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第百六十四話 大自然さんと人の相性は……。

 やれやれ一仕事終えた、といった顔で帰って来た女神レピは、腰に手を当て仁王立ちのテールを目にしてギョッとする。

「あ、あれ?怒って……る?」

 まさか他の神もかと見回せば、シオンを含め皆どこか不満そうな表情だ。

 何を間違えたんだろう、と挙動不審になるレピへテールが声を掛ける。


「ちょっと、あれだけ?全然何にもお仕置きになってないじゃない。緑の中でご機嫌に過ごしちゃうじゃない。ねえ鈴音」

 気配を消していたのに、思い切り話を振られて鈴音と虎吉が固まった。

「え?人?……と、小さい動物だぁ。神界に居て平気なのかな、神になる予定なのかな」

 レピに小さい動物呼ばわりされ尻尾をガンガン振る虎吉を撫でて宥めつつ、諦めた鈴音は口を開く。

「初めまして、猫神様の眷属で神使の鈴音と猫神様の分身の虎吉です。お邪魔してます。で、テール様。あれはかなり厳しいお仕置きですよ?」

「ええ?そうなの?どこらへんが?」

 キョトンとするテールと神々。

 神の分身と眷属だったかと納得したレピは、鈴音の発言に小さく小さく拍手しながら幾度も頷いている。


 鈴音は別にレピを助けようと思った訳ではないが、流れでそのまま話を続けた。

「あんだけ発展した文明の下で生きて来た人が、何の道具も持たずに手付かずの大自然の中で生きて行くとか、過酷なんてもんちゃいますよ」

 そういえば刃物の一つすら残さず文明の痕跡を消し去ったな、と神々はレピを見やる。

 視線が多過ぎて落ち着かないのか、柱の陰に隠れたレピは顔を半分だけ覗かせ、『過酷過酷』と頷いていた。神々の目が鈴音に戻ると、ホッと息を吐く。

「食べ物に関してやと、軍人なら野草なんかの知識がありそうやけど、一般人は殆どが知らん思います。パッと見は知ってる果物やのに毒がある別物やったり、なんせ野生の植物は怖いんですけど、どれぐらいの人が解ってるか疑問ですね。後は食料手に入れる事ばっかりやのうて、自分が食料にならん方法も考えなあきません。素手で獣と戦うのは現実的ちゃうから、手っ取り早いのは頑丈な家を作る事ですけど、殆どの人は建築に関する知識なんか持ってません。道具も無いですし。まあ、運良く職人がおったら、石積みの家ぐらいは出来るかもしれませんね。運悪い人の為には洞窟なんかがあればええけど、そない都合良うそこらに在るもんちゃいますし。ほなせめて木の上で、と安易に考えがちですけど、私の住む世界では木に登る肉食獣や蛇が普通にいてますね。さらに……」

 けど、けど、けど、止まらない鈴音の解説に『まだあるの!?』と神々は驚愕の表情だ。


「もっと恐ろしいんは虫ですね。毒を持つもんもおるいうのに、目の細かい網や虫が嫌う成分を含む薬でも無い限り、奴らの接近は防げません。更に更にそんな虫よりも小さぁて目に見えへん微生物や細菌、ウイルスなんかも怖いですね。虫や動物が病気を媒介する事もありますし、生水飲むだけで寄生虫飼う羽目になる事もありますし、いやぁ人にとって危険しか見当たりませんどないしましょ。あ、ほなせめて水は沸騰さしてから使たらええやろ、とお思いかもしれませんが、現状、直火に耐えられるヤカンや鍋が無い上に、そもそも火を熾す方法がありません。この世界の住人は、杖や指先から火ぃ出したりは出来ひんのです……よね?女神様。魔法とか精霊術とか神術とか違て、科学技術で発展した世界ですよね?」

 鈴音の確認を受け、レピは思い切り頷く。

「ありがとうございます。つまり、この世界の人類は現在、自力で暖も灯りもとれず、大怪我しても傷は塞げず、病気になっても治療出来ひん。今までやったら簡単に治った傷や病気で、びっくりするぐらいアッサリ死んでまう可能性の高い、おっそろしいとこに丸腰で放り出されてしもたんですね。これはもう、精々絶滅せんように頑張れ、としか言えませんね」

 漸く口を閉じた鈴音と、美しい緑溢れる映像を見比べ、神々は『何と恐ろしい』と緩く首を振った。


「うちの子達は魔法が使えるから、こんなの楽勝じゃないの、って思っちゃったわ。そうね、魔法が無いならとても厳しい罰ね」

 左腕で自身を抱き右手を頬に当てたテールが、思い切ったなとレピを見て頷く。

「火が使えないと本当に絶滅の恐れがある。何らかの救済措置は用意されているのか?」

 ウァンナーンに見つめられたレピが高速で何度か頷いた。

 頷くだけじゃ解らない、とウァンナーンの視線が鈴音に移る。

「あー、女神様がさっき鉱山創ってはりましたよね?あそこで採れる石に金属が含まれてて、硬い石で打つと火花が散るんちゃうかなぁと」

 火打石を知る神々は納得したようだが、ウァンナーンはキョトンとしていた。この神の世界も、人々は魔法で火が出せるようだ。

「散った火花が枯れ草なんかに飛ぶように用意しとくと、草が燃えて大きい火を手に入れる事が出来るんです。勿論これも知識が無いと辿り着かれへんし、石を探すんも大変なんで、やっぱり過酷ですけどね」

 キャンプ好きの教師による脱線話が役に立った、と小さく笑う鈴音を、レピが頼もしそうに見ている。

 ウァンナーンは火花で枯れ草を燃やすと聞いて、気の遠くなるような話だ、と首を振っていた。


「とにかく、生き残る為に知恵を絞り動き回らなければならない世界に、全ての人々が放り込まれたんだね?素晴らしいじゃないか。あの2人だけじゃあなく全員に罰と試練を与えるなんて、キミはとても良く解っているね」

 優しく微笑むシオンにレピはひたすら頷く。

「異世界人を無理矢理連れて来る事に反対しなかったんだから、同罪だよねぇと思って」

「その通りさ!ふふふ、それじゃあ動物を戻そうか。目の前の海や川で美味そうな魚が跳ねても獲る事も出来ず、獲れた所で調理出来ないなんて、辛いだろうねえ。ネズミにさえ勝てない恐怖、火が無い中で夜は眠れるんだろうか?可哀相にねえ」

 物凄く楽しげに言いながら、シオンは人界へ通路を繋げ手を突っ込んだ。

「さあ、元の世界だよ。随分住みやすくなっているから、遠慮せず数を増やすといい」

 シオンが手を引き抜き通路が閉じると、人界には様々な生き物が姿を見せていた。

 再び景色が変わり戸惑っているようではあるが、さっそくマーキングを始める個体なども居て、あまり心配する必要はなさそうである。


 心配する必要があるのは、やはり人の方だった。

 服や靴こそそのままだが、体内のチップや装飾品の類も全て失い、何の情報も得られないまま原始林やら草原やらに放り出されたのだ。混乱するなと言う方が無理である。

 さっそく、様子を見に行こうとする者と動かず救助を待つべきだと主張する者とで対立したり、部下を顎で使おうとしてキレられたりと、事の重大性が解っていない人々による残念な光景が神界に届いた。


「うん、まあ、まあまあ、天罰とか思わへんよね普通。でも見たやんか、何でか知らんけど更地になった世界。その後にこないなったやんか。夢かなとか思てる場合ちゃうやん。どう考えても人同士で揉めとる場合ちゃうやん。知識総動員せな死んでまうて。生き残る為の戦いはもう始まってんねん、ちょっとは考えようやー。黒っぽい靄出してる暇なんか無いんやてー」

 人として恥ずかしい、とうんざりした様子の鈴音の肩を叩き、テールが映像を動かす。

 すると、手頃な石や木の枝等を手に、探索に出たらしいグループが映った。水場を探す旨の会話が聞こえるので、彼らはどうしてこうなったか考えるのは後回しにして、一先ず生き延びる為の行動を取る事にしたと解る。

「考えた人も少しは居るみたいよ?」

 テールが指差すと、鈴音は頷いて溜息を吐いた。

「良かったです。全員が人でなしな上にアホとか笑うに笑われへんので」

「おう。そんなんに攫われるんは嫌やもんな」

 遠い目になる鈴音に虎吉が頷き、ハッとした神々が悔しそうな顔になる。


「そうだね、自分が置かれた立場も解らない馬鹿共は放っておいて、今回の事態を引き起こした張本人の様子を見てみようじゃあないか」

 うちの子は馬鹿に攫われたのではなく、当時は神だった男のせいで攫われたのだ、と言外に匂わせながらシオンが映像を動かした。神々も大いに頷いている。

「いらん事言うてしもたか?」

「いや、ええんちゃう?他所からの勝手な召喚とか受け付けへんようにしてなかったんは、神様方の失敗な訳やし」

 虎吉を撫でながら猫の耳専用会話をしていると、一人で草原に居た元神アロガンが人の姿を探して森へ向かっている様子が映った。

 傷はレピが癒やしたものの、服は相変わらず穴だらけの血塗れだ。これでは人と出会えても直ぐに逃げられそうである。


「クソッ、何故俺がこんな目に。こんな事をする位なら全て消し去って創り直せばいいだろうが。ああ腹が立つ。だが今は取り敢えず水と塩だ。鉱山は明日にでも探しに行くとして……後は寝る場所の確保だな。入口を塞げる洞窟でもあればいいが……」


 アロガンの独り言を耳にした神々が、目を丸くして鈴音を見た。

「あ、はい。彼は解ってるみたいですね、生き残る方法。勿論、思い通りには行かんでしょうけど」

 鈴音の返事に『あの男本当に人々を導くのかな、嫌だなあ』と表情だけで語る神々。

「あはは、どうでしょうねぇ。こんな訳わからん事なってる時に血塗れの人が現れたら、私やったら悲鳴上げて逃げてまうかも。心優しい人なら、大丈夫ですかて手ぇ差し伸べるんかもしれませんけど……そんな余裕あるかなぁ」

 首を傾げた鈴音の予想は見事的中した。


 森から草原へ抜けて来た10人程の若者グループが、アロガンを発見するや恐慌状態に陥り、次々と石を投げつけたのである。

 異世界人め、と叫びながら。

 人の身に戻ったアロガンは、石が当たれば怪我をする。怪我をすればそれが元で感染症にかかり、命を落とすかもしれない。となると、のんびり説得なぞしている余裕は無く、大慌てでその場から逃げ出した。

 しかし文官タイプのアロガンに体力がある筈もないので、若者達の姿が視界から消えた頃には息も上がってヘトヘトである。

「まさか、あんな、奴ら、ばかり、じゃ無いだろうな」

 別ルートから森へ入り、一旦休憩して呼吸を整えた。

「何をどうしたら俺が導いた者達があんなに凶暴化するんだ。所詮は失敗作だという事か?」

 目についた枝を拾い強度を確かめ、音を立てて折れると嫌そうに顔を顰め捨てる。

「チッ。警戒しながら動いたのでは日が暮れる。まずは服を洗わねば」

 明らかな血液汚れに見えなければ不審者扱いされる事もないだろうと考え、川を探すアロガン。その時、進行方向から聞き覚えのある声が耳に届いた。


「これは神の救済です。新しい世界に残すに相応しい人物を選定なさっているのです。大丈夫、神に祈りを捧げていれば救われます」


 こんな胡散臭い事を真顔で言う者など、この世界に一人しか居ない。

 アロガンが利用した元神官の宗教指導者だ。

 彼にももう神力は無いから、どんなに幼稚な話をしても人の心を掴めていた頃とは違う。それが証拠に、狂信的な者以外の表情が曇っていた。どれくらいの期間祈りを捧げれば救われるのか、という疑問が顔に出ているのだ。

「そりゃそうだろうな。水も食料も無い中で只々祈っていたら、時間が経過すればする程状況は悪化する。小一時間も祈れば絶対に助かる、とかいう保証が無い限り俺ならやらないな」

 完全に馬鹿にしたアロガンの呟きは、風が拾って宗教指導者と信者達の耳へ運んだ。

 当然、狂信的な者達はいきり立つ。

「異世界人の分際で何を言っているんですか!赦しませんよ!」

 言うが早いか狂信者は、鬼の形相でアロガンの方へ歩を進めた。


 このままでは不味い、と逃げ出したアロガンだが、先程の猛ダッシュによる疲れが抜けておらず、あっさりと追いつかれてしまう。

「これ程の血を流してなお動けるのは、異世界人という野蛮な種族以外に有り得ません。神のお手を煩わせるまでもない、私が処分いたしましょう」

 突き飛ばされ倒れたアロガンは、異世界人というのは種族名ではない、等というツッコミを心の中で入れられる余裕があった。

 狂信者が大振りな石を手に取るまでは。

「待て、キサマそれをどうするつもりだ!?私が誰か解らないのか!!愚かなキサマらを導いてやった神だぞ!?」

 立ち上がろうとするアロガンを蹴り飛ばし馬乗りになった狂信者は、全身で怒りを表している。

「よ、よりにもよって神の名を騙るとは……!赦しません!!裁きを!!」

 両手で持った大きな石を振りかぶり、アロガンの顔目掛けて振り下ろす。


 暴力の無い穏やかな世界を作ろうとした元神は、どうしてこうなったのか理解出来ないという表情で固まったまま、暴力の無い穏やかな世界の申し子による凶行をその身に受けた。

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