第百四十五話 増築&改装
お土産片手に神界へ戻ると、もこもこ雲の床に腰を下ろしていた女神テールが振り向く。
その目は充血して真っ赤だ。
「鈴音……よくもアタシの可愛い巫女を泣かせてくれたわねー!」
物凄い早さで立ち上がって叫び、瞬間移動で鈴音の前に現れると、ガシッという音でもしそうな力強さで抱き締めた。野生の勘を働かせた虎吉は潰される前に素早く逃げて、白猫のそばで毛繕いを始めている。
「ありがとう、ホントにありがとう!」
背中を叩きつつ礼を言うテールから、鈴音へふんわり柔らかな力が流れ込んで来た。
「はい、どういたしまして。……ん?何か来た?」
「お礼よ!地面を好きな形に出来る力だから、とっても便利よ」
小首を傾げた鈴音に、身体を離したテールが胸を張って笑う。
そういえばテールはかつて、川の流れを変えたり山崩れを防いだりする力を人に与えたのだったか、と鈴音は思い出した。そのレベルの力を持つのが、本人の与り知らぬ所で巫女になっているブランシュだ。
「地形変えられるとか、厚労省違て国交省に勤めた方がええんちゃうやろか。ガンガン海底隆起さして国土を増やせとか言われそ……」
半笑いで呟いてはたと真顔になり、周囲を見回す。
何かに気付いた様子で目を輝かせ、素早くテールにお辞儀した。
「ありがとうございますテール様!さっそく試してみますね!猫神様、これお土産です。角煮まん風蒸しパン。テール様とどうぞ」
油紙に包まれた大量の蒸しパンを見せると、床で香箱座りしていた白猫は次の瞬間テーブル席に移動している。
「やだカワイー。食べるの大好きだものね猫ちゃん。私が持っていくわ。鈴音が私の力をどんな風に使うのか楽しみ」
「すみません、お願いします」
テールに蒸しパンを預け、鈴音はテーブル近くの壁に近付いた。
白猫と虎吉はいつもの席、テールは普段鈴音が使う席に腰掛けて蒸しパンとお茶を広げている。
何をするのだろうと興味津々な視線を浴びながら、じっと壁を見つめる鈴音。
「んー、剣は重いから床、羽根とか玉とかはそれぞれこう……専用に飾れる場所が欲しいよなー」
ブツブツ呟き、ああでもないこうでもないと悩む事暫し。漸くイメージが固まったのか、ひとつ頷いて意識を集中する。
すると、ドームの壁がグニャグニャと変形して入口が出来、その先ではもこもこ雲が勝手に伸び縮みして部屋を作り出していた。
「おお、言うとった倉庫か。手ぇで作りよったら時間掛かったやろけど、これやったら早ようてええなあ」
感心する虎吉と、角煮まん風蒸しパンを食べながら目を細める白猫とは対照的に、テールは唖然としている。
「何で神界の地形にまで干渉出来るのよ……。本当に、与えた力以上の事が出来るようになるのね。てっきり、試したけどここでは使えない力だって言うと思ったのに」
溜息混じりのテールが見守る中、大きな木箱も悠々通る出入口を備えた、10畳程の倉庫部屋が立派に完成した。
「おっしゃ、上手い事いった!初めてにしては使いこなせた方かな?練習次第で更に色々できそうやなー」
「……あ、そうなのね。これでまだ初歩なのね。末恐ろしい子ッ!」
大袈裟なテールに笑った鈴音は、さっそく神剣魔剣てんこ盛りの木箱を運び込む。
風の精霊王の羽根は壁に掛け、琥珀と翡翠に似た玉は腰の高さに作った台へ載せた。白猫なら自由に取る事も戻す事も出来る高さだ。
「ばっちり片付きました!ありがとうございます、テール様のお陰です」
再度笑顔で礼を告げる鈴音に、テールも微笑む。
「そんなつもりじゃなかったんだけど、結果的に協力出来たみたいで良かったわ。あらこれ美味しいわね」
「美味いやろ。女神さんが小遣いくれたお陰やで」
蒸しパンが好評な事に気を良くしつつ、鈴音はドームの中央へ向き直った。
「あら、まだ何か作るの?」
「はい。お気に召さんかったら元に戻せばええだけですし、取り敢えず作ってみます」
テールの声に首だけ振り向いた鈴音は、白猫と虎吉が小首を傾げているのを見て『かんわうぃぃぃ』と一度撃沈してから、何事も無かったかのように立ち上がり作業を開始。
皆が見守る前で、ドームの中央に巨大キャットタワーがにょきにょきと生えた。
更にはドームの壁にキャットステップが生え、タワーとステップを繋ぐキャットウォークまで伸びる。
「まあ!部屋の中に大きな木が生えたみたいね?素敵じゃない!」
拍手するテールと、ポカンとしてから次第に目を輝かせる白猫と虎吉。
「鈴音、これはあれか。登って遊べいう事か」
「うん。上下運動出来る場所が無かったから。猫神様の縄張りの雲とテール様のお力で作ったから大丈夫とは思うけど、一応強度の確認を……」
鈴音が言い終わる前にビョンと跳び上がった白猫がステップを軽快に駆け上がり、キャットウォークを華麗に歩いてタワーへ辿り着く。天辺のサークルベッドから鈴音を見下ろすと、得意気な顔でニャーと鳴いた。
「ぎゃわいいいぃぃぃ」
ドサッともこもこ床に倒れる鈴音と、両頬に手を添えてグネグネする女神。効果は抜群だ。
「おもろい、て喜んではるで。猫神さんが登ってあの調子やったら、強度も問題無いな。俺も行こ」
ウキウキでキャットタワーへ駆けて行く虎吉と、尻尾をピンと立てて空中に出来た道を楽しげに歩く白猫を、床に転がったまま鈴音は幸せそうに眺める。
「喜んで貰えて良かったー。これで神様方にも猫に見下ろされる喜びを味わって貰える」
「解るわ。下から見る猫ちゃん達の顔があんなに可愛いなんて、初めて知ったわ」
デレデレしているテールへ顔を向け、神様だから誰かに見下ろされる事なんて滅多に無いんだろうな、と微笑みつつ鈴音は無意識に爆弾を投下した。
「あの渡り廊下と壁の階段を透明な素材で作ると、下から見た時に、モフモフなお腹とプニプニの肉球が拝み放題、っていう特典が付くんですけどねー」
「なんですって!?」
カッ、と目を見開いたテールが、ステップやウォークやもこもこ雲へ忙しく視線を動かし、何やらブツブツ呟いている。
「……でもそうなると素材同士の相性が……丸ごと同じ物を作れるだけ持って来るとか……けどこのモフッと感がまたいいわけで……」
物凄く真剣だなあと感心しながら鈴音が立ち上がると、結論が出たらしくテールは大きく頷いた。
「別の素材を使うとここのフワフワした素材との相性が悪いかもしれないから、作り直すんじゃなくて誰かに色を抜いて貰う事にするわ」
「色を抜く。そんなん出来るんですか?」
「出来るでしょ、神があんだけ居るんだもの」
言われてみれば確かに、とお茶会に集まる神々を思い出す。毎回微妙に顔触れが違うので、鈴音が考えているより白猫ファンは遥かに多そうだ。となると、別の神の縄張りにある物の色を変えたり抜いたり、なんて事が出来る神が居てもおかしくはない。
「うわー、楽しみやなー」
「そうね、楽しみね」
鈴音とテールは顔を見合わせ、悪戯っぽく笑い合った。
それから暫く、遊び回る白猫と虎吉を眺めながらお茶を楽しみ、満足した様子のテールが帰り支度をする。
「猫ちゃん、虎吉、私そろそろ帰るわねー。鈴音を貸してくれてありがとう」
そう言って、遠くのステップ上に居る白猫と虎吉に大きく手を振った。
「鈴音もホントありがとう。あの子が小鳥とそこまで親しかった事も、その小鳥が死んじゃった事も知らなかったから、私が見てたんじゃ原因は分からないままだったわ」
「いえいえ。お役に立てて何よりです」
「今度は別の街を回ってから会いに行ってやって?」
楽しげに笑うテールに『そうします』と頷いてから、鈴音は気になっていた事を尋ねる。
「ブランシュさんと鳥さんは……また会えますか」
するとテールは女神らしく華やかな笑みで応えた。
「共にそう強く願うのなら、会えるわ」
ああそれならば、と嬉しい笑顔になった鈴音にも手を振って、長い赤髪の女神は去って行く。
「それじゃ、また次のお茶会でねー」
「はい、お待ちしてます」
テールが出入口から姿を消すまで、鈴音はお辞儀で見送った。
「よし、ほんなら私もそろそろ帰りまーす」
ゴミを纏め、靴を倉庫に置いて声を掛けると、白猫と虎吉が上から飛び降りて来る。
ぐるるごろろと喉を鳴らす白猫とご機嫌さんな虎吉を撫でまくり、目尻を下げて鈴音も幸せ満開だ。
「いやー、おもろいモン作ってくれてありがとうな。猫神さんも大喜びや」
「んふふー、良かったー。いっぱい遊んでな」
「おう。ほなまた明日、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
挨拶を交わし白猫の頬を両手でモフモフしてから、虎吉が開けてくれた通路で鈴音は自室へと戻った。
ベッドの上を占領する愛猫達を撫で、神様のいい匂いだとスリスリされまくりながらスマートフォンをチェックすると、犬神の神使大上陽彦の妹、超絶美少女月子からメッセージが届いている。
「お、来た来た。えーと、明後日にはお肉が手に入るんや。ほな都合のええ時間を指定して貰お」
メッセージのやり取りをした結果、明後日の17時半頃に鈴音が肉を取りに行き、犬神の元へ届ける事となった。
「ツキが神使にして貰えるように援護射撃頑張らな」
微笑んでスマートフォンを置くと、部屋着に着替えてリビングへ向かう。ちょうど母親も帰って来た。
「あー!!またお出迎えが無……いやーん、来てくれたーん?」
トトトッと軽快に鈴音を追い越して行った愛猫達が、玄関で母親に愛嬌をふりまいている。
そこへ階段でもたつく子猫を抱き上げた鈴音も加わり、夏梅家の賑やかな夕食時が始まった。
翌日は、謎の澱が湧いていないか調べる為、新たに加えたルートと前日と同じルートを巡回したが、特に何も現れる事無く一日を終える。
いちいち驚くのにも疲れたのか、新しく手に入れた力について綱木は言及しなかった。
なので、昼休みに購入したオヤツを倉庫へ置かせて貰い、鈴音が愛猫達からの視線を気にせずに済むようになった、というのが唯一の話題だろうか。
そして日は明け、月子が犬神にお供えをする当日。
日に日にストレスを溜め込んでいるように見える骸骨を気にしつつも、行き先が骸骨と相性の悪い犬の神様の所なので誘う訳にもいかず、取り敢えず美味しい純米酒を置いて鈴音は仕事に出た。
「また黒猫様の地獄へ罪人シバき回しツアーしに行かなアカンなー。あれストレス発散に最適やし」
物騒な事を呟きながら、同時間帯同ルートでの澱掃除をこなす。
やはり謎の澱は見当たらず、これといった手応えも無く店へ戻った。
「そんな直ぐに何か解る訳やないて思てても、何で出て来ぇへんねんとか苛ついてまいますね」
出退勤管理にメッセージを送りつつの鈴音に、パソコン画面から顔を上げ伸びをした綱木も頷く。
「他の場所ではチラホラ、それっぽい悪霊やったとかいう報告が上がっとるけど、これといって法則みたいなもんは見当たらんねんなあ」
「放火事件なんかでようある、通勤通学の経路で犯行に及んで……とかでも無さそうなんですね」
「そうやねん。全国に散らばっとるし、やっぱり人の仕業と考えんのは無理がある思う。天狗を騙すような代物やなかったら、全国で同時多発的に活動する複数犯説も出たやろけどなあ」
「そんな力は世界でも数える程の人しか持って無いんですもんね?偶々見つかってない実力者が居った、にしては複数犯は多過ぎると。んー、解らん。触る前から幻覚見して来るとか、ズルいいうか陰湿いうか、ネチャっとした感じいうか、まあ取り敢えず嫌いやいう事しか解りません」
バッサリ斬り捨てる鈴音に大笑いしながら『俺も嫌いやわー』と同意する綱木。
「ま、引き続き調査やね。ただ、鈴音さんやハル以外は自分が騙されんように注意しもってやから、時間掛かるんも事実やねんな」
「あ、それ。ひょっとしたら明日からもう一人、サクサク片付けられる戦力が増えるかもしれません」
鈴音の声にきょとんとした綱木は、思い出したと言わんばかりに手を叩いた。
「そうか、ツキが犬神様に直訴するとかいう話聞いたなそういえば。それが今日なんか」
「直訴て。ちゃんとお供物用意してますし話しするん私やし、手順は踏んでる思いますよ。ほんで多分、犬神様はツキを気に入ります」
「美少女やから……は関係無いな犬やし」
「そうですね、性格の方ですね。ハルのやる気の無さで寂しい思いしてるトコへ、ツキのあの熱血が来ると、昔の神使達を思い出して嬉しなる筈です。なので恐らくツキの願いは叶いますよ」
自信あり、な笑みを浮かべる鈴音に、綱木は幾度も頷きながら拍手する。
「任せた!是非とも神使をもうひとり!」
「任されました!ハルのやる気の無さは拗ねてるだけですからご安心を、いう報告もしとかなあきませんね」
「お、気付いとったか。俺もやっと確信したわ。反抗期もあるやろけど、黒花との関係が問題やなあれは」
顎を擦りつつ渋い顔をする綱木に鈴音も同意した。
「そない思います。ハルだけやのうて、黒花さんにも話さな駄目ですね。きっと前の相棒、ハルのお父さんと比べてますから。例えそれが無意識やとしても……いや無意識やったら言い返されへん分、余計にハルからしたら辛いし苛々しますよ」
「現場の奴らも黒花に馴染みがあるから頼るしな。そらハルからしたら『俺の出番なんかねぇし問題無いから』になるわな。ま、純粋に父ちゃんカッコエエ言うてた時まで戻れとは言わんけど、普通にやる気は出して貰わんとね」
子供の頃は父親に憧れていたのか、と微笑んだ鈴音は、急ぐので姿隠しのペンダントを身に着ける。
「取り敢えずハルは後回しにして、まずはツキが神使になれるように後押しして来ます。ほな、お疲れ様でしたー」
「頼んだ。お疲れさん、また明日な」
お辞儀した鈴音は店を後にし、自宅へと真っ直ぐ跳んで行った。




