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第百七十四話 幻

 大嶽から送られて来たマップによると、綱木が向かった現場というのは、鈴音の住む港町にある日本最大の人工島だ。

 この島には医療を始めとした様々な研究機関が多数進出しており、日本を代表するスーパーコンピュータが存在している事も相まって、常に最先端を走っているイメージがある。

 要するに、妖怪等という古めかしい言葉がまるで似合わない場所なのだ。


ポーアイ(ポートアイランド)に妖怪ねぇ?全く想像つかへんわ。何やろ、学校の怪談みたいな、新しい感じの妖怪が出たんやろか」

 鈴音の呟きに首を傾げていた虎吉と骸骨も、島に到着してみて理解した。

 計画通り整然と作られた街には、擦り傷一つで何かが激怒する大木や、動かすと封印していた何かを呼び起こしてしまう岩など、妖怪にお馴染みの代物が一切無さそうなのである。

「こら確かに妖怪からしたら世知辛い街やろなあ。……せやけど、向こうの海の方に何ぞ居るんは間違い無いで」

 ふんふん、と鼻を動かした虎吉の言葉で鈴音は微妙な表情になった。

「え、また海?神様の次は妖怪とか、どないなってんのここら辺の海は」

 呆れたように言ってから、その神様を招いた原因について思い出す。


「……まさかその妖怪、ワタツミ様が気付いて消す前に謎の澱に触ってしもたんやろか」

「んー、分からん。烏天狗ぶっ飛ばした時はカーッとなっとったから、謎の澱いうやつの気配がどんなんやったか覚えてへんねんなぁーーーあぁぁ」

 語尾に大あくびのオマケをつける虎吉に『かんわえぇなぁもぅ』と鈴音は目尻を下げた。そして、何の話だろうと不思議そうにしている骸骨へ、謎の澱を取り込んだ烏天狗という妖怪を、キレた虎吉が成敗しかけた事があったのだ、と手短に説明する。

 虎吉と白猫には毎晩のオヤツタイムでその日一日の出来事を報告しているが、骸骨はここ暫く忙しくしていたのでこの手の会話は出来ていなかったのだ。

 そんな事があったのかと納得した様子の骸骨は、もしも謎の澱関係だと厄介だから急ごう、と描いた石板を出して、虎吉が鼻先で示した方向を指差す。

「せやね、急ご!」

 頷いた鈴音は虎吉のナビに従い、建物の屋上を飛び石代わりに現場へと向かった。


 どうやら島の北側にある海に面した大きな公園が目的地らしいので、近くまで来た所でスピードを落とし、地上に下りて警戒しながら進む。

「あの公園に綱木さんも妖怪もおるんかな?」

「んー……そうなんやろうけど、何やハッキリせぇへんな」

「え?何が……」

 小首を傾げる虎吉におかしいと感じた理由を聞こうとした時、鈴音はシャボン玉に指を突っ込んだ時のような仄かな抵抗を身体の前面に感じた。


 次の瞬間、視界に広がる景色がガラリと変わる。


「は?」

 目前に迫っていた筈の公園は消え、何故か大勢の人々が行き交う街のど真ん中に居た。

 慌てて周囲を見回すと、どうやらここは島の対岸にある、港町で一番賑わう繁華街らしい。

 駅名をデカデカと掲げたビルが建っているからそうと解ったのだが、それを見た鈴音は途轍もない違和感に襲われた。

「このビル、なに?ここの駅にこんなん建ってへんで?……いや、でもこれどっかで見たな。……ああ、写真で見た事あるんや、そうや。震災前の街の写真で見たんやわ。ビルん中から電車出て来るとか変わっとるなーて思たもん」

 違和感の正体に気付いた鈴音が改めて周囲を確認すると、街並みは違っているし、行き交う人々の服装も髪型もどこか古い。

 スマートフォンを弄る人は一人もおらず、代わりに公衆電話が大人気らしかった。ただ、通話するのではなく数字ボタンを連打している人もいて、鈴音には謎でしかない。

「どないしよ虎ちゃん骸骨さん、これ、過去の景色みたいやねんけど」

「ええ?過去?別の場所に飛ばされただけちゃうかったんか」

 困惑する鈴音を見守っていた虎吉と骸骨は、驚いた様子でキョロキョロと辺りを見やるも、直ぐに顔を見合わせて首を傾げた。

「よう考えたら今の街を知らんから、比べようが無かったわ。うはは」

 骸骨も街の景色をそこまでしっかりと覚えてはおらず、困ったように頷いている。


「そっか、私しか街の様子は分からんのか。うん、でもやっぱり過去やわ。それも私が生まれるより前の時代」

「ははあ、デカい地震で壊れて無うなってもうた筈のもんが、あるんやな?」

「うん。写真とか映像でしか見た事ないけど間違い無い。……でも何でこんなんが見えるんやろ。骸骨さんが見してくれる過去の映像みたいなもんなんやろか。妖怪が見せてるんかな?」

 そう言った鈴音がビルを見上げていた視線を元に戻すと、いつの間にか驚く程の至近距離に通行人が居り、咄嗟に避けられず思い切りぶつかった。

「うわ、すみませ……ぅえ!?何、ちょ、嘘、すり抜けた、すり抜けたで?」

 姿隠しのペンダントをしている事も忘れ反射的に謝ろうとした鈴音は、ぶつかった衝撃も無く幽霊のようにすり抜け知らん顔で歩き去る相手を見て、豆鉄砲食らった鳩顔でただ立ち尽くす。


「ふんふん、これで確定やな。今鈴音が言うた通り、過去は過去でも過去の映像やこれは。俺らは妖怪の作り出した幻ん中に入ってしもたんやな」

 特に慌てた様子も無く虎吉が解説し、骸骨が納得したように頷いた。

 我に返った鈴音が『幻?』と近くの壁に手を伸ばしてみると、見事に何の手応えも無い。手が壁を貫通しスカスカと空を掻く。

「ふぁー、めっちゃ不思議。過去の映像やのに、未来に放り込まれた気分やわ。リアルやなー。て、感心しとる場合ちゃうかった。これ、この時代に思い入れの無い私らが全員で同じ映像見てるいう事は、綱木さんとか消えた作業員さんとかもそうなんかな?」

「そうやろな。公園が見えた時に綱木の霊力がハッキリせんかったんは、この中に居るからやろ」

 答えた虎吉が鼻を動かし、鈴音と骸骨は辺りの気配を探る。

「この近辺には居らへんな。ちょっと移動してみよか」

「了解……っと危ない、ビルの上には立たれへんのやった」

 つい跳び上がりかけた鈴音は頭を掻いて笑い、地上を歩いて移動した。すり抜けるとは解っていても、やはり通行人を避けながら。



 取り敢えず、センター街という、アーケード付きの大きな商店街を目指そうと進んでいた鈴音だったが、実際の物より随分と長い横断歩道の向こうに広がる光景を見て、思い切り首を傾げる羽目になった。

「うーん、商店街違いや。繁華街のど真ん中に下町の商店街が出現してもうてるで。横断歩道も変やし。妖怪の記憶違いやろか」

 現れたのは確かに、アーケード付きの商店街ではある。

 しかし、店がギュウギュウと軒を連ねる様子や行き交う人々のラフな服装などから、目指すセンター街ではなく下町のそれと直ぐに分かった。

 どうしたものか、と困惑する鈴音をよそに鼻と耳を動かした虎吉は、そこに目的の人物の霊力を感じ取って笑う。

「居ったで、綱木や。その商店街の中や」

「え!?そうなん?ほな急ご」

 驚いた鈴音は骸骨と頷き合い、一蹴りで横断歩道を跳び越えた。


 夕飯時の買い物客で賑わう商店街を進むと、とある電器店の前で佇み、どこか寂しげな表情で店内を窺う綱木の姿が目に入る。

 声を掛けるべきか一瞬悩んだ鈴音だが、自分の仕事を思い出し足早に近付いた。

「綱木さん!無事ですか?私が誰か分かりますか?」

 その声で我に返った様子の綱木は弾かれたように鈴音を見やり、本物だと認識すると眉を下げて申し訳無さそうな笑みを浮かべる。

「鈴音さんが来てくれたんか、ありがとう。無事やで。えらい心配かけてしもたんやね、ごめんな」

 しっかりとした受け答えを聞き、どうやら妖怪に操られたりしてはいないようだと安堵して、鈴音は大きく息を吐いた。

「怪我が無くて良かったです。調査課からの要請があったて聞きましたけど、何がどないなったんですか?」

「あー、それがなあ……」

 鈴音の質問に困った顔をした綱木は、ここに至るまでの経緯を纏めて話す。


 昨日、人工島の公園で敷石の保全作業をしていた作業員3名が、何の連絡も無く忽然と姿を消した。

 彼らが所属する会社は、何らかの事件に巻き込まれたのではと警察に相談。事件事故の両面で捜査は行われているが、たまたま事態を目撃していた生活健全局の協力者が、恐らく警察では手に負えないと調査課に通報した。

 曰く、海から湧き上がるように妖力が広がったと思ったら、いつの間にか作業員達の姿が消えていたとの事。もう少し公園に近付いていたら自分も巻き込まれたかもしれない、と怯えていたそうだ。

 そこで調査課が調査員を派遣し調べてみた所、公園内にて微かな妖力を感知。安全対策課へ要請が行き、綱木の出動と相成った。


「調査課の子は公園の中入って調べたて聞いたから、俺もそのつもりで公園に入ったんよ。ほんならいきなり、タイムスリップやがな」

 お手上げのポーズを取る綱木に頷き、鈴音も先程の感覚を思い出す。

「何か、シャボン玉みたいな、うすーい膜ん中にポヨンと入ったような感じはありましたね」

「それそれ、そんな感じ。ほんで、じっとしとってもしゃあないから作業員探そ思て歩きよったら、交差点の真ん中に馬鹿デカいハマグリが居ったんよ」

「……え?」

 突如妙な流れになった話に怪訝な顔をする鈴音と、首を傾げる骸骨。虎吉だけが、成る程なと頷いた。

「大丈夫やから、頭おかしなった訳やないから」

 鈴音が明らかに正気を疑っているので、綱木は笑いながら手を振る。

「いや、でも、ハマグリて。貝ですよね?交差点に貝ですか?まあ、妖怪が記憶違いしてるみたいな過去映像やし、何があってもおかしくは無いですけども」

「うん、そのハマグリが妖怪やねん。蜃ていう名前の、幻を見せる妖怪。蜃気楼のシンな」

 綱木の説明を聞いて鈴音の目が点になった。


「ハマグリの妖怪!!妖怪ハマグリ?いや、シンか。えぇー……、綱木さんが手こずる妖怪やし思っっっ切りブッ飛ばしたろ思てたのに、気ぃ抜けますやん。ハマグリて」

「ふふふ、そうやね、気ぃ抜けるわ確かに。実際、凶悪な妖怪いう訳でもないし。せやから説得しよ思て話し掛けてんけど、虫の居所が悪いんか逃げられてしもてなあ」

「虫の居所が悪いハマグリ!!逃げるハマグリ!!アカン、面白過ぎる……!」

 呟きながら顔のパーツを真ん中に寄せて笑いを堪える鈴音と、既に大笑いしているらしく肩を揺らす骸骨。ふたりとは違い、虎吉は何か気になる事でもあるのか、小首を傾げて綱木を凝視している。綱木は気付いていないようで、話を続けた。

「ほんで、面倒臭い事に作業員探しと同時に、蜃探しもせなアカンようになってしもたんよ」

「はー、はー、苦しかった。えーと、この幻の空間を吹っ飛ばしたらアカンのですか?」

 神に連なる者が3名もいるので、神力をドカンと放出すれば簡単だろう。

 しかし綱木は首を振った。


「作業員探してからやないとアカンねん。強引に幻を吹っ飛ばした場合、今居る場所によっては海の中にドボンかもしらん。この幻、公園の広さで収まってへんやろ?」

「言われてみたら、公園を目の前にして景色が変わってんから、そのまま真っ直ぐ前進したら海の筈ですね」

「そうやねん。鞍馬天狗の居る場所思い出してみて?入口は人界やと階段がある所やけど、いざ開けてみたら山道が続いとったやろ?」

 その説明で鈴音はハッとする。

「ここ、魔界なんですか?」

「んー、魔界ではないねん。狭間の世界いうか、人界と魔界の間ぐらい。どっちつかずの幻やから、長い時間居れる場所ではないねんな。作業員らは多分巻き込まれただけやから、早よ助けたらなしんどい思う」

 狭間の世界の幻、と納得した鈴音に頷き綱木は続けた。


「一番穏やかに人界へ戻るには、蜃を説得して幻を消して貰う事やね。その場合は何処に居ろうと元の公園に帰れる筈やねん。ただ、何でか知らんけど機嫌の悪い蜃が説得に応じてくれへんかったら、幻と一緒に消える羽目になる。まあ今回は鈴音さんらが居るからその心配はないけど、強引に消した場合はさっき言うた通り人界の何処に出るや分からへんから、全員で最初にこの幻の中に入った場所に居らな危ないねん」

「あ、そうか。最初に居った場所なら公園で確定なんですね」

「そういう事。まあ頑張って説得するけど、アカンかった時に備えて作業員を一箇所に固めときたいね」

「解りました」

 状況を理解した鈴音と骸骨は顔を見合わせ、手分けして探そうと頷き合う。


「ほな私は山側()に行こかな。骸骨さんは浜側()をお願い。綱木さんはこの周辺を。見つけたら問答無用で捕まえて駅まで運ぶいう事で」

 話をした所で理解しては貰えないだろうと考える鈴音に、綱木も骸骨も同意した。骸骨は、後ろから抱えて飛ぶ、と石板に描いて見せる。

「課長の次は作業員さんかー。慌てるやろなぁ」

 悪戯っぽく笑う鈴音と親指を立てる骸骨に、瞬きを繰り返して綱木が問い掛けた。

「大嶽が何で骸骨さんに?」

「検査所に向かう下り階段でヘロヘロんなって、帰り自力で上られへんから連れてってー、て言われたんです。ほんで骸骨さんが後ろから持ち上げて、ふよふよーっと地上まで」

 事情を聞いた綱木は右手を額にあてて深い溜息を吐く。

「悪かったね骸骨さん、お手数お掛けしました。上られへんねやったら下りな(下りるな)っちゅうねんホンマ」

「中々個性的なオジサマですよね」

「うん、実力は確かやねんけど性格がアレやからね、間違い無く面倒臭い。……て、アイツの話はええねん。謎の澱についての話も聞きたかったん忘れとった。早よこの一件片付けて聞かして貰お」

「はい。ほな作業員さんとハマグリ探して、駅で集合いう事で」

 全員で駅の位置を確認してから頷き、それぞれの担当エリアへと散って行った。

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