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第十五話 火車

 迎えはまだか、とキョロキョロする虎吉に倣って視線を動かした鈴音は、マユリと目があった。

「……マユリ様が、『()()猫神様が人を可愛がるとは』て仰った意味がよう解りました」

「ふふ。本当に危なかったからねぇ。今も人が大嫌いに違いない、と思い込んでいたよ。何がきっかけで変わられたんだろう?」

 不思議そうなマユリに、空を眺めながら虎吉が答える。

「猫達が飼い主をかぼうた後から、興味は持ってはったで」

「そうなのかい?」

「そうなん?」

 重なる声に笑って、虎吉は頷いた。

「平気で猫殺す奴がるか思たら、下僕呼ばわりされる程に猫可愛がる奴も居る、けったいな生きもんや。ほんで、手が気持ちええとか寝床がぬくいとか、気になる要素が色々ある。人て実際はどんな生き物なんやろ、てずーっと考えてはったわ」

 マユリは鈴音を見やり、鈴音は自身の手を見た。白猫が気に入ってくれた手だ。

「けど、猫神さんが人界に行くわけにはいかんやんか?」

「天変地異が起きてしまうものねぇ、神力の強い神が降臨すると」

「せやから、俺を人界へ行かして、どんなんやったか聞いたりしとってんけど。なんやいきなり、壁越えて神界に入ってった娘がなー現れてなー」

 ちらちらと虎吉に視線を送られた鈴音は、ハッと目を見開く。

「私やん!」

「え?鈴音、自力で神界に入ったのかい?」

 驚くマユリに鈴音は、虹色玉に当たられ白猫と虎吉に出会うまでを、ざっくりと話した。

「それはまた、妙な事もあったものだねぇ」

「いやホンマに。でもまあお陰で猫神さんは人に会えた。しかも、猫を可愛がる方やで大当たりや。鈴音が子猫を大事に大事に抱えて、自分が生んだんか!いうぐらいあやして、一人と一匹で仲良うしとる姿見て、えらい喜ばはってなぁ。喋る猫見てもビビるどころか触りに来るし、猛獣サイズの猫見ても可愛い言うし。確かに手ぇ気持ちええし。こらもう、逃してたまるか、やな。決断したら猫神さん早い早い。家族みたいに神界にずっとれるように眷属にして、人界とも行き来出来るように神使にもして」

 ここで、何かが石畳に落ちる音がして、そちらを皆で見れば、スマートフォンを取り落とした綱木が口をポカンと開けて鈴音を見ていた。隣で、未だ下種の魂を踏んでいる鬼が、心配そうに綱木の顔の前で手を振ったりしている。

「綱木さんがまた何かに驚いてはる」

「そのようだねぇ」

「今度はなんやろな」

 最早、鈴音達の中で綱木は“常に何かに驚いている人”認定されているようだ。

「まあええわ、とにかくや、猫神さんは鈴音をごっつい気に入って、犬神さんに相談して仕事の世話までしてしもてなぁ」

「それで掃除屋さんの見習いをしているわけか、成る程ねぇ」

 そうなんです、と笑顔で頷いた鈴音は、ふと気になって虎吉に尋ねる。

「犬神様は猫神様より前に、人を神使にしてはったんよね?理由は似た感じなんかなぁ?」

「そうやと思うけど、気になるんやったら会うた時に聞いてみ?」

「そっか!そうしよ。楽しみやなぁ。その時には、正式な職員になれとったらええねんけど」

 小声で言いながら綱木を見れば、既に立ち直って鬼と話しつつ、下種の魂を見てはスマートフォンを操作していた。


 報告書でも作っているのかな、と綱木の様子を眺めていた鈴音の耳に、どこからか聞き慣れない音が届く。

 遥か上空を通過する飛行機の音のようでもあり、ゴロゴロと響く雷鳴のようでもあり、そのどちらとも違っているようでもある、謎の音だ。

「これ何の音?」

 空から聞こえる、と上を向く鈴音の腕の中で、虎吉が鼻を鳴らした。

「やっと来た。地獄からの迎えや」

 鈴音と虎吉に遅れる事暫し、全員が空を見上げる。


 皆の視界に広がる青空にはいつの間にか、ゆっくりと動く火球のようなものが現れており、まるで何かを追い掛けるようにどんどんとこちらへ近付いていた。


「隕石!?いや、神力が……ちゃうな仏力……うん?神力仏力混じっとる?」

 火球を睨んでいた綱木が、判断出来ない、と鬼を見る。

「道具は僕が居る地獄の物で、使っているのは猫神様の神使さんでしょうねー」

「ん?どういう事ですか?」

「お裁きの場で猫殺しが判明すると、普段はこちらから猫神様の地獄へお届けに上がるんですけど、手が離せない時はお迎えに来ていただく事もありましてー。その時の猫さん達がとても大変そうだったので、荷車を差し上げたと聞きました。ほら、猫さん達、皆さん小柄ですからー」

 鬼の説明に合わせたかのように、空から猫が降って来た。

 空中で体勢を整え華麗に着地したのは、明るい茶色の虎猫、通称“茶トラ”の猫だ。

 そしてそれを追って来たのだろう、鬼が言う所の“荷車”も滑るように着地した。


 ただこの荷車、燃えている。

 音も立てずに勢いよく燃えている。


「鬼さん、燃えてますよあの荷車」

「はい、阿鼻地獄から差し上げた物だそうなのでー」

「地獄の中でも一番恐ろしい地獄やないですか。そんな所の火ぃ地上に出して大丈夫なんですか。それに、神使は引っ張ってないのに、自分で動いてましたよ!?」

「なんでも、自動追尾機能付き自立自走式荷車、だそうです。火は荷車に結界が廻らせてあるので、大丈夫らしいですよー」

「地獄のテクノロジーどないなっとんねん」



 華麗な着地を決めた茶トラ猫は、尻尾をピンと立てて鈴音に抱えられている虎吉に近付く。

 すると、鈴音が慌て始めた。

「わ、どないしょ、降ろした方がええかな虎ちゃん」

「なんでや?」

「だって、地獄担当してる猫さんて事は、人嫌いちゃう?こんなとこで不愉快な思いして欲しないねん。どっか離れといた方がええんちゃうかな私」

 そんな事を言っている間に、茶トラ猫は足元に到着して虎吉を見上げている。

「シマシマノオジサン、オマタセー」

 虎吉達と同じく、にゃーの口の動きのまま喋るその声は、可愛らしい少女のものだった。

「くぁッ!!くぁあわいぃ……ッ!!茶トラで女子とか珍しい!!あー、触りたい触りたい触りたい」

 一発KOを決められた鈴音は、先程までの気遣いはどこへやったのか、虎吉を抱えたままグネグネと身体を捩る。

「うわ、うわ、落ち着け鈴音、俺まで変な奴や思われるやないか。あと、縞々のおじさんて、お前も縞々やぞ茶色いの。俺は虎吉や、覚えて帰りや」

 虎吉の声で我に返った鈴音が、そっと視線を下げると、小首を傾げる茶トラ猫と目が合った。

「ワタシ、カワイイ?」

 虎吉の声は綺麗に無視した茶トラ猫の問い掛けに、何を当たり前の事を、と鈴音は首が取れそうな勢いで頷く。

「フフフー。コレハ、イイヒト。ワルイヤツハ……アレダ」

 鈴音に対し微笑むように目を細めてから、ぐるりと辺りを見回して、茶トラ猫は下種の魂に狙いを定めた。


 近付いて来る茶トラ猫の為に、鬼は下種の魂の頭から足を離し、代わりに腹を踏む。マユリはヒラリと手を動かして、孔雀の尾羽根を消した。

 苦痛から解放された下種の魂は、何かを探すように忙しなく周囲へ視線を走らせている。

 その様子を見ていた綱木が、小さく溜息を吐いた。

おりを探しとるんやったら無駄やぞ。さっきの虎吉様と鈴音さんの豪快な神力の放出で、この辺のは全部消えたからな。ああ、澱いうんは、オマエが取り込んどったあの黒っぽいやつの事な」

「そんな……クソッ」

「やっぱりか。オマエ自分でわざわざ取り込んだな?死んだ事に気付かんと、この世へ戻ってしもたんと違う。解った上で戻って、力欲しさに澱と接触したんや」

 綱木の指摘に目を泳がせた下種の魂は、明後日の方向を見ながら虚勢を張る。

「そ、それがどうした。今更判ったって意味ねえだろうが。何を論破してやりました、みたいに言ってんだよ偉そうに!」

「ああ、その通りやな、オマエに関しては今更や。地獄からの迎え来てしもてるもんなぁ。しゃあないから今後の参考にさして貰うわ」

 呆れたように笑う綱木へ暴言を吐こうとした下種の魂は、直ぐそばに茶トラ猫の姿を認めギョッとして固まった。

「ワルイヤツ」

 大きな目で己を見つめる地獄の使いを追い払おうと腕を振るも、届きそうで届かない絶妙な位置に茶トラ猫は座っている。

「そっ、そそそうだ、興味あるだろ、俺がなんでここで暴れてたのか!聞かせてやるから、コイツどけろ!!」

 焦りと恐怖を隠したいのか、殊更大きな声でまくし立てる。けれど、それでどうにかなるような存在はこの場に居ない。


「自分が今言った事も忘れたのかい?」

 マユリが呆れたように深い溜息を吐き、鬼が幾度か頷いた。

「今更判ったって意味ねえ、とか言ってましたねー」

「そっ、れは……」

 言葉に詰まった下種の魂へ、鈴音がとどめを刺しに行く。

「コイツは、周りが自分をチヤホヤしてくれへん事に腹立てて、自分より弱ぁて反撃してぇへんもんを攻撃することで、自分は強いて自己満足に浸ってたんや思います。自分を捕まえられへん警察を、無能て馬鹿にして喜んだり。その後死んで澱の力を手に入れて、何か壊してみようと思たんでしょ、生前と同じように。この場所を選んだんはただ、目立ちそうやから、とかその程度の理由や思います。私が近付いた途端、標的を直ぐこっちに変えた事からも、何の思い入れも無かったて言うてるようなもんですし。まさか物や女が自分より強いとは、思てもみんかったでしょうけどねぇ。……どない?わざわざ聞かんでも、こんくらい分かるで?」

 茶トラ猫の隣に立ち、今現在もまだ悪霊化したままなのではないか、と疑う程醜い表情となった魂を、虎吉共々冷たい視線で見下ろした。

「悪霊は、負の力の塊を何かの間違いで取り込んでしもた、気の毒な魂やて聞いてたのに、どうも様子がおかしいなあと思たんよねぇ。やっぱり元の性格から腐っとったなぁ。悪霊になって、自分の事認めてくれへんかった人らとか、相手にしてくれへんかった女の人とかに復讐でもする気ぃやったん?」

 わざと小馬鹿にした笑みを浮かべた鈴音に、目を血走らせて下種の魂が吠える。

「俺が相手にしてなかったんだよ!!俺が!!馬鹿が喋るんじゃねえ耳が腐るだろうが!!」


 鈴音は子供じみた暴言を聞き流しつつ、『魂やのに顔赤なったり目ぇ血走ったり、芸が細かいなー』等と考えていた。

「ほな黙ろかな」

「オワッタ?」

 鈴音が口を閉じると、茶トラ猫が背中を山なりにして伸びをし、大欠伸をする。

 選択肢を間違えた、と気付いた下種の魂は物凄い勢いで慌てた。

「ままままま待て、じょ、情状酌量、ほら、複雑な家庭環境で育ったせいで」

「どうせ、『これだから女は』とか母親を馬鹿にする暴力的な父親と、『あんたはあんな男と違って出来る子なんだから』とか呪いかけてくる母親に育てられたせいで、強そうな男の人には反抗出来んくて、女の人は馬鹿にするようになった、とかやろ?私や綱木さんへの態度見てたらわかるわ、そんなん」

「あー、成る程、一度も目が合わんのはそのせいか。俺なんかこん中で一番弱いのになぁ」

 自分で言っておきながら、『一番弱い……』と綱木は地味にショックを受けている。


「ぉっほん。まあ、実際かわいそうな環境やとは思うけど、それが猫殺してええ理由にはならんね」

 咳払い一つで立ち直り、結論を導いた綱木。

「はい、しゅぅーりょー」

 終了宣言を出す鈴音。

「し、執行猶予」

「死んだもんに何の猶予や?そもそも、ウチにそういう制度無いて言うたやん」

 バッサリ切り捨てる虎吉。

「ひ、人の魂が猫なんかに盗られていいのかよ!!阻止しろよ!!」

「人類皆殺し未遂の話の時、彼は寝ていたのかい?」

「起きていました!絶望的に記憶力が悪いのではー?」

 のんびりと会話する、マユリと鬼。

 全員の様子を確認して、立ち上がった茶トラ猫は再びピンと尻尾を立てる。

「モウイイ?」

「ええよ」

 代表して鈴音が答えた。

 途端に足元から罵詈雑言が矢のように飛んで来るが、知らん顔で受け流す。

「ワカッター」

 楽しげな表情で頷いた茶トラ猫が軽く跳び上がり、下種の魂の顔に着地した。そのまま後足で蹴り飛ばし、向こう側へ着地。

 下種の顔には、茶トラ猫の爪痕がくっきりと刻まれた。

 すると、静かに燃える荷車が車輪の音すら立てず、印の付いた罪人を地獄へ連行すべくスルスルと近寄って来る。


「お、お、おおおい、おいおいおい、来るな、来るな!!来るな来るな離せ離せ離せぇぇぇええ!!」

 下種の魂は半狂乱になり鬼の足を退けようと暴れるが、当然びくともしない。

「この荷車、自動積み込み機能があるんですか」

 平然としている鬼に綱木が尋ねると、さすがにそれは、と笑顔が返って来た。

「普段から、いくら忙しくても、積み込みくらいは手伝いますよー。こんな感じで」

 言うが早いか、そばに止まった荷車へ向け、下種の魂を蹴り上げる。

 ボールのように飛ばされた魂は放物線を描き、燃え盛る荷台へ見事に載った。

 心を抉るような悲鳴を聞く羽目になるのだろう、と鈴音も綱木も覚悟していたのだが、二、三秒しても聞こえて来ない。

「あれ?静かですね?」

「うん?ホンマやね?」

 鈴音と綱木が顔を見合わせてから荷台に目をやると、業火に焼かれる黒い影は確かにあった。

「鬼さん、まさか消音設計なんですか」

「ああ、そうなんですよー。積み込みはあの世の入口でやるもんですから、阿鼻地獄の炎に焼かれる魂の悲鳴、なんてものが轟いてしまうと、色々やっかいでー。そこまで怖い思いする必要の無い魂も居ますからね、入口だと。荷車に廻らせてある結界の中に、炎と一緒に閉じ込めておける作りだそうですー」

 にこやかに荷車の説明をする鬼に、鈴音と綱木はただ感心して頷くのみだ。

「あれ?ほな到着前に空から聞こえた謎の音は?」

 首を傾げる鈴音の視線の先で、嬉しそうに目を細めた茶トラ猫が、喉を鳴らし始めた。

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