第百六十九話 ワタツミ様有能
タイトルを弄りました。タイトル詐欺っぽかったので……(ほのぼの系っぽいと今頃気付きました)
その時ふと鈴音は思い出す。
ストーカー行為を働いた烏天狗も、人がわざわざ近付きそうにない街灯の下に件の澱があったと証言していた事を。
死者の魂を悪霊化させたいのか、霊力や妖力がある者を狙っているのか、澱の見えない一般人が偶然接触する事も含めて狙う無差別的犯行なのかは分からないが、誰かに触らせたいのなら本来はもっとそれに適した場所がある筈だ。
少なくとも、虫が多く集まるから人は近寄らず、明るくて目立つから妖怪が嫌いそうな街灯の下や、そもそも海開き前だし、開いたとて誰もそんな所まで行かないだろうという沖になど、自分なら絶対に仕掛けないと鈴音は思う。
「あー、例えばあの澱に、死んだ人の魂だけやなく、高位の妖怪さえ騙して自分を触らせる程の力があったとします。ワタツミ様があれをばら撒く犯人やったとしたら、何処に置きます?少なくとも、あんなとこにボケーっと浮かべませんよね?」
鈴音の問い掛けに髪を弄りつつワタツミは唸る。
「高位の妖怪をも惑わす力の塊?俺達ならともかく、人がそんな強力な物を作れるのかっていう疑問は省いて考えるんだな?んー、人なら貴重な力は効果的に使いたいよなー。となると時期に関わらず海水浴場は微妙だ。夏は勿論、他の時期でもそれなりに人が訪れるから、碌な力も持たない者が触る可能性の方が高い。貴重な力なんだから、出来るだけ強い妖怪や人を騙さなきゃ勿体無いだろ?海の妖怪目当てで入江の洞窟なんかに仕掛ける方が、まだ効果がありそうな気がする。後は……悪霊が出そうな所に仕掛けて、それを浄化しに来た霊力の高い者を狙うとか」
すらすらと出て来る案を聞き、人との関わりが深い神は流石だなと鈴音は感心した。
「やっぱり人の事をよう見てはる神様は違いますね。人が考えそうな事はお見通しや。感動しました」
「ふふーん、それ程でもないぞ」
持ち上げられて満更でもない顔になったワタツミに微笑み、顎に手をやった鈴音が続ける。
「神様のワタツミ様が短時間でこれだけの案を思いつかはるのに、あの澱をばら撒いた犯人は何で無駄だらけの事してるて気付かんのか……。アホ過ぎる奴?世間知らず?まさかの子供?突然変異的な物でそもそも犯人なんて居らん?それとも、人の仕業やなかったりする?」
「お、それだそれ、人の仕業じゃなくて妖怪の仕業なんじゃないのか?人が意図的にあんな汚らわしい力の塊を作り出して持ち運ぶのは、ちょっと無理があるだろ」
「あ、すみません。実はその点について、鞍馬天狗から『そんな事出来る妖怪なんか知らん』いうお墨付きを貰てまして」
「何だよ先に言えよー。て事は、さっきのは例え話じゃなく、実際に触って体調不良でも起こした強い妖怪が居たって事か」
口を尖らせたワタツミを申し訳無さそうに拝みつつ鈴音は頷いた。
「精神的に参ってる時に偶然見つけた澱が、めっちゃええ物に見えてしもたらしいんですよその妖怪。ほんで触ってしもて。そしたら何故か身体能力がガッツリ強化されて、オマケに澱を使た攻撃まで出来るようになったんです。とあるめっちゃ可愛い神の分身にブッ飛ばされて正気に戻りましたけど、途中まで負の感情が爆発的に増大してる感じでした」
「うえぇー、そりゃマズいな。悪霊なら冥界から直ぐに迎えが来るからそこまで心配する必要はないけど、おかしくなった妖怪が単独で行動してる奴だったら誰も気付かないぞ?人を恨んでるタイプの妖怪にそんな力が備わったら、いきなり街中で大暴れなんて事もあるんじゃないか?下手すりゃ人死にが出るな」
ワタツミの指摘に大きく頷いた鈴音が溜息を吐く。
「こんな変なばら撒き方するいう事は、幸いその手の妖怪の居る場所は知らんのでしょうね。お陰で今はまだ助かってるけど、ワタツミ様の仰る通り、いつそないなってもおかしない状況にあるんは確かで。強い妖怪は簡単には騙されへんいうても、何かの拍子にいう事もありますし。1つだけとはいえ澱も手に入れたんやから、早よ謎を解明せなあきませんね」
「そうだな。おかしくなった妖怪や人に海を荒らされたくないし、俺も協力しよう。ついては、あの澱とやらをもう一度よく見たいな。作った奴もあれと似た妖力だか霊力だかを出しているかもしれない。覚えておけば近くに現れた時に捕まえられるだろ?何せこの星の7割は海だからな、逃げ場なんか無いぞ。海神様のネットワーク、ナメんなよ」
ニヤリと笑ったワタツミに拍手して、鈴音は上を指した。
「ほな、砂浜に居る仲間んとこに行きましょか」
「ああ、そうしよう」
ワタツミは頷くと、自身と鈴音を包む大きな泡ごと一気に浮上する。
水を掻き分けながら浮上した泡は、海上へ出た途端役目を終えたとばかり弾けて消えた。
慌てたのは鈴音だ。
「ちょっ……」
落ちる、と顔を引き攣らせ身構える。が、靴底が海面の下へ潜る事は無かった。
「へ?」
何が起きたのかと周りを見回せば、誰がどう見ても海の上に立っているとしか表現出来ない状態になっている。
ポカンとして瞬きを繰り返す鈴音に、ワタツミは子供のような顔で大笑いだ。
「ははははは!やーい引っ掛かったー!海にドボンだと思ったか?そんな訳ないだろ、俺の力を持ってるんだから」
悪戯が成功して喜ぶ悪ガキそのものな神をスナギツネになりつつ見つめ、漸く先程貰った力が働いているのだと理解した鈴音は、恐る恐る海面を歩いてみる。
「おおー、凄い、歩ける!うわー、これは便利ですね!海だけですか?川とか湖とか池とか沼とか……」
「水なら何でもドンと来いだ。海は全ての水の始まりだからな!」
どや、と胸を張るワタツミへ拍手して微笑む鈴音。
「海水はベタベタするし飲まれへんけど……」
「蒸留しろ!許す!蒸留したらいい!塩も取れて一石二鳥だな!海水って偉大!」
ムキになるワタツミに今度は鈴音が大笑いだ。
そしてふと砂浜へ目をやり、しまった、と口元を押さえる。
いきなり顕現した海の神と、海上を歩いて笑う鈴音という訳の解らないものを見て、謎の澱を健気に守っていた伊藤が真っ青な顔をして腰を抜かしかけていた。
「ワタツミ様、もうちょい御力抑えられますか?あそこで両足踏ん張って堪えてるんが私の仲間いうか先輩なんですけど、多分このまま近付いたら気ぃ失うと思います」
初めて虎吉と対面した時の綱木を思い出した鈴音が頼むと、首を傾げつつもワタツミは力を抑えようと頑張ってくれている。
「かなり抑えてるつもりなんだけど、まだ駄目か?」
「やっぱり偉大な海の神の御力ともなると、例えほんのちょっとでも人には強過ぎるんですよ」
「ふふふーん、そうかそうか、そうだよなあ。気付かなくて悪かった。ふぬぬぬ……、これでどうだ?」
ご機嫌さんなワタツミから溢れ出る神力は、先程までの半分以下に抑えられた。鈴音が砂浜へ視線をやると、伊藤が胸に手をやり呼吸出来ている様子が確認出来る。
「はい、充分です!ありがとうございます。ほな行きましょか。くれぐれも澱には触らんようにお願いしますね」
「解った。俺の力で消えてしまっては、ふりだしに戻ってしまうもんな」
真剣な顔で頷くワタツミに微笑んで頷き返し、揃って伊藤の元へ向かった。
息は出来るようになったものの、海の上を歩いてこちらへ近付いてくる後輩と、どう見ても神な青年だか少年だかを眺める伊藤の顔色は、相変わらず青いままである。
「いやいやいやいや、冗談やろ?澱が見せる幻だけでも人生に一度有るか無いかの体験やのに、あれどう見ても神やんな。え、俺もう死ぬんかな。何か夏梅さんも海の上歩いとるし、死ぬ前に見る幻的なあれなんかな」
ブツブツ呟く伊藤の顔の前で鈴音が手を振り首を傾げた。
「ただいま戻りました。大丈夫ですか?」
「え?あ、はい。いや、そのセリフは俺が言うべきちゃいます?波に飲まれて海に消えた後に神様と帰ってった人に言われても」
軽口を叩いてみせる伊藤だが、明らかにワタツミから目を逸らしている。顔色の悪さと身体の強張り方を見て、これだけ抑えてもまだ高位の神の力は強過ぎるのだと鈴音は理解した。
「あはは、確かにそうですね。神様が澱の事を知りたいて言うてはるんで、サクッと説明してまいますねー」
了解したというように頷く伊藤から澱へ視線を移した鈴音は、今一度魂の光が消えるようにしっかりイメージしてから、黒い靄に手を突っ込んで掴み持ち上げる。
「はいワタツミ様、これが謎の澱です。見た目はそこらへんに吹き溜まる普通の澱とソックリなんですけど、私は何となく変やなぁて感じるし、彼のように澱や悪霊が見える人には不思議な幻を見せるみたいです」
鈴音が顔の高さに持ち上げた澱をじっと見つめていたワタツミが、眉間に皺を寄せた。
「なあこれ、ほんの少し、ほんとーにちょびっっっとだけ、神力混じってるぞ?」
その言葉に驚いた鈴音は目を見開き、うっかりワタツミを直視してしまった伊藤は目眩を起こして危うく倒れかける。
咄嗟に伊藤を支えつつ、鈴音はワタツミと澱を交互に見た。
「神力て……これ作ったん神様やいう事ですか?いや、そもそも神力と澱て相容れるもんでしたっけ?あれ?なんで消えへんの?」
「んー、解らん。神が作ったにしては神力が弱過ぎるっていうか、薄過ぎるっていうか、何かハッキリしないんだよな」
腕組みをして首を傾げるワタツミも、こんな事は初めてらしく困惑している。
「お前ちょっとその澱置いて、似たような大きさで何か作ってみろ。水の玉でも火の玉でもいいから。但し、神力は出来る限り抑える事」
言われた通りに澱を砂の上に置き、最小限の力で水の玉を作って見せる鈴音。
「……うん、ちゃんと抑えられてるけど、神力はハッキリ感じ取れるな。この澱から感じるようなボヤーっとしたのとは違う。となると、眷属には無理って事だ。眷属でこれなんだから、神なんかもっと無理だ。神使じゃ何かを作り出すなんて出来ない。……あれ?八方塞がりだな」
鈴音が作った水の玉を手に取って弄びながら、ワタツミは口を尖らせた。
「っかしーなー、貧乏神あたりが遊んでんのかと思ったんだけど、違うみたいだ」
本当に居るんだ貧乏神、と鈴音も伊藤も心の中だけで驚く。
「禍津日神が関わるともっと大事になるしなあ。駄目だ、さっぱり解らん」
音も無く水の玉を消し頭を振るワタツミに、鈴音は笑顔を向けた。
「けど、ちょびっとでも神力が入ってるとか解っただけでも、私らからしたらメッチャありがたい情報ですよ!」
「確かに。まずその情報に辿り着くまでの段階で、本省の職員の何人かが何日も何日も掛けて神経と霊力擦り減らさなアカンかった筈です。それ思たら、はなから神力が入ってるいう事が解っとってそれ以外を調べたらええ状態なってるとか、ホンマに喜びますよ。ありがたいです」
視線を落とし青褪めた状態ながら、それでもどうにか感謝を伝える伊藤にワタツミは機嫌を良くする。
「よし、それじゃあこの神力と同じ、若しくは似たような神力の奴を見つけたら、直ぐに教えてやるよ。澱自体はどうする?もう要らないなら見つけ次第消すけど」
「あ、はい、そうですね、サンプルとして回収するなら今度は陸にあるやつが要ると思うんで、海に出た分は消して頂けると助かります」
「そうか、じゃあ消すとしよう」
冷や汗を滲ませながらも神と会話する伊藤へ尊敬の眼差しを向けつつ、鈴音は顎に手をやった。
「私にもどんな神力か解ったらええのになぁ。変な感じやいう事しか解らへんから、もしその神力の持ち主に会うても気付かへん可能性が高いいうか、よっぽど変な奴やない限り見逃す思うんですよねぇ」
「それは仕方ないだろ。ま、せっせとばら撒いてる澱を片っ端から消してやって、怒らせるのが手っ取り早いんじゃないか?怒れば“よっぽど変な奴”な行動を取るかもしれないし」
「そっか。そうですね。澱掃除は得意なんで、今まで以上に頑張ります。吹き溜まり狙うより、全然関係なさそうな場所も巡った方が良さそうですよね」
「うんうん、何せ海の真ん中に浮いてたりするんだからな。道の真ん中にだって落ちてるかもしれん」
ワタツミが同意すると、鈴音は拳を握ってやる気を漲らせる。
「ほなワタツミ様、私らはコレ調べてくれる人に届けて澱掃除頑張ろ思いますんで……」
「じゃあ俺は海を見回ってから帰るわ。何か解ったら俺にも教えろよ?」
そう言って笑いながらワタツミは滑るように海へ後退して行く。
「教えるのはええんですけど、海に呼び掛けたら声届きます?」
「それでもいいし神界の縄張りに来てくれてもいいぞ。竜宮城つったら猫神は解るだろ。じゃーなー」
鈴音の問い掛けに笑顔で答え、手を振って海中に消えるワタツミ。
残された鈴音と伊藤は顔を見合わせ、まさか竜宮城がワタツミの縄張りだとは、と目だけで会話した。




