第百六十二話 お仕置きの結果
シオンが去った世界で、巨人が倒れていた瓦礫の上に立つ二人。
元神と宗教指導者は、それぞれが現状及びこの先について思考を巡らせていた。
どちらも、もう神の力は使えない。
掌が光るイメージをしても何も起きなかった。
ここが元の穏やかな世界なら、それで何の問題も無かっただろう。人として生きればいいだけだ。
だが残念ながら今この世界には、抑圧から解放され暴徒と化した中高年層がいる。
表立って行動しないだけで、同じような不満を抱えいつ爆発するか分からない者も大勢いるに違い無い。
全世界に、街を破壊した光る巨人とその仲間、のように配信されたであろうこの状況で、そんな者達といつ遭遇するか分からない場所を丸腰でうろつくなど愚の骨頂。
とにかく警備兵を手に入れて守りを固めなければ、と宗教指導者は思い、服さえ着替えてしまえば気付かれないのではないか、と元神の男は考えた。
「あのぅ、神よ」
宗教指導者が声を掛けると、元神は顔を顰めて首を振る。
「今は神ではない」
「ああ、そうでしたか。では、大変申し訳無いのですが、私は本物の神の為に世界の浄化を急がねばなりませんので、ここでお別れということで」
言葉は丁寧だが、偽物に用は無いと笑顔で言い切る様子は正に慇懃無礼としか言いようが無く、元神の男は心底呆れて苦笑した。
「そうだな。俺もお前のように目立つ者と行動を共にはしたくない。好きにさせて貰う」
言い捨ててさっさと移動する元神の背中を、本当にあれが神だったのだろうかと疑いの眼差しで見送ってから、宗教指導者もまたどこかへと去って行った。
まずは服装をどうにかしなければ、と瓦礫の上を行き半壊した建物の中へ入る元神は、ドローン達を振り切れる場所はないかと焦っていた。
これに追跡されている限り、位置情報は丸わかりだしどんな服に着替えたかも記録されてしまうしで、逃げる事も隠れる事も出来なくなってしまう。それでは困る。
何としても創造神が復活するまで逃げ切って、再び神として神界へ迎えて貰わねばならない。
あの頭の悪い創造神を頼るのは癪だが、神の座に戻る為には贅沢を言ってはいられない。
元はと言えば、創造神が失敗作なぞ放置しているからこんな事になったのだ。
正しく導いてやろうとしたのに何が『そういうのは違うかなぁ』だ。頭が悪いにも程がある。
険しい顔でブツブツ文句を言いながら、半壊し停電している建物内を進む元神の男。
複数のドローンは変わらずついて来ている。
ドアを素早く抜けて直ぐに閉めてしまえば、とも考えたが、巨人が倒れた衝撃でドアも窓も吹っ飛んでおり、実行に移す事は出来なかった。
「不味い、不味いぞ」
倒壊を恐れて誰も入って来ない建物の中に、元神の焦った声だけが響く。
無意識の早足で突き進んでいると、通路の先に外の明かりが見えた。
待ち伏せされている恐れもあるが、それを言い出したらどの出入口も同じだと腹を括り、道を挟んで向かい側にある建物を目指して走り出す。
幸いな事に通りには誰も居らず、無傷で建つホテルへ駆け込めた。人々は避難した後らしく、明るさが却って不気味に感じる程、しんと静まり返っている。
「よし、ここなら、服も手に入るな」
元神は呼吸を整えながらロビーを通過し、更衣室等がありそうな従業員専用扉を探した。
扉自体は直ぐに見つかったが、問題が発生する。
鍵が掛かっているのだ。
生体認証システムが採用されているので、登録されていない元神では何をしても開かない。
「クソッ、この……!」
肩から当たってみたり、蹴り飛ばしてみたり、無駄な努力を続けていると、当然のように警備バイオロイドがすっ飛んで来た。
バイオロイドは警告もせず元神へタックルすると、そのまま肩に担ぎ上げ一目散に裏口へ走る。
ドローンも振り切る速さで外へ出たバイオロイドは、人目につかない場所に作られた檻へ元神を放り込んだ。オートロックの扉を閉め、お仕事完了とばかりホテル内へ戻って行く。
「痛……ッつつ、何を……」
身体を起こした元神は頑丈な檻を見て愕然とした。
「これはまさか、犯罪者用の檻か……!」
この世界では言葉も含めた全ての暴力が禁止され、破れば犯罪者として裁かれる。裁かれるというのは表向きの話で、捕まれば即、隔離施設送りだ。
その隔離施設というのも表向きの顔で、実際は人体実験場である。
実験を行うのはコンピューターから指示を受けたロボット達なので、非道な内容に研究員の心が持たない、等という事も無く淡々と進む。
つまり、この世界では犯罪者の烙印を押された時点で人生終了。
あちこちにある檻がゴミ集積所で、警察の護送車がゴミ収集車、裁判所がゴミ中継施設、隔離施設が最終処分場というわけだ。
神界からその流れを見て知っていた元神の顔が、一気に青褪めていく。
「不味い不味い不味い、このままではゴミ扱いだ、どうにかして脱出しなければ……!」
扉に取り付き揺らしてみるも、鈍い金属音がするばかりで開く気配など微塵も無い。
電子錠のパネルに触ろうと隙間から手を出しても、手首でつかえて届かない。届いた所で何も起こらないのだから、どのみち意味は無い。
万事休す、と放心状態の元神。
そこへ、檻を隠すように立っている塀の向こうから、複数の足音が近付いて来た。
「何か音がしたぞ」
「誰か居るのか」
「ロボットかもしれん気を付けろ」
今しがた元神が立てた金属音が、人を引き寄せたようだ。
周囲を警戒しながら姿を見せたのは、4、50代の男性3人組。全員、手にサブマシンガンのような物を持っている。
「おッ!?人が捕まってるぞ!出してやろう!」
「確かに、檻に入れられるって事はマトモな感覚の持ち主だって事だな」
「いや待て!」
2人の男が頷き合って近付くのを、3人目の男が止めた。
何事かと振り向く2人に、3人目が銃を構えながら顎をしゃくる。
「よく見てみろ。その服装、あのペテン師の仲間だ」
「あ!本当だ、失敗作がどうとか言ってた奴だ」
「危ねえ、騙されるとこだった。どうする、始末しとくか?」
「当然。奴らの勢力は少しでも削いでおくべきだ」
納得顔で頷いた2人も銃を構え、横並びになった3人が一斉に引き金を引いた。
その銃はどこで手に入れた、やはり警備ロボットやバイオロイドのプログラムを書き換えて差し出させたのか、扱い方はどうやって知った、ああそうかロボット達に教えるマニュアルを検索すれば直ぐに解るか、等々、銃口を目の前にした元神はこの状況に関係あるようで実はどうでもいい内容を、ただぼんやりと考えていた。
そんな彼の身体に、檻の隙間から侵入した銃弾が次々と突き刺さる。
司祭のような服に赤い血を滲ませながら倒れる元神と、跳弾で傷を負い大騒ぎする男達。
戦闘用ロボットは跳弾で損傷したりしないから、注意事項としてマニュアルに書いていなかったのだろうか、と見つめる元神の事など既に忘れたかのように、男達は怪我をした仲間を支えながら慌てて去って行った。
「グハ……ッ……ゥアアアアアア!!」
遅れてやって来た凄まじい痛みに元神はのたうち回る。
弾が貫通していない為、顔と身体の前面だけを真っ赤に染めて叫び続けた。
これだけの傷と出血で何故まだ命があるのか、全身が心臓になったような感覚と熱の中、元神の脳裏に蘇るのは妙に優しいシオンの声だ。
『不死性は残してあげよう。でも痛みは覚えるから気をつけるといい』
こういう事か、と痛みに悶えながらも歯を食いしばり膝立ちになった元神は、パネルに銃弾が当たった事で誤作動を起こし半開きとなっていた扉に手を伸ばす。
ズルズルと這うようにして外に出ると、塀を伝い歩いて通りへ踏み出した。
荒い呼吸を繰り返しながら、身を隠せる場所を探す。
するとそこへ、若者数名の乗る車が通り掛かった。
前屈みでノロノロと動く元神を心配し、2人程降りて来る。
「もしもし、どうされたんですか?具合でも悪いんですか?」
「僕達今からシェルターへ行くので、もし良ければ一緒に……ヒッ!?」
元神の目指した穏やかな世界の申し子達は、大変優しくそして真面目だ。
「かっ、かかか顔にあた、頭に穴ッ、血だらけ!」
「うわあああ、何でこんな傷で動けるんです!?」
「早く!早く戻って!きっと異世界人です!!」
「急いで逃げて警察に通報しなければ!」
わあわあと騒ぎながら戻った2人を乗せ、車は法定速度を守って走り去った。
「クソ……使えん、馬鹿共め、このままじゃ、ドローンにも、見つかる」
こうなってはやはり瓦礫の中しか居場所はないか、と諦めた元神は、別の道を通って最初に降り立った場所へと移動する。
「っちゅう訳で、前っかわだけ穴だらけで血だらけの男が、ヨタヨタヨタヨタ歩きよるで」
「イーヤー!無ぅ理ぃぃぃ!どこのゾンビやねんんん怖すぎやー!!」
元神が銃撃されて以降映像から目を背けたままの鈴音へ、虎吉は懇切丁寧に教えてやった。
ここ神界では現在、この世界の創造神にどうやって事情説明をしようかと、神々が頭を捻っている。
関係の無い鈴音と虎吉は、お仕置きの結果がどうなるのか観ていようとしたのだが、元神が早々にやらかしてああなってしまったので、こうなっているのだ。
「ほなあれやな、誘拐犯の方がどないなっとるか見よか」
「もっとえげつない事になってたらどないしょ。あっちは普通に人やから、穴だらけで動いたりせぇへんもんね?」
「せやなあ。首と胴体が離れとったらそのまま転がっとるやろなあ」
「ギャー!!無理無理無理無理。いや待って、あの最低男やったら首飛んでも死なへんの?自分の首持って動くん?ヒイィィィ」
胡座の上に虎吉を乗せ、両手で両頬を押さえてビビりまくる鈴音の様子に、猫神信者以外の神々が不思議そうな顔をしている。
神の力を得た巨人を殴り飛ばし、創造神代理を平気で挑発するくせに、あんなものが怖いとはおかしな奴だなあ、といった風だ。
「ふふふ。じゃあ鈴音は目を瞑ってらっしゃい。切り替えるわよ?」
鈴音と虎吉の会話を聞いていたテールが、笑いながら手を動かす。
すると小さな枠に元神の様子を残し、大きな映像は何処かの室内へと変わった。
「どない?血だらけちゃう?」
「おう、アイツは小さい枠に追いやられたから意識して見んかったら大丈夫や。ほんで誘拐犯は……えらい元気やぞ?」
「え?そうなん?」
ぱか、と目を開いた鈴音は、作戦司令室のような場所でふんぞり返っている宗教指導者を見て驚く。
「うわホンマや。何で?誰か助けたん?光る巨人がアイツやて皆知ってる筈やのに。もう神力も無いから洗脳し直す事も出来ひん……、あ。そうか、洗脳やない人らが大勢おるからか」
よく見てみれば、宗教指導者の周りに居るのは殆どが若者だ。中には中高年層も居るが数は少ない。
「コイツの事を信じ切っとる奴らか?」
「うん、若い人らは生まれた時からコイツの教えが正しいて刷り込まれて、それに対して疑問を持たんかった人らやわ。シオン様の言葉は聞こえても頭に入らんのやと思う。中高年が居るんは、洗脳されてたん違て自分の意思で信じとった人らや思う」
「ほなコイツらと洗脳解けた奴らとで対決か」
「そうかも。外も見てみたいな」
任せろとばかりテールが手を動かす。事情説明に関して考えるのは止めたのか、鈴音の隣に腰を下ろしリモコン役として落ち着いてしまった。
突き刺さるシオンの視線を物ともせずテールが映像を切り替えてくれたお陰で、外の様子が映し出される。
司令室的な部屋があるのは、広い敷地を持つ軍事施設のような場所で、その周りをバイオロイドや警備ロボット、銃を持った中高年層が囲んでいた。
この世代は数が多いのか、後から後から増えている。
「ありがとうございますテール様。あー、やっぱり物騒な事になってる」
「外の奴らの方も人形を味方に出来るんやなあ」
「うん、こっちに味方するんやでって言い聞かせる方法があんねん。でも今んとこ誘拐犯のが強そうやなぁ。軍事施設っぽいし。別の軍関係が外の人らの味方につかな、誘拐犯の圧勝かもしらん」
へえー、と興味深そうに頷くのは虎吉とテールだけではなく、面倒な事を考えるのに飽きてしまった多くの神々もだった。
「ちょ、みんな何をしているんだい?真面目に考えないと後々面倒だろう。鈴音も、あんまり面白そうな話をしたら駄目じゃあないか」
シオンが上げた抗議の声に、テールは人差し指を口の前に立てて『シーッ』と返す。
「ええ!?」
ショックを受けるシオンの肩を、ウァンナーンが叩いた。
「無駄。こっちでさっさと片付けて、早く交ざろう」
「うう。仕方無いね、そうしよう」
ガックリと肩を落とすシオンとは対照的に、テールは好戦的な目をして映像を見ている。
「アレに腹を立てているのは、この国の人だけじゃないでしょ?だったら外の人の味方は増えるんじゃないかしら」
「どっちが多いかでしょうねー。アレを信じる人らと騙されてたと思う人らと。……ん?」
鈴音がテールに答えていると、軍事施設を囲む集団の背後から、向こうにいる時鈴音が破壊したのと同じ戦車が隊列を組んで走って来た。
「ありゃ、さっそく援軍?でも戦車なんか出したら施設側も本気出す思うけど、大丈夫なんかなぁ」
「でも魔導人形だけじゃ要塞に勝てないなら、一か八かぶつけて……、え?」
鈴音とテールの会話が終わる前に、戦車が軍事施設へ向け砲撃を開始。
但し、施設を包囲する集団もお構い無しに巻き込んで。
「えー?どうなってるの?」
驚くテールやキョトンとしている神々をよそに、えげつないものを見ないよう鈴音は目を8割方瞑る。
「第三の勢力が出現したんちゃいますかね。どっかの部屋でコンピューターに戦車への指示打ち込んでる人は、身体から黒っぽい靄なんか出してるかもしれません」
「あ、成る程な」
予想を聞いて納得する虎吉、ポンと手を打つ神々と首を傾げる神々。
そこへ戦車から怒りの声が轟いた。
「矛盾した教えで世界を狂わせたジジイも、それをのさばらせたお前らも、みんな同罪だ!!纏めて滅びろ老害共ォォォ!!」




