第百六十話 無駄に自己評価高い系
シンハの為の通路を閉じた後、神界への通路を開いたシオンが先に鈴音を行かせ、続いて自身も潜る。
戻った先では神々が困惑の表情を浮かべていた。
創造神が眠る部屋の解錠作業も中断している。
「鈴音、詳しく聞かせてくれるかしら」
「言われてみれば、確かにおかしいと思う」
女神テールと男神ウァンナーンが言い、他の神々も皆頷いていた。
「うーーーん」
注目を一身に浴びながら唸る鈴音は、床に横たわり青白い顔で視線を逸らしている創造神代理の男神を見つめる。
違和感の正体は何だ、神々に締め上げて貰って喋らせるか、と考えふと気付いた。この男神だけ見ていてどうする、と。
「そういえば、ここの創造神様とお友達の神様ってどなたですか?」
問われておずおずと手を挙げたのは、鈴音の見知らぬ少年神だった。色素が薄く儚げな印象だ。
「友達っていうか、知り合い。たまーにトカゲ好きのお茶会で顔合わせて、トカゲについてお喋りするんだ」
「そうなんですね。たまーに会う程度なんは、あなたがあんまりお茶会に参加しはらへんからですか?」
「んーん。僕はほぼ毎回。彼女が滅多に来ないんだ」
少年神と鈴音のやり取りを聞いていた神々が、続々と何かに気付いた顔になって行く。
「滅多に来ない?茶会だ宴だってフラフラ遊び歩いては、自慢話ばっかりしてる神だとか言ってなかった?」
間違い無く代理の男神がそう喚いていた。テールの指摘に頷いたシオンが声を張る。
「他の茶会と被ったにしても、滅多に来ないというのは妙だ。誰か他の茶会や宴で会った……いや、噂に聞いた事がある程度でも構わない。ここの創造神に関して何か知らないか?」
名乗り出る者はいない。
「おいおい。これだけ多くの神が居るというのに、噂さえ誰も知らないってのはどういう事だい。派手に遊び歩いてあちこちに顔を出しているなら、他の知り合いからも名が上がるだろう?」
「そうよねぇ。世界を見せてって頼んだ神に今回の件に関して説明した時『そりゃ大変だ、あそこの神なら顔が広いだろうから紹介するよ』なんて気遣って貰える事が結構あったけど、そんな中に全く出て来なかったわねここの創造神」
シオンとテールの声に皆が頷く。
そこで鈴音が更に少年神に尋ねた。
「ここの神様は、トカゲがそんなに好きちゃうかったんですかね?知り合いの誘いやから仕方なく行くだけで、自分から進んでお茶会に出てる訳や無かったとか?」
その問いに少年神はとんでもないと首を振る。
「トカゲ大好きだからドラゴンを自分の世界に創ろうかと思ったけど、神性を持たせずにトカゲとして創って人に狩られたりしたら嫌だからやめた、とか言ってたし。小さいトカゲが他の動物に食べられるのも嫌だから、もうトカゲだけの世界創ろうかなとかも言ってたよ?色んなトカゲの名前にも詳しいし」
「おおー、ほなトカゲ好きの皆さんとお話するの、楽しんではったんですね」
「うん。忙しいからあんまり来られないけど、トカゲ好きと喋れるのは楽しいって。珍しいもんね、トカゲ好き」
忙しい、というキーワードにも神々が反応したが、鈴音は質問を止めなかった。
「そんな珍しいトカゲ好きさんと会話してる最中に、トカゲ以外の話になる事ありました?例えば、自分が創った世界の自慢とか」
「ならないよ。忙しくてあんまり来られないんだから、もうずーっとトカゲの可愛さの話だよ。他所の神の世界で見たトカゲの話が出たら、いいなあ行ってみたいなあって」
「ホンマに大好きなんですねぇ。ほなあの代理の男神が、遊び歩いてばっかりで自慢話しかせぇへんワガママな神や、て言うた時どない思わはりました?」
「忙しいのは、他にも趣味があってそっちの集まりにも出てるからだったのかな、って思ったよ。自慢話は聞いた事ないから解らないなーって思った。他のお茶会ではしてたかもだけど、きっと色んな趣味の中でトカゲが一番好きだから、こっちでは自慢話なんかしてる暇無かったんだよ」
「ふふ、そうですね、好きな事についてお喋りしてると時間なんぼあっても足りませんもんね。とっても良く解りました。ありがとうございます」
無邪気な少年神に優しく微笑んで頷き、鈴音は創造神代理の男神を見た。
「細かい話は置いといて。取り敢えず言えるんは、ここの創造神がどんな神様か、アンタが一方的に喋った内容だけで私は判断してもうてた、いう事。もしお会い出来たら創造神様に謝らなアカンわ」
人である鈴音が代理の男神をアンタ呼ばわりしても、どの神も咎めない。
皆が冷たい視線を男神に突き刺す中、ウァンナーンが溜息と共に口を開く。
「我々もだ。知り合いの彼に話を聞けば、おや?おかしいぞ?と気付けたのに。一つの口が語る話を、何の疑いも持たず信用してしまった。情けない」
「不覚」
「慌て過ぎちゃった」
「頭にきてたからなー」
「まさか代理の神が嘘を吐くとは」
ウァンナーンに続いた神々の言葉を聞いて、シオンが幾度も頷いた。
「それだよ。世界を任された神が何で主を貶める?そんな事をしてキミに何の利益があるっていうんだい?」
凍てつく視線に晒されても、代理の男神は冷や汗を流すばかりで黙して語らない。
格上の威圧が効かないのなら、格下だと思っている相手の挑発に頼るか、とシオンは鈴音を見た。
顎に手をやり何やら考え込んでいた鈴音は、視線に気付くと微笑んで頷き、代理の男神へ少し近付く。
「それにしても、見事な噛み傷ですねぇ。もしかして犬神様に背中見せて逃げました?そらあきませんわ、逃げるモン追うんは本能やから、ナンボ神様でも抑えきれませんし。創造神様から世界任されるような偉い神様が、まさかそんな事も御存知なかったんですか?」
口元に手を当てて憐れみの目を向ける鈴音と、『いいぞもっと言え』とばかり大きく大きく頷く犬神。
挨拶代わりの嫌味で既に、男神の表情は強張っていた。シオンの時とは明らかに違う反応だ。
「ド変態な趣味の事はよう御存知やのに。トカゲ好きの女神様にそんな趣味は無さそうやから、あれアナタ様の願望ですか?虐められたいんですか女神様に。こんな大勢の前で欲望のままに叫んだんですかドMですねド変態ですねいっそ清々しいですね」
嘲笑しながら流れるように口撃する鈴音を初めて生で見たシオン達猫神信者は『これかー』とある種の感動を覚え、それ以外の神々は見事なまでに引いていた。少年神の耳は近くに居た女神が塞ぐ事で対応済みだ。
言われっ放しの男神は、歯を食いしばって眉間に皺を刻んでいる。
「テール様が私に説明してくれた時に全世界にも響き渡ってしもたし、丁度ええですやん、縛り上げて貰て空から吊るして貰て、人界の管理に失敗した無能な神はコチラですて晒し者になっ……」
「失敗などしていない!!」
憤怒の形相で語尾に被せて吠えた男神に神々が驚く中、目が真ん丸になってしまった虎吉を撫でて宥める鈴音だけがもう、これでもかという程全開の笑顔だ。かかったな、とその顔に書いてある。
しまった、と表情に出し慌てて目を逸らす男神を、優しさすら感じさせる笑みを浮かべて見つめる鈴音。
「成る程ねぇ。女神への執着やのうて世界への執着やったんかー。女性関係やのうて仕事関係ねー。うーん、ほな、どれやろなー?この世界にもうちょい自分の趣味を反映させたいとか言うて却下された?こないしたらもっと効率良う発展させられますよ、とか言うて自信満々で持ってった案を蹴られた?争いの無い世界こそ至高!て言うたら鼻で笑われた?また戦争しようとしてるしこんな世界いっぺん消してやり直しましょ、て本気で言うたのに冗談や思われた?」
繰り出されるジャブに引き攣った顔で目を泳がせる男神を見て、シオンが手を挙げ一旦鈴音を止める。
「鈴音、ものの見事に全部当たっているようだよ。要するに、世界をどう導くかで、創造神とこの男の考え方が異なるという事かな?」
「そうやと思います」
「では、創造神が目指した争いの無い世界が気に入らず壊そうと……、うーん?いや、それは変だ。それなら異世界の生物や人の対戦を見せて、住人達に憂さ晴らしをさせる意味がない」
唸るシオンに鈴音は困り顔を見せた。
「腹立つ話ですけど、多分それも嘘やったんですよ。この一見争いの無い穏やかな世界は、創造神が導いた世界やのうて、この代理が導いた世界やて考えたら筋が通ります。創造神が完成させて代理に任せてから眠りについた世界、ではなく、創造神が眠った後に代理が作り上げた世界」
鈴音の推理に神々は目を丸くし、まじまじと代理の男神を見る。
飽くまでも想像ですよ、と断って鈴音は続けた。
「創造神が導いて管理してたんは、所謂普通の世界。トカゲが食べられてまうん嫌やからトカゲだけの世界創ろかなとか言う神様やから、ホンマは穏やかな世界を創りたいんでしょうね。でも、人や生き物の性質をよう解ってはるから、それは無理やと割り切って多少の争いには目を瞑ってはった」
これには神々が皆納得の表情で頷く。
「けどこの代理には、それが我慢ならんかったんでしょうね。一切の争いの無い完璧に平穏な世界が創りたかった。色々提案したけど相手にされへんから、創造神が身体を乗り換える隙を突いて自分の案を実行した」
「そりゃあ良い案なら採用するけれど、為政者は洗脳するわ暴力禁止と言いながら兵器は所持させるわ、あんな矛盾した世界が出来上がる案なんて俺も笑いながら蹴るよ。くだらない」
他所の創造神にまで一蹴され、代理の男神が怒りに震えながら鈴音を睨んだ。
「うわあ。シオン様睨むんは怖いからコッチ睨むん?小物やなあぁぁぁ。で、えーと何でしたっけ。ああ、それで神官の力を利用して世界を纏めて、最初こそ上手い事いったけど、案の定闘争本能強めの人らに不満が溜まり始めた。でもこの世界の住人は争ってはいけない、いう自分の中での決まりがある。どないしよ、あ、異世界の生き物やったらこの世界の住人ちゃうし、問題無いいう事にしたらええやん!あったまええなあ俺、天才ちゃうかなー、よし、神官に異世界の生物を強制的に召喚出来る装置の作り方教えて、神の力も授けよ。これで完璧や」
「ええ!?やだ、行きあたりばったりにも程があるわよ!?そもそも自世界で完結させられないなんて、失敗以外の何物でも無いじゃない」
唖然としたテールが全ての神々の声を代弁する。
「ホンマそない思います。他所から勝手に人攫た結果、こないなった訳ですしね。自業自得にも程がありますね」
どうにか身体を起こして膝立ちになった男神の怒りに燃える目を、鈴音は冷め切った目で見返した。怒ってはいるが何も言い返してこない辺り、大きく外れた事は言っていないのだろう。寧ろほぼ正解なのかもしれないなと鈴音は呆れてしまう。
鈴音の少し後ろで大きな大きな息を吐いたシオンも、怒気を含んだ笑いを零しつつ男神を見やった。
「いやぁ本当にいい度胸だ、最初から嘘を吐いていたとは。この俺に。ふふ、ふふふ。それで?あの光る巨人による浄化とやらは、証拠隠滅を図る為に仕込んでおいたのかい?戦争が起きて滅んだので綺麗に掃除きておきました、とか何とか誤魔化す為に」
問われた男神がシオンの方を見ない上に答えないので、仕方なく鈴音が口を開く。
「世界があのまま彼にとっての理想郷であり続けてたら、起きて来た創造神に自信満々で見せるつもりやった思うんですよ。ほんで、今回みたいに失敗した時は、自分が失敗したて認めたないんで、端から何もしてなかったいう事にしたかった。全部消してしもたら、失敗を知ってるん彼だけになりますからね、一応無かった事に出来ますよね」
男神と睨み合ったまま、不都合な点数を頂戴した答案用紙を隠す子供じゃあるまいし、と鈴音は思う。
猫型ロボットが見守る少年などはその後、答案用紙を発見し怒り倍増のママに怖い顔でお説教されるまでがお約束だ。どう上手くやったつもりでも、最終的にはバレて雷が落ちると相場が決まっている。
「……ん?という事は、あのまま世界を滅ぼしていたら、結果的にこの男の狙い通りになっていたのかい?俺に嘘を吐いた挙げ句、利用するつもりだった……?」
怒りを隠さないシオンに続き、テールも腹立たしそうに口を開いた。
「殺せ殺せって喚いてたのも、創造神にバレて叱られるのが嫌だったから?自分は死んで逃げて世界はシオンに消させて、何もかも無かった事にしようとしたの?」
答えない男神に苛立ったテールは、鈴音に質問する。
「創造神がド変態だなんて印象付けようとしたのはなんで?別に、只々恐ろしい神ってだけでいいじゃない」
聞かれた鈴音は、勝手な想像ですからね、と再度念を押してから答えた。
「シオン様や他の神様を自分の計画に利用する為にも、眠る創造神に対してかなり悪い感情を持って貰いたい。ただ、割とサクサク人やら世界やらを滅ぼす神々には、残虐性なんかを強調しても今一つ衝撃を与えられへん。となると、遊び呆けてる上に性的虐待までやらかす奴と思わせた方が、最低最悪な神やて嫌ってくれそう。……こんな感じでどないですか」
頑張って捻り出しました、な顔をする鈴音に頷いたテールが、男神をとても嫌そうな目で見る。
「危なかったわ、最悪なのはコイツの方じゃない。そりゃあ創造神にもこんな神を創り出した責任はあるけど、衣替えも終わってないのに無理矢理起こされて力を奪われる程の罪じゃないわよ。それにしても、よくも咄嗟にこれだけの嘘が重ねられるものね」
腕を組んで呆れ返るテールを眺めていた虎吉が、鈴音へ視線を移しじーっと、それはもう穴が空く程じーっと見つめた。
「虎ちゃん痛い視線が刺さるッ!」
「うはは!まあ鈴音のんは、あんなアホが吐く嘘とは種類がちゃうからな、大丈夫や」
「良かった。まあ、ちょっと騙されかけたけど、ギリギリ気付いたしセーフセーフ。あの程度の嘘つきには負けへんで」
胸を張る鈴音と愉快そうに笑う虎吉を見て、苛ついていた神々が若干和んだ時。
正反対の表情をした創造神代理の男神が、ゆらりと立ち上がった。
「誰に負けないだと?」
怒りと憎しみで歪んだ顔とギラついた目。
身体から立ちのぼる黒い靄は負の感情か。
「うわ、神様でも出るんやあの靄!」
「この世界に影響するで、腐っても創造神代理や」
安全対策指導室職員の顔になった鈴音と、神の分身として警告する虎吉。
神々や怒れるシオンまでもが、滅ぼそうとしていた世界に視線をやって気に掛ける中、代理の男神だけが違った。
「答えろ!人の分際で、誰に勝てると言ったァ!!」
「えぇー?勝てる言うてへんやん。アンタには負けへん言うただけやで」
うんざりとした顔で言い返した鈴音に、男神の顔色が変わる。
「ふ……ふざけるなあぁぁぁあ!!」
ギョロリと目を剥き襲い掛かって来る男神を見つめ、鈴音と虎吉が同時に溜息を吐いた。




