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第百四十九話 コレジャナイ!!

 白猫よりは時間が掛かったが、それでも僅か数分で縄張りを走り抜き、シオンを連れた鈴音は犬神の家まで辿り着く。

 門番犬はロットワイラーが2体。シオンに鋭い視線を注いでいる。やはり月子から連絡が入り、見慣れぬ神を警戒しているのかもしれない。


「こんにちは。猫神様の神使の鈴音と、猫神様のお友達のシオン様です。実はシオン様の神使……のような存在が突然行方不明になってしまって、その事で犬神様とお話し出来ないかと思いまして」

 鈴音が事情を説明すると、片方の門番が中の犬に話してくれた。

 待つ事暫し、迎えに出て来たのは、いつも犬神のそばに控えているグレートデーンだ。

「ようこそ、鈴音様。そしてシオン様。犬神様がお待ちですので、どうぞ中へ」

 普段は穏やかなこの犬に緊張した様子が見られるのは、見知らぬシオンが居るからではなく、犬神が相当お怒りだからなのでは、と洞窟内に満ちているピリピリとした空気で察する鈴音。

「いざとなったら全力で逃げるか……いや、シオン様を盾にするか」

 怒る猫は“怖可愛い”と言ってのける鈴音も、犬となると話は別である。

 シオンには呟きが聞こえないのをいい事に不敬な考えを巡らせていると、いつの間にか広間へ着いていた。


「鈴音!よく来た、そちらが……」

「シオンだ。本当の名は人には発音出来ないそうでね、鈴音にあだ名を付けて貰った」

 玉座スペースでウロウロと動き回る犬神にシオンが名乗り、鈴音はお辞儀し揃って近付く。

「そうか。早速だがシオン殿、そちらの神使が消えたというのはまことか」

「正確には神使ではなく、神託の巫女を守る聖騎士だ。俺の力を直接与えた訳ではないが、巫女の祝福を受けた騎士だから当然強い。天災級の魔物とも渡り合える。そんな男が巫女の目の前でいきなり消えたんだ。謎の光に包まれ一瞬で影も形もなくなったそうだ」

「謎の光……それは何かの力が働いたという事か」

「恐らくね。偶然起きた何らかの現象に巻き込まれた可能性も僅かながらあったけど、ほぼ同じ頃にそちらの神使2名も消えたとなると、何者かの意図を疑わざるを得ないな」

 穏やかに会話していた二柱から、徐々に怒気が漏れ出て来た。


「なあシオン殿。その何者かは神使を攫う事で、私に宣戦布告したと考えて問題無いか」

「無いさ。俺の可愛い巫女から聖騎士を奪い泣かせて、俺にも喧嘩を売ったんだよ。その何者かも何者かが居る世界も、滅ぼされたって文句は言えないね。そう思わないかい」

「そうだな。当然の事だ。塵も残さず消える前に私の牙が喉笛に突き刺さっても、仕方のない事よな」

「ああそれは仕方ない仕方ない」

 口調は変わらず穏やかなのだが、最早怒りを隠そうともしていない。

 犬神の『神使を攫った』という言い方からして、陽彦も黒花も命に別条はないのだなとそこには安堵したものの。危険なコンビが誕生してしまったぞ、と尻尾を巻いて広間から出て行く側近以外の犬達を見ながら鈴音は冷や汗を拭った。


 この二柱が暴走した場合、自分一人で止めるのは不可能なので、ブレーキになってくれそうな神を巻き込みたいと鈴音は考える。

 唸りながら脳をフル回転させた結果、ひとつの案が浮かんだ。


「あのー、よろしいですか?」

 そろりと挙手して話に割り込むと、二柱共が頷いた。

「ほな失礼して。これひょっとして、無差別の可能性ないですか?」

「……無差別?どういう事だろうか」

「俺と犬の神を狙った訳じゃないって事かい?」

 二柱の興味を引けた事にホッとしつつ、顎に手をやった鈴音は続ける。

「飽くまでも私の印象ですけど、まずお二方に共通点が見当たらへんのですよ。種族も立場もちゃいますし、今日初めましてでしょ?こんなお二方に絞って狙たんやったら、共通の知り合いがまず疑われますよね。お二方なら猫神様かな?」

「猫神がそんな面倒臭い事をする訳がない」

「猫ちゃんはないね。気に入らない事があればさっきみたいにブッ飛ばされるだけだからね」

 即座に否定され鈴音は心底嬉しそうに笑った。


「はい、猫神様ではないです。でもまあこんな感じで、直ぐに共通の知り合いの名前が上がりますよね。私が犯人ならそんな危険は冒しません。それに神使や聖騎士を攫ったって怒らせるだけで、ダメージを与えられる訳ちゃいますし。人質のつもりなら考えが甘過ぎるし」

 犬神はともかくシオンに人質作戦が通用するとは思えない。人質ごと消滅させて、新たにそっくりの肉体を作り魂を入れ直してしまえばいい、等と言い出しそうである。

「敵が神様やったら、創造神怒らしたらどないなるかぐらい解る思うんですよね。せやからこれ、神様の力を使た誰かの無差別的な犯行で、被害に遭うてる人はもっと多い可能性あるんちゃうかなって。攫われたんが神使や聖騎士やからお二方は気付いたけど、例えばシオン様、被害者が聖騎士さんの部下やとか友人やったらどないです?気付きました?」

 鈴音の指摘にシオンは瞬きを繰り返し、ゆっくりと首を振った。

「そんな話を聖騎士は巫女に教えないだろうね。という事は俺の耳にも入らない」

「犬神様も、神使やない犬さんが攫われとったら、流石に分かりませんよね?」

「ああ、確かに分からない」

 頷いた犬神はシオンと顔を見合わせる。


「つまりこれは、どういう事だ?」

「神使と聖騎士だけで考えると神に連なる者を攫っている事になるが、ひょっとするとそうとも限らないんじゃないかと鈴音は言いたいのかな?」

 腕組みをして考えを纏めたシオンに鈴音は頷く。

「他の神様にも聞いてみて貰えませんか。あなたの世界で似たような行方不明事件起きてませんか、て」

「……成る程。よし、聞いてみよう。どのみち何の手掛かりも無いんだし、思い付いた事はやってみるに限るからね」

「そうだな、捜索を頼んだ神々に聞こう」

「お願いします。私も猫神様の元に居てはる神様方に伺ってみますね。何か分かったらこちらへお知らせに……」

 そう言いかけた鈴音を犬神が遮る。

「いや、それは申し訳無い。こちらから猫神の縄張りへ出向く。そこで情報交換といこう」

「ふふ、お気遣い感謝します。ほな、猫神様の縄張りで集合……」

 笑顔で頷いた鈴音は、シオンの真っ白に燃え尽きていそうな表情が視界に入り途中で黙った。

「猫ちゃんの縄張り、俺……入れるかな……」

「あー、そうでしたね。まあ虎ちゃんが事情説明してくれてるやろし、私も戻ったらご機嫌取っとくんで大丈夫や思いますけど、アカンかったらゴメンナサイ」

 大丈夫かもと期待させられて、駄目かもと落とされたシオンのダメージは計り知れない。頭を抱えしゃがみ込んでしまった。


「猫神に何かしたのかシオン殿は」

 話が見えずきょとんとしている犬神に鈴音が先程の出来事を説明すると、何とも気の毒そうな目をシオンに向ける。

「喧嘩番長だからなあ猫神。喧嘩売って来た相手は絶対赦さないぞ。まあ、勘違いだったのだし、私が『私の顔に免じて今回だけは赦してやってくれ』と頼めば、出入り禁止だけは免れるかもしれん」

 口から魂が抜けそうだったシオンだが、頼もしい犬神の言葉でどうにか復活した。

「肉でいいかい?肉がいいよね?今度絶対に持って来るから、どうか猫ちゃんの怒りを解いてくれー!!」

 魂の叫びを上げるシオンを犬神が宥め、鈴音は『こうならないよう猫に対する行動には改めて気をつけよう』と反面教師にしている。


「落ち着くまでシオン殿は私が見ておくから、鈴音はさっそく戻って情報収集してくれないか」

 困り顔の犬神にそう言われ、笑いを堪えつつ鈴音は頷いた。

「神様のお友達やそのまたお友達にも聞いて貰えるように頼んでみますね。ほな、猫神様の縄張りでお待ちしてます」

 犬神へお辞儀した鈴音は入口までグレートデーンに送って貰い、白猫の元へ爆走する。



「……という訳なんです」

 ドームへ戻った鈴音は、白猫を撫でながら犬神とシオンとの会話の内容を話した。集まっていた神々にも聞こえているので、皆驚いた様子で場がざわついている。

「あっちこっちで人が攫われてるかもって事?うわー、うちは大丈夫?」

 そう声を上げ妻に尋ねたのは虹男だ。

「調べてみないと何とも言えないけれど、少なくとも神殿に関わる子達は攫われたりしていないわ」

 絶世の美女神サファイアは夫にそう答えるも、不安からか表情が硬い。

 見た目に反してかなり危険な性格の持ち主であるこの女神、最近可愛いと思い始めた自世界の人が攫われたりしていたら、一体何をしでかすか解ったものではない。


 いやサファイアに限らず、自らが創り出した世界に無断で干渉されたとあってはどの神々も激怒するだろう。鈴音としては被害が最小限に留まり、ブレーキ役に回ってくれる神々が多くなる事を願うばかりだ。


「こうしては居られぬ、戻って調べて来よう」

「私もそうする。分かり次第また来る」

「我が友にも知らせてやらねば」

「えー、ごっそり居なくなってたらどーしよー」


 一柱が立つと、釣られるように我も我もと皆が動く。

「また後で来るわね猫ちゃん。虎吉と鈴音も後でね」

 近くへ来て手を振ってくれたのは、長い赤髪が綺麗な女神テールだ。

「おう、何事も無いとええな」

「お待ちしてますね」

 お辞儀してテールを含む神々を見送ると、ドーム内に静寂が戻った。

「鈴音の説が合うてたとしたら、犯人の目的は何やろな?」

 首を傾げる虎吉に、鈴音は渋い顔で首を振る。

「解らんけど、攫われた人らに特徴があったら何か見えてくるかも」

「そうやな。取り敢えず今は情報待ちやな」

「うん。まるで見当違いかもわからんしね」


 もしも似たような被害に遭った者が確認されたら、陽彦と黒花はどこかの神が関る事件に巻き込まれた可能性が高い、と大上家に伝えなければ。

 そう思いながら鈴音は白猫と虎吉を撫で、神々からの知らせを待った。



 一方。



『コレジャナイ!!』

 心の中でそう叫んだ陽彦は、殆ど口を動かさず黒花に指示を出していた。

「喋るなよ黒花、犬の振りしてろ。様子見るから」

「心得た」

 鈴音と虎吉と同じく彼らも優れた聴覚を持つ為、犬の耳専用内緒話が出来る。

 何故そんな内緒話が今必要かというと、彼らは透明な円筒の中に居て、見知らぬ男女数名に囲まれているからである。


 つい先程まで陽彦は、仕事である澱掃除を普段通り適当にこなしていた。これまた普段通り、黒花と共にビルからビルへ飛び移り、人目を避けて移動しながら。

 するとその途中で、ビル屋上への着地と同時に眩い光が身体を包んだ。  

 逃げる間もなく目の前が真っ白になり、視界に色が戻った時にはもうこの場所にいた。

 何が起きた、と素早く視線を動かし、自分が魔法陣の上に立っていると気付いた時、オタクな陽彦は『キター!!』と叫びかけたのだが。

 周りに見えた物がそれに待ったを掛けた。


 どう見ても、現代日本より進んだ科学技術が作り出しました、と言わんばかりの、空中に文字やグラフ浮かべちゃいます系実験室だったのだ。

 陽彦の居る巨大試験管だか巨大メスシリンダーだかな円筒を囲む男女も、体内のチップが角膜に映し出す情報読み取ってます系なのだ。

 アメリカの機密施設でもここまで進歩してはいないだろうから、これはもう異世界で間違い無い。

 間違い無いがコレジャナイ。


『近未来系とか興味ねーし!!何でせっかくの異世界転移でこうなるかな。剣と魔法とドラゴンはどうした!』

 心底ガッカリしながらも、男女の動きはしっかり目で追う。自分達を材料に怪しげな実験でも始めようとしたら、全力で暴れて逃げなければならないからだ。

 そんな、心の中では百面相を披露しつつも実際の表情は一切変えない陽彦の様子に、男の一人が口を開く。


「随分と大人しいな。状況が解ってないのか?」

 首を傾げる学者風の男に、医者風の女が笑い掛けた。

「ビックリし過ぎて声も出ない弱者か、どんな状況にも動じない強者か、どっちかじゃない?」

「弱者だとしたら条件指定を見直さなきゃなんないなぁ」

 エンジニア風の男が頭を掻きながら言い、皆が頷く。

「まあ取り敢えず戦わせてみようじゃないか。向こうもステータス指定して召喚出来るプログラムを組んだという噂だし、真偽の確認に丁度いいだろう」

 学者風男の声に再び皆が頷くと、エンジニア風男が手指を動かし何かを操作するような様子を見せた。スーツ姿の男女が補佐するように手指を動かす。


 すると、陽彦と黒花の頭上から、注射針を備えた細い管が伸びて来た。

 まるでそうする事が当たり前とばかり首筋を狙って来る針に、ほんの僅か眉を顰めた陽彦は黙ったまま手刀を打ち込んで、管ごと圧し折る。

「ヤバい奴らで確定だな。暴れていいぞ黒花」

「心得た」

 陽彦の指示に頷いた黒花は、管を圧し折られ慌てる男女を無視して遠吠え。

 主の耳に届く事を期待するようなそれは、陽彦と黒花を閉じ込めていた円筒を易々と粉砕した。


 悲鳴を上げ逃げ出す男女を追って歩き出しつつ、先程感じた違和感に陽彦は首を傾げる。

「何か言葉解るんだけど。何で解んのかな。あいつらが翻訳機能付きの何かを使ってんの?それか異世界だとこれがフツーとか?」

「いや本来はその世界の神に招待されん限り、言葉なぞ解らぬ筈だ」

 黒花の解説を聞いて陽彦は怪訝な顔をした。

「じゃああいつらの翻訳機能じゃなかったら、俺達はこの世界の神に呼び寄せられたって事になるのか」

 逃げる男女が通過するや即座に閉まる扉には人並み外れた素早さで滑り込み、分厚い隔壁は黒花が破壊して進みつつ、初の異世界が色々と気になって考え込む陽彦。


「戦わせるとか言ってたけど、何とだろうな。条件指定とかステータス指定とか……やっぱ人なのか?神が人と人の戦いを娯楽にしてる?」

 ブツブツ呟きながら、陽彦は隔壁の閉まっていない廊下へと歩を進める。

「おい、陽彦。あの男女が逃げたのはこの道ではないぞ?こちらからも大勢の声はするが……いいのかこちらで」

 黒花が何度か振り返りつつ尋ねるが、自分の世界に入っている陽彦には聞こえていないようだ。パーカーのポケットに手を突っ込んで、ブツブツ言いながらどんどん歩いて行く。

 諦めた黒花も後に続き、トンネルの先に見える光のような場所を目指した。


「……え。うわ、何だココ」

 完全に上の空で歩いていた陽彦は、歓声で我に返り辺りを見回して驚く。

 そこはどう見ても円形闘技場で、自分が出場者の位置に立っていたからだ。

 唖然とする陽彦の耳に黒花の溜息が届いた。

「だから聞いたのだ。こちらで良いのかと」

「いや知らんし。返事するまで聞けってそういう時は。まあでも外には近付いたっぽいから結果オーライ……、でもねーか。何かヤバいの来たわ」

 厳しい表情になった陽彦と、隣に並んだ黒花の視線の先で、向こう側の出入口から対戦相手であろう人物が現れる。

 その人物は陽彦が好む異世界の物語に出て来そうな、いかにも騎士風な衣装を身に纏った若い男性だった。

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