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第百五十話 神使達と聖騎士

 ブルーブラックの髪に同色の瞳、褐色の肌に白い騎士服がよく映える明らかな異世界人。

 20代半ばに見える誠実そうな男前なので、ゲームや漫画なら女性人気が高そうだな、等とじっくり観察する陽彦の耳に、観客の興奮を煽るような場内アナウンスが届く。


「はい来た、来ました命知らずの異世界戦士ッ!!今回はどちらも相当なツワモノらしいぞー!?さあぁぁぁあどっちに賭ける?どっちに賭けるぅぅぅう!?」


 このアナウンスで陽彦は自分が掛けの対象だと知った。

「こっちが異世界人だって観客も知ってんの?ふーん。無理矢理連れて来られてるとか解ってんのかな。もしかして、異世界からバイトしに来てるとでも思ってる?」

 こちらを指差し品定めするような目を向けて来る人々を見やり、内緒話の声量で呟いてやれやれと溜息を吐く。

 そんな陽彦を見上げ、黒花が小首を傾げた。

「それよりも、我々は部屋や壁を破壊しながらここまで来たというのに、それに関して何の警告もしないのが気に掛かる。どう考えても危険だろう、彼らの制御下にないのだから。その気になればここに居る観客を皆殺しにも出来るんだぞ?」

 尤もな疑問を投げ掛ける黒花に、陽彦も首を傾げる。

「あの騎士に片付けさせるから大丈夫、とか?いや、向こう側とはライバル関係みたいな雰囲気だったな。じゃああれか、自分達が逃げる方を優先して運営に報告してないやつ。『何か警報なってんぞ』って警備員が調べに行ってやっと、何かヤバくね?って気付くパターン」

 片頬を上げて微かに笑う陽彦の予想がしっくりきたらしく、黒花は騎士へ視線を戻し頷いた。

「つまり、そろそろ騒ぎ始める頃だという事だな」

 その言葉とほぼ同時に、背後から複数の足音が聞こえて来る。


「あー、来ちゃったよ。どうする?あの騎士に背中見せて大丈夫だと思うか?」

「危険だ。どうせ後ろの連中の攻撃は我々に掠りもせん。無視してあの男に集中する方がいい」

「マジか、そこまで強いの?あの騎士」

 烏天狗相手でもまだ余裕のあった黒花が見せる真剣な表情で、思っていたよりも更に厄介な相手らしい事が陽彦にも伝わった。

「神力っぽい何か出てるし、ヤバいなとは思ったけど……」

「殺すつもりなら負ける事は無い。手加減しながらでは少々厳しい、といった所だ」

 勝てると言い切らないあたり、無傷では済まないと考えているのだろう。

 まさかそこまで強い相手だったとは、と陽彦は焦る。もし他にも召喚された者が居て、それが皆この騎士並の強さだったら。それが皆洗脳され、敵に回っていたら。

「最悪だ。無双するどころかいきなり詰みかけてるし。つか、そんな強い奴があっさり操られてんじゃねーよ!あんな注射針ぐらいどうにかしろっつの!」

 珍しく張り上げた陽彦の声が届いたのか、今まで黙ってこちらを見ていた騎士が、目を丸くした後、安堵したように笑った。


「なんだ、そちらも意識を保っていたのか。てっきり操られているものだとばかり」

 穏やかな笑みを浮かべ、スタスタと歩み寄って来る。

 ギョッとして身構える陽彦を黒花が制した。

「大丈夫だ、敵意は感じ無い。……彼からはな」

 その言葉の直後、背後から複数の銃声が轟く。

 素早く左右に散る陽彦と黒花に対し、騎士は不動。

 ただの弾丸とは限らないから避けるべきだ、と陽彦が声を上げる前に、騎士の右腕が横薙ぎに振られた。


 風が吹き抜けた、と目で追う陽彦の視界で、弾と警備員達が衝撃波の刃に吹っ飛ばされて行く。


 轟音と共に崩れた闘技場の壁に全員が叩き付けられ地面へずり落ちると、ピクリとも動かなくなった。


「エグっ。あれたぶん死んだ……よな?」

 素早く目を逸らし黒花の隣へ移動した陽彦が聞くと、冷静な声が返ってくる。

「もう動きはしないだろう。敵には容赦しない人物だと解ったな」

 もしも敵だと認識されていたらあんな風に攻撃される所だったのか、と遠い目をする陽彦へ、観客のざわめきも意に介さず騎士が微笑んだ。

「背後から攻撃するとは、中々に卑怯で助かるな。命を奪う程だったか等と悩まずに済む」

「ははは」

 神使とはいえ陽彦は現代日本の高校生である。躊躇いもなく人を薙ぎ倒した男を前に少なからず動揺し、乾いた笑いしか出て来ない。

「おや、呆れさせてしまったか。確かに、殺意を向けて来る相手に情けを掛ける必要など無いと解ってはいるのだが……。あなたは冷静だな」

 表情筋を僅かしか動かさない陽彦の乾いた笑いが、騎士の目には“超絶美形のクールな微笑”に映ったようだ。

 思い切り誤解された、と思いながらも、陽彦にはそれを素早く解ける程のコミュニケーション能力が備わっていない。

 代わって口を開いたのは黒花だ。


「陽彦が冷静かどうかはさておいて、あなたは何者だ?我々は犬神様の神使、私が黒花、こちらが陽彦だ」

「おお、これは失礼した。私は神託の巫女を守る聖騎士シンハ。よりにもよって巫女の御前で謎の転移に巻き込まれた阿呆とも言う」

 自らに腹を立てているらしい騎士シンハと自己紹介なぞし合っていると、漸く観客へ向け退場を促すアナウンスが流れた。


「闘技場内設備の不具合により、誠に勝手ながら本日の対戦は中止とさせて頂きます。只今より安全点検を行いますので、速やかにご退場願います」


 警備員が倒された辺りで異変を感じ逃げ出している者、繰り返される放送に不満を口にしながらも出口へ向かう者、責任者を出せ等と騒いで動こうとしない者、様々な反応を示す観客を眺め陽彦は溜息を吐く。

「さっさと逃げた奴ら以外はさぁ、危機感?危機意識?とか無いの?対戦つってんのに俺らが喋ってたり警備員が転がったまま動かなかったり、どう見ても変だろ」

「防御に絶対の自信があるか、こういう仕掛けなのだと思い込んでいるだけか」

 首を傾げた黒花が言うと、シンハも頷いた。

「その両方だろうな。古代遺跡から古代文明の遺産を掘り当て、奇跡の力で異世界から資源を取り寄せる事に成功した、というのが我々を巻き込んだこの転移の始まりらしい。実際は資源ではなく魔物等を召喚してしまったそうだが」

「え?何でそんな事知ってんの」

 驚く陽彦へシンハは事も無げに告げる。

「召喚された直後に協力する振りをして聞き出した。私も、無関係の者を害するのは本意ではないんだ。その結果得た情報によると、初期に呼び出した魔物は弱く、彼らの武器でも勝てたらしい。だがこの世界には存在しない生物だ。見世物として使うと、作り物だろうと疑いながらも面白がられ、商売として成り立った」


 その後は、もっと奇怪な生物を、もっと強い生物をと望み召喚を続け、狙いに近い生物を効率良く召喚出来る人物の脳波等を解析。

 人工知能に解析したデータを取り込み、安定して希望通りの生物を呼び出せるようになった。

 そうなると更に過激な考えに至るのが人、というのはどの世界も共通のようで。

 異世界にも人はいるだろう、格闘家のような者はいないのか、奇怪な生物より余程刺激的な戦いが見られるのでは。

 そんな考えに取り憑かれ、現在に至るそうな。


「結局一度たりとも鉱物等の資源は手に入らなかったにも拘らず、“異世界の金属も混ぜた最強の檻で仕切った安全な闘技場”と謳ってここを開き、こうして異世界人同士を戦わせているのだと言っていた」

 呆れているような憐れんでいるような笑みを浮かべるシンハに、陽彦も微妙な笑みで応える。

「ま、俺の生まれた世界にも動物同士戦わせて喜ぶ奴とかいるらしいから、偉そうな事言えねんだけど……、すっっっげー迷惑マジ笑えねー」

「同感だ」

 シンハは大きく頷くと、自身が出て来た入場口から雪崩れ込む警備員の方を振り向き、容赦無く腕を薙いだ。

「うわ……、って、あれ?何か音が……?」

 吹っ飛ばされた警備員が地面へ落ちる際の音が、人のそれとはどうも違う気がすると陽彦は首を傾げる。


「黒花、あれって人じゃねーの?」

 尋ねられた黒花は、『今頃何言ってんだコイツ』なガッカリ顔になった。

「人形だろう。最初にシンハ殿が壊した物からして音が違ったではないか」

 黒花の言には陽彦だけでなくシンハも驚いている。

「に、人形だったのか……」

「アンドロイド……いやバイオロイド?そりゃそっか、地球より科学が進んでんのに人が銃持ってこんなヤバい相手に突っ込んで来るとか、無い無い」

 自分で自分にツッコミを入れつつ、陽彦は未だ緊張感もなくダラダラと動く観客を見上げた後、シンハに視線を移した。

「……で、この後どうする?帰る方法探さないと」

「そうだな、まずはその古代遺跡とやらに向かいたい。もしかしたら、神託の巫女に声が届くかもしれない」

「そっか、神力流して黒花が遠吠えしたら、犬神様が反応してくれるかも」

「うむ、良い案だ。異存は無い」

 頷き合った所で、シンハが胸元に手を当てる。

「そうと決まれば、このような場所に用は無い」

 カッと胸元が光った直後、純白に輝く鎧がシンハを包んでいた。


「うわ、ちょ、マジか、くはー!」

 猫を前にした誰かさんのように、鎧兜のシンハに目をキラキラさせる陽彦。ゲームやアニメに似たようなシーンでもあったのか、何らかの発作が出てしまったようだ。

「ふふ、いいだろう。聖騎士の鎧と聖剣は男子にとって憧れだからな」

 羨望の眼差しには慣れているようで、胸を張って笑うシンハ。多分そんな純粋な憧れとは違うぞ、と思った黒花だが、気色悪がられて別行動になるのは嫌だったので黙っておいた。

「さて、どこをどう進むべきなのだろうな。シンハ殿には何か考えがおありなのか?」

 意味も無く鎧を着た訳ではないだろうと黒花に見つめられ、腰の聖剣を抜いたシンハは頷く。

「この近くに異世界人の収容施設があるらしい。まずはそこまでの道をこれで作る」

 これ、と言いながら聖剣を構える様子を見て、陽彦は怪訝な顔をした。

「道作るって、どっちにあんのかも解んねーんじゃ無理だ」

「だったら、グルっと一周見回せるように、邪魔な壁を排除すればいい」

「邪魔な壁を排除……?え、まさか」

 そのまさかだったらしく、シンハが力を込めて握ると、待ってましたとばかり聖剣は真っ白に輝いた。


「ではまず、あの入場口から消えて貰おうか」

 光り輝く聖剣を手にした純白の聖騎士が言うセリフではない。これでは完全に悪役だ、と陽彦は遠い目をする。

 そんな事はお構い無しで、シンハは聖剣を振り下ろした。


 その瞬間、凄まじい音と共に入場口を含む闘技場の壁の一部が消滅する。


 桁違いの威力だ。

 残る壁の断面が刃物でスパッとやったように見えるので、紛れもなく聖剣の仕業だと理解は出来るのだが、脳がそれを認められず拒否し呆然の陽彦。

 そして陽彦以上に呆然としているのは、未だ残っていた観客達だ。

 何が起きたのか全く解らないのだろう、壁と陽彦達とに何度も視線を往復させている。

「よし、見通しが良くなった。では反対側も消えて貰おうかな」

 静まり返った闘技場に、シンハの声が響いた。


 その後、轟音と同時に反対側の壁にも美しい断面が現れ、大変風通しが良くなったと黒花が笑う。


 この時になって漸く、事態の深刻さに気付いた観客達は、悲鳴と怒号を上げながら我先にと出入口へ殺到した。

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