第百六十六話 さあ帰ろう。
生き残る為に大自然との悪戦苦闘を繰り広げる人類を眺めながら、溜息を吐いたレピが神々を見やる。
「あのーぅ、この度は本当に申し訳ございませんでした。私が代理選びを間違ったせいで、皆様にとんでもないご迷惑をお掛けして……。本当にごめんなさい」
自身に注目した神々へ頭を下げるレピ。
ふむ、と頷いたシオンが柔らかな笑みを見せた。
「まあ、無事に解決したんだし構わないさ。こっちも権限を奪ったりと、強引に行かせて貰ったしね」
今更だけど返すよ、とシオンやテールが支配者権限をレピに戻す。
可愛いポーズの虎吉を補給した事で多少は癒やされたのか、猫ちゃんに嫌われた恨みだとか言い出さなくなったと鈴音は胸を撫で下ろし、今度こそ帰れそうだと犬神の隣に立って微笑み合った。
「あ、それと、鈴音……だったっけ。ありがとうねぇ?たくさん喋ってくれて。私、トカゲの事以外は喋るの下手だから、助かったぁ」
不意にレピから感謝され、照れ笑いを浮かべた鈴音はお辞儀を返す。
「お役に立てて光栄です」
それ以上余計な事は付け加えず、さあ帰ろう急いで帰ろうと犬神を見上げた。何せ犬猫はトカゲの天敵である。今回の一件で少なからず傷付いたであろうレピに、追い討ちを掛けるような真似はしたくない。
頷いた犬神が、通路を開いた。
「では我々は帰るとしよう。取り返した神使の様子も気になるのでな」
「お邪魔しましたー」
再度お辞儀する鈴音にレピや少年神が手を振り、猫神信者の神々はまた近い内にと微笑む。
犬神に続いて通路を潜り、鈴音は白猫の縄張りに戻った。
「あ!鈴音だ!おかえり、代わってー!!」
「まあ!おかえりなさい鈴音、交代して貰える?」
戻った先では、何故か虹男とサファイアが翡翠玉と琥珀玉を手に息を上げている。
「ははぁ、暇だったんだな猫神。おーい、事の顛末を聞かせるから降りて来い」
犬神が声を掛けると、キャットウォークから白猫が顔を見せた。
「ぐぁわうぃい!!お目々キラッキラやん、楽しかってんなー」
軽やかに飛び降りた白猫は、鈴音の腹に頭突きをかまして軽く撫でさせてから、犬神と共にキャットタワーそばへ移動して床に伏せ話を聞く。
デレデレとそれを見届けて、鈴音は虹男とサファイアの元へ歩み寄った。
「もういいのかな?はぁ疲れたー」
「ええ、楽しかったけれど流石に疲れたわ」
床にへたり込む夫婦の前で正座した鈴音が頭を下げる。
「猫神様のお相手、ありがとうございました」
「ありがとうな」
虎吉にもお礼を言われ、虹男とサファイアは笑顔になった。
「いいよー。戻って来たら誰も居なくて、大きい猫がこの玉転がしてきた時はビックリしたけど」
「言葉が解らないから困ったけれど、きっと鈴音も虎吉も居なくてつまらないのね、と思って」
夫婦の言葉を聞いた鈴音は幾度か瞬きをして考えた。
あの世界から異世界人は全員帰ったのだから、この夫婦の世界からは誰も攫われていなかったという事だろう。大丈夫だったよ、とのんびり戻って来たら、大丈夫じゃなかった神々が大移動した後だった、という事か。
そして、暇を持て余していた白猫に捕まった、と。
「あー、置いてけぼりにしてすみません。怪しい神様が見つかって直ぐに、被害に遭うてた神様みんな移動したもんで」
「そうだったのね」
「ちゃんと攫われた人達返して貰えた?」
顔を見合わせ心配そうに尋ねた夫婦に、鈴音は向こうで起きた事を掻い摘んで説明する。
「……いう感じで、神様の御力を使て勝手な事してた奴らは、肉食獣の皆さんが美味しく頂きました」
「わー、すごいすごい。じゃあ、殆ど1から創り直してるんだね」
「そうね。生き残る事が出来なければ、その種族が存在しない世界になるだけ。人もまた同じだと、人が世界の支配者ではないのだと、教えていらっしゃるのね」
感心する虹男とサファイアに頷きつつ、自信なさげに鈴音は頭を掻いた。
「ちゃんと学びますかね?人として心配なります」
するとサファイアが、超絶美形オーラを惜しげも無く放ちながら光り輝く女神スマイルを見せる。
「大丈夫よ。学んだ者しか生き残れないわ。でも鈴音が以前教えてくれた通り、人には忘れるという機能と寿命があるから、ずっとという訳には行かないでしょうけれど。でもそうなったらその時にまた考えればいいのよ。神に寿命は無いもの」
笑顔が眩し過ぎて目を開けているのもやっとな鈴音が『御尤もです』と頷く中、虹男は妻の美しさにデレデレと目尻を下げていた。この笑顔を普通に受け止めるとは、さすが夫だなと妙な所を尊敬していると、ドームの出入口から賑やかな低音が聞こえて来る。
「ねーこちゃーーーん!頑張ったよーーー!褒めておくれーーー!」
懲りない神だなと半笑いになる鈴音と、鈴音の膝の上で黒目全開になる虎吉。
「やかましい。何遍言うたら解るんやあの神さんは」
近付いたらシバく、という白猫の警告を忘れたようにのしのし歩み来るシオンを見て、溜息を吐いた鈴音が虎吉を抱いて立ち上がる。
「お疲れ様ですシオン様」
声を掛けながら進路を塞ぐと、シオンは大人しく立ち止まった。
「やあ鈴音、キミもお疲れ様。虎吉も。本当は近い内に俺の世界で虹男のお供をして貰おうと思っていたんだけれど、鈴音も疲れているだろうし、俺の世界も聖騎士が戻ったばかりでバタバタしているだろうから、もう少し待った方が良さそうだねえ」
全く疲れを感じさせないシオンに、こちらも特に疲れてはいない鈴音が頷く。
「という事は、今日予定されてた虹男の虹色玉探しも中止ですね?」
「あ、そうだったね。すまない虹男、サファイアちゃん。ご存知の通り不測の事態が起きてしまったから、大冒険はまた後日改めてという事にさせておくれ」
「いーよー」
「勿論構わないわ」
シオンと夫婦の会話を聞いていると、最初は各世界に迷惑を掛けた虹男へのお仕置きとして始まった虹色玉探しも、今やすっかり探す方も探させる方も楽しむ娯楽に変わったのだと感じた。
神々がギスギスしていると精神衛生上よろしくないので、鈴音としては嬉しい変化だ。
「ほな、シオン様も早よシンハさんや巫女さんの様子を見に戻らな。きっと巫女さんが神に感謝の祈りとか捧げてますよ」
ニッコリ笑顔で、お帰りはあちら、とばかりドーム出入口を手で示す鈴音に頷くシオン。
「そうだね、猫ちゃんに褒めて貰ってから帰るとするよ」
キリリと凛々しい顔なぞ見せられ、鈴音は『鈍感最強』と緩く首を振る。
ただ、異世界人達を無傷で助け出せたのはシオンのお陰でもあるので、遠回しに穏便に、近付いたらシバかれるぞと伝える方法は無いかと考えた。しかし。
「せっかく虹男夫婦が遊んでくれて機嫌良うなっとんねん。近付いたらシバく言われとる神さんは早よ帰り」
虎吉が不機嫌そうな顔でバッサリ斬って捨てる。
目を見開いたシオンを見て、また『猫ちゃんに嫌われた恨み』発言が出るのかと身構える鈴音だが、その予想はもっと面倒臭い方向に外れた。
「遊んであげたら機嫌が良くなるのかい!?じゃあ俺も遊ぶとしよう!」
背後に燃え上がる炎が見える、と鈴音が遠い目をしている内にシオンは素早く移動し、サファイアの前で屈んだ。
「サファイアちゃん、どうやったら猫ちゃんが楽しんでくれるのか教えておくれ!」
「なんで!?僕に聞けばいいじゃん離れなよ近いよ!?」
「うわ、近い近い!」
妻を守ろうと間に割って入る虹男に仰け反るシオンと、『うふふ、仲良しね』と楽しげに笑うサファイア。
今の内だ、と思ったのか立ち上がって頭を振った白猫と、同じく立ち上がって伸びをした犬神が顔を見合わせる。何事か言い残すように鈴音と虎吉へ視線を送った直後、本気を出して走り出しドームから消えた。
「速ッ!猫神様も犬神様もカッコええー。猫神様の走り出しんとこ目がついて行かへんかったわ。あれが瞬間移動に見える瞬発力かぁ」
「うはは、待ち伏せ型の為せる業や。取り敢えず犬神さんの縄張りまで競争して、その後は適当にブラブラしてから帰って来る言うてはったで」
「そうなんや。ほな、シオン様に教えたげよ」
急いでシオンの元へ駆け寄った鈴音は、白猫が縄張りのパトロールに出掛けた事を伝える。
「なん、だっ、て……!」
衝撃を受けたシオンは床へばったりと倒れてしまった。
「あー、お気の毒ですけども、これはもう早よ帰って巫女さんの話聞いたれいう事ちゃいますか?」
「そんな……うぅ……辛過ぎる」
本当に白猫絡みになるとポンコツだなあと呆れつつ、気持ちが解ってしまう鈴音は仕方無しに救いの手を差し伸べる。
「猫は嫌な事されると中々忘れてはくれへんので、グイグイ行くんは逆効果です。何遍かシレッとお茶会に参加して、距離保った場所で知らん顔しといて下さい。その内、まあ手の届かん距離に居るぐらいならええか、て思てくれるようになりますから」
物凄い勢いで起き上がったシオンはそのまま鈴音に顔を近付け、図らずも虎吉のパーソナルスペースに侵入し怒りを買った。
「近い!!」
神速で振られた虎吉の左前足がシオンの右頬にヒットする。
「ぐはっ!!」
数メートル程吹っ飛んでもこもこ床に受け止められたシオンは、何だかキラキラした顔で身体を起こした。
「これか!!これがご褒美!!」
嬉しそうに見つめられ、鈴音は重々しく頷く。
「嫌いな相手なら血ぃ見ますからね。殴られただけならまあ嫌われてへんでしょう。けど、続けると姿見ただけで逃げられるようになるらしいんで、これっきりにするんが正解かと」
猫に関しては師匠な鈴音の言葉を聞いて素直に頷き、今度はきちんと距離を取って立つシオン。
「すまなかったね虎吉。猫ちゃんに赦して貰えそうな話を聞いたら興奮してしまって」
「おう。もうせぇへんのやったら構へんで」
「ありがとう。それじゃあ鈴音の助言を参考にして、今日は帰る事にするよ」
「はい。お疲れ様でした」
「ああ、また今度ね」
お辞儀する鈴音に微笑み、虹男とサファイアに手を振って、希望を胸にシオンは帰って行った。
「やれやれ。嵐みたいな神様やねぇ」
鈴音の感想に虎吉は頷き、虹男とサファイアは楽しげに笑う。
「それじゃあ私達も帰りましょうか」
「うん。大きい猫によろしくね?」
「了解ッ。ありがとうございましたッ」
ビシ、と敬礼した鈴音に手を振り、創造神夫婦も帰って行った。
「わ、めっちゃ静かなった」
「おう、これが普通やねんけどな」
それもそうかと鈴音は頷く。暫く神々の集団と一緒に居たせいで、感覚がおかしくなっているらしい。
「私もまだ昼休みやし仕事戻らなアカンねんけど、虎ちゃんひとりで寂しいやんな。猫神様帰って来はるまで遊ぶ?」
鈴音の申し出に虎吉は目を輝かせた。
「よっしゃ、玉投げてくれ!上も使て遊ぶ!」
「オッケー任して。玉は2個あるからねー、1個追い掛けるのにモタモタしとったら、2個目何処行ったか解らんなるでー?」
悪ガキの笑みを見せる鈴音の腕から飛び降り、前足を伸ばし後足を伸ばし、虎吉はやる気満々だ。
「掛かって来んかいぃ!」
「あはは!行くでぇー!」
琥珀玉と翡翠玉をキャットウォークにぶん投げる鈴音、追う虎吉。帰って来た白猫が目を爛々とさせて参加し、彼らが満足するまで遊びは続いた。
「おっ?ツキからや」
人界へ戻り再び澱掃除を始めると、月子から鈴音のスマートフォンにメッセージが届く。
内容は、陽彦と黒花が無事に帰って来た事と、母親の暁子が安堵して泣きながらへたり込み父親の朔彦が涙ぐむという光景を見て、陽彦が何とも言えない顔をしていたという事。
「ふふ、多分もう異世界転移したいとか、家族の前では言わんやろなぁ」
黒花は、身体を悪くしているのに結界なぞ張った朔彦を心配して心配して、そばを離れないらしい。実際は、走り回れないだけで結界を張る位どうという事もないらしいが。
「うーん、ハルとの関係は大丈夫やろか。まあ、異世界転移なんて訳わからん体験して一緒に戦うた仲やし、こないだまでとは違うか。『良かったねツキもお疲れ様』っと。ヨシ」
返信後3秒と経たず『ねーさんありがとー』という短文と大量のハートマークが返って来て、鈴音は笑う。
「猫以外にモテてもなー。しかも女子やしなー」
そんな風に言いながら、ハートマークに化けた沢山の感謝に胸を温かくして、午後の仕事も頑張った。
ガッツリ発熱しやがりましたが、風邪等と違って咳や鼻水鼻詰まりが無い分ダメージは少ないですね。これなら明日仕事行けるかも。
これから2回目の方は、食料の買い出しだけは済ませておかれる事をオススメしますー。




