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第百四十六話 奉行所

 帰宅した鈴音は愛猫達に餌をやると、すぐに虎吉を呼んでボウル片手に神界へ向かう。

「おう、お疲れ。この後あれか、犬神さんのお供え取りに行くんやな」

「ただいまー。うん、そうやねん。お手数掛けます」

 倉庫に置いたプラケースからオヤツを出し、ボウルに移しながら鈴音は頭を下げた。

「かまへんで、犬神さんも喜ぶやろしなあ」

 楽しげな虎吉と、席につき目を細めている白猫の前にボウルを置いて拝む。

「ありがたやー。どうぞお召し上がり下さいー」

「うはは、いただきます」

 いつも通り、白猫はあっという間に、虎吉はカリカリと良い音を立てて美味しそうにオヤツを平らげた。


「さてと、犬神さんの神使の家の隣やったな」

 洗顔を終え椅子から床に降りた虎吉が、耳や髭を動かしながら何かを探るような様子を見せる。

「地図とか見んで分かるん?」

「おう。犬神さんの神使の気配感じよる猫と繋いだらええからな、簡単や」

「へぇー、凄いなあ猫のネットワーク」

 鈴音が感心している間に虎吉は探し当てたようだ。耳を前に向け瞳孔を開き、髭をブワっと広げている。

「よっしゃ、ここやな。もう行くか?」

「うん!お願いします」

 さっそく通路を開けて貰い、姿隠しのペンダントを確認してから鈴音は人界へ出た。


 繋がったのは、良く手入れされた芝生のある庭だ。

 そこに面したガラス窓の向こうで、横になっていた三毛猫が何事かと頭を起こしている。

「こんばんは、猫神様の使いです。お隣さんに用があるんで、通らして貰いますね」

 鈴音が会釈すると、何だ神の使いか、とばかり三毛猫は欠伸してから丸くなった。

「んふふ、可愛いなぁ」

 微笑んでから、さて大上邸はどんな感じだとその場でジャンプする。

 高く跳べば路地を挟んだ両隣が視界に入り、そのどちらも現在地の家と大差無い豪邸だと解った。

「豪邸……いうか、お屋敷?奉行所?あっちの白亜の城っぽい家の方がツキとハルが住んでそうなイメージやけど……ツキの霊力感じ取れるんは奉行所の方やねんなぁ」

 着地し、意外だと瞬きしながら大上邸の方を向く。

 塀を跳び越えるか、正門から『頼もう』するかで一瞬迷い、普通に呼び鈴を押そうと冷静になって頷いた。


 三毛猫邸の塀を跳び越え、大上邸の正門前へ移動。

 呼び鈴はどこかと探す前に、門扉が音を立てて開いた。てっきり横の潜り戸を使うと思っていた鈴音は目が点である。

「鈴ねーさんいらっしゃーい」

 明るい声で出迎えてくれたのは月子だ。ありがたいが、鈴音は慌てて自身の口の前に人差し指を立てた。

「私の姿、ご近所さんには見えへんから」

「……あ、そっか。急に門開けて直ぐ閉める変な子になっちゃった」

 あちゃー、という顔をしながらも月子がどこか嬉しそうなのは、神使になれるかもしれないという期待感からか。

 鈴音を招き入れて門扉を閉じた月子は、玄関へ向かいながらニコニコ笑っている。


「改めましてこんばんは。凄いお屋敷やね。奉行所か思たわ」

 職人が刈り込んだ松等の庭木や、敷き詰められた玉砂利を見ながら鈴音が言うと、月子は声を上げて笑った。

「こんばんは……って、奉行所!初めて言われた!こんな感じなの?奉行所」

「時代劇で観た限りではこんな感じ」

「鈴ねーさん時代劇とか観るんだ」

「うん。子供ん時、お母ちゃんが働いとるから婆ちゃんが家の事しに来てくれとって、その間はテレビから時代劇が延々流れとってん。あるやん、そういう専門チャンネル」

 成る程、と頷く月子に笑い、奉行所ではないものの歴史を感じさせる建物に目を輝かせる鈴音。その様子に、何となく月子も得意気というか幸せそうだ。

「ウチはアニメか特撮だったな、テレビ。私は音楽番組とかドラマが観たいから、すぐ喧嘩したよねー」

 顔を顰める月子を見やり、陽彦は子供の頃からブレなかったのか、とある意味感心した鈴音だが、はて、と首を傾げる。

「自分の部屋にテレビとかパソコンとかは?後は親のスマホかタブレット」

「あー、無かったの。ウチの親そういうの厳しくて。高校入って仕事始める時にやっとスマホ持ったぐらいだもん。だからお給料入った後のハルは凄かったよー?反動?もう、自分用のパソコンもタブレットも買ってDVDとかも大人買いだし、休みの日なんかご飯トイレお風呂以外出て来ないよね部屋から。それで異世界転移したいわーとか言われたら、頭おかしくなったのかもって心配するでしょ」

 月子の溜息を聞きながら、オタクの鑑だなと鈴音は半笑いだ。

 そんな他愛もない話をしている内に、立派な玄関へ辿り着いた。『鈴ねーさん来たよー』と声を掛けつつ月子が扉を開け、共に中へ入る。


 板の間で正座し迎えてくれたのは、月子によく似た和装の美女だ。姉がいるとは聞いていないので、母親だろうとは思うのだが、随分と若く見える。

「初めまして猫神様の神使様、月子の母の暁子あきこでございます。娘の為にわざわざのお運び、痛み入ります」

 手をついての丁重な挨拶に鈴音は慌てた。

「ああいやいや、そんなご丁寧にして頂かんでも。大した事ちゃういうか自分では何もしてませんし、全部猫神様のお陰で虎ちゃんのお陰ですんで。あ、今更ですけど猫神様の神使、夏梅鈴音です」

 顔を上げた暁子は、困りながらお辞儀する鈴音を目にすると、何やら悪戯が成功したと言わんばかりの笑みを浮かべる。

「……ん?」

 それに気付いた鈴音が首を傾げると、堪え切れなかったのかコロコロと笑い出した。


「ごめんなさい、娘に聞いてた通り、とても気さくな方なんだなと思って」

「……んん?」

 鈴音がじろりと月子を見やると、口を尖らせ不貞腐れた顔が返って来る。

「なーんでお母さんだとそんなに慌てるのー?私の時なんかサーってスルーしたじゃん!マジで凹むんだけど」

「え、何。もしかして、私の美少女オーラ通用せぇへんかってん!あら、ほんならお母さんの美女オーラはどうやろか、勝負する?とかいう流れで遊ばれた?私遊ばれた?弄ばれた?」

 両頬を覆ってショックを受けましたアピールをする鈴音が面白かったのか、更に笑ってしまいながら暁子はひたすら謝る。

「ふふ、すみません、本当に、ふふふふふ」

「別にええですよー。つか、初対面でかましてくるんはお母ちゃん譲りの伝統芸やねんな。格がちゃうけど」

 けろりとした顔で言う鈴音に月子が首を傾げた。

「格の違いってどのへん?」

「ツキは自分の見た目全面に押し出した圧だけやったけど、暁子さんは私の最初の反応で、美女オーラは通用せんて見抜いて対応変えてきたで」

「え、お母さん、そうなの?」

「だって私を見ても顔色一つ変えなかったから。女の子こそ『ツキのお母さんきれーい』みたいに驚いてくれるでしょ、普通なら。それが無いんじゃ顔だけで勝負は出来ないよねぇ。そうなると、馬鹿丁寧な挨拶でもされない限り、動揺なんかしないんじゃないかなって思って」

 可愛らしく小首なぞ傾げた母親を月子は嫌そうに見やる。


「ずーるーいー!ビックリはさせたけど、顔関係無いじゃんそれ。だから引き分け。お母さんが勝った訳じゃないから!私負けてないしッ」

「えー?お母さんの勝ちだと思うけどなー」

 キャンキャン吠える月子と、娘にあざと可愛い系上目遣いをぶちかます推定30代後半の暁子。

「オバサンの上目遣いとかキモいから!!」

「ツキちゃんにしかしないから大丈夫ー」

 キツい娘と動じない母。

「……うわー。未来のお嫁さん若しくはお婿さんに心から同情するわー……」

 胸に手を当て遠くを見てから目を閉じる鈴音に、我に返った母子は乱れてもいない髪を整えたり咳払いをしたりして誤魔化す。

「うふふふー、ごめんなさいねー。でもほら、嫁いびり婿いびりなんかしませんよ?私そんなに怖いお母さんじゃないから。そもそも、私に隙を見せなきゃいいだけの話だし。うふふふ」

 暁子の綺麗な笑顔を見て『やる気満々やないかい』とドン引きな鈴音と、『お母さん嘘ヘタ過ぎる』と半笑いの月子。


「まあ、大上家の嫁姑問題は未来の当事者同士でどないかして貰うとして。そろそろ犬神様へのお供物をお預かりしても?」

 鈴音が本来の目的へ軌道修正すると、慌てて立った暁子が部屋へ上がるように勧める。

「直ぐに持って来ますので、中でお待ちになって下さい」

「いえ、慌ただしくてすみませんが、あんまりのんびりしてる余裕ないんで、こちらで」

 申し訳無さそうな顔をした鈴音は、会釈して断った。

 何故なら、今日は当番なので夕飯の支度をせねばならないし、それより何より可愛い愛猫達に遊んで貰わねばならないからだ。夕暮れ時の鈴音はとても忙しいのである。

「お急ぎだったんですね、失礼しました。少々お待ち下さい」

 ふざけている場合ではなかった、とばかり暁子が早足で奥へ消えて行く。

「忙しいのにゴメンね?」

 手を合わせる月子に鈴音は首を振った。

「持って行く言うたん私やし、神界にさえ入れば大丈夫やから」

「……神界、そうだよね、鈴ねーさんは神界に行けるんだよね。なんか今更だけど凄いね」

「改めて言われると確かに凄い事やなぁ」

 毎日出入りしていると感覚も麻痺して自室のように寛いだりしていたが、あそこは神が暮らす場所なのだ。人の身で行ける事自体が奇跡である。


「近い内にまた黄泉の国にも行かなアカンし。あっちも凄い世界よなぁ」

 鈴音の呟きに月子がギョッとした所で、暁子が大きなタッパー数個に詰められた大量の肉と、風呂敷に包まれた皿とトングを何度かに分けて持って来た。

「お手数お掛けしますけど、これを向こうで取り分けて頂けますか?お付きのワンコ神使様達の分が、これとこれに纏めてあります。あとは全て犬神様に。お皿はこの大きいのが犬神様用で、中皿が神使様達用です」

 肉も上等だがそれよりも皿、と鈴音は微妙な笑顔で固まっている。

 どう見ても、100均やホームセンターで売っている皿ではない。綱木が見たら頭の中で算盤を弾き出しそうな、明らかに割ったらどえらい事になる皿だ。

「これ、お皿、硬い岩盤的な床に直置きになりますけど。ギャーっとキズ行くかもしれませんけど。何なら肉に喜び過ぎた犬神様がゴーン行ってガシャーン行くかもしれませんけど」

 関西人特有の擬音満載語になっている事にも気付かない程度には、流石の鈴音も動揺している。

「ええ、構いません。神様に捧げ物をするんですから、それなりの器でないとね。壊れたならそういう定めだっただけですから」

 白猫にはボウルでオヤツを、犬神には紙皿で肉を提供した鈴音はもう笑うしかない。

「ははは、解りました。ほなお預かりします」

 重ねたタッパーはかなりの重量だが物ともせず受け取り、月子に向き直った。

「ほな、お社で祈っといて?因みにお社はどこにあるん?」

「庭にあるよ、こっち」

 草履を履いた暁子と共に、鈴音は月子について行く。


 庭の飛び石を辿って行くと、小さいが立派なお社が松の木に守られるようにして建っていた。

「おお、小振りな神社みたいや。よし。今後ここにお供えした物は、犬神様の側近に回収して貰ういうんはどうかな?黒花さんのオヤツは普通に手からあげる事にして」

「え?出来るの?」

 きょとんとする月子に鈴音は頷く。

「犬神様は出て来られへんけど神使なら大丈夫やから、ここに通路開けて顔だけ出して、パクっと咥えてそのまま戻ったらええ思うねん。そしたら大上家の皆さんも御加護だけ貰いっぱなし、いう負い目は無くなるし、犬神様も定期的に肉食べられるしで一石二鳥ちゃう?」

「もし出来るのなら、是非そうして頂けるとありがたいです」

 暁子が後ろから切実な声を出した。

「解りました、犬神様に提案しますね。ほな、多分『え、もう!?早ッ!!』てなる思うけど、祈りながら待っといてな」

 どういう意味かと月子が尋ねる前に、鈴音は虎吉に声を掛ける。

「虎ちゃーん、開けてー」

 すると即座に神界への通路が開き、月子も暁子もその凄まじい力を前に身体を硬直させ顔色を失った。

「私が消えると同時にお祈りスタートやで。犬神様の心が動くように、どんだけ神使になりたいか暑苦しいぐらい訴えまくりよ?」

 頷くのが精一杯の月子に笑い掛け、タッパーや皿と共に鈴音は通路を潜る。

 鈴音の足が入り切った途端に、強烈な力の渦は消え去った。


「……っ、はあぁぁぁ……。ち、近かった分、前よりすっごい怖かったかも」

 烏天狗の捕物の際に虎吉が現れた時は、もう少し距離があったのだ。それでも充分恐ろしかったが、今回は目の前である。腰を抜かさなかっただけ偉いと月子は自分を褒めた。

「お母さんは初めて見たけど、とんでもないねアレ。神界ってあんな力が充満してるのかな。笑いながら通れる鈴音さんは何ていうか、桁外れなんだろうね、色々と」

「うん。あれで神様じゃないとか逆に変。あ、喋ってるヒマ無かった!お祈り!」

 鈴音の言葉を思い出し、お社の前に跪いた月子は手を合わせて祈る。

「犬神様、私を神使にして下さい。間違って悪霊になってしまった魂や、人のせいで辛い思いをしてる妖怪を助けたいです。そして、わざと悪霊になった奴は思いっ切り蹴ってやりたいです。そうだ、ストーカーする天狗とかも!」

 目を閉じひたすらに祈る月子の後ろで、暁子も『どうかお願い申し上げます。週に一度のお肉をお約束致します』とお供物作戦で後押ししていた。

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