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第百五十八話 変身

「やだ大丈夫かしら。鈴音って虎吉を攻撃されたらキレるんじゃなかった?」

「当たってないから大丈夫に一票」

 銃弾を全て消し去る鈴音を映像越しに眺め口元に手をやるテールと、豪華な装飾が施された扉の前で手を翳している長い黒髪の男神が呑気に会話し、他の神々も適当に頷いている。


 ここ神界では、既に創造神の代わりを務める男神への仕置きを済ませ、次の段階へと移行していた。

 等と言うと聞こえはいいが、実際はシオンが人界へ降臨するどさくさに紛れ逃げようとした男神を見た犬神が、ついうっかりというか条件反射というか本能というかで飛び掛かってしまったので、じゃあもう細かい事はいいから創造神の方もどうにかしようか、という感じになっただけなのだ。


 異世界人を無理矢理召喚して戦わせる人々も、人の身に余る力を与えた男神も、元を辿ればこの部屋の奥で眠る創造神に行き着く。だったらソイツをぶっ飛ばせばスッキリさっぱり万事解決。という実に大雑把な考えが満場一致で承認され、現在その部屋の封印を解除中なのである。

 そんなドタバタの最中に虎吉が開けた通路で陽彦と黒花が地球に戻り、それに気付いた犬神が『あ!!しまった忘れていた!!』と口を開けた事で、ガブリと噛まれた男神はボトリと落ちてどうにか助かっていた。


「殺してくれ、頼む、殺してくれ!!」

 ところが、せっかく助かったというのに、この世界の創造神を起こすと決まって以降、何故か男神はずっとこの調子だ。

 神々はその様子を時折見やりはするものの、願いを聞き届けてやる気は無いらしい。


「流石に殺すのはねぇ……」

「創造神と共に、力を封じて放置かな」

「ここで自給自足出来るようにしてあげよう」

「それが妥当だろうね」


 のんびり笑う神々の口から創造神とセットで扱う言葉が出るたび、男神は身悶えながら殺してくれと叫んだ。

 勿論、優しい神々は笑顔でスルー。

 映像の中から攫われた自世界の住人を見つけては『うちの子だ』『無事だった』『それは良かった』と喜び合って、次々と帰還させていた。


「それで、鈴音はどうしている?」

「僕は聖騎士も気になるなあ」

「誰かシオンの事も気にしてあげなよ」

「はいはい、順番順番。ウァンナーン、鍵はまだ開かない?」

 女神テールに尋ねられた長い黒髪の男神ウァンナーンは、扉の前で手を翳したまま頷く。

「解った、次はアタシがやるわね。はい、まずは鈴音と虎吉の様子をみんなで見ましょ。その後、聖騎士とシオンね」

 異世界人達の合流地点は定点カメラの要領で小さく映したまま、テールは地下遺跡を大映しにした。

 やあ楽しみだ、と大喜びで盛り上がる神々。

 悲痛な叫びを上げ続ける男神の存在などすっかり忘れ、皆で仲良く映像を観賞し始めた。



 魂の光を全開にして腕を振り、向かって来た弾丸の全てを消し去った鈴音は、自身を銃撃した中年職員達を黙って見やる。

 何が起きたのか解らない様子の職員達は何度か銃撃を繰り返し、結果弾倉を空にしてしまった。

「さっきのマントの用心棒もやけど、この人らも私とシンハさんがどんだけ危険か知らんねんなぁ」

「ホンマやな。あんなもん効かへんのは、外から入って来るとこ見とったら解っとる筈やもんな」

「もしかして監視映像見られるんは、さっきの声の主とかみたいな限られた人らだけなんかな?映像見てる人は当然近寄って来ぇへんから、喧嘩売って来るんは何も知らん下っ端だけになってまうんやろか。下っ端もムカつくけど、こんなん構てたらキリないしなぁ。私がブン殴りたいんはザコやのうてラスボスやねん」

 息子の身を案じて泣く母親と、兄の事は元より両親の心情をも慮る娘、そんな二人を守ろうと涙を堪える父親。陽彦を失ったのではないかと絶望しかけていた大上家の皆を思い出すと、鈴音の心に怒りの嵐が吹き荒れる。

 周囲が軽く揺れる程度には強い感情だ。


「テール様の状態異常回復の後からこの人らがおかしなった、て若手職員が気付くぐらいやから、ラスボスも当然気付くやろ?」

 銃が効かない化け物が直ぐそこに居る恐怖と地面が揺れた恐怖とで恐慌状態になり、何故か黒い球体へ駆け寄って行く中年職員達を見ながら、鈴音は召喚の首謀者の立場になって考えた。

「んー『何やオッサンオバハンばっかり野生化したぞ?若いのんは無事みたいや。これ、ここだけの現象か?監視映像見てみよ』てなるよな。……うん、間違い無く街の様子なんかも確認して、暴力も暴言もあった時代を知る人らが元に戻ったて気付いたな」

「気付いて、どないするやろな?」

「大人しい世代を保護してキレる世代を排除、やと思う。あの声の主が召喚の首謀者やったら」

「そんな手間かけても、どっちみち滅ぼされるのになあ」

 黒い球体にバッテリーのような物を押し当てつつ、青い顔でこちらの様子を窺う中年職員達を、何の感情も篭らぬ目で見つめる虎吉。


「滅ぼされるなんて全ッ然思てなさそう。命乞いもせんとシオン様に攻撃してまうあたり、変に異世界人慣れしたせいで感覚おかしなってんねん多分。どう見てもヤバいやん、アカンやん、光りながら空に浮いてる人。神様やとは思わんでも、文明のレベルが違い過ぎる思て警戒するでしょ普通」

 呆れ返った声で言いながらゆっくりと歩き出す鈴音に、虎吉は幾度も頷く。

「異世界人慣れか、成る程なあ。銃があればどないなとなって、薬使たら眠らすんも簡単やし、扱い易い奴らや思ててんな。犬神さんの神使と聖騎士を呼んでまうまでは、実際そうやったんやろ。せやから、空に浮く人も撃ち落としたら終いやて簡単に考えてしもたんやな。人ちゃうのにな。……で、さっきから何をしてんねんあれは」

 バッテリー的な何かを球体に押し付けたまま、鈴音が動き出した事に悲鳴を上げる中年職員達を見て、一体何のまじないかと虎吉が小首を傾げた。

 確かに変な行動だなと鈴音も首を傾げて唸る。


「うーん、本来は魔法陣がある所に持って来る物で、バッテリーぽくて、神の力にひっつけたら何か起きるかもと期待出来る物。……あれに神の力を溜めたら、異世界人の召喚が出来るようになるとか?」

「ああ、そないいうたら、もっと強い奴呼ぶんじゃとか何とか吠えとったな」

「うん。この場でホイホイ呼べるんか、別の場所やないとアカンのかは知らんけど、何せ強い人呼んで兵器として使う気やったんやろね。最初はあの声の主の指示やったんかも。異世界人が暴れ出したから、勝てるようなもっと強いの呼べ、て言うたんちゃう?」

「うわ、アホやな、強い奴なんか呼んだからこないなっとるのに」

「ホンマ、ハルと黒花さんやシンハさんより強い人いうたらもう、神様クラスやで?我々の世界の為に戦えーい!言うて聞いてくれる筈ないやん。無理に決まってるやん。下手したらその場で世界が終わるわ」

 どんどん近付いて来る鈴音と、何の反応も示さないバッテリー的な物を見比べ、ついに中年職員達は逃げ出した。

 エレベーターとは逆方向にある階段へ突進する彼らを、鈴音は冷たい目で一瞥しただけで追おうとはしない。


「ええんか?ほっといて」

 見上げて来る虎吉を撫でて鈴音は頷く。

「うん、下っ端はええわ。どうせ話聞くなら首謀者っぽいあの声の主。……やねんけど、上の部屋から気配消えてんねん。この黒い球にいらん事されたない筈やから、逃げてはないやろけど」

「ほなどっかで見とるんやな?それやったらもう、ブッ壊すでー!て解り易ぅに暴れたったらどないや?止めようとするやろ多分」

 虎吉の提案に、それもそうかと納得する鈴音。

「別にそのまま壊せるなら壊してもええ訳やし、それで行こ」

「おう。まずはド派手にビビらしたれ」

「イエッサー!」

 敬礼した鈴音はそのまま右手を突き出し、遠くの壁に向けて真横に雷を出した。

 土の部分を狙ったのと、威力を落としていたのとで壁にダメージは無いが、何せ雷は見た目が派手だ。人を慌てさせるには充分だろう。

 案の定、物凄い早さで獲物が食い付いた。


「ま、待ちなさい!その雷をどうする気ですか!まま、まさか奇跡の玉に当てるつもりではないでしょうね!?」

 やはり上のスピーカーから男声が降って来るが、貴賓室に人の気配は無い。

「その、まままさかですけども。へぇー、奇跡の玉言うんやコレ」

 鈴音がふざけた答えを返すと、スピーカーからは息を呑む音が響いた。

「いけません、それはいけませんよ!?奇跡の玉にもしもの事があったらどうするんです!その玉には世界の浄化という大切な仕事があるんですよ!?」

 早口で捲し立てられた内容に、鈴音は嫌そうな顔をして猫の耳用の声を出す。


「世界の浄化やて。明らかにアカン単語出て来たで虎ちゃん」

「おう。自爆でもしよるんやろか。あの代理の神さん、何でそんな機能付けたんや?」

「んー、解らへん。管理に失敗して戦争でも起きたら、全部無かった事にして創り直すつもりやったとか?」

「いや、代理の神さんに世界創る力は無いで」

「そうなんや。ほな益々解らんなー」


 見た目は黙り込んでいるように見える鈴音に気を良くしたのか、スピーカーから聞こえる声に落ち着きが出た。

「事の重大さが解ったようですね。雷などぶつけても元の世界への扉は開きません。諦めなさい」

「え?……あー、はいはいそうですね。て、言う訳ないがな!ムカついてった、今すぐブッ壊そ!!」

 くわ、と目を見開いて拳を握る鈴音。

「ななな何故そうなるのです!!待ちなさい!!」

 慌てる男声の主に見えるように顔を上げ、鈴音は大変悪い顔で笑う。

「遠いとっからキャンキャン吠えるだけで止まるかドアホ。本気で止めたかったらここまで来てみぃ臆病モンが」

 なるべく汚い言葉を使って煽り、黒い球体へ向き直った。

 これで出て来ないなら施設内を走り回って探そう、と開き直り右手を球体へ向け突き出す。

 すると、階段からバタバタと大きな足音が複数響いて来た。


「私は臆病者などではありませんよ!!」

 スピーカーからではない、生の声が階段側から聞こえるが、男の姿は見えない。

 何故なら、防弾盾を構えたバイオロイドが5体も、男の前で壁となっているからだ。

「うわー、世界レベルのファンタジスタやないと、このフリーキックは決められへんで」

「ちょっと何言うてるか解らんけど、鈴音やったら大体なんでも力技で行けるから大丈夫や」

 盾の壁を見て呆れ返る鈴音と、取り敢えず励ましておく虎吉。まあ実際、鈴音の力技に掛かれば防弾盾も紙同然なので、虎吉の励ましに誤りは無い。

「とにかく!奇跡の玉を傷付ける事は私が許しません!」

 多分ふんぞり返っているのだろうなと思いつつ、何様のつもりだとツッコもうとして鈴音は気付く。ほんの僅か、感じ取れる力に。

 同じものを感じ取ったのか、見上げて来た虎吉の目も真ん丸だ。

「……虎ちゃん、アイツもしかして、神様の目ぇ?」

「おう、俺も思た。ちょっと神力あるぞアレ」

 表情を引き攣らせながら盾の壁を見やる鈴音と虎吉。


 これには神界の神々も大騒ぎである。

「はあ!?」

「なにそれ」

 解錠作業を交代し扉前にいる女神テールと、休憩しながら映像を見ていた長い黒髪の男神ウァンナーンも唖然としていた。

 すると、ざわめく神々を眺めながら、つい先程まで殺せ殺せと叫んでいた創造神代理が突然笑い出す。

「ハハ、ハハハハハ!そりゃそうだろう!只の人が世界中の人々を洗脳出来る訳が無い!皮肉の一つも許されない優しい世界を作るには、神の力が必要に決まってるじゃないか!まあ本人は全て自分の力だと思い込んでいるけどな。流石、神が神なら神官も神官だ実にオメデタイ」

 傷の痛みに顔を顰めつつも笑う男神と、とても嫌そうな顔をしている鈴音達の映像とに視線を往復させ、テールは大きな溜息を吐いた。

「そりゃ保身の為の工作も楽よね。ああ驚いた」

「じゃあ世界の浄化とやらにも、あの男の力を使うのか」

 ウァンナーンの問い掛けにはニヤニヤするばかりの男神。もうちょっと痛めつけるべきかと神々の眉間に皺が刻まれた時、人界側で動きがあった。


「全く、誰も彼も好き勝手に奇跡の玉へ近付き過ぎです。あの愚かな職員達のようにアナタも警備兵に処理させますよ?と言いたい所ですが、銃は効かないのでしたね」

 壁の向こうからの声に、鈴音は嫌そうな表情のまま首を傾げる。

「処理、ね。まあアンタが階段側から来た時点であの人らの末路は予想ついたけど。ほんで?どないすんの、攻撃手段無かったら」

「ふふふ、簡単な事。こうするんですよ!」

 その声と同時に盾の壁を作るバイオロイドが前進し、何事かと鈴音が驚いていると壁の後ろから60代前半くらいの男が飛び出した。

 いかにも聖職者という白い服に見を包んだ細身の男は、黒い球体目掛けて一直線、と行きたかったようだが途中で躓いて転けた。気持ちだけが前に行って身体がついて来ないという、よくあるパターンだろう。

 慌てて起き上がって球体に駆け寄る男と自らの脚を見比べ、将来の為にもっと鍛えておこうと頷く鈴音。

 その様子を目にして何を勘違いしたのか、男が勝ち誇った顔で笑う。


「ふふふ、誰がどう頑張っても、奇跡の玉が私の物だという事実は変わらないのです」

「え?あ、はい。よかったね」

 鈴音の薄い反応が気に入らなかったようで、男は球体に手を伸ばした。

「言葉遣いがなっていませんね。私が教育し直して差し上げます」

 そう言いながら男が触れると、球体は神力を溢れさせる。そして、男の腕を飲み込み始めた。

「おや?……抜けない。……抜けませんね!これはどうした事でしょう!」

 焦り出した男の腕を肩まで飲み込んだ球体は、そのまま男の上半身を飲み込みにかかる。

「ふ、触れてはいけなかったのでしょうか!?それならばそうと教えておいて下されば……!」

 黒い球体が男を飲み込んで行く様子が、鈴音にとある世界で見た出来損ないの兵器を思い出させた。


「これ、人の形になって動き出すアレかな。制御不能になるヤツ」

「ああ確かに、骸骨の過去視で見たバケモンが生まれそうな雰囲気やな」

 虎吉も思い出したようで、面倒臭そうな表情になる。

「そないなってしもたら話は聞かれへんから、ボコボコにするだけしたらええやんね」

「せやな」

 そんな会話をしながら、そういえば骨の砕ける音がしないな、等と思っていると、男を飲み込み終えた球体にヒビが入り、眩い光が漏れ出した。

「お?」

「おお?」

 目を丸くする鈴音と虎吉の前で球体から光が迸り、施設の天井を突き破って白く輝く巨人が現れる。

「は!?」

「デカいなー!」

 100m級の光の巨人はキョロキョロと周囲を見回し、自身の手足を確認し状況を理解した様子で頷くと、口も無いのに大きな笑い声を轟かせた。

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