第百五十七話 用心棒と書いて噛ませ犬と読む
ガラス粒達と同時に地下へ降り立った鈴音は、シンハの着地を待ってから黒い球体の方へ向かう。
「あ、魔法陣消しとこ」
鈴音がそう呟くと、掘られた地面がひとりでに盛り上がり魔法陣が消えた。
背後でシンハが豆鉄砲を食らった鳩顔になる気配がしたものの、何も聞かれなかったので放置。
そのまま球体へ近付こうとした時、上から声が降って来た。
「待ちなさい!何者ですかあなた方は。魔法陣に何をしたんですか」
聞こえて来るのは、スピーカーを通した男声。60代前後だと思われる。
何処からだろう、と見上げてみれば、今しがた鈴音達が飛び降りた窓の2階上辺りに、スタジアム等にある貴賓室のような、大きな窓を持つ部屋が確認出来た。
「あっこに居るんが誘拐犯かな?せっかくやし、黒い球の行く末、特等席で見といて貰おか」
獰猛な目つきで貴賓室を見つめて笑う鈴音に頷きながら、シンハはこの遺跡本来の出入口付近を見やる。
「その前に余興で楽しませろという事でしょうか。刺客を用意してくれたようですよ」
その言葉通り、補強された土壁に設置されたエレベーターのドアが開くと、何者かが出て来た。
鈴音達へと近付いて来るのは、灰色のマントに身を包んだ若い男だ。マントの左側に違和感があるので、何らかの武器を隠し持っているのかもしれない。
ニヤニヤと笑いながら、シンハが佩いている剣の間合いに入らない位置で男は立ち止まる。
実際は、衝撃波の刃なら充分に届くし、聖剣に間合い等無いので、この地下遺跡全体が危険地帯なのは言うまでもない。
それを知った上での行動なのか、監視映像等は見ておらず知らないのか。
何を考えているのか解らないマント男を見ながら、シンハが訝しげな顔をした。
「あの男、人……に見えるんですが、やはりとても良く出来た人形なのでしょうか」
シンハの問い掛けに虎吉が鼻を動かす。
「人やで。それも霊力持ちや」
その答えにはシンハだけでなく鈴音も驚いた。
この世界の兵器はバイオロイドと無人機だというのは、鈴音が創造神代行の男神から直接聞いた話だ。
そして、人が争い事に参加するのはたとえ口喧嘩であろうと禁止で、破れば犯罪者として裁かれる世界だというのは、切羽詰まった男神が神々の前で語ったと先程女神テールに教えてもらった。
つまり、素手で壁を破壊して進むような危険生物を取り押さえる為なら、人ではなくロボットが出て来なければ筋が通らないのだ。
ではこの男は何なのか。
「霊力……は、言い換えたら魔力でもええんやんな?っちゅう事は、もしかしてアンタ用心棒的な立場の異世界人?」
鈴音の指摘にマントの男は只ニヤニヤするだけだ。
「うわあ。中ちゃんと服着てんのか心配なってった。ガバッと開いて見せびらかすタイプのアレちゃうやろな?まあ、ソレに対する必殺技は高校時代に男子らから教わったけども」
「よう解らんけど、アレがソレやったらどんな必殺技が飛び出すんや?」
純粋な好奇心から尋ねた虎吉に微笑み、マント男の方を向いてカッと目を見開いた鈴音は高らかに言い放つ。
「小ッッッさ!!」
「クッ……!」
「うぅ……」
男だけでなく何故かシンハまでダメージを受けた様子に、虎吉は目をまん丸にした。
「おう、どえらい威力やな……!」
「えげつないな……。逆上して襲って来るかもしらんから、“ブス”と同レベルの、絶対使たらアカン禁断の呪文やとは聞いとったけど、まさかここまでとは」
被害が大き過ぎたと反省し二度と使うまいと心に誓った鈴音が、シンハに『器の大きいあなたには関係ない話ですよ』とフォローを入れて復活させ笑っていると、上から苛立った声が降って来る。
「小さい?何がですか、聞こえませんよ!あなた方は何者かと聞いています!答えによっては目の前の男が黙っていませんよ!さあ、一体何者で何をしに来たのか教えるのです!」
不快感を滲ませたおかしな丁寧語で脅される、という謎の体験に、鈴音達は揃って首を傾げた。
「……あ、そうか。汚い言葉が使われへんからやわ。怒鳴るんもアカンのやろな。ちょっと強めに言うんが精一杯?けど脅すんやな。なんや調子狂うわー」
嫌そうな顔をした鈴音に頷いたシンハは、最悪呪文『小ッッッさ!!』のショックから立ち直ったマント男を見る。
「……成る程な。こちらへ召喚された直後、私が協力する振りをしたら敵があっさり信じたのは、お前のような者が既に存在したからか」
揃いも揃って貴賓室を無視する二人に業を煮やし、スピーカー越しの男声がマント男に指示を出した。
「質問にも答えられない程度の頭脳しか持たない者を手駒にしても、意味はなさそうですね。退場して貰いましょう。頼みましたよ」
それを聞いた男がマントをはだけると、左腰の武器が露になる。シンプルな造りの剣だ。
「この場から退場やのうて、この世から退場て意味かぁ。物騒やなー」
スラリと抜き放たれる剣を見やって呑気に笑った鈴音は、男を敢えて指で差しシンハへ視線を移す。
「アレ、頼んで構いませんか?」
「勿論です」
笑顔で引き受けるシンハに鈴音も笑顔を返し、男へ向けていた指を展望デッキの方へ向けた。
「出来ればあっちで。シオン様や神々の目に留まりそうな場所でお願いします。この異世界人を探してはる神様が勘違いして怒らんように」
「おお、確かに私が一方的に叩きのめしたのだと思われては一大事ですね!」
「そんなんなったら、シオン様とその神様が大喧嘩して、どえらい騒ぎになりますよ?怖過ぎます」
虎吉に鼻を埋め震える真似をする鈴音と、その姿が面白かったらしく口元を押さえて笑いを堪えるシンハ。
片手で抜き身の剣を構える男は、自分を無視して会話した挙げ句、一方的に叩きのめすだのとふざけた事をぬかす侵入者達にキレたらしい。
「燃えろ」
一言呟いて剣に炎を纏わせると、二人へ向け真横に振り抜いた。
ごう、という音と共に剣が纏っていた真っ赤な炎が刃となって飛び出し、二人に襲い掛かる。
「おっと危ない」
「あ、避ける?ほな私も」
気付いたシンハが横へ避け、鈴音もそれに倣った。
追尾機能は無かったようで、炎の刃は二人の間を通り過ぎ、神の力を宿す黒い球体に当たって消える。
マント男が驚愕する中、球体を見た鈴音は納得の顔で頷いた。
「あの位では傷一つ付かへんね」
「そら代理言うても一応神さんの力やからなあ」
虎吉の声に『一応って……』と困った顔で笑ってから、シンハは聖剣を抜く。
「それでは、あの球と首謀者はお任せします。もしこの男のような者が他にも居たら、遠慮無くこちらへ放り投げて下さい」
「了解!」
自衛隊風の敬礼を見せた鈴音に微笑み、展望デッキ辺りへ視線を移したシンハが軽く聖剣を振った。
直後、轟音と共に施設部分に綺麗な斬り口の大穴が空く。
穴の向こうには美しい青空が見えた。
「うん?我が神が攻撃されているのだろうか?爆発音がする」
首を傾げたシンハだが、外に出れば分かる事だという顔をして息を吐き、マント男を見やる。
「待たせたな。さあ、広い場所で思う存分やり合おうじゃないか。きっとこの地下空間では使えないような、途轍もない大技もあるんだろう?楽しみだ、是非とも見てみたい」
獲物に狙いを定めた肉食獣のような目で笑うシンハに、マント男が無意識に後退った。
しかし、一歩で背中に何かがぶつかる。
「あははー、品行方正な聖騎士さん、意外にもバトル大好き男子やったなぁ。仕掛けて来たんそっちやねんし、責任持って楽しましたりよー?」
背後から聞こえた声に振り向く間も無く、身体が宙に浮いた。ベルトを掴まれたのだと気付いた時にはもう、男は大穴へ向けて砲弾のように空を飛んでいる。
「ギャアアアァァァ……」
悲鳴を残して大穴の向こうへ飛んだ男を追い、一直線に走って跳んで同じく穴の向こうへ消えたシンハ。
「ぶふふ、おもちゃ追っかける猫みたいや」
「うはは、気持ちは解る」
顔を見合わせて笑い、邪魔者も消えた事だしと鈴音は黒い球体へ歩を進めた。
「ま、待ちなさい!そこの女性、待ちなさい!……ぅん?君達、何をしているのです!?」
まずは球体を片付けようと上からの声は無視していたのだが、何やら様子がおかしい。
耳を澄ませてみると、貴賓室辺りから連続した銃声が聞こえて来た。
「え、ナニゴト?召喚の首謀者やられた?」
ギョッとして足を止めた鈴音の耳に、エレベーターの駆動音が届く。スピーカーからの男声もまた。
「くっ、一体何が起きているのです!皆、正気に戻りなさい!」
「あ、生きとった。ほな誰が誰を?あの声の主が、誰かを?」
首を傾げているとエレベーターのドアが開き、わらわらと人が降りて来た。
作業着風の上着にスラックスにスニーカーといった出で立ちの男女が十数名。全員40代以上に見える。
「見るからにこの施設の職員。でも何でか手に武器持ってるで?」
本来はバイオロイドが持つ筈の銃を手に、厳しい表情の職員達。鈴音にはサッパリ状況が理解出来ない。
「やめなさい君達!どうしたというんだ?正気に戻りなさい!そんな物を手にしてはいけない!」
「俺達は正気だ!!今までがおかしかったんだよ!!」
スピーカーからの声に一人の男が言い返すと、そうだそうだと周りも同調する。
「何が汚い言葉を使ってはいけない、だ!言葉を丁寧にしただけでやってる事は結局恐怖政治じゃねえか!!」
「自分を警備兵に守らせてる時点でお察しだわな!殺したんだろ?そっち向かった奴らをよ!」
「あああムカツク!!ムカツク!!」
「落ち着け!まずは、暴れてる異世界人をどうにかしないと始まる前に終わる」
リーダーらしき男が険しい顔で銃口を鈴音に向けた。
「うーん?キレる40代?今まで大人しぃしとったクセに、何でまた急に」
銃を見ても全く怯まず、顎に手をやり唸る鈴音の異様さに警戒しつつ、リーダーの男が口を開く。
「そこをどけ。俺達はその球に用がある」
「用?何の?ちゃんと使いこなせんの?」
黒い球体と職員達とを見比べて首を傾げる鈴音に、苛立った様子の別の男が吠えた。
「暴れてる異世界人どもを駆除する為にもっと強いのを呼ぶんだよ!今までやってたんだから出来るに決まってんだろ!」
馬鹿な事を聞くなと言わんばかりの男を、鈴音は只々唖然とした顔で見つめる。
その時エレベーターのドアが開き、また数名の職員が降りて来た。早足で中年の職員達へ近付いて行く。
今度は20代くらいの若者ばかりだ。
「皆さん一体何をしているんですか?早く仕事に戻……うわぁ銃!?」
「ええッ!?た、大変です、直ぐに警備兵に通報しましょう」
「なんて恐ろしい事を!信じられません!」
スピーカーの男声と同じような喋り方をする若い職員達が、急いでエレベーターに戻って行く。
慌てた中年の職員達が声を掛けた。
「待てよ!お前達も解るだろ、この世界の異常性が!ウゼェ上司の愚痴も言えねえ世界なんざおかしいって!」
「嫌いな人の悪口だって言いたいでしょ本当は」
世代関係無く共感されそうな内容を選んだつもりらしいが、中年職員達の言葉は若い職員達にまるで響かないようだ。
「な、なんて恐ろしい言葉使い……心の病に掛かってしまったんでしょうか」
「先程、急に異世界人達が目を覚ましたあの時に、何かおかしなウイルスでも撒かれたのではないですか?」
「きっとそうですよ!野蛮な異世界人など直ぐに処分すれば良かったのに。どうしましょう、他にも感染した人がいるかもしれません!」
「とにかく早く警備兵を呼びましょう」
青い顔をした若い職員達の言葉で、鈴音にもぼんやりとだが状況が見えて来た。
「つまり、テール様の状態異常回復がこの人らにも効いて、お上品ごっこしてんのを異常と判断された人の仮面が取れてしもたんか」
では若い職員達が暴れないのは何故だ、と考えて、中年職員達との年齢差に気付く。
「もしかして、若い人らは生まれた時からこんな世界で、これが当たり前や思てんのかな?せやから穏やかモードで普通に生活出来てる。逆に中年は、人生の途中から世界のルールが変わって、馴染むまでに大変な思いした、とか」
「ふんふん。そん中でも、特に穏やかな世界と相性の悪い奴らが、この際や行ってまえ!いうて暴れよるんやな?」
後を続けた虎吉に頷きエレベーターの方へ顔を向けた鈴音は、そこでまさかの光景を目の当たりにした。
足を止めない若い職員へ、至近距離で中年職員が発砲したのである。
その一発を皮切りに、全員が若い職員達へ向け銃を乱射した。
あまりに突然の事で目を逸らすのが遅れた鈴音は、背中から大量の弾丸を浴びる人の姿をしっかりと見てしまい、下を向いて固まっている。
「おーい鈴音、大丈夫か。吸え、ほれ」
虎吉が頭を突き出したので強制的に鼻を埋める形になり、そのまま深呼吸を繰り返す鈴音。
暫くして再起動が完了したのか、顔を上げて口から大きく息を吐いた。
「あーーー、無理。これ結構長い事夢に出るわ多分。私の人生には1ミリも関わらへんどーーーでもええ人やけど、それでもやっぱり目の前であれはアカン」
「おう。撃たれた奴が悲鳴上げる間も無かったんは不幸中の幸いやな」
「うわーーー、断末魔の声とかセットやったら、暫く猫神様に添い寝して貰わな寝られへんかったかも」
再度虎吉に鼻を埋めた鈴音が、九割方目を閉じてエレベーターの方を見ると、興奮状態の中年職員達の姿が見えた。
「やっぱ駄目だな若手は。洗脳されてる」
「ああ、仕方ない」
「まともな未来は私達の手で作りましょ」
何やら口々に言いながら、先程の続きだとばかり鈴音へ銃を向ける。
「俺達の本気が分かっただろ?そこをどけ。人が人らしく生きるまともな世界を取り戻すんだ、邪魔をするな」
リーダーの男が一歩踏み出すのを見て、溜息を吐いた鈴音は遺跡の端へ避けた。
「ははは、あいつらよりよっぽど話が通じるじゃないか。よし、そのまま動くなよ」
チラチラと遠くの鈴音へ視線をやって警戒しつつ歩を進めた中年職員達は、それぞれが金属製の台座へ近寄ろうとして、そこで漸く気付く。
「……あ?魔法陣……」
「えッ?あ、嘘!?」
「無い!魔法陣が消えてる!!」
手に持っていたバッテリーのような物を台座に置いた職員達が、鬼の形相で鈴音を睨んだ。
スピーカーの声の主は何処だ、と貴賓室を見ていた鈴音は、遠くから殺気を放って来る中年達に気付いて視線を下げる。
「んー?どないしたん?魔法陣?今頃何言うてんの?フツーここ入ったら直ぐ見えるやん。見えへんの?そんな目ぇで見る未来とかお先真っ暗なんちゃう?そもそも自分より若い人平気で殺す奴が作るまともな世界てどんなん?気に入らん若手は殺してヨシ!みたいな?ほんでジジババだけが残って結局誰もいなくなる系のオハナシ?誰も居らん世界やったらアンタらが頑張らんでももう直ぐ完成するで?怒らしたらアカン存在を全世界で協力してキレさしてんから。良かったやんみんなで一緒に滅べて。おめでとう」
見事な冷笑を浮かべる鈴音へ向け、中年職員全員が迷わず引き金を引いた。