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第百六十八話 大綿津見神

 挙動不審な神を目で追った鈴音は、小さく息を吐く。

「かーみーさーま」

 ビクリ、と身体を震わせた神は鈴音を見ずに応えた。

「なーあーにー」

 冷や汗を掻きながら目を逸らしている神に、なるべく優しく見える笑みを浮かべて話し掛ける鈴音。

「何をそんなに困ってはるんですかー?」

 顔を横に向けたまま目だけをそうっと鈴音へ向けて、神は恐る恐る口を開く。


「思いっ切りやらかしたなーと。人違いかましたの恥ずかしいし、それが他所の神の眷属だとか、殴り込まれても文句言えないし、うわーどうしよっかなーって悩んでるとこ」

「あー、成る程。確かに、私の主は喧嘩番長らしいですからねぇ。怒るかも」

 鈴音がわざとらしく幾度か頷いて見せると、神は頭を抱えた。

「やっぱり!?聞き間違いじゃないよな!?猫神の眷属って言ったよな!?猫神ってあの猫神だよな!?」

「あの猫神様がどの猫神様か解りませんけど、猫神様は猫神様ですね」

「ぎゃー!!犬神と結託して攻めて来るー!!ごめん、間違えてごめーん!!」

「やっぱりそっちか。無い無い、無いですから、大丈夫ですよ神様。まあ、私が怪我の一つでもしとったら危なかったかもしれませんけど」

 そう告げた途端、物凄い勢いで近付いた神が前後左右上から下まで鈴音を観察し、うーんと唸りながら首を傾げて、何か思い付いたようにポンと手を打つ。

 直後、右手にキラキラ光る青い水を溜めた神は、何の躊躇いも無くそれを鈴音の頭から掛けた。


「えぇー……」

 まるで幻だったかのように乾いたので特に問題は無いが、一言ぐらいあっても良いじゃないかという目で鈴音は神を見る。

「あれ?不満か?万能薬だけど。もし怪我してても治っただろ?」

 キョトンとする神に、ああやっぱりなと頷く鈴音。

「そんな気はしてました。ホンマ、神様は万能薬を常備薬みたいに使わはりますよねー」

「だって一番確実に何でも治るし。一個一個治すの面倒臭いじゃん」

「そらそうでしょうけど。……ていうか、そういう子供っぽい顔しはると、誰かに似てるなぁ。因みに神様のお名前をお伺いしても?」

 子供じゃないぞ、と口を尖らせつつも、神は名乗ってくれた。

「俺は大綿津見オオワタツミ。見ての通り海の神だ。ワタツミでいいぞ」

「ありがとうございます、ワタツミ様ですね。うーん、割と最近どっかで会うた人に似て……あ。解った、人ちゃうわ、ヒノ様や」

 今度は鈴音がポンと手を打ち、ワタツミが首を傾げる。

「ヒノ様?誰?」

「えーと、ホンマの名前なんて言わはったっけ、ヒノ……ヒノカ……、そうそう、火之迦具土神様です」

 よし思い出せたと笑顔で告げる鈴音を見つめ、ワタツミはポカンと口を開けて瞬きを繰り返した。


「嘘だぁ。ヒノカグツチはあれだよ?黄泉の国に居るんだよ?どうやってお前と会うのよ。お前死んじゃうじゃん。あそこ、神だの眷属だので忖度してくんないよ?一度大騒ぎがあってから厳しくなったんだから」

 腕組みをし、ゆるゆると首を振るワタツミへ鈴音は頷く。

「確かに、神界への通路開きませんもんね、神様にも容赦無しですよね。規制が厳しなった大騒ぎいうんは、とあるご夫婦の喧嘩ですか?もしそうやったら、私その件に関してお手伝いする事になったんと、ツシコさんに勝ったんとで自由な出入りが許されてるんです」

 語られる内容に目を白黒させたワタツミは、鈴音に掌を向けて待ったを掛けた。


「ツッコミ所が多過ぎる!えーと、通路開かないの知ってるって事は、ホントに行ったんだ黄泉の国。何で行った?死んだの?」

「いえ、異世界で呪い的な即死攻撃を食らいまして。死にはせんかったんですけど、何故か黄泉の国に飛ばされたんです」

「異世界にも行ってんのか、珍しい奴だな。ま、神の眷属なら他所の神の所へ行く事があっても変じゃないし、呪いなんかで死ぬ訳ないからそこはいいや。一応呪いのささやかな抵抗で黄泉の国に繋がったとでも考えるわ。で、問題はその後だ後。なに?夫婦喧嘩に関するお手伝いって。考えるのも怖いんだけど。あと、ツシコさんて誰」

 ワタツミの質問で、説明が足りなかったかと反省した鈴音は、丁寧に答える。

「イザナミ様が元の旦那様をお探しなので、見つける為のお手伝いを。元の旦那様本体は勿論、手掛かりにも反応する探知機なんです私。ほんでツシコさんはー、あれ、何ていう名前やったっけ?最近ツシコさんとしか呼んでへんから……、ほら、ナミ様の眷属の女神で愉快なお姉さんの」

「もしかしなくても黄泉醜女だったか!!勝ったのかアレに!?無茶苦茶だな猫神の眷属!!」

 あ、それそれ、と鈴音が嬉しそうに頷くと、大きな溜息を吐いたワタツミは綺麗な黒髪をグシャグシャと掻き回した。


「それで?母上の手伝いはいいけど、意味解ってやってんのか?父上が見つかったら、この国の人類に未来は無いぞ?」

 ワタツミの警告に鈴音の目は点になる。

「やっぱ自分が何してんのか知らなかったのか!」

「いえ!そっちは知ってます。ビックリしたんは、ワタツミ様がナミ様の息子さんやった事にです。そらヒノ様と似てる訳や兄弟やんか」

 今度はワタツミの目が点になった。

「は?海の神ワタツミっつったら神産みでも割と早い段階で出て来る有名な神でしょうが」

「あー、その神産みを殆ど知らんのですよねー。これを機に勉強しよ思たんですけど、馴染みのない名前がズラズラ出てって目が滑りまくって、最終的には寝落ちです、ええ」

 キリ、と表情を整えて言い切った鈴音を見てワタツミが地団駄を踏む。

「ええ。じゃねーよ何だそれ!俺見て驚かなかったのは、海だし神だしほぼ間違い無くワタツミ様だな!って予想してたからじゃないの!?」

「いえ全く初めましてですね。殺す、言われたら虎ちゃん呼んで神界に逃げよ思てましたけど、魚になれ言われたら『ああ殺す気は無いんやな』て取り敢えず安心しますやん」

「どんな修羅場潜ったらそんなんで安心すんの!?てか虎ちゃん誰よ。あと神界行けるとか何」

「虎ちゃんは猫神様の分身です。神界へ行けるのは私の魂が特殊やかららしいですよ」

 あっけらかんと返されて、ワタツミは遠い目になってしまった。


「うん、すっごい変な奴って事でいいやもう。因みに、母上の望みを知った上で協力して、何か勝算あんの?もし俺が父上匿ってたら、今日でこの国の人類の未来消えてたと思うけど?」

「んー、今の段階やと確かに結構厳し目かもしれませんねぇ。ヒノ様は人の作り出す物を好きになってくれたばっかりで、まだナミ様を止める程の強い愛着はないやろし」

 顎に手をやりつつ渋い顔で唸る鈴音と、狙いを理解して衝撃を受けるワタツミ。

「ヒノカグツチを利用すんのか。どうやって」

「ナミ様はヒノ様を溺愛してはるんで、人界のオモチャやら食べ物やらをヒノ様に好きになって貰て、人が産まれんようになるんは嫌や、てナミ様に言うて貰おう作戦です。ほんなら旦那様は半殺し……八分殺しぐらいで済むかもしれませんやん。既に人界のレシピによりヒノ様の胃袋は掴みました。まあこれは意図してなかったんですけど、ツシコさんのファインプレーですね。鈴音が作り方教えてくれたんですよーとか言うてくれたみたいで。ヒノ様がよう食べるとナミ様もご機嫌さんになるという相乗効果もアリで。今後、こないだ献上したカレールーが更にええ仕事する予定です」

「ご機嫌な母上とか想像もつかないな。恐ろしげな噂しか聞いた事ないし」

「ホンマですか?元の旦那様の話する時以外は大体ニコニコしてはりますけどねぇ?ヒノ様に献上した動物図鑑やら乗り物図鑑も一緒に御覧になって『人界ハンパないねー』とか言うてはったし。ミニカーを神力で動かしてヒノ様を喜ばして『ヒノたんが可愛過ぎて無理』とか自爆したり」

 聞けば聞くほど記憶している母親像から遠のくのか、ワタツミの顔が微妙な事になっている。

 若干気の毒な感じなので、凡そ伝わったようだしイザナミの話はこれ位で良いか、と鈴音は締めに入った。


「まあ、まだ始まったばっかりの作戦なんで、ホンマここに元の旦那様が居らんでよかったです」

「ああ、俺も父上には思う所があるから、匿うつもりはないんだけどな。母上の望みは叶えてやりたいけど、この国から人が消えるのは寂しいから、俺もお前の作戦を応援するよ」

「そうですかー……、て、え?応援する言わはりました!?」

 思わぬ言葉に鈴音は目を見開き、ワタツミは笑って頷く。

「次に母上に会ったら、ワタツミもイザナギを探すと言っていた、と伝えてくれ」

「おおー!!絶対にお伝えします」

「その上で海の幸を献上して、漁師達が俺に捧げた物だと教える。こちらに居る息子の一柱は味方で、それを崇める人々も居ると頭の片隅にでも置いて貰えば、多少の効果はあるかもしれない」

「凄い凄い!息子が味方なってくれて、その息子は母を止めはせぇへん。せぇへんけど、人が好きなんよねーと寂しげな微笑みと共に匂わせる訳ですね!?天才ですかワタツミ様!」

 勝手に寂しげな微笑みとか付け加えるな、とツッコみたい所だが、あまりにも鈴音が嬉しそうなのでワタツミは黙って笑った。そして、ふと気付く。


「あ、そうだ。俺の力も持って行け。じゃないと母上も黄泉醜女も信用しないかもしれないぞ。何せ、俺も今日の今日まで放ったらかしにしてた訳だし。そんな急に味方になるー?アンタの作り話じゃないのー?とかなったら、せっかくの信頼関係がパァだ。そうなる前に手から海水でも出して見せれば信用するだろ」

 至極尤もなワタツミの提案だったが、鈴音は困り顔で頭を掻いた。

「大変ありがたいお気遣いなんですけどもー、入りますかね?」

「何が?」

「ワタツミ様の御力。私既に、ベースに猫神様の御力を頂いて、その後に異世界の閻魔様らしき神様の御力、異世界の創造神様の御力が2つ、ヒノ様の御力にナミ様の御力、と頂いてるんですけど……」

「ギュウギュウだな!!何でそんなに宿せるんだ。神界にも行けるとか言ってたけど、よっぽど変わった魂なのか?」

「こんな感じです」

 見て貰うのが早いだろうと、鈴音は魂の光を全開にする。


「はあーーー!?何だお前、アマテラスか!?いやそれは無いか、人だなどう見ても」

 目を真ん丸にしたワタツミに鈴音も頷いた。

「人なんです。なので、そろそろ神様の御力も満員御礼状態ちゃうんかなぁと心配で」

「はははー。人らしい心配してるとこ悪いけど、まっっったく問題無さそうだぞ。規格外だなお前の魂」

「あれ?」

「うん、杞憂杞憂。とっとと受け取れ」

 何だそうか恥ずかしいな、という顔をする鈴音に、手を出すようワタツミは指示する。

「掌が上なー」

 そう言って鈴音の手に自らの手を重ね、ゆっくりと力を注ぎ込んだ。

「お、きたきた。ありがとうございます。何かこう、ギューッとした御力ですね」

「ふぅん?よく解らんけど、取り敢えず使ってみ?上手く渡せたか確認してやるから」

「え、今ここでですか。濡れますやん。海水に濡れるとベッタベタなって嫌なんですけど」

 言葉通りの表情をする鈴音にワタツミが再び地団駄を踏む。

「海水の悪口言うなーーー!!海の神全員で押し掛けて泣くぞ!?別に濡れないようにも出来るし、濡れたとしてもそれを一箇所に集めて何事も無かったのと同じ事にも出来るから、ほれさっさとやる!」

「そうなんですか?ほな、……よっと」


 ワタツミの目の前に、海水で出来たシロナガスクジラが現れた。


「は?」

「ん?クジラお嫌いですか?ほな亀かな?マンタかな?あ、鯛!?」

「鯛は忘れろ!!」

 鈴音が掌を動かすたび、海水は姿を変えて空気の中を泳ぐ。

「何やってんの?何でいきなりそんな事出来んの?」

 海水を小さく小さくして掌で包むようにして消してから、鈴音はワタツミの質問に答えた。

「想像力の賜物デスッ!」

「いや、キリッじゃねーよ!こんなん出来るなら濡れないだろ!海水ディスっただけかチクショー!はぁはぁ。で?他の力でもこの位は朝飯前みたいな?」

「はい。雷は流石に細かい形作るん無理ですけど。何か、御力を下さった神様方が思てたより、色んな事が出来るようになるみたいなんですよ私の魂と混ざると」

「へー。雷まで持ってんの……。因みに俺の力弾いたのは誰の力?やっぱ母上?」

 本来掛かるはずの無い自身の呪いにより、鯛と化してしまった謎は気になっていたらしい。

「そうです。ただ、ナミ様が言うてはったんは、即死系の攻撃を防いであげる、やったんですよ。何でか私に渡ってから、呪い系全反射に変わったみたいで」

「ははは。マジか。神の力を増幅させる魂とか、とんでもない奴に力渡したのかな俺。海割ったり干上がらしたりするなよ?」

「あはは、そんなどっかの創造神みたいな事しませんて」

 そんな事する創造神は嫌だ、と遠い目をするワタツミに、真面目な顔を作って鈴音が向き直る。


「ところでワタツミ様。さっきの、黒い靄の事なんですけど。何遍も海に浮いてたんですか?」

 鈴音の様子でおふざけは無しだと理解したワタツミは、真顔で頷いた。

「ここ最近の話だな。ここだけじゃなく、全国の海にばら撒かれてた。場所によっちゃそれこそクジラも息継ぎに上がるからな?うっかり接触して腹でも壊したら可哀相だろ?この先暑くなってきたら人も海に入るし、こりゃ犯人見つけて取っ捕まえて、叱り飛ばさなきゃと思ったんだ。悪かったな、調査の邪魔したよな」

 申し訳無さそうな顔で謝るワタツミに鈴音は首を振る。

「黒い靄、澱て言うんですけど、あれは砂浜に居る仲間のトコにぶん投げといたんで大丈夫です。それにしても、海水浴シーズンでもない海にばら撒いて、何がしたいんでしょうねぇ」

「それだよなー。漁船しか通らんような場所に浮いてた事もあったし、海洋投棄か?あ?ってなるだろ?」

「確かに意味解らんしイラッとしますよねぇ」

 顔を見合わせ、揃って首を傾げた。

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