったで?鈴音がそばに居ると伝染るんか?鈴音もようそないなんねん。今さっきも大嶽丸が先祖で問題無いんか、て全部口に出とったやろ。いうても鈴音の場合は小声ん時の方が多いけどな」

 虎吉に肯定されてワタツミは頭を抱え、鈴音は楽しげに笑う。

「ハズカシー!!デカい声で独り言とか無いわー!!」

「伝染るとかそんな、人を病原菌みたいにー」

「いやお前絶対面白がってるだろ!?」

「大丈夫です、考えてる事全部口から出て貰ててもワタツミ様は男前でしたよ」

 鈴音が浮かべる慈母の如き微笑みを見て、ワタツミは髪をグシャグシャと掻き乱す。

「ぎゃーーー!!忘れろ恥ずかしいから!!とにかくあれだ!海坊主は謎の澱を食い損ねた腹いせに蜃を食おうとした!八つ当たりみたいなもんだ多分!蜃が狙われる事はもう無いと思う!以上!じゃあな!謎の澱見つけたら教える!おやすみ!」

 言うだけ言って物凄い勢いで後退したワタツミは、思い出したように手を振ってから、超高速で海の彼方へ消えて行った。


「あ、手ぇ振ってくれた優しッ。ふふ、大きい声で独り言、確かに恥ずかしいねん。温かい目で見守られとった事に気付くとなー、居た堪れへん気持ちになるもんなー。ふふふ」

 経験者鈴音による語りを聞いて、虎吉は小首を傾げる。

「それ解ってて敢えてやったんは、ワタツミにどっか行って欲しかったっちゅう事か?」

「うん。何と、ワタツミ様が、オッチャン騙す芝居に参加させろ言わはってなぁ……」

 咄嗟に何も思い付かなかったのだ、と遠い目になった鈴音の顎へ、虎吉がスリスリと頭を擦り付けた。

「そうかそうか、そらしゃあない。綱木も骸骨も隠れとくんやから、海の神の出番は無いわ」

 その通りとばかり骸骨も頷いている。

「ありがとう虎ちゃん、骸骨さん。けどワタツミ様ええ神様やからさぁ、何かコレっちゅうポジションあったら良かってんけどなぁ。今、自分の事で一杯一杯やからそこまで考えられへんわ」

 気を失っている作業員達を見やり、『並行世界、時間軸の移動、枝分かれ』等とハマグリに見せて貰った映像を思い出し呟く鈴音。不思議な人物になりきる為の単語を忘れぬよう、練習しているようだ。


「……にしても、コイツらいつ起きるんや?」

「大綿津見神が去ったので、もうそろそろかと」

 作業員達を見下ろす虎吉に答えたのは、どうにか復活した綱木だ。

「あれ?ハマグリの妖力やのうて、ワタツミ様の神力のせいやったんですか」

 キョトンとする鈴音へ綱木は恨めしそうな顔で頷く。

「かなり抑えてくれとったけど、妖力の影響受けて弱っとった彼らには厳しかった思う。俺は精神的にキツかったわ」

「あー……、すみません、話の流れ的についうっかり」

「ついうっかりで連れて来てええ相手違うから。怖いから。キレさしたら終わりやから。今後は、神を、うっかり連れて来ない。ええかな?覚えた?」

 目を見てじっくり言い聞かせる綱木だったが、肝心の鈴音が微妙な表情だ。

「申し訳無いんですけど、今頭ん中に他の事入れるスペース空いてへんのですよ。えーと、分岐点?枝分かれ?まあどっちでも大丈夫か。ほら、ちょっと怪しなったやないですか」

「え、そら悪かった、ごめんやで」

 困り顔で抗議され、流れで謝る綱木。

「うはは、大丈夫や。あんな格の違う神は普通こっちに出て来ぇへんから。アイツ以外に会う事なんか無いわ安心しぃ」

 虎吉がフォローしてくれたが、そのアイツ様が恐ろしいんです、と心の中で綱木は叫ぶ。勿論、虎吉相手に反論など出来ないので、表向きは大人しく頷いておいたが。

 そうこうしている内、作業員達が小さく呻いて意識を取り戻し始める。

「あ、みんな起きそう。……よし、ほんなら今から私は並行世界の人や」

 ふん、と鼻から息を吐いた鈴音と、澄まし顔で腕に収まり直す虎吉。骸骨は、姿隠し中の綱木の隣に並び状況を見守るようだ。



 作業員達が意識を取り戻すと、そこは見覚えのある公園だった。

「んん、あれ、何や?」

「イテテ、何がどないなった」

「うわビシャビシャやん。寒ッ。あ、大丈夫スか」

 三者三様の反応を示し辺りを見回す彼らの前には、雉虎柄の猫を抱いた女の姿。言わずもがな鈴音である。

「あッ!おねぇちゃん、アンタも無事……え?ちゃうわ、あれ?」

「通りすがりの……」

 額を押さえて混乱するのは、負の感情が立ち上る中年作業員で、ポカンとしているのは若い作業員だ。もう1人の中年作業員は鈴音を知らないので、2人を不思議そうに見ている。

「良かった。無事に元の世界に戻れたんですね」

 笑顔の鈴音に言われ、3人はハッと目を見開いた。

「そうや!俺、過去に、震災前に」

「じいちゃん家がまだある頃に」

「何か謎の世界に」

 口々に言って顔を見合わせる。

「俺ら全員で行っとったんか?過去のこの街に」

 どうやらリーダー格らしい負の感情の中年作業員が呟くと、全員が鈴音を恐る恐る見やった。


「気付きました?そうなんですよ、皆さんちょっとした事故で過去に飛ばされてしもて」

 笑顔のまま告げる鈴音にリーダー格の作業員が尋ねる。

「ちょっとした事故て?」

「ここには来る筈の無いモンが来て、(おも)っきり呑み込まれましたねぇ」

「へぇー……。なあ、俺らメット被ってへんかったから全員で頭打って、偶々なんや知らん、似たような夢見とったんちゃうか」

「ああー、そうかも知らんなあ」

「え?でもコブとか無いッスよ?気ぃ失うとか、かなりガツーン行かな無理ちゃいますかね」

 空気を読まない若手作業員にバッサリ行かれ、中年作業員達は黙り込んだ。

 鈴音としては夢だと割り切ってくれるならそれで構わないのだが、リーダー格の作業員からはまだ負の感情が消えていない。

 さて、荒唐無稽な話をどうやって切り出そうか、と笑顔の下でタイミングを見計らっていると、若手作業員が軽く手を挙げた。


「はい。どうぞ」

「どうも。アレは、異世界転移とはちゃうんですか?過去に飛ばされた、で合ってます?」

 若手の質問に『あんたもか!!何処まで浸透してんねん異世界転移論!!』と叫びそうになるのを笑顔で隠し、鈴音は鷹揚に頷く。

「全員で過去にタイムスリップしとったよ。キミは巻き込まれただけに近いけど。思い入れ無いやん?震災前の街とか」

「無いッスね。ほんなら、俺だけやったら別の時代に飛んだかも?」

「うん。オッチャンらの記憶が強過ぎて、キミの記憶では太刀打ち出来んかってん」

「あー……、でもそらそうッスよね。それは、うん、仕方無いと思う」

 鈴音と普通に会話し、すんなりとタイムスリップとやらを受け入れる若手を、中年2人が困惑気味に見つめている。


「ほんで、お姉さんは誰ッスか?」

「並行世界の住人ッス」

 虎吉を撫でながら答えた鈴音に、若手は目を丸くした。

「マジで!?ホンマにあるんや!?そっちにはそっちの俺が居るっていう、アレでしょ!?」

「はい正解。詳しいねキミ。助かるわ」

「いやスゲー。……ん?けど、並行世界の人が何でこっちの過去に()ったんスか」

 良くぞ聞いてくれた、と親指を立てたい所をグッと堪え、困ったような笑みを浮かべる鈴音。

「私も丁度同じ頃に向こうの公園に居ってん。ほんで、あ、ヤバいなとは思てんけど避け切れんかって、気ぃ付いたら何でかこっちの過去に来てたんよ。強い記憶に引っ張られたんかもしらんわ」

「あー……」

 成る程、という顔で中年作業員達を見る若手。鈴音は飽くまでも笑みを絶やさない。

 中年作業員達は、どうしたものかと顔を見合わせている。


「ほんで取り敢えず、私と同じように飛ばされた人おらんかなー思て、歩き回っててん。そしたらまず、こっちのオッチャン発見して」

 手で示されたリーダー格の作業員は、何とも言えない表情で鈴音を見つめた。

「時空酔いしたんかフラッフラなりながら、奥さん探してはったわ」

「え……、いや、えぇ?やっぱりあん時の?いや、せやけど、タイムスリップて、えぇ?」

 自身の記憶と鈴音の話が繋がってしまったので、作業員の頭は再び大混乱し始めたらしい。隣の中年作業員が心配そうに背中を擦ってやっている。

「あれ奥さんが居る過去やったんスか……そら、強い記憶ですね」

 若手作業員もしんみりとした表情で頷いた。リーダー格の作業員が妻を亡くした事は知っているようだ。

「どうしても伝えなアカン事がある、て頑張ってはってんけど、あの強烈な眠気には勝たれへんかってな?私に、ヨメに伝えてくれ、言うて写真渡してくれたんよ。あ、ちゃんと返しときましたから安心して下さいね」

 慌てて胸ポケットから手帳を取り出した作業員は、写真が海水にやられていない事にホッとした。しかし、天地が薄っすら水を含んでいる手帳に戻して大丈夫かと、写真を手にしたまま躊躇している。


「はいちょっと失礼しまーす」

 作業員達に近付き手を翳した鈴音は、手帳は勿論、作業着からも海水を抜き取ってボール状にすると、掌で弾ませて笑った。

「すんません、気付くの遅れて。少しは寒さマシになりました?」

「うおぉぉぉおスゲー!!魔法!?サイキック!?並行世界にこんな能力者が居るんやったら、こっちにも居るんちゃうん!?夢あるわー!!」

 若手作業員が大興奮の大喜び状態になってくれたお陰で、中年作業員達が理解不能な事態にパニックを起こす事はなく、揃って只々呆然としている。


 そして、こっそりひっそり綱木も呆然としている。『俺も濡れとるでー』とジャケットを摘んで遠い目をし、骸骨に『大丈夫、後でやってくれますよ』と描いた石板で慰められていた。


 若手作業員に尊敬の眼差しを向けられながら、離れた海へ軽々と海水球を放り投げる鈴音を眺め、手帳に写真を挟みポケットへ仕舞ったリーダー格の作業員は腹を括る。

「おねぇちゃん」

 呼び掛けられた鈴音は、振り向いて笑顔を見せた。

「はい」

「俺の願いは……叶えて貰えたんやろか。一方的に写真押し付けて頼んでしもたけど」

 リーダー格の緊張した様子に、魔法だ魔法だと喜んでいた若手は大人しく黙り、もう1人の作業員は心配そうな顔で見守る。

 鈴音は笑顔のまま口を開いた。

「奥さんに、地震の前日は実家に泊まれと伝えてくれ、いう願いなら実行しましたよ」

 随分と遠回しな言い方をする鈴音に、リーダー格は首を傾げる。

「やっぱり、おねぇちゃんでもヨメに声は届かんかったんか?それか、信じて貰われへんかった?」

「うーん、声は届きましたし信じてくれたんですけど……」

「ホンマか!!良かった!!」

「でもそのー、過去に干渉しても、今の生活に何か変化が出るかいうとー……」

 言い淀む鈴音の様子で気付いたらしい若手作業員が『あ!』と声を上げた。


「もしかして、並行世界が増えただけ?」

「はい正解。悲しいけど正解」

 頷く鈴音と、困ったぞと頭を掻く若手。

「何の話や?その、並行世界て何なんか教えてくれへんか?」

 困惑したリーダー格の作業員に請われ、大きく息を吐いた鈴音が頷いた。

「ざっくり言うと、今オッチャンが生きてるこの世界と、そっくり同じ世界が他にもある、いうイメージですわ」

「おー……、おぉ」

「ほんで、そんな世界が何であるか言うと、誰かが人生の分岐点で重大な選択をしたから。オッチャンは人生の分かれ道で今の仕事を選んだ。せやから今の人生がある。並行世界いうんは、そん時に選ばんかった方の道が続いてる世界。この仕事を選ばんかったオッチャンが生きる世界」

「俺が2人居るいう事か」

「いえ、それがね?人生の分岐点ていーっぱいあって。それこそ子供ん時から。親がどう接してくれたか、誰と友達になったか、習い事はしたか、とかが分岐点の事もあるし。恋人もそう、進学もそう、就職、結婚、病気、事故、災害。実はかなり色々選んでるんですよ、私らって」

 そこで一旦鈴音が黙ると、リーダー格のみならず作業員全員が考え込む。結果、若手はやっぱりな、という顔になっただけだが、中年2人は驚愕の表情となった。

「その考え方で行くと、俺、何人居んねん。俺だけちゃうぞ、お前らも、おねぇちゃんも、世界中の人らが山程ウジャウジャ別の世界拵えとるいう事ちゃうんか!?」

「並行世界の方の俺も人生の選択しますんで、更に増えるんスよ」

「ねずみ算式やんか!」

「ねずみ……?え?なんスかそれ」

 首を傾げる若手に、まず親が居ってな、とねずみ算を説明してやる中年作業員と、腕組みをして更に深く考え出すリーダー格。

 彼から立ち上っていた負の感情がほんの僅か減った事に気付いた鈴音は、畳み掛けるぞと密かに気合を入れた。

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