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第十六話 我々人類からしたらほぼ!同じやッ!!

 荷車への積み込みをしてくれた鬼に、茶トラ猫が喉を鳴らしながら礼を告げている。

 猫の能力を持つ耳でその音を聞き分け、鈴音は納得した。

「茶トラさんの喉の音やったんか、雷みたいな飛行機みたいな音。ウチの子らと全然ちゃうから分からんかったわ」

 過去を含めた全ての愛猫達と子猫を思い出して笑う鈴音に、虎吉は頷く。

「壁越えて来る時に空に響いてたんもあるから、余計ちゃうか?」

「そっか、それは確かに初めて聞く音やわ。けど、お迎えで喉鳴らすとか、もしかして他に楽しい事無いんかな……。今度、黒猫様の分と合わせて、猫さん達の分もオヤツ差し入れし……」

 鈴音が全て言い終わらないうちに、物凄い速さで茶トラ猫が足元に移動して来た。

「オヤツ!?」

「速ッ!?猫神様もこんな勢いやったなオヤツ目にした時」

 黒目勝ちのキラキラした視線を真っ直ぐに注がれ、鈴音は眩しそうに目を細める。

「ちなみに、茶トラさんは人嫌いやないの?」

「キライ」

「ぅぐ!!」

 面と向かって猫に嫌いと言われた猫好きは、恐らく全員こんな顔になる、という表情で耐える鈴音。

 それを見た茶トラ猫はキョトンとしている。

「ヒトジャナイ……ヨネ?」

「何故に!?さっき、イイヒトて言うてくれたやーん」

 必殺技を耐えた直後に、回復する間も無く追撃を食らった。

「やめたれ、鈴音が死んでまう。まあ、人やと思たけど、あれ?どうなんやろ怪しいな?ホンマはちゃうんちゃうか?て思たんやろ。猫神さんの力が混ざっとるから、間違うんも解らんでもないけど、鈴音は人やから。神になりかけ、とかでもないし。俺らを見て『うわ大丈夫かコレ』て思うような顔と動きするけど、薄気味悪いだけで害は無いし、人で間違い無いねん」

「フォローやのうてトドメ刺すんかい」


 虎吉の説明で自らの勘違いに気付いた茶トラ猫は、前足を揃えた綺麗なお座りをし、鈴音を見上げて小首を傾げる。

「ゴメンネ?」

「いいよぅ!!」

 一瞬で全快する単純な生き物に、茶トラ猫は不思議そうな顔をし、虎吉は思わず吹き出していた。

「オヤツ、クレル?」

 大事なのはその一点。

 人云々はどうでもいいのが、茶トラ猫の本音だろう。鈴音はその程度の扱いを受ける事には慣れている。猫が喜ぶ姿を拝めるのなら、自動オヤツ出し機にだってなるのだ。

「うんうん、今度持って行くから。猫さん、どのくらい居るんやろ?」

「タクサンイルヨ」

「沢山居るんかー……猫神様に聞いて、ちゃんとみんなに行き渡るようにするわ」

「アリガトー」

 ニッコリ顔の茶トラ猫の可愛さに目尻は下がるが、地獄の猫が沢山居ると聞いて心は痛む。

 それだけ被害にあった猫が居るのだ。

 なるべく姿を見せずに渡した方が良いか、白猫や、地獄の管理をしているという黒猫に相談してみようと決めた。

「ジャ、カエルネー」

 差し入れの確約を得た茶トラ猫は、ピンと尻尾を立てて荷車の方へと走って行く。

「オヤツ、マッテルー!」

 顔だけで振り向き、鈴音が大きく頷くのを確認してから荷車の前で後足に力を溜め、一気に天高く跳び上がった。

 空にいつの間にか出来ていた、渦巻く黒雲の中へスポンと入り込んで消える。

 その後を追って、燃える荷車も静かに黒雲へ消えた。業火で焼かれては蘇り、蘇っては焼かれる魂と共に。


「行ってもた。あれは、普通の人には見えへんの?」

「おう。地獄の入口も使いも見えへん。……て、荷車の方はどうか知らんで」

 虎吉の答えを聞いて、鈴音は鬼を見る。

 視線を受けた鬼は、ヒョロリと背の高いスーツ姿の青年に化け直していた。

「ウチで使う物はわざと人に見せる事もあるそうですけど、猫さん達の荷車は目立つ必要はないとの事で、霊感が無い人には見えない仕様みたいですよー」

「へえぇー、色々な条件に対応出来るんですねぇ。すごいなぁ」

 素直に褒める鈴音を『すごい、の一言で全部受け入れる方がすごいと思う』という目で綱木は見つめる。

「それにしても、鈴音は人の心理に詳しいね?あの愚か者の行動原理を、簡単に言い当ててしまった。綱木もすぐに納得していたし」

 黒雲が消えた空から視線を戻したマユリが、二人へと微笑んだ。

「あー、それは、見事にネットでお馴染みのテンプレな奴やっただけで」

「ネット?テンプレ?」

「見知らぬ人同士で世間話が出来る世界で、何度も話題に上った事で出来た、こういう犯罪者はこんな事言いがちやんね、ていう型があって、アイツはその型にキッチリ嵌まってたんです。ああいう罪犯す奴は、大体が自意識過剰で、色んな事を環境のせい、他人のせいにしよるんですね。なので、犯人の言い訳から弁護士が使う台詞まで、すっかり型が出来ているので、その中から当てはまりそうなものを選んで、名探偵ぶった言い方にしてぶつけただけです」

 鈴音の言葉に綱木も頷き、マユリは感心した。

「そんな型があるんだねぇ。裏を返せば、型が出来てしまう程、多くの愚か者が居るという事か。私ももっと力を尽くさなければいけないね」

 小さく息をつき、決意も新たといった様子で微笑むマユリを、綱木と鬼はありがたそうに拝み、鈴音は『カッコイイ』と子供のように目を輝かせている。


「では、私もそろそろ行くとするよ。鈴音と話せたし、犬神様に続き猫神様も人に興味を持たれた、なんて、素晴らしい情報も得られたし。来て良かった」

 綱木に借りたペンダントを外すマユリのそばに、柔らかな光を放つ大きな孔雀が姿を現した。

 近付いて両手を差し出す鬼にペンダントを渡し、マユリは孔雀の背に乗る。

 いつの間にか、現代の服装から条帛に裳という装いに変わったその姿を見て、漸く鈴音にもマユリがどういった存在なのか解ったようだ。

「マユリ様、仏様やったんですか」

 鈴音の今更な発言に、綱木と鬼の目が点になった。虎吉は『やっぱり分かってへんかった』と大笑いだ。

「ふふふ。本当の名前は、マハー・マーユーリー。顔が怖くないから、赤ん坊の鈴音に会いに行く事になったというのは、同僚には内緒の話。じゃ、またいつか会う日まで、元気でいるんだよ」

 マユリが優しく笑って手を振ると、孔雀が羽ばたき天へと舞い上がる。キラキラと輝く柔らかな金色の光を残し、ゆっくりゆっくりと姿を消した。


「マユリ様もお元気でー!……うわー、綺麗やなぁー。孔雀飛ぶとこ初めて見たし。けど、マーユーリー様て言い難いな。せやからマユリ様て呼ばしてくれてはったんかぁ」

 優しいな、などと呑気な鈴音に、鬼もまたペンダントを外して綱木に返しながら困ったような笑みを向ける。

「孔雀明王様です。他の明王様と違ってお優しいですけれど、とーっても偉くて強いお方なんですよー?公園前でお会いした時、あまりの驚きで死んでしまうかと思いました僕」

「あー、カッチカチに固まってはりましたもんねぇ。そっか、雲の上の存在に、心の準備も無くうてもうたんですね」

 綱木さんも?と鈴音が見やれば、大きな頷きが返って来た。

「虎吉様が明王様に、お力を少し示すよう言われたやろ?感じ取った瞬間もう、ビッッックリや。腰抜かすか思たよ。鈴音さんに会いに来たとか、意味解らんし。天使に色んな神使に、なんやようけ集まっとるし。輝光魂は消えたり点いたり、何が起きとるかもうさっぱりや。ほんなら何、さっき聞いとったら、鈴音さん、猫神様の眷属やて?」

「え?あ、はい」

「あ、はい。やあらへんがな。聞こえた瞬間目ん玉転げ落ちるか思たわ。何でそんな大変なこと最初に教えてくれへんねんな、虎吉様も鈴音さんは神使やとしか言わはらへんし!!」

 次第にヒートアップする綱木に、鈴音と虎吉は顔を見合わせる。

「言うてなかったっけ?」

「忘れとったかもしれん」

「何で、忘れる!!」

 くわ、と目を見開く綱木に気圧され、鈴音も虎吉もサッと視線をそらした。


「眷属言うたらもう、神と同類でしょうが!明王様は神やないて仰ったけども、我々人類からしたらほぼ!同じやッ!!」

 よほど驚いたのだろう。舞台役者かと言いたくなる、大きな身振り手振りで訴える綱木を、鈴音も虎吉も、鬼も申し訳なさそうに見ている。

「ちょっと待って下さい鬼さん、何であなたまでそんな目を?」

「僕は、眷属と聞こえて納得していたのでー。だって、いくら神使でも、人には無理な動き多かったですよねー?」

「……確かにそうですが、神使やからですか、て聞いたら、そうや、と答えたのは虎吉様で」

 そうなのか、と鈴音が虎吉を見れば、前足を舐めては顔へやり舐めては顔へ、と洗顔を始めていた。

「現実逃避?」

 鈴音のツッコミに、舌を出したまま虎吉は綱木を見る。チョンと鈴音に舌を突付かれて引っ込めた。

「ゴメンやで?いうても(そうは言っても)、しゃあないとこあんねん。忘れんねんて、長い事一緒に居ったら」

「あー、確かに、眷属いうより家族よね。最初にそない説明されたんもあるけど」

 うんうん、と頷き合う様子を半眼で見つめる綱木。

「まあ、そういう事もあるのかもしれ……」

「あ!!ちゃうで虎ちゃん!!私らこっちの時間ではまだ出会って二日や!!」

「あー、そうかそうやったな。もう半年ぐらい経った気でおったわ。いや俺らの間では経っとるんやけどな」

「…………」

 どう聞いても、人がする会話では無い。二日と半年を間違えるような時差がこの世にあってたまるか。

 もう綱木は無の表情で黙ってしまった。焼き切れなかった思考回路を褒めてやりたい。


「アカンぞ鈴音、あいつヘソ曲げてしもたんと違うか。このままやと就職出来へんぞ」

「それは困る、どないしょ」

 ごにゃごにゃと内緒話を始める鈴音と虎吉に、大きな溜息を吐いた綱木は両手を上げる。

「えー……、申し訳無い。この短時間で色々あり過ぎて少々取り乱しました」

 え、少々?と全員が首を傾げるが、気にせず綱木は続けた。

「こう、情報過多で混乱気味やから、細かい話は明日でええやろか鈴音さん」

「え?明日?細かい話といいますと?」

「正式採用の際は、厚労省の職員としてで大丈夫なのか、骨董屋の社員という体を取るのか、とか」

「正式採用!?」

 パッと顔を輝かせる鈴音と、半眼になる虎吉。

「えらい急やな?もっと様子見んでええんか?」

「正直に言いますと、野放しにするのは危険なので採用、です」

「うわ、危険人物扱いやった」

 がくりと肩を落とす鈴音へ、虎吉は軽く頭突きする。

「嘘吐かれるよりええがな。俺もちょっと間違うとった。俺が普通や思てた光る魂な、ピカーの魂。あれたぶん人の基準やと強い光なんや。せやから、鈴音の1の光で充分強うて、2の光やともうえげつない強さやねん。初めから、強い光強い光言うてたやろ綱木が。俺の神力にも引いとったし」

「あー、うん」

「そこへ来て全開の5があって、更にブチ切れ版が10ぐらいか。光る魂自体は人に害無いけど、そこに猫神さんの力が加わったら話は別やな?怖がるのも無理ないわ。それでも給金払て雇たる、言うねんから」

「そっか、ありがたい事やね」

 冷静に分析する虎吉と、それを素直に受け取る鈴音の様子に、綱木は幾度か小さく頷く。

「うん、二人の信頼関係はよう解りました。ほな、明日までに話の内容キッチリ整理しとくから、そっちもお願い出来るかな?」

「はい!」

「よし。ほな今日はここで解散。明日は9時頃に店に来てくれたらええわ。ラフな格好でええよ。……はぁ、疲れた……神もどきの人に神っぽい猫に孔雀明王て、よう持ったな俺の心」

 元気一杯の鈴音からペンダントを回収し、鬼にお辞儀をして、ヨロヨロと綱木は戻って行く。

「お疲れ様でしたー!……あ。鬼さんはどうやって帰るんですか?虎ちゃんみたいに通路開くんですか?」

「いやいや、そんなの僕に出来るわけないじゃないですかー。電車に乗って帰りますよ」

「電車!?」

「はい。とあるお寺にある井戸からあの世へ戻るんですー。勿論、人目が無い時間にコッソリと」

「へ、へえぇぇぇー」

 悪戯っぽく笑う鬼に、ただただ鈴音は驚いた。

「それじゃあ、またお会いしましょう。最近なんだか悪霊がよく出るので、気を付けて下さいねー。まあ、お二方なら大丈夫でしょうけど」

「はい、ありがとうございます。鬼さんもお気をつけて」

 丁寧にお辞儀をし合って、鈴音は鬼を見送る。

「ほな、俺らも戻って猫神さんに報告するか」

「それやったら、お土産買うてからにせえへん?猫連れてても入れる、ペット用品の店があるねん。虎ちゃんにはペットの振りして貰わなアカンけど……」

「オヤツか!オヤツやな!?その為やったらペットの振りぐらい簡単や任しとけ」

 男前な表情で言い切る虎吉に笑い、荷物を回収した鈴音は、モニュメントと灯火に深々とお辞儀してからその場を後にする。


「あ、しもた、綱木さんの電話とか聞いてへ……」

 公園から広い道へ出ようと足早に歩を進めていたその時。

「ん?」

「お?」

 鈴音と虎吉ほぼ同時に、空間が歪むような違和感を覚えたのだが、一歩遅かったようだ。

 足を踏み出した位置を中心に、ポッカリと大穴が空いている。


 底の見えないその穴へ、虎吉を抱いたまま、鈴音は吸い込まれるように落ちて行った。


「うわあぁぁぁ!!」

「おおおぉぉぉ!?」


 叫びは誰の耳にも届かず、穴は幻のように消えた。

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